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静国 -Silent Dominion-  作者: はやぽん


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第4話 存在しない案件 Part2 公開されていない資料

 定例会議が終わったのは、九時三十五分だった。


 議題はすべて予定どおり処理された。


 相川市案件については、住民説明工程へ移行したことが共有されただけで、悠真に追加の作業はなかった。


 自席へ戻る。


 次の設備保守契約確認まで、二十五分。


 端末には、朝確認した月次設備稼働報告が履歴として残っていた。


《参考情報 確認済み》


《業務判断への影響 なし》


 その下に、小さく表示されている。


《Case-04》


 悠真は一度、別の資料を開こうとした。


 だが、指を止める。


 四番目の事例。


 それだけなら、特に珍しい表記ではない。


 生活行動予測モデルを作る際、複数の事例を検証に使うこともあるだろう。


 それでも、資料名らしいものが番号だけというのは少し不親切だった。


 悠真は社内検索を開いた。


《Case-04》


 検索を実行する。


《該当する業務資料はありません》


 想定していた結果だった。


 外部検証資料と表示されていた。


 社内検索の対象外なのかもしれない。


 表記を変える。


《CASE-04》


《該当する業務資料はありません》


《CASE04》


《該当する業務資料はありません》


「やっぱり探してるじゃないですか」


 岸本が言った。


「何を?」


「朝の事例番号」


「一応、何の資料か確認してるだけ」


「今の設備に影響はないんですよね?」


「ああ」


「なら、確認する必要あります?」


「業務判断にはない」


「それ以外には?」


「資料の出所が分かれば、今後似た表記を見たときに迷わない」


「なるほど」


 岸本は少し考えた。


「佐伯さんらしい理由ですね」


「どういう意味だよ」


「ちゃんと仕事っぽくするところです」


「仕事だからな」


 岸本は笑って、自分の画面へ戻った。


     *


 悠真は検索範囲を変更した。


《全社公開情報を検索》


《担当外の情報は、要約または件数のみ表示される場合があります》


 確認を押す。


《Case-04》


《一致する公開資料はありません》


 先ほどとは表現が違った。


 資料が存在しないのではない。


 公開されている資料がない。


 悠真は画面を読み直した。


「岸本」


「はい?」


「《該当する資料はありません》と、《公開資料はありません》って、意味違うよな」


「違うと思いますけど」


「だよな」


「前は資料そのものがない。後は、見られる資料がない」


「そう読めるよな」


 岸本が画面を覗き込む。


「本当に外部資料なんじゃないですか?」


「たぶん」


「自治体の調査とか、ミライ庁の検証記録とか」


「生活行動予測モデルだから、ありそうだな」


「じゃあ社内検索に出なくても普通でしょう」


「ああ」


「解決ですね」


「まだ資料名が分からない」


「Case-04じゃないんですか?」


「それは管理表記だろ」


「同じことじゃないですか?」


「たぶん違う」


 岸本は一度だけ目を細めた。


「細かいですね」


「昨日も言われた」


「更新されてますね、佐伯さんらしさ」


「反映しなくていい」


 岸本は笑った。


     *


 社内検索には、情報区分を案内する支援機能がある。


 見つからない資料について自然文で問い合わせると、検索可能な範囲と担当部署を示してくれる。


 悠真は入力欄を開いた。


《生活行動予測モデル検証に使用されたCase-04の資料区分を確認したい》


 数秒後、回答が表示された。


《該当する公開資料はありません》


《外部機関の管理情報が含まれる可能性があります》


《現在の担当業務に必要な情報は、参照元資料へ反映済みです》


 資料の区分までは分からなかった。


 ただし、外部機関の情報である可能性は高いらしい。


 さらに補足が表示される。


《現在の業務への影響 なし》


《追加確認の必要性 低》


《予定された業務の継続を推奨します》


 悠真は少し笑った。


「何ですか?」


「また仕事に戻れって」


「正しい提案ですね」


「まだ次の予定まで時間あるけどな」


「準備時間も仕事です」


「厳しいな」


「私は言ってません。支援機能が言ってます」


 岸本は自分の端末を指した。


「責任の分担です」


「そういう使い方するなよ」


 悠真は検索画面を閉じた。


 設備保守契約の資料を開く。


 費用変更、保守範囲、予防交換部品、遠隔診断頻度。


 昨日確認した詳細が、判断根拠として整理されている。


 必要な情報はすべて揃っていた。


 作業を始めると、Case-04のことはすぐに意識から外れた。


     *


 午前十一時四十七分。


 契約確認を終える。


