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静国 -Silent Dominion-  作者: はやぽん


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11/85

第3話 見えなくなったもの Part1 要約済み

 翌朝、悠真の予定から相川市案件が消えていた。

 正確には、消えたのではない。

 昨日まで午後に置かれていた《住民意見確認》が、別の項目へ置き換わっていた。

《相川市生活基盤更新計画》

《住民対応資料 自動要約完了》

《原文個別確認 不要》

 その下には、緑色の印が付いている。

《処理済み》

 悠真は通勤電車の中で、しばらく画面を見ていた。

 昨日、自分が確認した意見は二百件を超えていた。

 夜間勤務。

 子どもの帰宅時間。

 入浴の習慣。

 現在の生活に不便を感じていないという意見。

 一つずつ目を通すだけで、午後の大半を使った。

 それが一晩で整理されたらしい。

 画面を開く。

《主要意見》

・変更後の生活利便性に期待

・災害時の安定供給を評価

・費用削減への関心

・生活時間帯変更への一部懸念

《総合評価》

《計画への理解は概ね良好》

《追加説明により合意形成が可能》

 簡潔で、分かりやすかった。

 悠真が昨日読んだ内容とも、大きくは違っていない。

 細かな事情を並べるより、全体の傾向をまとめた方が会議では使いやすい。

《詳細を表示》

 悠真は押した。

《詳細情報は担当権限に応じて整理されています》

《現在の業務には要約版で十分です》

 拒否されたわけではなかった。

 必要がないと判断されただけだ。

 悠真は画面を閉じた。

 会社に着けば、社内端末から確認できるだろう。

     *

「昨日の相川、終わったんですね」

 自席に着くと、岸本遥が声を掛けてきた。

「何が?」

「住民意見の確認です。予定から消えてました」

「自動要約されたみたいだ」

「ああ」

 岸本は納得したように頷いた。

「早いですね」

「昨日、結構時間かけたんだけどな」

「だから学習できたんじゃないですか?」

「俺の確認内容から?」

「分類の仕方とか。佐伯さんが何を重要だと思ったかとか」

「なるほど」

 悠真は端末を起動した。

 仕事の負担を減らすために、昨日の作業が使われたのなら悪くない。

 同じ確認を何度も人間が行う必要はない。

 画面には、朝の通勤中に見たものと同じ要約が表示された。

「岸本は詳細を見られる?」

「相川ですか?」

「ああ」

「今は担当から外れてるので、無理だと思います」

「昨日までは担当だっただろ」

「昨日までですからね」

 岸本は自分の画面を操作した。

「ほら」

《現在の担当業務に必要な情報のみ表示しています》

「本当だ」

「何か気になることでも?」

「いや」

 悠真は要約へ視線を戻した。

「昨日読んだ意見が、どう整理されたのか見ておこうと思っただけ」

「情報理解不足のやつですか?」

「覚えてたのか」

「私も途中まで見てましたから」

 岸本は少し考えた。

「確か、今の生活に困ってないって意見でしたよね」

「ああ」

「要約には入ってないですね」

 悠真は画面を下までスクロールした。

《生活時間帯変更への一部懸念》

 おそらく、ここに含まれているのだろう。

「一部懸念の中じゃないか?」

「たぶん」

 岸本は自分の仕事へ戻ろうとした。

 その前に、もう一度だけ悠真の画面を見る。

「でも、それって懸念なんですかね」

「何が?」

「困ってない、っていうの」

「変更したくないってことだろ」

「そうですけど」

 岸本は首を傾げた。

「心配してるのとは、少し違う気がして」

 悠真は要約文を読み直した。

《生活時間帯変更への一部懸念》

 間違ってはいない。

 変更を望んでいないなら、変更への懸念があると整理できる。

「会議資料なら、これくらいにまとめるだろ」

「ですよね」

 岸本は笑った。

「全部載せたら、誰も読まないですし」

 それで話は終わった。

     *

 午前の定例会議では、相川市の更新計画が議題に上がった。

 正面の大型画面に、住民意見の要約が表示される。

《理解度 八十八パーセント》

《期待度 八十四パーセント》

《生活変更への抵抗 十一パーセント》

《追加説明後の合意予測 九十六パーセント》

「非常に順調ですね」

 課長が言った。

 会議室の何人かが頷く。

「昨日まで懸念されていた生活時間帯の変更についても、対象世帯ごとの個別提案で対応可能と判定されています」

 担当者が説明を続ける。

「反対意見は?」

 別の社員が尋ねた。

「明確な反対は確認されていません」

 悠真は画面を見た。

 確かに、昨日読んだ中に設備更新そのものを拒否する意見はなかった。

 今の生活を変えたくない。

 不便を感じていない。

 それは反対とは違う。

「では、次の段階へ進めます」

 課長が言った。

《相川市生活基盤更新計画》

《住民説明工程へ移行》

 画面の表示が緑色に変わる。

 誰も異論を唱えなかった。

 悠真にも、反対する理由はなかった。

 計画には明確な利点がある。

 設備は新しくなり、維持費は下がり、災害にも強くなる。

 住民の負担には個別対応が用意されている。

 会議は予定より八分早く終わった。

     *

 自席へ戻ると、悠真の端末に新しい通知が届いていた。

《相川市案件の工程移行に伴い、参照権限を更新しました》

《住民意見原文の閲覧は不要となりました》

 昨日まで開いていた資料一覧から、《住民意見原文》が消えている。

 削除されたわけではない。

 保存はされている。

 必要な部署には、引き続き表示されているのだろう。

 悠真は検索欄へ、昨日覚えていた文章を入力した。

《現在の生活に不便を感じていない》

《該当する業務資料はありません》

 言葉を変える。

《生活を変えたくない》

《該当する業務資料はありません》

「探し物ですか?」

 岸本が隣から尋ねた。

「昨日の意見」

「また?」

「あの文章が、どこに分類されたのか確認したくて」

「要約に入ってるんじゃないですか?」

「そのはずなんだけどな」

「なら、いいんじゃないですか」

 岸本はそう言ってから、少し笑った。

「佐伯さん、意外と細かいですね」

「仕事だからな」

「昨日までの仕事ですけど」

「そうなんだよな」

 悠真も笑った。

 画面を閉じようとする。

 その直前、検索結果の下に小さな案内が表示された。

《旧工程の情報確認が必要な場合》

《閲覧理由を入力してください》

 その下に、細い入力欄がある。

 悠真は指を止めた。

 確認したい理由はある。

 自分が昨日読んだ意見が、どのように整理されたのか知っておきたい。

 それだけだった。

 業務上必要かと聞かれれば、すでに工程は進んでいる。

 要約版で十分だと判断されている。

「どうしました?」

「いや」

 悠真は入力欄を閉じた。

「何でもない」

 画面には、要約だけが残った。

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