第5話 必要ではない情報 Part2 許容範囲の内側
悠真が担当した二施設の確認を終えても、岸本は画面を閉じなかった。
時刻は十四時を少し過ぎている。
「何かあった?」
「一件だけ、少し高いです」
岸本が検証画面を横へ動かした。
《予測値と実測値の差 三・八パーセント》
《判定 許容範囲内》
「範囲内じゃないか」
「ほかは全部、二パーセント以下なんですよ」
「時間帯は?」
「十七時から十九時です」
対象は、駅と公共施設に近い中継設備だった。
予測より少し早く需要が上がり、その状態が二時間ほど続いている。
「気温補正は?」
「入っています」
「施設利用は?」
「今、見ています」
岸本が関連記録を開く。
図書館。
運動施設。
行政相談窓口。
医療支援センター。
通常と異なる項目が一件だけあった。
《臨時健康相談》
《実施時間 十六時三十分から十八時三十分》
《予約不要》
《利用者数 予測を上回りました》
「これじゃないか?」
「時間は合いますね」
岸本が利用状況と需要の変化を重ねる。
相談会の開始後に周辺の利用者が増え、終了に合わせて需要も下がっていた。
《差異要因候補》
《臨時健康相談に伴う一時的な地域行動変化》
《関連性 高》
《採用しますか》
岸本はすぐには選ばなかった。
「予約不要だと、人数まで読めないんですかね」
「予測はできても、必ず当たるわけじゃない」
「でも、三・八パーセントです」
「範囲内だ」
岸本が横目で悠真を見る。
「さっきから、それしか言ってませんよ」
「検証だからな」
設備の稼働記録に異常はない。
出力制御も、蓄電量も、通信状態も正常だった。
予測より需要が増えた。
設備は、その増加に問題なく対応した。
「採用します」
岸本が画面に触れる。
《差異要因》
《臨時健康相談に伴う一時的な地域行動変化》
《追加補正 不要》
《次回予測へ反映します》
「終わりました」
「早かったな」
「佐伯さんが範囲内って言ったので」
「原因を選んだのは岸本だろ」
「外れていたら半分だけ責任をお願いします」
「何もしてない」
「確認してくれました」
「画面を見ただけだ」
「人間確認ですね」
岸本は笑い、確認済みの印を付けた。
《担当施設 二件》
《重大な差異 なし》
《人間確認 完了》
間もなく、八施設すべての確認が終了した。
《設備需要予測検証 完了》
《追加対応 不要》
《次回検証予定 一か月後》
案件表示が閉じる。
*
十五時を過ぎると、執務室から人が少しずつ減り始めた。
会議へ向かう者。
別の階へ移動する者。
早い時間から勤務していた者の画面には、退勤可能の表示が出ている。
悠真の業務一覧にも、今日中の処理項目は残っていなかった。
《本日の主要業務は完了しました》
《退勤可能時刻 十七時三十分》
現在時刻は十五時十八分。
端末には、空いた時間の利用候補が表示されていた。
《翌週業務の事前確認》
《社内研修》
《休暇取得計画の更新》
悠真は一番上を選んだ。
翌週の予定に、相川市の訪問日程が表示される。
確定した九世帯だけが、二日間の訪問順へ入っていた。
残る三世帯は、まだ調整中になっている。
初日の最初には、悠真と岸本、市の担当者の名前が並んでいた。
その後は二組に分かれる。
訪問間の移動時間。
説明予定時間。
住民が希望した説明方法。
必要な項目だけが整理されている。
「来週の予習ですか?」
岸本が尋ねた。
「訪問順が出てた」
「残り三世帯は?」
「まだ調整中だ」
岸本も予定表を開く。
「初日の最後、説明時間が長めですね」
「前に、余裕を取った方がいいって決めた世帯だろ」
「あのご夫婦ですか」
「たぶんな」
最後に回して時間を切るよりも、後ろに余裕を残せる一日目の終盤へ組み込んだ世帯だった。
対面での説明を希望し、遠隔や文字資料は選んでいない。
以前、市の設備に関わる仕事をしていた人物が暮らしているとも聞いている。
「質問、多いでしょうか」
「多いかもしれない」
「予測は表示されないんですよね」
「ああ」
「準備しておいた方がいいですか?」
「資料にあることはな」
「資料にない質問が来たら?」
「持ち帰る」
「その場で答えないんですか?」
「分からないことを、分かったふりで答える方がまずいだろ」
「佐伯さん、細かいことまで確認するのに」
「だから持ち帰るんだよ」
「なるほど」
岸本は初回訪問の資料を開いた。
「じゃあ、質問候補だけ考えておきます」
「聞かれてもいない説明を増やすなよ」
「候補だけです」
「ならいい」
二人の端末に、同じ資料が表示された。
現行配置案。
代替配置案B。
どちらも、安全性と環境基準を満たしている。
違うのは、費用と工程。
そして、十二世帯の窓から何が見えるかだった。
*
資料を閉じる途中で、本日の参照履歴が表示された。
《設備需要予測検証》
《外部検証資料との参照関係 一件》
《Case-04》
詳細欄は折り畳まれている。
今日の担当業務に含まれないことも、午前中に確認したとおりだった。
「また見てるんですか?」
岸本が言った。
「履歴に出ただけだ」
「もう一度、検索します?」
「昨日しただろ」
「今日は公開されているかもしれませんよ」
「一日で?」
「可能性はあります」
「公開される予定とも書いてない」
「では、しないんですね」
「業務に必要ないからな」
悠真は履歴を閉じた。
検索を行えば、昨日と同じ結果が表示されるのかもしれない。
新しい情報が追加されている可能性も、ないとは言い切れない。
だが、今日の検証は終わっている。
設備に異常はなく、追加補正も必要なかった。
「それより、質問候補を作るんじゃなかったのか?」
「検索しないなら、そうします」
「俺が検索すると、やらないのか?」
「気になるので」
「岸本も気になってるじゃないか」
「佐伯さんが気にしているものが、少し気になるだけです」
「同じだろ」
「少し違います」
岸本が訪問資料を再び開く。
悠真も自分の画面へ視線を戻した。
来週、住民から何を聞かれるかは分からない。
予測された質問の一覧も表示されていない。
二人は資料の上から順に、説明が足りない箇所だけを確認していった。
*
退勤前、今日の業務結果が表示された。
《設備需要予測検証 完了》
《相川市訪問資料 事前確認済み》
《重大な未処理事項 なし》
その下には、情報利用の記録が続いている。
《外部資料参照 一件》
《追加検索 なし》
悠真は確認を押した。
《本日の業務記録を保存しました》
画面が翌日の予定へ切り替わる。
《六月十二日 土曜日》
《建築模型教室》
《開始時刻 十時》
仕事の予定はなかった。
悠真は端末を閉じ、席を立った。
Case-04は、今日も履歴の中に残った。
それを開く予定は、翌日の画面には表示されていなかった。
第5話 完




