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静国 -Silent Dominion-  作者: はやぽん


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第9話 比較対象 Part1 代表事例

《外部検証資料確認支援》

《本日 最終日》

《確認対象 三件》

《共通比較資料 Case-04》

木曜日の朝、悠真の予定には、昨日追加された確認支援が残っていた。

《九時 部門定例》

《十時三十分 相川市最終訪問結果共有》

《十三時三十分 外部検証資料確認支援》

《十六時 作業完了確認》

三営業日の予定で始まった仕事だった。

月曜日に割り当てられ、火曜日と水曜日に資料を確認した。

本来なら昨日で終わるはずだったが、通常事例との比較確認が追加されたため、一日延びている。

今日の十六時には、担当資料をすべて完了させることになっていた。

緊急性はない。

期限を過ぎても重大な影響はない。

追加勤務も推奨されていない。

それでも、作業一覧には《本日 最終日》と表示されていた。

悠真は通勤電車の中で、確認対象の概要を開いた。

《資料一》

《健康支援実施後の住居需要変化》

《資料二》

《就労支援実施後の交通・施設需要変化》

《資料三》

《生活時間帯調整後の地域需要変化》

三件とも通常の生活支援事例だった。

昨日確認した失職者の事例と同じように、支援前後の行動変化と設備需要を照合する。

その下に、共通項目がある。

《比較対象 Case-04》

資料ごとに別の事例を使うのではない。

三件すべてが、同じCase-04と比較されるらしい。

悠真は詳細を開こうとした。

《比較資料は、担当資料の確認時に必要範囲のみ表示されます》

昨日と同じだった。

事前に見られるのは、資料名と担当範囲だけ。

比較する理由は、各資料を開くまで分からない。

「また、それ?」

隣に座っていた美咲が尋ねた。

今日は途中駅まで同じ電車だった。

「仕事の資料」

「昨日も見てたやつ?」

「続きだよ」

「難しい?」

「設備の数字は難しくない」

「設備じゃないところが難しいんだ」

美咲は画面を覗こうとはしなかった。

業務資料であることは分かっている。

悠真も詳しく話すつもりはなかった。

匿名化された事例だとしても、担当外の人間へ内容を説明する必要はない。

「今日で終わる予定」

悠真が言うと、美咲は予定表を見た。

「十六時に終わっても、帰るのはいつもどおり?」

「ほかの仕事があるからな」

「終わったら帰れる仕事って、ないの?」

「会社員だからな」

「便利じゃないね」

「仕事まで全部便利にしたら、誰もやることなくなるだろ」

「それを便利って言うんじゃない?」

美咲は笑った。

電車が駅へ着く。

美咲は立ち上がり、悠真の前を通った。

「じゃあ、今日もいつもどおりで」

「ああ」

「遅くなるなら連絡して」

「分かった」

扉が開く。

美咲はホームへ降り、振り返らずに人の流れへ混ざった。

悠真の端末には、別れた時刻も、会話の内容も表示されなかった。

今日の帰宅予測だけが、予定表の下に残っている。

《十九時十一分》

悠真は業務資料を閉じた。

十時三十分の相川市共有では、最後の二世帯の訪問結果が報告された。

《訪問対象 二世帯》

《訪問完了 二世帯》

《個別意見 三件》

《現行配置案を許容 一件》

《代替配置案Bを希望 一件》

《判断保留 一件》

一世帯では、同居する親子が別々の意見を出していた。

親は現行案を許容。

成人した子は判断保留。

もう一世帯は、代替配置案Bを希望している。

理由も表示された。

《現行配置案を許容》

《理由 日常的に使用する部屋からは設備上部のみ確認される》

《判断保留》

《理由 将来予定している部屋の使用方法が未定》

《代替配置案Bを希望》

《理由 仮設表示確認後、想定より眺望変化が大きいと判断》

最初の親子は、同じ住宅で暮らしている。

今使っている部屋だけを見る親と、今後使うかもしれない部屋まで考える子で、答えが違っていた。

相川市の担当者が集計結果を表示する。

《対象十二世帯》

《訪問完了 十二世帯》

《個別意見 十五件》

《現行配置案を許容 八件》

《代替配置案Bを希望 四件》

《判断保留 三件》

《説明不足による未回答 〇件》

数字だけなら、現行案を許容する意見が最も多い。

ただし、画面には前回と同じ注意が表示されている。

《多数決として扱いません》

《個別理由、生活条件、費用、工程、安全性を総合して検討します》

「今後の判断日程を共有します」

相川市の担当者が画面を切り替えた。

《六月十八日》

《原文・分類・確認方法照合》

《六月二十一日》

《事業判断資料作成》

《六月二十三日》

《配置案内部確認》

《六月二十五日》

《住民向け経過説明》

配置案を決める日付は、まだ入っていない。

内部確認の結果によって、追加調査や再説明が必要になる可能性があるためだった。

「現時点で、どちらかを推奨する傾向は出ていますか?」

参加者の一人が尋ねた。

「事業費と工程だけを見れば、現行案が優位です」

