第8話 理由のある変更 Part3 同じ結果
灰色の枠が画面全体へ広がる。
《比較確認資料》
《通常生活支援事例/Case-04》
《比較目的 設備需要記載の差異確認》
《個人情報 非表示》
《生活支援区分変更判断 担当範囲外》
表示されたのは、二つの時系列だった。
左側には、先ほど確認した通常事例。
右側には、Case-04。
氏名も住所もない。
対象者の年齢と居住地域も表示されていなかった。
悠真が確認できるのは、生活行動の変化と、それによって生じた設備需要だけだった。
《通常生活支援事例》
《区分変更前》
《日中在宅率 上昇》
《住居内電力使用 増加》
《公共交通利用 低下》
《地域施設利用 低下》
《区分変更後》
《就労支援利用》
《医療機関受診》
《日中在宅率 低下》
《公共交通・施設需要 増加》
右側には、同じ形式でCase-04の記録が並んでいる。
《Case-04》
《区分変更前》
《日中在宅率 通常範囲》
《住居内電力使用 通常範囲》
《公共交通利用 通常範囲》
《地域施設利用 通常範囲》
《区分変更後》
《生活支援利用 開始》
《日中在宅率 上昇》
《住居内電力使用 増加》
《公共交通利用 低下》
悠真は二つの欄を見比べた。
通常事例では、生活が変わったあとに区分が変わっている。
Case-04では、区分が変わったあとに生活が変わっていた。
少なくとも、設備需要の記録からはそう見えた。
「順番が逆ですね」
岸本が言った。
彼女の画面にも同じ比較資料が表示されている。
「ああ」
「通常事例は、仕事がなくなって、家にいる時間が増えて、それから区分変更」
「Case-04は、区分変更のあとに在宅時間が増えてる」
「支援が始まったから?」
「資料ではそうなってる」
悠真はCase-04側の詳細を開いた。
《区分変更後の設備需要変化》
《住居内電力使用 通常比プラス九・四パーセント》
《日中在宅率 通常比プラス十八パーセント》
《公共交通利用 通常比マイナス二十七パーセント》
《地域施設利用 低下》
《変動要因候補》
《生活支援実施に伴う行動変化》
《関連性 高》
支援によって、在宅時間が増えた。
相談や確認のため、外出予定が変更されたのかもしれない。
就労時間が調整された可能性もある。
個別の支援内容は表示されていない。
設備側へ必要なのは、生活行動が変わり、需要が動いたという結果だけだった。
《支援実施記録との照合》
《一致》
《設備使用実績との照合》
《一致》
《需要補正》
《適正》
通常事例と同じ言葉が並んでいる。
支援が行われた。
生活行動が変わった。
設備需要が変化した。
その流れだけを見れば、不自然なところはない。
「支援後は、説明できるんですね」
岸本が言った。
「支援があったから生活が変わった」
「じゃあ、分からないのは、その前だけ」
悠真は区分変更前の記録を開いた。
《確認可能な生活記録》
《就労 通常》
《睡眠 通常範囲》
《食事・消費 通常範囲》
《外出 通常範囲》
《行政手続き 未完了なし》
《医療利用 重大な変化なし》
《家族・社会接触 通常範囲》
《設備需要 通常範囲》
すべてが通常だった。
通常という言葉が続く。
少し良かったのか、少し悪かったのかまでは表示されていない。
ただ、区分をAからDへ変えるほどの生活変化は確認できなかった。
《区分変更》
《生活支援区分 AからD》
《変更日時 四月十八日 〇時〇三分》
《変更幅 三段階》
《急落要因 確認できず》
その下に、再計算結果があった。
《同一入力》
《同一モデル版》
《再計算結果 一致》
最初にCase-04の資料を確認した時と、同じ文言だった。
同じ入力を使えば、同じ結果が出る。
だから処理の途中で偶然値が崩れたわけではない。
それでも、なぜDになったのかは説明されていない。
「入力が同じなら、結果も同じ」
岸本が読んだ。
「そう書いてある」
「でも、理由は分からない」
「ああ」
「結果が同じなら、理由も同じじゃないんですか?」
「何と比べて?」
「最初の計算と、再計算です」
「処理は同じなんだろ」
「処理が同じなら、理由も同じでしょう」
「内部ではな」
「私たちには分からない?」
「人が読める形では出てない」
岸本は少し黙った。
悠真も画面を見た。
Nexus-21が何も根拠なく数値を出したとは考えにくい。
何らかの入力を使い、何らかの関連を見つけ、将来の生活状態を予測した。
ただ、その関連が人間の理解できる説明へ変換されていない。
表示されているのは結果だけだった。
《AからD》
《再計算結果 一致》
《急落要因 確認できず》
「担当者は、何を確認したんですかね」
岸本が尋ねた。
悠真は確認記録を開いた。
《初回変更処理》
《自動判定 完了》
《通常範囲を超える変更を検知》
《監査確認へ移行》
《暫定生活支援区分 D》
《支援開始 承認済み》
《調査継続》
承認者の氏名は表示されていない。
所属だけが記載されている。
《調整局 指定責任者》
《監査局 調査受付》
人間が承認したのは、判定の正しさではなかった。
D区分として支援を開始すること。
通常範囲を超えた変更として調査を始めること。
少なくとも、記録上はそう分けられている。
《確認対象》
《重大な生活上の不利益を防ぐため、暫定支援を開始する必要性》
《確認結果》
《支援開始が適当》
