第8話 理由のある変更 Part2 届いた支援
十五時四十分になると、保留されていた資料が開いた。
《支援実施後の生活行動変化》
《対象期間 五月三日から五月三十一日》
《担当範囲 設備需要影響》
最初に表示されたのは、支援の利用状況だった。
《健康相談》
《五月四日 実施》
《所要時間 二十八分》
《追加受診案内 あり》
《就労相談》
《五月七日 実施》
《職業訓練候補 三件提示》
《本人選択 一件》
《生活手続き補助》
《未完了二件 完了》
《食事支援》
《利用なし》
《地域交流提案》
《保留継続》
通知された支援のうち、本人が利用したのは三つだった。
全部ではない。
断ったものも、決めていないものも残っている。
それでも、利用した支援については、それぞれ次の行動へつながっていた。
悠真は健康相談の項目を開いた。
個別の診断名や相談内容は表示されない。
設備需要へ関係する範囲だけが整理されている。
《健康相談後の行動》
《五月六日 医療機関受診》
《五月十三日 再受診》
《睡眠改善支援 利用開始》
《服薬情報 非表示》
《診断内容 担当範囲外》
医療機関へ行った。
睡眠に関する支援が始まった。
それ以上は分からない。
悠真が知る必要もなかった。
画面を下へ動かす。
《五月三日から五月九日》
《平均睡眠時間 五時間二分》
《五月十日から五月十六日》
《平均睡眠時間 五時間四十九分》
《五月十七日から五月二十三日》
《平均睡眠時間 六時間二十一分》
《五月二十四日から五月三十日》
《平均睡眠時間 六時間三十八分》
数字は少しずつ戻っていた。
急に正常になったわけではない。
相談を受けた翌日から、すべてが改善したわけでもない。
一週間ごとに、わずかに長くなっている。
「睡眠、戻ってますね」
岸本が言った。
「六時間半くらいまで」
「最初は四時間台でしたよね」
「ああ」
「健康相談を断ってたのに、区分が変わったあとには受けた」
「提示の仕方が変わったのかもしれない」
「表示されてます?」
悠真は支援履歴を確認した。
健康相談は、区分変更前にも二度提示されている。
最初は保留。
二度目は利用しない。
区分変更後の三度目で、利用を希望していた。
《提案内容の変更》
《初回》
《体調に関するオンライン相談》
《二回目》
《睡眠状態に関する相談》
《三回目》
《就労状態の変化に伴う睡眠相談》
「三回目は、仕事の変化と一緒に出てる」
悠真が言った。
岸本が自分の画面で確認する。
「同じ健康相談でも、理由が違うんですね」
「最初は体調全般。次は睡眠。その次は失職と睡眠」
「本人にとっては、三回目が一番納得しやすかったのかもしれませんね」
「かもしれないな」
資料には、本人がなぜ受けたのかまでは書かれていなかった。
三回目だったからかもしれない。
区分変更の通知を見たからかもしれない。
眠れない状態が続いたからかもしれない。
理由は断定できない。
記録されているのは、利用を希望したという選択だけだった。
*
就労相談の項目には、三つの候補が表示されていた。
《職業訓練候補》
《短期事務支援研修》
《地域物流補助研修》
《設備監視基礎研修》
《本人選択》
《短期事務支援研修》
《選択理由》
《過去の業務経験に近い》
《移動時間が短い》
《開始時期が早い》
研修は五月十二日から始まっている。
一日四時間。
週三日。
期間は六週間。
正規雇用ではない。
就職が決まったわけでもない。
ただ、外出する予定が増えた。
《研修開始前》
《週平均外出日数 一・四日》
《研修開始後》
《週平均外出日数 三・八日》
《公共交通利用 増加》
《昼間在宅率 低下》
《研修施設周辺での消費記録 増加》
設備需要へ影響する項目が並ぶ。
自宅で使う電力は減り、交通設備と研修施設の需要が増えている。
その下に、本人の評価があった。
《研修継続意思確認》
《本人選択 継続する》
《負担評価 許容範囲内》
《満足度入力 任意》
《入力なし》
満足しているとは書かれていない。
嫌がっているとも書かれていない。
継続すると選んだ。
それだけだった。
「満足度、入れてないですね」
岸本が言った。
「任意だからな」
「でも、継続はしてる」
「続けられるとは思ったんだろ」
「楽しいかは分からない」
「ああ」
研修が本人に合っているのか。
将来の仕事につながるのか。
その判断はまだできない。
ただ、生活の中に外出する理由と時間が戻った。
資料が示しているのはそこまでだった。
*
食事支援は、利用されていなかった。
《本人選択 今回は利用しない》
《理由 自分で対応可能》
その後の記録を開く。
《食料品購入頻度》
