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静国 -Silent Dominion-  作者: はやぽん


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33/85

第10話 説明の範囲 Part2 判断のための文章


十三時二十五分。

会議開始の五分前に、相川市から修正結果が届いた。

《要約修正提案 三件》

《採用 三件》

《一部修正 〇件》

《見送り 〇件》

「全部通りましたね」

岸本が言った。

「ああ」

悠真は反映後の文章を開いた。

最初の判断保留。

《設備規模は理解済み。費用を含む事業判断までは自分たちにはできないとして、配置案への意見を保留》

物干し場の女性。

《物干し場から設備の一部を確認できるが、使用頻度が低く、生活上の支障はないとして現行案を許容》

日常的に庭を使う世帯。

《日常的に使用する庭からの眺望影響を理由に、代替配置案Bを希望》

午前中に送った文章が、そのまま採用されている。

《相川市確認》

《本人原文との対応 適当》

《事業判断資料へ反映》

「意外と早かったですね」

岸本が言った。

「三件だけだからな」

「内容の確認もしてますよね」

「原文は向こうも持ってる」

「それでも、十分くらいです」

「早い方が不安か?」

「遅かったら丁寧だとも限りませんけど」

岸本は笑った。

悠真も画面を閉じる。

修正が受け入れられたこと自体に、特別な意味はない。

明らかな意味差を直した。

相川市が確認し、適当だと判断した。

必要な手順が、必要な速さで進んだだけだった。

会議通知が届く。

《相川市生活基盤更新計画》

《事業判断資料確認》

《開始します》

正面の画面に、二つの配置案が並んだ。

《現行配置案》

《代替配置案B》

その下には、五つの判断項目がある。

《設備安全性》

《供給安定性》

《事業費》

《工程》

《住民生活への影響》

安全性については、両案に差がない。

《法定基準 適合》

《災害時運用基準 適合》

《騒音・振動基準 適合》

《設備容量 同等》

供給安定性には、わずかな差があった。

《現行配置案》

《既存送電経路との接続性 高》

《非常時切替時間 標準》

《代替配置案B》

《既存送電経路との接続性 標準》

《非常時切替時間 現行案比プラス十一秒》

十一秒。

通常運用では問題にならない。

非常時にも許容範囲内だった。

ただし、現行案の方が少しだけ有利だった。

事業費。

《現行配置案》

《追加費用 なし》

《代替配置案B》

《追加費用 一億四千二百万円》

《総事業費比 プラス〇・八パーセント》

工程。

《現行配置案》

《運用開始予定 二〇三九年三月》

《代替配置案B》

《運用開始予定 二〇三九年五月》

ここまでは、住民説明で使った資料と同じだった。

違うのは、最後の項目だった。

《住民生活への影響》

画面が切り替わる。

《対象世帯 十二世帯》

《個別意見 十五件》

《現行配置案を許容 八件》

《代替配置案Bを希望 四件》

《判断保留 三件》

数字の下に、事業判断用要約が並んだ。

《現行配置案を許容する主な理由》

《主要生活空間への影響が小さい》

《設備の一部が見えても生活上の支障がない》

《供給安定性と早期運用を優先》

《代替配置案Bを希望する主な理由》

《日常的に使用する部屋または庭からの眺望影響》

《仮設高さ表示確認後、想定より影響が大きいと判断》

《判断保留の主な理由》

《費用を含む事業判断の範囲を本人が判断できない》

《将来の部屋利用が未定》

《家族内で意見整理中》

午前中に修正した内容は、すべて残っていた。

原文ほど長くない。

それでも、見えないから許容した人と、見えても支障がないと判断した人は分けられている。

単に希望がないのではなく、判断できる範囲を超えているため保留したという理由も表示されている。

「前より細かくなりましたね」

岸本が小声で言った。

「ああ」

「これなら、同じ分類でも違いが分かります」

画面の右側には、生活条件別の一覧があった。

《日常使用場所からの眺望影響》

《影響あり 六件》

《影響小 五件》

《判断困難 四件》

《影響ありと回答した六件の選択》

《現行配置案を許容 二件》

《代替配置案Bを希望 四件》

悠真は数字を見た。

眺望への影響があると答えた全員が、B案を求めたわけではない。

二件は、影響を認めながら現行案を許容している。

一人は早期運用を優先した。

もう一人は、見える場所の使用頻度が低く、生活上の支障がないと判断した。

《眺望影響の有無だけでは、配置案への意見を説明できません》

注意書きが表示される。

《生活場所、使用頻度、家族構成、災害経験、優先条件を併せて確認してください》

「ちゃんと書いてありますね」

岸本が言った。

「何が?」

「見える人はB案、って単純にしてない」

「原文を確認したからだろ」