担当者が答える。

「眺望影響だけを見れば、代替配置案Bが優位です。総合判断は、原文確認と技術条件の再照合後に行います」

「受容予測は?」

「更新されていますが、事業判断の主要根拠には使用しません」

画面の端に、参考値だけが表示された。

《現行配置案採用時 説明後受容予測 八十九・七パーセント》

《代替配置案B採用時 説明後受容予測 九十四・二パーセント》

どちらを選んでも、多くの住民は最終的に受け入れると予測されている。

五パーセントに満たない差だった。

それでも、代替配置案Bには一億四千二百万円の追加費用がかかる。

現行案なら二か月早く運用できる。

数字を並べただけでは、答えは決まらない。

「佐伯さん、岸本さん」

相川市の担当者が呼んだ。

「先行訪問と仮設表示確認について、追加の修正提案はありますか?」

悠真は記録を確認した。

説明方法。

原文保存。

個別意見。

確認位置。

実景合成。

判断保留。

最初の先行訪問で不足していたものは、すでに追加されている。

「ありません」

悠真は答えた。

岸本も頷いた。

「私もありません」

《訪問説明工程》

《内容確認 完了》

二人はそれぞれ確認を付けた。

住民の意見へ賛成したわけではない。

相川市の判断を承認したわけでもない。

訪問時に行われた説明と、保存された記録が一致していることを確認した。

相川市案件は、悠真たちの手を離れ始めていた。

十三時二十分。

悠真は基盤運用統括室の会議区画へ向かった。

これまでの確認支援は自席から行っていたが、最終日は作業完了確認をまとめて行うため、参加者四人が同じ区画へ集められている。

特別な部屋ではなかった。

通常の会議室より少し広く、壁面に四つの作業画面が並んでいる。

入口で業務認証を行う。

《外部検証資料確認支援》

《参加者 四名》

《担当資料 個別表示》

《閲覧範囲 担当業務に限定》

《口頭共有 担当範囲内のみ》

悠真が席へ着くと、向かい側の参加者がすでに資料を開いていた。

岸本は参加者ではない。

昨日の比較資料は、同じ通常事例を確認していたため例外的に表示されたが、今日の正式な確認担当には入っていなかった。

「三件ですね」

隣の社員が言った。

「はい」

「今日で終わると助かります」

「別の仕事が詰まってます?」

「月末契約の確認が二件あります。昨日、一件増えまして」

「無理に今日終わらせる必要はないと出てますけど」

「期限を越えると、明日もこの時間が残るので」

社員は笑った。

資料の内容が気になるから急ぐのではない。

通常業務へ戻るために、予定どおり終えたい。

悠真も同じだった。

基盤運用統括室の担当者が正面に立つ。

固有名は表示されていない。

今日だけの作業説明を行う担当者だった。

「確認支援最終日の手順を説明します」

壁面に工程が表示される。

《一 担当資料の設備記載確認》

《二 比較対象との形式照合》

《三 修正・照会事項の登録》

《四 作業履歴の確定》

《五 権限の自動終了》

「本日扱う三件は、いずれも通常生活支援事例です」

担当者が言った。

「支援の種類と生活行動変化は異なりますが、設備需要への記載形式を統一するため、代表比較資料を使用します」

《代表比較資料》

《Case-04》

悠真は画面を見た。

「質問があります」

別の参加者が手を挙げた。

「どうぞ」

「Case-04は、通常事例ではないですよね」

「はい。急落事象の代表比較資料です」

担当者はすぐに答えた。

急落事象。

その言葉は、昨日の比較資料にも表示されていた。

ただ、代表という表現は初めてだった。

「原因が確認されていない事例を、比較基準にする理由は?」

参加者が続ける。

「原因を比較するためではありません」

担当者が画面を切り替える。

《比較対象として使用する項目》

《支援実施後の生活行動変化》

《設備需要への影響》

《需要補正の記載形式》

《担当範囲の分離》

《比較対象として使用しない項目》

《生活支援区分変更理由》

《N-Index判定》

《急落要因》

《本人支援の妥当性》

「Case-04は、区分変更後の支援記録と設備需要変化が最も整理された代表資料です」

「最も整理された?」

「現在の検証工程で、複数部署が共通参照できる形式へ整備されています」

「最初に起きた事例だからですか?」

担当者は少しだけ間を置いた。

「発生順と代表指定の関係は、現在の共有範囲には含まれません」

拒絶するような口調ではなかった。

質問に対して、表示できる範囲をそのまま答えただけだった。

「分かりました」

参加者もそれ以上は尋ねなかった。

悠真は《Case-04》という表記を見る。

四番目。

少なくとも、名前だけを見ればそう読める。

Case-01からCase-03が存在するのかは分からない。

単なる管理番号で、発生順ではない可能性もある。

代表に選ばれた理由も、資料が整理されているからという説明しかない。

「佐伯さん」

担当者に呼ばれ、顔を上げた。

「はい」

「昨日の比較確認で照会事項はありませんでしたね」

「設備需要記載にはありません」

「本日も同じ範囲でお願いします。急落要因について疑問がある場合は、設備資料の修正ではなく、所管照会として分けて登録してください」