《区分変更前四週間 週平均二・一回》
《区分変更後四週間 週平均三・四回》
《購入内容の栄養評価 改善》
《食事支援再提案 なし》
本人の判断どおり、自分で対応できていたらしい。
支援を断ったことで、悪化したわけではない。
システムも同じ提案を繰り返していない。
必要性が下がったため、再提示されなかった。
「ここ、ちゃんと止まるんですね」
岸本が言った。
「何が?」
「提案です。断ったあと、結果が良かったから出なくなってる」
「必要がないなら出さないだろ」
「異動提案みたいに、別の形で続くのかと思いました」
「人事と食事じゃ違う」
「そうですね」
岸本は少し笑った。
「何でも同じだと思うのも、雑ですよね」
悠真は返事をしなかった。
同じ制度の中でも、提案の目的は違う。
人員配置は、本人だけでなく組織全体へ影響する。
食事支援は、本人の生活状態が改善すれば終了できる。
断った後に何が起こるかは、提案の種類によって変わる。
一つの仕組みだけを見て、全部を同じだと考える方が不自然だった。
*
地域交流提案は、保留のままだった。
《五月二日 保留》
《五月九日 再確認》
《本人選択 保留を継続》
《五月二十三日 再確認》
《本人選択 今後の提案を一時停止》
《停止期間 三十日》
《本人確認済み》
参加していない。
別の交流先を選んでもいない。
三度目には、提案そのものを一時停止している。
《停止による生活支援区分への直接影響 なし》
《必要性が大きく変化した場合は、期間中でも再案内する場合があります》
完全に消えるわけではない。
重大な変化があれば、また表示される。
ただし今は、三十日間は出さない。
本人が選んだ通りになっている。
「地域交流は嫌だったんですかね」
岸本が尋ねた。
「分からない」
「人と関わりたくないとか」
「理由は入力されてない」
「そうでした」
岸本は自分の画面へ戻った。
理由を入れない選択も認められている。
保留。
停止。
それだけで処理されていた。
制度が理由を欲しがらないわけではない。
理由があれば、次の提案を調整できる。
それでも、すべての選択に説明を要求しているわけではなかった。
少なくとも、この画面ではそう見えた。
*
悠真の担当する設備需要影響の一覧が表示された。
《支援実施前》
《住居内電力使用 通常比プラス十二・〇パーセント》
《日中在宅率 九十一パーセント》
《公共交通利用 通常比マイナス六十八パーセント》
《地域施設利用 低下》
《支援実施後》
《住居内電力使用 通常比プラス三・一パーセント》
《日中在宅率 六十四パーセント》
《公共交通利用 通常比マイナス十九パーセント》
《研修施設利用 週三回》
《医療施設利用 月二回》
数値は完全に元へ戻ってはいない。
失職前と同じ生活でもない。
仕事の代わりに研修へ行き、医療機関も利用している。
生活の形そのものが変わっている。
その変化に合わせて、設備需要も移動していた。
自宅から、交通と施設へ。
夜間から、昼間へ。
不規則だった使用が、予定のある時間帯へ集まり始めている。
《需要変動要因候補》
《研修参加に伴う日中不在》
《医療機関受診》
《生活手続き完了による外出》
《食料品購入頻度の回復》
《関連性 高》
《要因確認をお願いします》
悠真は各記録を開いた。
研修日。
交通利用。
自宅の電力使用。
医療機関の予約時刻。
買い物の時間帯。
それぞれが一致している。
個人の生活を覗いているような感覚はなかった。
表示されているのは、設備需要の変化に必要な時刻と量だけだった。
行き先の詳細や、購入した商品名は出ていない。
誰と会ったかも表示されない。
《要因確認》
《支援実施後の行動変化と設備需要の関連を確認しましたか》
《確認した》
《追加照会が必要》
《判断保留》
悠真は《確認した》を選んだ。
続いて、補正案が表示される。
《設備需要補正案》
《単身世帯向け就労・生活支援実施期間》
《平日日中の住居需要 マイナス〇・四パーセント》
《交通・公共施設需要 プラス〇・三パーセント》
《地域全体への影響 軽微》
《追加設備 不要》
《予測モデルへの反映 推奨》
一人分の生活変化を、そのまま地域全体へ当てはめるものではない。
類似した支援事例と合わせ、次回以降の需要予測へ小さな補正を加える。
そのための資料だった。
悠真は補正値の根拠を確認した。
《類似事例 八十二件》
《同種支援の利用率》
《研修参加率》
《外出頻度変化》
《住居需要変化》
《適用地域の世帯構成》
算出過程は表示されている。
〇・四パーセントが、どこから出たのか追える。
《設備需要補正》
《適正》