「確認しなかったら、なってたと思います?」

悠真は少し考えた。

最初の自動要約でも、眺望影響だけで分類していたわけではない。

現行案を許容した理由として、主要生活空間への影響が小さいことや、早期運用が表示されていた。

ただ、個別の違いは今ほど残っていなかった。

「大きな結論は変わらなかったと思う」

悠真が答えた。

「大きな結論?」

「現行案を許容する意見が多い。B案を求める人もいる」

「細かい理由は?」

「今より少なかったかもしれない」

「その細かい理由で、最終判断が変わることはあります?」

「あるかもしれないから、残したんだろ」

岸本は頷いた。

画面の上部に、判断支援案が表示された。

《総合比較》

《現行配置案》

《費用・工程・供給安定性で優位》

《住民生活への影響は許容可能》

《代替配置案B》

《眺望影響の軽減で優位》

《追加費用・工程延長あり》

その下に、三つの選択肢が並ぶ。

《現行配置案を採用》

《代替配置案Bを採用》

《追加検討》

まだ誰も選ばない。

これは相川市の内部確認で使う画面だった。

東央商事が見るのは、判断材料の記載まで。

「ここから先は、相川市ですね」

岸本が言った。

「ああ」

「どっちになると思います?」

「現行案だろ」

「やっぱり?」

「費用も工程も有利で、許容する意見の方が多い」

「多数決じゃないですよ」

「多数決だけで言ってない」

「受容予測も高いですしね」

悠真は画面を見る。

《現行配置案採用時 説明後受容予測 八十九・七パーセント》

《代替配置案B採用時 説明後受容予測 九十四・二パーセント》

差は四・五ポイント。

B案の方が受け入れられやすい。

だが、その差のために一億四千二百万円と二か月を使うかは、別の判断だった。

「B案にしても、全員が納得するわけじゃない」

悠真が言った。

「現行案でも、九割近くは受け入れる」

「それなら現行案?」

「合理的には」

「合理的じゃない理由があったら?」

「資料に残ってる」

「残ってても、採用されないかもしれない」

「ああ」

岸本は画面から目を離さなかった。

「残すことと、選ばれることは別ですね」

「当然だろ」

「本人の言葉を正確に残しても、判断が本人の希望どおりになるわけじゃない」

「住民一人の希望だけで決める案件じゃないからな」

「分かってます」

岸本は軽く笑った。

「今日は、分かってますって言うこと多いですね」

「自分で言うな」

資料は、住民意見から地域全体への影響へ移った。

《現行配置案採用時》

《眺望影響対象 十二世帯》

《仮設表示確認済み 十二世帯》

《個別説明済み 十二世帯》

《追加補償対象 〇世帯》

《継続説明対象 四世帯》

四世帯。

B案を希望した世帯と一致するわけではなかった。

詳細を開く。

《継続説明対象》

《代替配置案Bを希望 三世帯》

《判断保留 一世帯》

B案を希望した四件は、三世帯から出ている。

同一世帯内で複数意見があったためだった。

判断保留の一世帯は、将来の部屋利用が未定と答えた親子の世帯。

配置案が決まった後、改めて実景合成と将来利用時の見え方を説明する。

《継続説明は、意見変更を求めるものではありません》

《採用案、理由、生活影響への対応を説明します》

「反対を減らすための説明じゃないんですね」

岸本が言った。

「結果を説明するためだろ」

「受け入れてもらう目的もありますよね」

「説明すれば、納得する人は増える」

「それを合意形成って言うんでしょうね」

「ああ」

画面には、継続説明後の予測も表示された。

《現行配置案採用時》

《対象四世帯》

《説明後の理解予測 九十五・六パーセント》

《意見変更予測 二十七・四パーセント》

《意見を維持したまま計画を理解する予測 六十八・二パーセント》

悠真は最後の数字を見た。

意見を変えなくても、計画を理解する。

B案を望んだまま、現行案が選ばれた理由を理解する。

制度が目指しているのは、全員を同じ意見にすることではない。

少なくとも、資料にはそう示されていた。

《理解と賛同は別に記録します》

「ここも分けるんですね」

岸本が言った。

「分けないと、説明しただけで賛成にされるからな」

「前なら、そうなってました?」

「前っていつだよ」

「最初に相川の要約を見た頃です」

悠真は苦笑した。

当初の住民意見要約では、

《追加説明により合意形成が可能》

と表示されていた。

理解したこと。

反対しなかったこと。

計画に賛同したこと。

それらの境界は、今より曖昧だった。

今回の資料では、分けて保存される。

《説明受領》

《内容理解》

《採用案への賛否》

《生活対応への希望》

一度の訪問で見つかった不足が、後の手順へ反映されていた。

制度は変わっている。

少なくとも、相川市案件の中では。

十四時十二分。

相川市の担当者が、確認事項を読み上げた。

「東央商事側へ確認します。設備条件の比較に誤りはありませんか?」

悠真は技術資料を開く。

現行案。

B案。

容量。

安全基準。

送電経路。

