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令嬢は怠惰を望む  作者: ゆうや
第三章
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第三十六話 令嬢、友達をゲットする

 風呂から逃げるようにして出たタリアは、待機していたアティに服を着せられた。普段は、のそのそと手足を動かして服を着るタリアが、妙に協力的なのにはアティが不思議そうにしていた。


「何かございましたか?」


 余程タリアが挙動不審だったのか、アティが聞いてきた。着替えつつも、風呂の扉を幾度も確認している姿を見れば誰でも疑問に思うだろう。


「んんっ!? な、なんでもないよ」


「……そうですか。ところで、イリス様とアリア様はまだ中でご歓談中でしょうか?」


「うん。のぼせそうになったから、私だけ先に出ちゃった」


「そうですか、ではこちらで少々待ちますか?」


 イリスとアリアも、間もなく出てくるだろうと予想してアティが提案するが、タリアは慌てて首を振った。


「い、いやぁ。結構話に盛り上がってたから、まだ時間掛かると思うよ? だから、何処か別の部屋で休んでいたいかなぁ。なんて」


「……では、使える部屋があるか聞いてきますので、少々お待ち下さい」


 そう言って出ていこうとするアティに、タリアは慌てて追いすがる。まるで買い物に行く母親に慌てて付いて行く子供のようだ。


「一緒に行くよ!」


「しかし、のぼせた状態のタリア様を連れ回すのは宜しくないので」


「元気になった!」


「では、こちらで待ちまし――」


「ううっ、頭痛が痛い!」


 うおーっと唸って頭を抱えるタリアに、アティは少しだけ可笑しそうに笑うと手を差し出した。


「それはいけませんね。早急に休める部屋へ移動しましょう。倒れるといけませんので、お手をどうぞ」


「よし行こう!」


 引っ張るようにして歩きだすタリアに、やはり元気じゃないかと言って意地悪をしたくなるアティだったが、なんとか言葉を呑み込んだ。





 幸か不幸か、タリアは無事に王妃の手から逃れることが出来た。といっても、未だに城内の一室に滞在しており、言うならば敵中の真っ只中なのだが、与えられた部屋のベットで寝っ転がっているタリアは僅かではあるが緊張が解けていた。風呂上がりに横になって眠気が襲ってきたともいえるが。


「お母様、早く帰ってこないかなー」


 早く屋敷に帰りたい。そんな気持ちで独り言をしているタリアに、飲み物を準備していたアティが告げる。


「本来、王妃様からのお誘いは貴族婦人や令嬢にとって、非常に光栄なことなのですよ? 大金を払ってでも、お会いして言葉を交わしたい者も多いはずです」


「なんと」


「ましてや、お風呂に誘われたなど、それだけで暫くは社交界の話題として十分でしょう」


 アティからジュースの入ったコップを渡されて一気に飲み干すタリア。それなりに汗を流していたようで、冷たい液体が体の中を移動していくのが感覚で分かった。


「ぷはー。美味しい、もう一杯!」


「これ以上はお腹がタプタプになるので駄目です」


「ぶー」


 唇を尖らせて抗議するが、アティが受け入れる様子はなかった。

 そんなことをしていると、風呂上がりで肉体的にも精神的にも疲れていたタリアは、口数が減り、瞼も重くなってきた。このままでは完全に眠ってしまう。いっそのこと、ベットに潜り込んで本格的に仮眠を取ろうかと鈍った思考を巡らせていると、イリスが部屋にやってきた。風呂から上がっても姿が見えないタリアのことを従者から聞いて迎えに来たらしい。

 ようやく帰宅できる、と希望に胸を膨らませて眠気が飛んだタリアだった。


「帰る前にアティ良いかしら。少し話があるわ」


「はい」


 ちょいちょいと手招きしてアティを呼び出すイリス。タリアに聞かれるとまずい内容なのか、部屋から出る徹底ぶりだ。気にならないと言えば嘘になるが、聞き耳を立てるほど無粋ではない。タリアが知る必要があると判断されれば聞かされるはずだ。

 二人が出ていき、少し喉が渇いたとので自分で飲み物を用意しようと手を伸ばした時。扉が開いた。


「お話は終わりました……か?」


 てっきり、イリスかアティが入ってきたものと思っていたタリアは、そのどちらでもなかった入室者に言葉を失った。

 初めて見る人物だ。タリアと似たり寄ったりの年齢の女の子。服装は城にいる従者のものを着ている。部屋の前には警護の者がいるはずなので、入室できた時点で不審人物ではない筈だ。しかし、王城で働くにしては年が幼いように見える。兵士のように激しく体を酷使する事はないが、従者も肉体労働が多い。まだ成長しきっていない子供を従者にしても役に立たないのだ。アルシャやメイシャのように特別な事情があるならば別だが。