「照会すると、回答は来ますか?」

「回答可能な情報がある場合は返されます」

「ない場合は?」

「《担当範囲外》または《調査継続中》として記録されます」

質問したこと自体が問題になるわけではない。

答えられる情報がなければ、答えられないまま残る。

「分かりました」

悠真は自分の画面を開いた。

最初の資料は、在宅健康支援に関するものだった。

《資料一》

《在宅健康支援実施後の住居需要変化》

《対象 匿名集計》

《支援利用世帯 二百十四世帯》

《比較対象 Case-04》

個人一人の事例ではない。

同じ支援を利用した二百十四世帯の集計だった。

支援実施前後の需要が並んでいる。

《支援実施前》

《日中在宅率 通常範囲》

《住居内電力需要 通常範囲》

《支援実施後》

《オンライン相談利用 増加》

《日中在宅率 プラス四・一パーセント》

《住居内電力需要 プラス二・三パーセント》

《医療施設需要 マイナス〇・六パーセント》

初回相談を自宅で受けられるようにしたことで、医療施設へ直接行く人が少し減り、自宅の需要が増えた。

理由は明確だった。

《変動要因》

《在宅健康支援の利用》

《関連性 高》

《需要補正》

《適正》

その下に、比較欄がある。

《比較対象 Case-04》

《共通項目》

《支援実施後の日中在宅率上昇》

《住居内電力需要増加》

《相違項目》

《本事例は支援利用前の生活変化なし》

《生活支援区分の急落なし》

《急落事象との関連 なし》

悠真は一度読み直した。

支援後の需要変化が似ているため、Case-04が比較されている。

だが、急落事象と同じ原因だと判定されたわけではない。

むしろ、違いを確認するために使われていた。

確認欄を開く。

《設備需要記載》

《記載内容を確認しました》

《修正を提案》

《照会》

悠真は需要値と支援記録を照合した。

相談利用時刻。

在宅率。

端末使用。

空調需要。

医療施設の予約数。

記載に不自然なところはない。

《記載内容を確認しました》

画面が次の資料へ進む。

二件目は、就労支援だった。

《資料二》

《短時間就労支援実施後の交通・施設需要変化》

《対象 匿名集計》

《支援利用者 百七十六名》

《比較対象 Case-04》

支援前には、自宅需要が増えている。

支援後には、交通と就労施設の需要が戻っている。

昨日確認した単身者の事例と近かった。

《支援実施前》

《日中在宅率 上昇》

《公共交通利用 低下》

《支援実施後》

《短時間就労 開始》

《日中在宅率 低下》

《公共交通利用 増加》

《就労施設需要 増加》

《変動要因 確認済み》

《設備需要補正 適正》

比較欄を開く。

《比較対象 Case-04》

《共通項目》

《支援開始後の予定変更》

《日中在宅率の変化》

《交通需要の変化》

《相違項目》

《本事例は支援前の就労状態変化を確認》

《区分変更理由 説明可能》

《急落事象との関連 なし》

またCase-04だった。

健康支援でも。

就労支援でも。

支援内容が違う二つの資料で、同じ事例が比較対象として使われている。

比較しているのは原因ではない。

支援後に生活が変わり、設備需要が動くという形式だった。

三件目の資料名を見る。

《生活時間帯調整後の地域需要変化》

この資料にも、すでに同じ表記がある。

《比較対象 Case-04》

悠真は画面上部の作業履歴を開いた。

《本日の参照関係》

《資料一 Case-04》

《資料二 Case-04》

《資料三 Case-04》

《共通比較回数 三件》

昨日以前の履歴も表示できた。

《六月十四日》

《外部検証資料確認支援 Case-04》

《六月十五日》

《通常支援事例 Case-04》

《六月十六日》

《通常区分変更事例 Case-04》

《六月十七日》

《担当資料三件 Case-04》

一つの資料を何度も見ていたのではない。

異なる資料が、同じCase-04を参照していた。

設備。

健康支援。

就労支援。

生活時間帯。

区分変更。

扱う内容が変わっても、比較対象だけは変わらない。

原因が分からない事例が、比較の基準として整理されている。

悠真は所管照会の項目を開いた。

《照会内容を入力してください》

入力欄へ文字を打つ。

《Case-04が代表比較資料として指定されている理由を確認したい》

送信する前に、表示を見直した。

業務上の理由はある。

複数資料で同じ事例を参照している。

比較方法を理解するため、代表指定の理由を知りたい。

虚偽ではない。

担当範囲から完全に外れているとも言い切れない。

悠真は《照会》を押した。

《所管照会を受け付けました》

《照会先 基盤運用統括室》

《必要に応じて監査局へ転送されます》

《作業を継続してください》

回答を待つ間も、確認作業は止まらない。

悠真は三件目の資料を開いた。

画面の端には、照会中の印が小さく残っている。

《Case-04代表指定理由》

《照会中》


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