《契約継続 承認》


《確認者 佐伯悠真》


《判断根拠 詳細資料確認済み》


 今回は、表示された内容を読み、自分で判断した。


 確認済みという言葉にも違和感はなかった。


 端末に次の提案が表示される。


《昼食前に十二分の休憩を推奨します》


《軽い歩行により午後の集中力が向上します》


 悠真は席を立った。


「休憩ですか?」


「歩けって」


「従うんですね」


「座りっぱなしだったからな」


「合理的」


「だろ」


 二人は給湯室へ向かった。


 廊下の壁面には、社内の情報管理方針が表示されている。


《必要な人に、必要な情報を》


《情報の適正利用が、安心できる業務環境をつくります》


 普段なら、特に目を向ける言葉ではなかった。


 今日は、その下にある補足まで読んだ。


《検索結果に表示されない情報には、次のものがあります》


《保存期間を終了した情報》


《統合済みの旧形式情報》


《個人情報を含む情報》


《権限外の機密情報》


《外部機関が管理する情報》


《検索対象外として指定された情報》


 Case-04がどれに当たるのかは分からない。


 どれであっても、不自然ではなかった。


「佐伯さん」


 先を歩いていた岸本が振り返る。


「置いていきますよ」


「ああ」


 悠真は表示から目を離した。


     *


 昼食後、悠真は運用記録監査の準備に入った。


 複数施設の設備ログを抽出し、月次報告との整合性を確認する作業だった。


 通常は自動処理されている。


 ただし定期的に、抽出された一部の記録を人間が確認する。


 監査対象は十二件。


 異常なしが十件。


 軽微な時刻ずれが一件。


 通信切替時の重複記録が一件。


 どちらも既知の現象で、自動修正されていた。


 悠真は確認印を付けていく。


 七件目を開いたところで、画面上部に短い通知が表示された。


《関連性の低い情報を一件抑制しました》


 昨日変更した業務支援設定によるものだった。


 必要な情報だけを表示し、重要度の低い補足を折り畳む。


 悠真は、そのまま次へ進もうとした。


 朝の画面を思い出す。


 あのCase-04も、抑制された情報の中にあった。


 今回の項目を開く。


《抑制情報》


《外部検証資料との参照関係 一件》


《業務判断への影響 なし》


 朝と同じ形式だった。


 悠真は《表示》を押した。


《参照区分》


《生活行動予測モデル検証》


《参照目的》


《需要変動予測の補正》


《現在の設備運用への影響》


《なし》


 その下に、参照資料の管理表記がある。


《Case-04》


 悠真の指が止まった。


 朝とは別の施設だった。


 設備の形式も違う。


 地域も異なる。


 それでも、同じ検証資料を参照している。


「岸本」


「今度は何ですか?」


「また出た」


「何が?」


「Case-04」


 岸本が椅子を少し寄せた。


「朝と同じ資料ですか?」


「ああ。ただ、施設は違う」


「同じ予測モデルを使ってるんじゃないですか?」


「参照区分も、目的も同じだ」


「なら、同じ資料が出ても変じゃないでしょう」


「そうだな」


 悠真は二つの記録を見比べた。


 設備の形式も、設置された地域も違う。


 共通しているのは、生活行動予測モデルを利用していることだけだった。


 複数の設備で使われるモデルなら、同じ検証資料を参照することはある。


 不自然ではなかった。


 悠真は確認印を付けた。


《確認済み》


 次の資料へ進む。


 残り五件には、Case-04の表記はなかった。


     *


 監査作業を終えると、結果が自動でまとめられた。


《監査対象 十二件》


《要修正 一件》


《自動修正済み 一件》


《重大な異常 なし》


《人間確認 完了》


 悠真は提出を押した。


《監査結果を受け付けました》


《業務品質への寄与を確認しました》


 予定どおりの結果だった。


 その下に、追加の通知が表示される。


《詳細確認傾向に基づき、関連情報を一件保存しました》


《必要時に再提示します》


 何を保存したのかは書かれていない。


 Case-04の検索履歴かもしれない。


 二件の参照関係かもしれない。


 悠真は通知を閉じた。


「終わりました?」


 岸本が尋ねる。


「ああ」


「何かありました?」


「異常はなかった」


「じゃあ順調ですね」


「順調だな」


 端末の履歴には、今日確認した記録が時系列で並んでいる。


 そのうち二件に、同じ管理表記が残っていた。


《Case-04》


 社内の公開資料には存在しない。


 外部機関の管理情報である可能性がある。


 設備の現在稼働には影響しない。


 必要な内容は、すでに予測モデルへ反映されている。


 悠真は履歴を閉じた。


 存在しない資料ではないのだろう。


 ただ、自分が見るための資料ではない。


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