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静国 -Silent Dominion-  作者: はやぽん


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18/85

第5話 必要ではない情報 Part1 説明の準備

 金曜日の朝、陽菜は食卓で明日の予定を確認していた。

《建築模型教室》

《開始時刻 十時》

《推奨出発時刻 九時十四分》

《予測待機時間 十九分》

「真央ちゃんも来るんだよな」

 悠真が尋ねると、陽菜はパンを齧りながら頷いた。

「昨日、連絡した」

「今度はどんな家を作るんだ?」

「まだ決めてない」

「近い道は?」

「分かんない」

「楽しい道は?」

「真央ちゃんと決める」

 リビングの端には、家で作った模型が置かれていた。

 どこにも行かない道の先にあるベンチは、昨夜直した脚でまっすぐ立っている。

「これも持っていくのか?」

「持っていかないよ」

「せっかく直したのに」

「これは、この家のだから」

 明日作る家には、別の道ができるらしい。

「日曜日、ボール忘れないでね」

 蓮が言った。

「覚えてるよ」

「ほんと?」

「日曜は清掃のあと、公園だろ」

「おおきいほう」

「分かってる」

 蓮はまだ少し疑うような顔をした。

『日曜日の屋外活動への影響は低い見込みです』

 家庭用端末が会話へ加わる。

『自治会清掃終了後に中央防災公園へ移動した場合、到着予測時刻は十一時四十一分です』

「そこまで決めなくていいよ」

『承知しました。予定候補のみ保持します』

 悠真はコーヒーを飲んだ。

 明日は模型教室。

 日曜日は自治会清掃と公園。

 今週末の予定は、それで決まっていた。

     *

 入館ゲートを通ると、今日の予定が表示された。

《九時 部門定例》

《十時三十分 相川市住民説明結果共有》

《十三時 設備需要予測検証》

 昨日見たものと変わっていない。

 Case-04に関する通知はなかった。

 未完了の対応も、追加確認の提案もない。

 悠真は表示を閉じ、執務室へ向かった。

「おはようございます」

 岸本遥が机の上で紙を揃えていた。

「珍しいな」

「紙ですか?」

「ああ」

「午後の検証用です。地域ごとの数字を並べた方が見やすそうだったので」

「印刷を勧められたのか?」

「三枚までは、作業効率の改善が資源利用の低下を上回るそうです」

「細かいな」

「なので三枚です」

 岸本はそのうち一枚を、悠真の机へ置いた。

「佐伯さんの担当分」

「自分の分が減ってるぞ」

「二枚で足りると気づきました」

「印刷したあとに?」

「印刷したから気づいたんです」

 悠真は紙を受け取った。

 複数施設の予測値と実測値が、時間帯ごとに並んでいる。

 目立った差は見当たらない。

「役に立ったら教えてください」

「評価に使うのか?」

「次も印刷できるように」

「別に禁止されてないだろ」

「禁止と推奨は違います」

「便利な社会だな」

「便利ですよ」

 岸本はそう言って、自分の画面へ戻った。

     *

 九時の部門定例では、各案件の進捗が簡潔に共有された。

 相川市の項目には、二つの表示が並んでいた。

《眺望影響対象十二世帯への事前説明 準備中》

《生活時間帯変更対象世帯への通知 設備配置確定後》

 同じ相川市案件でも、二つは別の工程だった。

 先に、十二世帯へ現行配置案と代替配置案を説明する。

 その結果を踏まえて設備の位置を決め、その後に生活時間帯に関する世帯別提案を始める。

「十二世帯への連絡状況は、十時半の共有で確認します」

 担当者が言った。

「工程への遅れはありません」

 画面はすぐに次の案件へ切り替わった。

     *

 十時三十分。

 共有されたのは、事前連絡に対する回答状況だった。

《対象世帯 十二世帯》

《事前連絡済み 十二世帯》

《訪問日程確定 九世帯》

《日程調整中 三世帯》

《訪問説明実施 〇世帯》