《修正を提案》
《追加検証を依頼》
《判断対象外》
悠真は《適正》を選んだ。
《要因確認を記録しました》
《設備需要補正の確認を記録しました》
《最終反映は需給予測室責任者が承認します》
区分変更そのものを承認したわけではない。
支援が適切だったと判定したわけでもない。
本人が幸せになったと確認したわけでもない。
支援後の生活行動と、設備需要の変化が資料の記載と合っている。
悠真が確認したのは、その範囲だった。
*
岸本はまだ画面を見ていた。
「終わらない?」
悠真が尋ねる。
「一か所だけ」
「何か違う?」
「生活支援区分です」
岸本が画面を少し横へ動かした。
《現在の生活支援区分 C》
《次回定期確認 七月二日》
「生活は良くなってるのに、まだCなんですね」
「改善してから、まだ長くは経ってないだろ」
「でも、睡眠も外出も戻ってます」
「仕事は決まってない」
「研修には行ってます」
「研修だからな」
岸本は少し考えた。
「改善したら、すぐ戻るものだと思ってました」
「悪化した時も、すぐ変わったわけじゃない」
失職から区分変更までは、およそ一か月かかっている。
一つの出来事ではなく、複数の変化が継続したことで変更された。
なら、改善も一定期間を見るのだろう。
画面に説明があった。
《区分変更後の再評価》
《短期的な改善のみで区分を変更しません》
《生活状態の継続性と支援必要性を確認します》
《本人は現在の区分にかかわらず、利用中の支援を継続または終了できます》
「戻すのも慎重なんですね」
岸本が言った。
「上下する方が困るだろ」
「昨日良くて、今日悪いとか」
「ああ」
「でも、本人からすると、まだCなんだって思うかもしれません」
「思うかもしれないな」
区分は支援を増やすためのものだ。
人格や価値を示すものではない。
公式にはそう説明されている。
それでも、本人の画面にはBからCへ変わったことが表示される。
生活が改善し始めても、すぐには戻らない。
そのことをどう感じるかは、資料には書かれていなかった。
《本人による区分再確認》
《実施なし》
《異議申立て なし》
本人は、今のところ何も求めていない。
だからといって、気にしていないとは限らない。
ただ、確認できる記録はそこまでだった。
*
十六時二十二分。
需給予測室から、確認終了の通知が届いた。
《通常生活支援事例》
《設備需要影響確認 完了》
《変動要因 確認済み》
《設備需要補正 適正》
《追加対応 不要》
その下に、一行だけ別の表示があった。
《支援後の生活状態》
《改善傾向》
悠真は詳細を開いた。
《睡眠 改善》
《外出 改善》
《手続き 完了》
《就労状態 研修参加》
《社会接触 判定保留》
地域交流提案を止めているため、社会接触については改善と判定されていない。
連絡相手数にも大きな変化はなかった。
それでも全体としては、改善傾向だった。
理由のある区分変更。
理由のある支援。
理由のある生活変化。
記録は、最初から最後までつながっている。
「これなら、変更して良かったってことですかね」
岸本が言った。
悠真はすぐには答えなかった。
区分が変わらなければ、健康相談を受けなかったかもしれない。
就労相談の日程も、もっと遅くなったかもしれない。
手続きも止まったままだったかもしれない。
支援が役に立ったことは、記録から読み取れる。
「支援は役に立ってる」
悠真は答えた。
「区分変更も?」
「そのために支援が増えたなら、役に立ったんじゃないか」
「本人がどう思ってるかは、分からないですけど」
「ああ」
資料には、本人の感想はなかった。
満足度も入力されていない。
ただ、選んだ支援を利用し、研修を継続し、食事支援は使わずに自分で改善した。
地域交流は止めた。
本人の生活は、本人の選択を含んだまま変わっている。
画面の最下部に、次の資料案内が表示された。
《比較確認資料 あり》
《閲覧可能範囲 設備需要記載》
《比較対象 Case-04》
悠真は文字を見た。
通常事例と、Case-04。
並べる理由は分かる。
一方には、区分変更までの生活変化がある。
もう一方には、それがない。
《比較資料を開きますか》
《開く》
《後で確認》
《担当変更を希望する》
悠真は時刻を見た。
予定されていた確認時間は、あと十三分残っている。
隣では、岸本も同じ表示を見ていた。
「出ましたね」
「ああ」
「今日は開くんですか?」
悠真は《開く》へ指を置いた。
業務として用意された資料だった。
今度は、担当範囲に含まれている。
悠真は画面に触れた。
《比較資料を準備しています》
灰色の枠が、ゆっくりと広がった。




