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静国 -Silent Dominion-  作者: はやぽん


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第3話 見えなくなったもの Part4 残っている言葉

 家に着くと、リビングの床に紙が広がっていた。

 陽菜の模型は、朝より少し大きくなっている。

 近い道と、楽しい道。

 二本だったはずの通路が、三本に増えていた。

「ただいま」

「おかえり」

 陽菜は顔を上げただけで、すぐに模型へ視線を戻した。

 蓮は床に座り込み、余った木片を積み上げている。

 蒼はソファで端末を見ていた。

「道、増えたのか?」

 悠真が尋ねる。

「うん」

「今度はどこへ行く道?」

「どこにも行かない道」

「道なのに?」

「途中で終わるの」

 陽菜は模型の端から伸びた細い通路を指した。

 先端には、小さなベンチが置かれている。

「何のために?」

「座るため」

「それなら、部屋に置けばいいんじゃないか?」

「外で座りたいときもあるでしょ」

 陽菜は不思議そうに答えた。

「その先には何もないのか?」

「ないよ」

「じゃあ、行く必要ないな」

「行きたい人だけ行けばいいの」

 陽菜はそう言って、ベンチの横に小さな木を置いた。

 悠真はしばらく模型を見ていた。

 どこにも行かない道。

 目的地も、効率もない。

 途中で座り、同じ道を戻ってくるだけの場所。

「真央ちゃんの案?」

「これは私」

「そうか」

「変?」

「いや」

 悠真は首を振った。

「そういう道があってもいいんじゃないか」

 陽菜は満足そうに頷いた。

     *

 夕食後、美咲が週末の予定を確認していた。

「模型教室、予定どおり開催だって」

「混雑は?」

「少し下がったみたい。待ち時間、十九分予測」

「朝は二十八分だったよな」

「みんな別の日に変えたのかもね」

 美咲が端末を操作する。

《現在の予定を維持》

《満足度予測 八十四パーセント》

 以前より数字が上がっていた。

「ほら、少し良くなった」

「真央ちゃんも変えてなければいいけど」

「陽菜が連絡するって」

 悠真は食卓の向こうを見る。

 陽菜は蒼と一緒に模型の写真を撮っていた。

 蓮はその横へ自分の積み木を置こうとして、二人に止められている。

 いつもの夜だった。

 誰かが違う日を選んだことで、陽菜たちの待ち時間が短くなった。

 それぞれが自分に合った予定を選び、全体の混雑も調整される。

 うまくできている。

「今日、何かあった?」

 美咲が尋ねた。

「相川の資料を見直してた」

「昨日の?」

「ああ」

「まだ担当なの?」

「もう次の工程へ移った」

「じゃあ、何を見てたの?」

 悠真は少し考えた。

「要約される前の住民意見」

「何か間違ってた?」

「間違ってはいなかった」

「なら良かったね」

「そうだな」

 美咲は予定画面へ戻った。

 悠真も、それ以上は話さなかった。

 間違ってはいなかった。

 それが一番正確な説明だった。

     *

 子どもたちが寝たあと、悠真は一人でリビングに残った。

 美咲は先に寝室へ行っている。

 テーブルの上には、陽菜の模型が置かれていた。

 照明を落とした部屋で、三本の道だけが薄く見える。

 近い道。

 楽しい道。

 どこにも行かない道。

 生活端末が静かに光った。

《本日の生活記録を保存しました》

 確認を押す。


佐伯悠真

N-Index 964

前日比 ±0


《業務上の詳細確認を実施》

《分類修正 一件》

《判断傾向の更新を確認》

《情報取得効率 改善》

 その下に、今日の支援結果が表示される。

《不要情報の表示を抑制しました》

《判断に必要な情報を優先しました》

《本日の選択は、業務効率と情報精度の両立に寄与しました》

 悠真は画面を眺めた。

 必要な情報は、確かに表示された。

 申請すれば原文も読めた。

 分類も直すことができた。

 その結果、次からは自分に合った情報が示される。

 制度は、きちんと応えてくれた。

 悠真は端末を閉じようとした。

 画面の端に、小さな項目が残っている。

《本日抑制された情報》

 指を止める。

 開く必要はなかった。

 重要度が低いと判断された情報なのだから、見ても仕事の役には立たない。

 それでも、悠真は項目に触れた。

《業務外時間帯のため、詳細表示を推奨しません》

《明日の業務開始後に確認できます》

 表示されたのは、それだけだった。

 閲覧を拒否されたわけではない。

 今見る必要がないと判断された。

 悠真は画面を閉じた。

 明日、会社で確認すればいい。

 急ぐ理由はない。

 相川市の計画は順調に進んでいる。

 要約にも誤りはなかった。

 部屋を出ようとして、陽菜の模型がもう一度目に入った。

 どこにも行かない道の先に、小さなベンチがある。

 行く必要はない。

 見なくても困らない。

 それでも、そこへ続く道は残されていた。

 悠真は照明を消した。

 暗くなった部屋で、端末の文字だけが一瞬浮かぶ。

《明日の業務開始後に確認できます》

 やがて画面は消えた。

 悠真は寝室へ向かった。

 翌朝、その項目を覚えているかどうかは分からなかった。


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