第6話「家族」
その日は、できるだけ普通に過ごそうとした。
昨日のことは、考えないようにする。
考えれば、考えるほど、おかしくなる気がしたからだ。
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仕事は、特に問題なく終わった。
ミスもないし、変なことも起きていない。
いつも通りだ。
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「……」
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帰り道、少しだけ遠回りをした。
理由はない。
ただ、すぐに帰るのが嫌だった。
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「……」
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家の前に立つ。
見慣れたドア。
変わらないはずの景色。
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「……」
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鍵を開ける。
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「ただいま」
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中に入る。
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「おかえり」
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すぐに返事がある。
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いつも通り。
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何もおかしくない。
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「……」
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靴を脱いで、リビングに入る。
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テレビがついている。
音が流れている。
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家族がいる。
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「……」
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普通だ。
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何も変わっていない。
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そう思う。
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「今日、遅かったね」
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声をかけられる。
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「……まあ、ちょっと」
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適当に返す。
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「ふーん」
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それだけで会話は終わる。
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いつも通りだ。
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「……」
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椅子に座る。
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食事が用意されている。
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箸を手に取る。
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「……」
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ふと、顔を見る。
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「……」
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見慣れているはずの顔。
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毎日、見ているはずの顔。
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「……」
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少しだけ、違和感がある。
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「……」
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どこが、とは言えない。
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でも。
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「……」
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「……誰だっけ」
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思考が、一瞬止まる。
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「……」
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すぐに、首を振る。
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「……いや」
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そんなはずはない。
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家族だ。
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毎日顔を合わせている。
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「……」
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もう一度、見る。
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やっぱり、見覚えはある。
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あるはずなのに。
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名前が、出てこない。
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「……」
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喉の奥が、乾く。
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「どうしたの?」
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声をかけられる。
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「……いや、なんでもない」
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慌てて答える。
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「……」
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食事を口に運ぶ。
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味は、いつも通りだ。
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「……」
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テレビの音が、少しだけ遠く感じる。
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会話は続いている。
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でも、内容が頭に入ってこない。
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「……」
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目の前にいる“家族”。
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見た目は、変わっていない。
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声も、変わっていない。
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それなのに。
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「……」
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名前が、分からない。
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「……」
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スマートフォンのことが、頭をよぎる。
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あの文章。
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「……」
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ゆっくりと、スマートフォンを取り出す。
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机の下で、画面を開く。
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小説のページ。
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「……」
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一番下まで、スクロールする。
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昨日の続き。
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——いま、見ていない。
——いま、怖いと思っている。
——でも、まだやめていない。
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その下。
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新しい一文。
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「……」
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——いま、家族と食事をしている。
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「……」
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息が、止まる。
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視線を、ゆっくりと上げる。
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目の前の人物。
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こちらを見ている。
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「……」
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笑っている。
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「……」
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誰だ。
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「ねえ」
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声がする。
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「……」
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「どうしたの?」
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「……」
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答えられない。
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「……」
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もう一度、スマートフォンを見る。
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新しい一文。
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増えている。
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「……」
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——目の前の人の名前を思い出せない。
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「……」
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手が、震える。
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「……」
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そのとき。
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ふと、違和感に気づく。
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「……」
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画面の中の文章。
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今までは、ずっと“家族”と書かれていた。
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でも。
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「……」
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最後の一文。
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そこには、“家族”という言葉がない。
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「……」
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——目の前の人の名前を思い出せない。
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「……」
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目の前の人物を見る。
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相手も、こちらを見ている。
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「……」
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ゆっくりと、口が動く。
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「ねえ」
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「……」
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「わたしのこと」
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「……」
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少しだけ、首を傾げる。
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「……」
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「誰だと思ってるの?」
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「……」
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空気が、止まる。
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音が、消える。
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「……」
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テレビの音も。
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食器の音も。
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何も聞こえない。
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「……」
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ただ。
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目の前の人物だけが、こちらを見ている。
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「……」
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笑っている。
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ずっと。




