第3話 見えなくなったもの Part3 確認の結果
午後三時を過ぎた頃、悠真の予定表に新しい項目が追加された。
《業務支援設定確認》
《所要時間 十分》
《実施推奨 十六時まで》
会議でも面談でもない。
端末上で完了する簡単な確認だった。
悠真が通知を開くと、昼に行った閲覧申請の結果が表示された。
《詳細情報の確認傾向を検出しました》
《今後の業務支援方針を調整できます》
その下に、三つの選択肢が並んでいる。
《要約を優先》
《要約と詳細を併記》
《必要時のみ詳細を提示》
現在は、《要約を優先》に設定されていた。
いつ設定したのか、悠真には覚えがなかった。
入社時か、過去の業務評価の際に自動で選ばれたのかもしれない。
説明欄を開く。
《要約を優先》
《処理速度と判断効率を重視します》
《詳細確認が必要な場合は、個別に申請できます》
《要約と詳細を併記》
《情報量は増加しますが、判断過程を確認しやすくなります》
《業務時間への影響予測 プラス十二パーセント》
《必要時のみ詳細を提示》
《業務内容と過去の確認傾向から、詳細表示の必要性を自動判定します》
どれも合理的だった。
すべての資料に原文を付ければ、確認時間は増える。
情報が多すぎれば、本当に必要な内容を見落とす可能性もある。
悠真は《必要時のみ詳細を提示》に触れた。
《推奨設定》
小さな印が付いている。
今日、詳細資料を申請したことが反映されているのだろう。
自分が必要だと思う前に、システムが必要性を判断して表示する。
手間が減る。
次からは、閲覧理由を入力する必要もなくなるかもしれない。
悠真は《設定を変更》を押した。
《業務支援設定を更新しました》
《今後は、必要性が高いと判断された場合に詳細情報を提示します》
確認は一分もかからなかった。
「何だったんですか?」
岸本が隣から尋ねた。
「業務支援の設定変更」
「昼の申請で?」
「たぶん」
「何にしたんです?」
「必要な時だけ詳細を出す設定」
「今までと違うんですか?」
「今までは、要約が基本だったみたいだ」
「へえ」
岸本は自分の端末を開いた。
「私も見てみようかな」
「設定した覚えないのか?」
「ないですね」
しばらく画面を操作したあと、岸本が言った。
「私は《要約を優先》です」
「同じだったか」
「おすすめも、そのままですね」
「詳細を見てないからじゃないか?」
「たぶん」
岸本は設定画面を閉じた。
「変えないの?」
「困ってないので」
昨日の住民意見と同じ言葉だった。
悠真は一瞬、岸本を見る。
「何ですか?」
「いや」
悠真は自分の画面へ戻った。
「それでいいと思う」
*
設定変更後、最初に詳細表示が追加されたのは、相川市案件ではなかった。
翌週予定されている設備保守契約の更新資料だった。
《契約条件要約》
《費用変更 プラス二・一パーセント》
《保守範囲 変更なし》
《継続推奨》
その下に、折り畳まれた項目が表示されている。
《詳細確認を推奨》
悠真が開く。
《費用上昇の主因》
《予防交換部品の追加》
《遠隔診断頻度の増加》
《障害発生率低減予測 〇・八パーセント》
詳細を読めば、値上げの理由が分かる。
判断もしやすい。
悠真は契約継続に確認を付けた。
《確認済み》
今度の表示には、違和感がなかった。
理由を理解したうえで承認した。
昼に見た《人間確認済み》も、本来はこういう意味なのだろう。
情報を見て、内容を確認し、問題がなければ先へ進める。
システムが要約し、人間が判断する。
役割は分かれている。
悠真は次の資料を開いた。
今度は詳細表示がなかった。
《月次設備稼働報告》
《重大な異常なし》
《確認推奨》
要約だけで十分だと判断されたらしい。
悠真は内容を確認し、印を付けた。
その次も、詳細は表示されなかった。
さらに次も。
必要なものだけが示される。
効率は落ちていない。
むしろ、以前よりも自分に合っている気がした。
*
退勤前、相川市案件から通知が届いた。
《住民説明資料を更新しました》
《対象世帯別の補足資料を追加》
悠真は案件を開く。
午前中に見た要約に、世帯別の説明例が加わっていた。
《夜間勤務世帯》
《利用可能時間の個別調整》
《子育て世帯》
《帰宅時間に応じた優先枠設定》
《高齢者世帯》
《既存生活時間を維持する移行措置》
昼に分類を変更した意見についても、どこかへ反映されているかもしれない。
画面下部に、小さな表示があった。
《詳細確認の必要性 低》
今朝までなら表示されていなかった項目だ。
設定を変えたことで、詳細が不要だという判断まで見えるようになったらしい。
悠真は《判断理由》を開いた。
《要約内容と原文の整合性が高いため》
《人間による分類修正は要約結果へ影響しません》
《計画判断に必要な情報は表示済みです》
昼に直した一件のことだ。
分類を変えても、全体の判断には影響しない。
そのことが、はっきり書かれている。
悠真は表示を閉じた。
自分が気にした違いは、計画全体から見れば小さい。
一世帯の事情を、《心理的抵抗》と呼ぶか、《生活上の合理性》と呼ぶか。
設備更新を進めるという結論は変わらない。
だから、要約には影響しない。
正しい処理だった。
悠真は《確認》を押した。
《確認済み》
相川市案件が予定一覧から消える。
次の担当工程へ移ったのだろう。
「帰ります?」
岸本が鞄を持って立っていた。
「ああ」
「今日は細かいところまで見られて満足しました?」
「どうだろうな」
「変わらなかったんですよね、結局」
「結果はな」
「じゃあ、やっぱり同じじゃないですか」
岸本は笑った。
悠真も笑い返した。
「そうかもしれない」
二人は並んで執務室を出た。
*
帰宅途中、LifeOSが今日の業務傾向を知らせた。
《詳細確認行動を一件記録》
《分類修正を一件実施》
《業務支援設定を更新》
《判断精度への影響 良好》
その下に、短い提案が表示される。
《今後、重要度の低い詳細確認を抑制します》
《判断に必要な情報を優先して提示します》
悠真は立ち止まらずに画面を見た。
自分が詳細を見たいと申請した結果、次からは必要な詳細が自動で表示される。
その一方で、重要度が低いものは抑えられる。
必要なものだけを見せる方が、間違いは減る。
合理的だった。
悠真は通知を閉じた。
駅前の交差点では、帰宅する人々が信号を待っていた。
向かいの建物に、ミライ庁の広告が映っている。
《大切なことを、見落とさないために》
《あなたに必要な情報を、必要なときに》
信号が青へ変わる。
人々が一斉に歩き始める。
悠真も流れに合わせて進んだ。
自分に必要のないものまで、すべてを見る必要はない。
その通りだと思った。
ただ、昼に読んだ住民の言葉だけは、まだ覚えていた。
《現在の生活に不便を感じていない》
明日になれば、その文章を思い出す理由もなくなるのかもしれない。
相川市の計画は順調に進んでいる。
分類は修正された。
要約にも、問題はなかった。
悠真は歩きながら、もう一度だけその言葉を思い返した。
そして、次の信号を渡る頃には、別のことを考えていた。