費用。

工程。

非常時切替時間。

住民説明で使用した数字とも一致している。

「ありません」

「住民生活への設備影響の記載は?」

岸本が確認する。

眺望。

騒音。

振動。

日照。

工事中の交通。

いずれも原文、実景合成、現地確認記録と対応している。

「問題ありません」

岸本が答えた。

画面に確認欄が表示される。

《東央商事確認》

《設備仕様の記載》

《費用・工程の記載》

《生活影響に関する技術記載》

《確認済み》

《配置案の採用判断は含みません》

悠真と岸本は、それぞれ確認を付けた。

《記載内容を確認しました》

相川市側の画面へ、資料が送られる。

《事業判断資料》

《技術記載確認 完了》

《住民意見記載確認 完了》

《配置案内部確認へ進行可能》

「これで、現行案が選ばれるんですか?」

岸本が尋ねた。

相川市の担当者は首を横へ振った。

「まだです。月曜日に予算担当、地域防災担当、住民対応担当を含めて確認します」

「判断支援案は、すでに出ていますよね」

「出ています」

「現行案ですか?」

「現時点の推奨は現行配置案です」

担当者は隠さなかった。

画面にも表示される。

《現時点の総合推奨》

《現行配置案》

《主な理由》

《安全性同等》

《費用増加なし》

《運用開始二か月早期》

《供給安定性でわずかに優位》

《住民生活への影響は、個別説明および継続対応により許容可能》

最後の一文を、悠真は読み直した。

《住民生活への影響は、個別説明および継続対応により許容可能》

設備そのものの影響が小さいから許容可能なのか。

説明と対応によって受け入れられるから許容可能なのか。

文章だけでは、二つがつながっている。

「この『許容可能』は、誰が許容するという意味ですか?」

悠真が尋ねた。

相川市の担当者は画面を確認した。

「事業判断上、許容できる影響という意味です」

「住民が許容する、ではない?」

「はい。個々の住民による許容判断とは分けています」

「説明と継続対応により、という部分は?」

「生活上の懸念を解消するという意味ではありません。採用案の理由を説明し、必要な生活対応を継続することで、事業として実施可能な範囲に収まるという意味です」

担当者は少し考え、続けた。

「表現が分かりにくいですか?」

「住民が最終的に許容すると読めるかもしれません」

岸本も頷いた。

「私も、最初はそう読みました」

担当者は修正欄を開いた。

「では、分けます」

文章が変更される。

《住民生活への設備影響は、事業実施上の許容範囲内》

《採用後も、対象世帯への説明および生活対応を継続》

二つの文になった。

「これならどうでしょう」

「分かります」

悠真が答える。

岸本も頷いた。

《表現修正》

《東央商事照会により変更》

《判断内容の変更 なし》

結論は変わっていない。

現行案が推奨されることも変わらない。

ただ、誰が何を許容すると判断したのかは、少し明確になった。

「佐伯さん、また直しましたね」

会議が終わったあと、岸本が言った。

「意味が曖昧だった」

「大きな結論は変わってないですけど」

「だから、直さなくていいわけじゃない」

「そうですね」

岸本は自分の画面へ届いた会議記録を開いた。

《事業判断資料確認》

《完了》

《配置案内部確認 六月二十三日》

《現時点の総合推奨 現行配置案》

「ほぼ決まりですかね」

「まだ相川市が決めてない」

「でも、資料は全部そっちを向いてます」

費用。

工程。

供給安定性。

住民意見の数。

受容予測。

継続説明後の理解予測。

一つずつは、別々の情報だった。

どれも現行案を強制してはいない。

それでも、同じ画面に並べれば、一つの方向が見える。

「合理的だからな」

悠真が言った。

「はい」

岸本も否定しなかった。

「B案を選ぶ方が、説明が必要になりそうです」

「追加費用を使う理由がいるからな」

「現行案にも、選ぶ理由は必要ですよね」

「今、並んでただろ」

「そうじゃなくて」

岸本は画面を閉じた。

「推奨どおりに選ぶ時の方が、説明が短くて済みそうだなって」

悠真は答えなかった。

現行案を選べば、

費用増加なし。

二か月早い。

安全性は同じ。

生活影響は許容範囲。

それで説明できる。

B案を選べば、

一億四千二百万円を追加し、

運用開始を二か月遅らせ、

供給安定性をわずかに下げてでも、

十二世帯の眺望影響を軽減する理由が必要になる。

どちらも選択肢として残っている。

ただし、説明に必要な文章の長さは同じではなかった。

次の予定が表示される。

《十五時 設備保守契約更新》

《移動不要》

《資料準備済み》

悠真は相川市の画面を閉じた。

午前中に四つあった文章のうち、まだ一つだけ空欄だった。

《公開候補》

配置案が決まれば、住民へ向けた文章が作られる。

そこに何が残るのかは、まだ分からなかった。


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