第6話 担当になった理由 Part1 空いた席
週末は、予定どおりに過ぎた。
土曜日の模型教室で、陽菜と真央が作ったのは、小さな商店と、その前を曲がっていく道だった。
近い道でも、楽しい道でもない。
途中に広場があり、ベンチが二つ置かれていた。
「これは、どこに行く道なんだ?」
帰宅後、悠真が尋ねると、陽菜は模型を覗き込んだ。
「お店」
「広場は?」
「途中で休むところ」
「休んだら、お店に着くのが遅くなるぞ」
「でも、真央ちゃんが疲れるかもしれないから」
陽菜は当然のように答えた。
日曜日は、自治会清掃のあとに家族で中央防災公園へ行った。
予測どおり、昼を過ぎる頃には人が増えた。
蓮は持ってきたボールを追いかけ、蒼は広場の端で同じ年頃の子どもたちに混ざった。陽菜は遊具には行かず、園路の脇に置かれたベンチを一つずつ見ていた。
「何してるんだ?」
「座りやすいのを見てる」
「模型に使うのか?」
「たぶん」
結局、どのベンチが一番だったのかは聞かなかった。
夕方には、家庭用端末から帰宅を勧める通知が出た。
《公園内の混雑率が上昇しています》
《現在地から十八分以内に退出した場合、帰宅時の交通混雑を回避できます》
「もう帰る?」
美咲が尋ねた。
「蓮が満足したら」
「まだ!」
離れたところから、すぐに声が返ってきた。
提案された時刻を少し過ぎてから、家族は公園を出た。
帰り道では、予測より七分長く車内にいた。
誰も、それを失敗とは思わなかった。
*
月曜日の朝、悠真の予定には、見慣れない項目が一つ増えていた。
《九時 部門定例》
《十時 相川市訪問前確認》
《十三時三十分 外部検証資料確認支援》
最後の予定には、案件名が表示されていない。
代わりに、短い説明だけが付いていた。
《生活行動予測モデルに関する資料確認》
《所要時間予測 九十分》
《事前準備 不要》
悠真は項目を開いた。
《依頼元 基盤運用統括室》
《参加者 四名》
《担当範囲 設備需要予測に関する記載確認》
機密区分は、通常業務と同じだった。
特別な権限が追加された形跡もない。
関連資料の一覧は、会議開始時に表示されることになっている。
「何か増えてます?」
隣で岸本が尋ねた。
「午後に資料確認が入った」
「相川ですか?」
「違う。生活行動予測モデル」
岸本が自分の予定を確認する。
「私は入ってないですね」
「四人だけらしい」
「選ばれましたね」
「大げさだろ」
画面の下部には、割り当ての条件が表示されていた。
《選定条件》
《設備需要予測検証の実務経験》
《自治体案件における住民説明工程への参加》
《関連資料の確認経験》
悠真は最後の一項を見た。
「検索したからじゃないですか?」
岸本も同じ箇所に気づいたらしい。
「確認経験としか書いてない」
「Case-04を二日続けて見た人、そんなに多くないでしょう」
「見ようとして表示されたわけじゃない」
「でも、開こうとはしましたよね」
「一度だけな」
「検索もしました」
「公開資料を調べただけだ」
「それも確認経験です」
岸本は少し楽しそうだった。
「気になっていたものが、仕事になりましたね」
「同じ資料とは限らない」
「生活行動予測モデルですよ」
「それだけなら、ほかにもあるだろ」
「Case-04も出てきますかね」
「出ないかもしれない」
「出てほしいですか?」
悠真は答えず、予定を閉じた。
「相川の確認が先だ」
「真面目ですね」
「今日、最初の訪問だろ」
「はい」
岸本の声から軽さが少し消えた。
十二世帯への説明は、今日から始まる。
最初の一軒には、悠真と岸本、それに相川市の担当者が一緒に入る予定だった。
午後の資料確認より、今はそちらの方が仕事に近かった。
*
九時の部門定例で、午後の予定について簡単な説明があった。
「基盤運用統括室から、資料確認の応援依頼が来ています」
担当者が画面を切り替える。
《外部検証資料確認支援》
《対象 生活行動予測モデル》
《目的 設備需要予測への影響記載の確認》
《期間 本日から三営業日》
悠真を含む四人の名前が表示された。
全員、設備需要予測か自治体案件に関わった経験がある社員だった。
「業務量は?」
参加者の一人が尋ねた。
「一日九十分程度です。通常業務を優先し、時間内に終わらない場合は翌日へ繰り越してください」
「緊急性は?」
「ありません」
「期限は?」
「水曜日の終業時です」
画面に優先順位が表示される。
《優先度 標準》
《期限超過時の影響 軽微》
《追加勤務 推奨しない》
急ぐ仕事ではない。
今日中に終わらせる必要もない。
「本来の確認担当者が、別案件の現地対応へ移ったための補充です」
欠員の理由も、それだけだった。
特別な指名ではない。
空いた席に、条件の合う社員が四人入った。
「佐伯さんは、設備需要予測部分をお願いします」
「分かりました」
「記載内容が実務と合っているかだけ確認してください。検証手法そのものの判断は対象外です」
「修正が必要な場合は?」
「指摘を記録してください。修正判断は依頼元が行います」
悠真は頷いた。
資料を決めるのは別の部署。
悠真が行うのは、書かれている内容と実際の設備運用が食い違っていないかを見ることだった。
普段の仕事と、大きくは変わらない。
《担当割り当てを承認しますか》
《承認する》
《日程変更を希望する》
《担当変更を希望する》
悠真は《承認する》を選んだ。
《担当割り当てを確定しました》
《関連資料は十三時二十分から閲覧可能です》
続いて、一文が加わる。
《確認対象には、現在の通常業務では表示されない情報が含まれる場合があります》
悠真は表示を読んだ。
隣の席で、岸本がこちらを見ている。
「出てきそうですね」
「何が?」
「Case-04」
「会議中だぞ」
「小声です」
「聞こえてる」
「佐伯さんにだけなら大丈夫です」
担当者が次の案件へ画面を切り替えた。
相川市。
対象十二世帯への訪問説明。
初回訪問は十一時。
移動開始は十時十五分。
悠真は午後の予定を閉じた。
*
十時の訪問前確認が始まった。
今日訪問するのは、説明手順と記録方法を確かめるための一世帯だけだった。
画面の隅には、午後の資料確認が小さく表示されている。
《関連資料 十三時二十分公開》
まだ内容を見ることはできない。
悠真は午後の予定を閉じた。
今日、最初に聞くべきなのは、まだ資料になっていない住民の言葉だった。