「三世帯のうち、一世帯は家族内で希望日時を確認中です」

 相川市の担当者が遠隔画面から説明した。

「残る二世帯は、提示した候補日では難しいとの回答がありました。現在、別日を調整しています」

「連絡が取れていない世帯は?」

「ありません。十二世帯すべて、事前連絡は確認済みです」

「二日間で回れますか?」

「現状では可能です。ただし、別日を希望している二世帯については、説明時間を分ける可能性があります」

 訪問予定表が表示された。

 一日目と二日目。

 世帯番号と説明可能な時間だけが並んでいる。

 氏名や職業、賛否の予測は表示されていない。

 初日の最初には、悠真と岸本の名前があった。

《初回訪問》

《説明担当 佐伯悠真・岸本遥・相川市担当者》

「最初の一軒は、予定どおり一緒ですね」

 岸本が言った。

「ああ。そこで説明の仕方を合わせる」

「私が変なことを言ったら止めてください」

「変なことを言う予定なのか?」

「念のためです」

 訪問資料が開く。

《現行配置案》

《安全性および環境基準への適合》

《眺望への影響》

《代替配置案B》

《眺望影響の軽減》

《事業費および工程への影響》

 どちらか一方を推奨する表現はない。

 資料の末尾には、説明担当者向けの注意事項があった。

《特定案への賛同を求めないでください》

《住民意見を事業決定として扱わないでください》

《予測された反応ではなく、本人が表明した内容を記録してください》

 悠真は最後の一文だけを、もう一度読んだ。

「佐伯さん」

 相川市の担当者に呼ばれ、顔を上げる。

「別日になった場合、追加訪問をお願いできますか?」

「問題ありません」

「既存予定との調整案を送ります」

「候補だけでお願いします。確定は自分で確認します」

「承知しました」

 隣で岸本が小さく笑った。

「何だよ」

「予定調整の勘を鈍らせたくないんですか?」

「その話、まだ覚えてたのか」

「気に入ったので」

「家庭の話を仕事に持ち込むな」

「前にも言われましたね」

 悠真は訪問資料へ確認済みの印を付けた。

《訪問用資料を確認しました》

《日程確定後に再提示します》

 共有は予定より三分早く終わった。

 まだ、住民への説明は一件も始まっていない。

     *

 昼食後、悠真は設備需要予測検証を始めた。

 対象は三地域、八施設。

 四人で二施設ずつ確認する。

 悠真の担当は、住宅地区の蓄電施設と、公共施設群へ電力を送る中継設備だった。

《予測値と実測値の最大差 一・九パーセント》

《許容範囲内》

《運用補正 不要》

 紙の資料と画面を見比べる。

 朝の立ち上がり。

 昼間の安定域。

 夕方の需要増加。

 どの時間帯も、大きく外れてはいなかった。

「紙、役に立ってます?」

 岸本が尋ねた。

「画面を切り替えなくて済む」

「印刷して正解でしたね」

「今のところはな」

「評価、付けておいてください」

「そんな項目あるのか?」

「たぶん、そのうち出ます」

 悠真は次の施設を開いた。

 気象変動。

 施設利用。

 生活行動。

 需要予測に使われたモデルが一覧で表示される。

 その参照欄に、昨日と同じ管理表記があった。

《Case-04》

 悠真は文字に触れた。

《参照資料の詳細は、現在の担当業務には含まれません》

 表示も、昨日と同じだった。

「また出ました?」

 岸本が訊いた。

「ああ」

「開けました?」

「開けない」

「昨日と同じですね」

「そうだな」

 それ以上、確認できることはなかった。

 予測値と実測値の差は一・九パーセント。

 設備運用への補正は不要。

 悠真は確認済みの印を付けた。

《設備需要予測検証》

《担当施設 二件》

《重大な差異 なし》

《人間確認 完了》

 確認履歴を閉じると、画面には一・九パーセントという数字だけが残った。

 今日の業務に必要なのは、その数字だった。


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