 僅かながらに腑に落ちないので、考えを巡らせると一つの推測ができた。王妃には娘がいると聞いた事があった。そうなると、王女に仕えるために、敢えて同年齢の少女を従者にしている可能性がある。当然、その従者もそれなりの身分である可能性が高い。


 しかし、用事があるから来た筈なのに何も喋らない。タリアを見て、視線が合うと慌てて外すを繰り返している。見知らぬタリアの存在にどう対応していいのか困っているのだろうか。このままでは埒があかないと判断して、タリアから話しかける事にした。


「こんにちは、何か御用ですか?」


 令嬢モード全開で、気弱そうな相手なので更に三割り増しの笑顔である。

 声をかけられた少女は肩を震わせてから首を縦に振った。


「ひょっとして、部屋の掃除ですか?」


 首を横に振って否定する少女。


「掃除ではない、と。では、私に何か御用ですか?」


 今度は首が縦に振られた。心なしか、勢いが強い。寡黙だが何かしらの意図はあるようだ。

 とりあえず、自分に用事がある事までは判明した。驚くべき事に、ここまで少女は一言も言葉を発していない。部屋の外から聞くものがいれば、タリアが独りで喋っているようにしか聞こえないだろう。

 しかし、これ以上は流石に本人に話してもらわないと分からない。タリアは先を促すように頷いた。


「………………ほしいです」


「んっ?」


 恥ずかしそうに俯き、頬を赤く染めつつ、ようやく言葉を発した少女だが、あまりに小さい声にタリアの耳には届かなかった。

 少女に気付かれないように少しずつ距離を詰める。

 二人の間が最早二、三歩程度の距離しか無くなったところで、途切れ途切れながらも微かに聞き、理解することが出来た。


「あの…………友達に……なってほしい……です」


 言い終えた少女は恥ずかしそうにして顔を手で覆ってしまう。隠しきれない耳など真っ赤になっている。

 一方のタリアは何事かと構えていた所への友達宣言に、何だと緊張を解く。引っ込み思案で恥ずかしがり屋の様子の少女が精一杯勇気を振り絞ったお願いだ。タリアとしても特に拒否する理由は無かった。

 むろん、後ほど少女の立ち位置と親の地位を調べて貰う必要はある。無垢な子供を唆してタリアと接触し、ハルバートへのコネクションとして利用しようとする親も存在するからだ。ならば、この場では保留にすれば良いのではとアティなら言うだろうが、タリアの見立てでは否定された時には少女は足元から崩れて泣き出しかねないと思われた。


「もちろん、構いませんよ」


「……良いの?」


「はい」


 不安そうな表情が、パッと花開く。先程までの恥ずかしがっていた様子は消え、小走りでタリアの横に寄ってきた。そして、そのまま親や恋人に甘えるように、タリアの腕に両手で抱きついてきた。同程度の年齢だが身長は少女のほうが高い。にも関わらず、少女はタリアに寄り掛かるようにしている。

 最初からハードなスキンシップに、タリアは少し慌てた。


「意外と大胆ですね」


「……ダメ?」


「うーん、まぁ別に良いですよ」


「うん!」


 許可を得た少女は、更に大胆にタリアに体を擦り寄せる。まるで、猫が飼い主に匂いを擦り付ける仕草のようだ。


「今更ですが、自己紹介しておきましょうか。私はタリア・グランドールと言います。グランドール公爵家の次女で、今日はお母様と一緒に王妃様にお呼ばれされました」


「シンシア。十二歳」


「私と同じ年齢ですね」


「一緒」


「シンシアは何故、わざわざ私のところに来てまで、友達になろうとしたのですか?」


 この部屋を手配したのはアティだが、そうなったのは偶然タリアがのぼせたのを理由に要求したからだ。本来ならば、この部屋に来る予定はなかった。にも関わらず、シンシアがやってきた。しかも、タリアと友だちになるという目的を持って。偶然部屋に入る姿を目撃されたのか、それとも彼女がそのような情報を得ることが出来る立場なのか。仮に後者だとすると――。


「シンシアは家名はなんと言うのですか?」


「イーセット」


「……」


 無言で少女を凝視するタリア。突然の事態に驚きを隠せない。聞き間違えの可能性もあるが、どうもシンシアはこの国の名前を言い放ったように聞こえた。家名が国名など考えられることは只一つだ。

