第4話 存在しない案件 Part3 残された履歴
十五時からの相川市案件事後処理は、予定より早く終わった。
住民意見の確認記録。
分類修正の履歴。
要約資料への反映結果。
悠真が行った作業は、すべて保存用の形式へ自動変換されていた。
《記録内容に不足はありません》
《保存処理を実行しますか》
悠真は《実行》を押した。
《相川市案件の担当工程を完了しました》
《以後、関連情報は必要時のみ表示されます》
画面から案件名が消える。
昨日まで何度も開いていた住民意見も、分類履歴も、通常の業務一覧からは見えなくなった。
保存された情報は残っている。
必要になれば、また参照できる。
悠真は端末の時刻を見た。
退勤予定まで四十分。
新しい業務を始めるには短い。
今日の記録を整理するには十分だった。
端末が自動で未処理項目を表示する。
《本日の確認待ち》
《業務記録 一件》
《検索支援履歴 一件》
《情報利用傾向 一件》
悠真は上から順に開いた。
業務記録には、運用記録監査の結果がまとめられている。
《重大な異常 なし》
《人間確認 完了》
《監査品質 良好》
問題はない。
確認を付ける。
次に検索支援履歴を開いた。
《検索対象》
《Case-04》
《検索結果》
《一致する公開資料なし》
《追加確認の必要性 低》
《業務継続を推奨》
午前中の検索内容だった。
検索した事実と、案内された結果が簡潔に記録されている。
記録されている内容は、それだけだった。
Case-04を検索した。
公開資料はなかった。
追加確認の必要性は低い。
午前中に見た内容と変わらない。
「どうしました?」
岸本が尋ねた。
「今日の検索履歴が残ってた」
「検索したんだから、残るでしょう」
「まあな」
「何か新しいことは?」
「なかった」
「じゃあ、終わりですね」
「ああ」
悠真は確認済みの印を付けた。
《検索支援履歴を確認しました》
最後に、情報利用傾向を開いた。
《外部資料に関する検索行動を記録しました》
《業務関連性 低》
《確認行動の適正性 問題なし》
問題なし。
検索すること自体は、不適切ではなかった。
ただ、業務上の必要性は低い。
それも、その通りだった。
悠真は確認を付けた。
《本日の確認待ちはありません》
画面が通常の予定表へ戻る。
退勤予定まで二十二分。
悠真は翌日の予定を確認した。
《九時 部門定例》
《十時三十分 相川市住民説明結果共有》
《十三時 設備需要予測検証》
特別な予定はなかった。
悠真は翌日の資料を一通り確認し、端末を閉じた。
*
退勤後、駅へ向かう途中で美咲から連絡が届いた。
《牛乳を買ってきてください》
その下に、LifeOSの提案が表示される。
《現在地から百八十メートル先の店舗を推奨》
《混雑度 低》
《帰宅時間への影響 プラス六分》
悠真は提案された店へ向かった。
店内は予測どおり空いていた。
牛乳をかごへ入れる。
ついでに、陽菜の模型に使えそうな細い木材が目に入った。
文具売り場の端に置かれた工作用の部材だった。
ベンチの脚に使えるかもしれない。
悠真は手に取った。
《購入候補に追加しますか》
生活端末が反応する。
《家庭内活動との関連性を確認》
《満足度予測 八十七パーセント》
悠真は木材もかごへ入れた。
*
「これ、使えるか?」
帰宅して木材を見せると、陽菜は目を輝かせた。
「細い!」
「ベンチの脚にどうかと思って」
「使える」
陽菜はすぐに模型を持ってきた。
曲がっていたベンチは、朝よりさらに傾いている。
「これじゃ座れないな」
「だから直すの」
「手伝うか?」
「切るところだけお願い」
悠真は工作用の小さな刃物を受け取った。
陽菜が示した長さに合わせて木材を切る。
一度目は少し長かった。
「これくらい?」
「長い」
「じゃあ、もう少し」
二度目は短くなりすぎた。
「今度は短い」
「難しいな」
「ちゃんと測って」
「想像だけじゃ駄目か」
「駄目」
陽菜は定規を持ってきた。
二人で長さを測り、三本目を切る。
今度はちょうどよかった。
新しい脚を付けると、ベンチはまっすぐになった。
「座れそうか?」
悠真が尋ねる。
陽菜は模型へ顔を近づけた。
「座れそう」
「良かった」
「パパも?」
「俺が?」
「想像して」
悠真は小さな道を見る。
どこにも行かない道。
その先に置かれた、小さなベンチ。
「座れると思う」
「何する?」
「何もしない」
「正解」
陽菜は満足そうに笑った。
*
夜、生活端末に今日の記録が表示された。
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**佐伯悠真**
N-Index 964
前日比 ±0
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《業務上の詳細確認を実施》
《外部資料に関する検索行動を記録》
《家庭活動への参加を確認》
《本日の行動は、業務品質と家族満足度の維持に寄与しました》
悠真は画面を下へ動かした。
《本日の検索対象》
《Case-04》
《公開資料なし》
《現在の生活への影響 なし》
業務画面ではなく、生活記録の中にも検索対象が表示されていた。
仕事中の行動が生活記録へ含まれることは珍しくない。
勤務時間や判断傾向は、健康管理や翌日の予定調整にも使われている。
悠真は詳細を開いた。
《未完了の対応はありません》
《追加行動は推奨されません》
Case-04について、今すぐ行うべきことはない。
設備の稼働は正常だった。
需要予測にも問題はない。
検索結果にも、新しい情報はなかった。
悠真は《確認》を押した。
画面が切り替わる直前、Case-04という文字が一瞬だけ残った。
公開されていない外部資料の管理表記。
今の自分に必要なのは、それだけだった。
悠真は端末を閉じ、照明を消した。
**第4話 完**