「理由が分からなくても、支援は始めた」
岸本が言った。
「Dの予測が出てるからな」
「外れてたら?」
「支援が増えるだけなら、すぐに困るとは限らない」
「仕事とか生活は変わってますけど」
悠真は設備需要の記録へ戻った。
区分変更後、日中在宅率は上がっている。
公共交通の利用は減っている。
支援内容の詳細は見えない。
ただ、何らかの予定変更が行われたことは分かる。
「本人が選んだのかもしれない」
「何をですか?」
「支援を使うことも、予定を変えることも」
「選択肢が出たから選んだ?」
「ああ」
「区分が変わらなければ、出なかった選択肢ですよね」
「そうだな」
岸本は画面へ視線を戻した。
誰かが命令したわけではない。
支援が提示され、本人が選んだ。
その結果、生活が変わった。
制度上は、本人の選択だった。
それでも、最初に区分が変わらなければ、その選択肢は現れなかった。
*
比較画面の下部に、設備需要補正の一覧が表示された。
《通常生活支援事例》
《変更前需要 説明可能》
《支援後需要 説明可能》
《設備需要補正 適正》
《Case-04》
《変更前需要 通常範囲》
《支援後需要 説明可能》
《設備需要補正 適正》
両方とも、支援後の需要変化は説明できる。
違うのは、区分変更前だった。
通常事例には、変更へ至る生活の流れがある。
Case-04にはない。
それでも、設備需要補正という悠真の担当範囲では、どちらも適正だった。
支援後の在宅率。
交通利用。
施設需要。
その変化に合わせて設備を調整する。
設備側から見れば、それで十分だった。
《比較結果》
《設備需要記載に不整合なし》
《追加補正 不要》
《急落要因の判定 担当範囲外》
「これで確認済みにするんですか?」
岸本が尋ねた。
「設備需要には問題ない」
「Case-04の理由は分からないままです」
「そこは確認対象じゃない」
「分かってます」
岸本はそう答えたが、すぐには画面を閉じなかった。
悠真も同じだった。
確認ボタンには、対象が明記されている。
《設備需要記載を確認》
《生活支援区分変更の妥当性を確認するものではありません》
以前表示された、対象の曖昧な《人間確認済み》とは違う。
何を確認したのかが、はっきり分かれている。
悠真は《設備需要記載を確認》を選んだ。
《閲覧確認を記録しました》
《設備需要記載 確認済み》
《区分変更理由 未確認》
《調査継続中》
岸本も少し遅れて、同じ操作をした。
「前より分かりやすいですね」
「何が?」
「私たちが何を確認したのか」
「ああ」
「でも、分からないところも、分からないまま残るんですね」
「消す理由はないだろ」
「ないです」
灰色の枠が閉じる。
通常の業務画面へ戻った。
予定されていた確認時間は、あと四分残っている。
《外部検証資料確認支援》
《本日の確認 完了》
《追加対応 不要》
《翌営業日の担当資料 あり》
悠真は最後の項目を開いた。
《比較確認資料》
《対象 通常区分変更事例/急落事象》
《担当範囲 設備需要記載》
《予定時刻 六月十七日 十三時三十分》
今日で終わるはずだった確認支援が、一日延長されている。
「明日もありますね」
岸本が言った。
「ああ」
「本来は今日までじゃなかったですか?」
「比較確認が追加されたんだろ」
「Case-04だけ?」
表示を確認する。
資料名は出ていない。
件数も書かれていない。
《急落事象》
複数かどうかも分からない。
ただ、Case-04以外にも比較する資料があるように読めた。
悠真は詳細を開こうとした。
《資料は予定時刻に表示されます》
《事前確認は不要です》
それ以上は見られなかった。
「また明日ですね」
岸本が端末を閉じた。
「そうだな」
「気になります?」
「仕事になったからな」
「前も同じこと言ってました」
「同じだからな」
岸本は笑った。
悠真も画面を閉じた。
*
帰宅したのは、十九時を少し過ぎた頃だった。
玄関を開けると、リビングから蓮の声が聞こえた。
「パパ、きょうりゅう!」
「何が?」
「たかさ!」
朝の会話を覚えていたらしい。
食卓の中央には、家庭用端末が恐竜と建物の比較画像を表示していた。
陽菜と蒼も一緒に見ている。
「出したのか」
「蓮が見たいって」
蒼が言った。
「パパは出さなくていいって言ってた」
蓮が報告する。
「でも見たかったのか?」
「うん」
画面には、複数の恐竜と二十六・四メートルの線が並んでいる。
長い首を持つ恐竜の一部は、線より高い。
多くはそれより低かった。
「これなら分かる?」
陽菜が尋ねた。
「うん」
蓮は満足そうに頷いた。
「おおきいけど、いちばんじゃない」
「そうだな」
朝、悠真には必要ないと思った情報だった。
蓮には必要だったらしい。
同じ数字。
同じ高さ。
知りたい理由は違う。
美咲が台所から顔を出した。
「手、洗ってきて。もう食べるよ」
「ああ」
悠真は上着を脱ぎ、洗面所へ向かった。
背後では、蓮が別の恐竜を選んでいる。
『比較表示を更新します』
家庭用端末の声が聞こえた。
今日の仕事では、同じ結果が二度出た。
再計算しても変わらなかった。
それでも、なぜその結果になったのかは分からなかった。
悠真は手を洗いながら、明日の予定を思い出した。
《通常区分変更事例/急落事象》
Case-04以外の名前は、まだ表示されていない。
第8話 完