 マジマジと見るタリアに、シンシアはもう一度自らの名を告げた。


「シンシア・イーセット」


「つまり、シンシア――いえ、シンシア様は」


「様はいらない。シーちゃんって呼んで」


「いえ、それはちょっと」


「ターちゃん、お願い」


「ターちゃんっ!?」


 かなり斬新な名でタリアを呼ぶシンシア。呼ばれる名は仕方がない。シンシアの言葉が本当ならば、彼女はこの国の第二王女だ。素直に受け入れるしか無い。しかし、そんな彼女をシーちゃん呼ばわりするのは勇気がいる。できるなら避けたい。


「ほらっ、ターちゃん」


 しかし、両手を広げて受け入れる体勢万全なシンシア。その表情は明るく、立場も相まって拒否できる空気ではない。二人きりの今くらいは要求に応えてあげよう。公の場では勘弁してもらうが。そうタリアは割り切った。


「……シーちゃん」


「なぁに。ターちゃん」


「いえ、呼んだだけですので」


「むぅ」


 王妃アリアや王女シンシアといい、この日初めて王族と会話をしたタリアだが、苦手な人分類に漏れなく割り振られている。害意を持つ人間に対しては権力や能力をフルに使って対処するタリアだが、アリアの強引さとシンシアような純粋な感情は手に余る。

 遠い目で現実逃避するタリアと、嬉しそうに頬ずりしているシンシアがいるカオスな部屋に今度こそイリスが帰ってきた。アティは二人の様子に声を上げずに驚いていたが、イリスは予想内だったのか額に手を当ててため息を付いた。


「やっぱり、こうなったわね」


「お母様、助けて下さい」


「あら~、もう仲良しさんね~」


「出っ――」


 出たなっ! そう叫ぼうとして慌てて口を手で塞ぐタリア。イリスとアティの影で見えなかったが、そこには先程まで自分をサウナで苦しめていた元凶が悠々と立っていた。その表情は非常に楽しげである。


「シンシアは極度の恥ずかしがり屋さんでね~。タリアちゃんにお友達になって欲しいなってイリスちゃんにお願いしていたの。シーちゃん、お友達になれたのね。良かったわね?」


「はい、お母様」


 計画通りと胸を張るアリアと、嬉しそうに誇るシンシアは親子なだけあって非常に似ていた。そして、アリアからの被害を今まで受けてきたイリスと、ぎゅうぎゅうと締め付けてくるシンシアの対処に困っているタリアも、やはり親子の似た表情だった。

 取り敢えず、タリアは現実逃避気味に先程から気になっていた事をアリアに問う事にした。アリアの言葉からシンシアが本当にこの国の王女であることが証明された。にも関わらず、何故かシンシアの格好は従者のそれだ。タリアに身分を悟らせずに接触したかったのだろうか。


「シンシア様は――」


「むぅ」


「……シーちゃんは、何故従者の服を着ているのでしょうか?」


 言い直したタリアに、アリアが答える。


「ああ、それはね。自分だけお姫様の格好をしていると、目立つから着ている人が多い服のほうが安心するんだってさ」


「えっ、それはつまり普段からこの恰好なのですか?」


「そうね。流石に公の場に姿を見せる時は正装するけれど、他の時は大体この格好ね」


 つまり、王家が集まって食事する時には、一人だけ従者の格好をした者が紛れ込むことになる。事情を知らぬ者が見れば混乱することは間違いない。


「それは、少々変わっていますね」


 タリアは自室での堕落っぷりや、畑での汚れも気にせずに動き回る自らの行いを棚に上げて言う。

 変わってはいるが、慕ってくれている様子は素直に好感が持てる。考えてみれば、王女がおいそれと城から出て会いに来ることも難しい。また、タリアが城に来ることもそれ程ないだろう。王女であるシンシアも、公爵令嬢であるタリアも、純粋な友達は皆無とも言える。今この時位は難しいことを考えずに仲良くしても良いか。

 だが、


「あっ、それと。明日はパーティーやるからイリスちゃんはもちろん、お姉さんのアネッサちゃんと、タリアちゃんも出席してね」


「えっ?」


「あっ、屋敷へはウチの息子を迎えに送るから、楽しみにしていてね?」


「えっ?」


「母親の私が言っても身内贔屓に聞こえるかもしれないけど、なかなか格好良い息子だから、期待していてね? なんなら、婚約も大歓迎!」


「えー」


 ある意味タリアにとって初めての社交界デビューが突然、しかも前日に決定されてしまった。







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