第三十五話 令嬢、お風呂に入る
通常、貴族同士で会う約束をする場合、それ相応の準備期間が必要となる。
迎える側は相手の爵位に合わせて内容を変えつつ、代わり映えのないものだと思われないように趣向を凝らす。低位の相手には上位者としての貫禄や余裕を嫌味のない程度に見せ、同位者には自家の将来的な発展の可能性を感じさせ、上位者にはいかに自家が有力で保護下におくことが有効かを知ってもらう。そのためには、食事のメニューから対応する従者の性別、年齢、能力に至るまでに神経を尖らせる必要がある。
一方、出向く側も単純ではない。相手の意図を理解し、服装から連れの面子、持ち込む手土産などは当然として。話す内容が事前には分からないことが多いので、どのような話を振ってくるのか。そして、それに対して自家はどうするのか。様々なケースを想定する。軽い案件を一度持ち帰るような事をすれば、そんなことも決められない当主と影で噂され、統治能力にも疑問を持たれてしまう。一つ一つが軽くても、積み重なって家の存続に左右するような事態に陥る可能性も十分にある。念密な事前調査が必要なのだ。
そのため、一見して気軽に遊びに行くようなことでも、裏では様々な謀略が飛び交っているのが貴族同士のやりとりなのだ。
そして、それは王族も例外ではない。
イリスに伝えられた即日召喚の話。本来の王都へ呼ばれた理由である国王との謁見ではなく、王妃との非公式な会見なのだが準備する時間がほとんどない。王族といえども、呼び出す相手の立場を考慮するのだが、それすらない。イリスと王妃であるアリアの仲が良いとはいえ、やはり急な話には違いなかった。
アルシャとメイシャの件が一段落した後、そのままアティやイリスの従者に拘束されて着替えさせられたタリア。公爵令嬢が外行き、しかも王族と会うので最上級の服装および装飾品で煌びやかな外見だ。しかし、着ている本人の表情はどんよりと曇っている。
一人では着ることができないため、数人がかりで着せ替えられたタリア。そこに彼女の意思は存在しない。手を横に伸ばして下さい。右足を上げてください。頭を下げて。左手上に。まるで等身大の着せ替え人形のようだった。
ようやく着替えが終わったと思えば、今度は滅多にしない化粧だ。嫌がるタリアを見事な手腕で押さえ込み、うっすらと施された。目をつむって、唇を少し出して。少し上を向くように。はい、顔をしかめないで。
すべての支度が終わると、そこには絶世の美少女と言っても過言ではない令嬢が出来上がっていた。イリスやアティでさえ、今のタリアを見て素直に可愛い、綺麗と言葉を漏らした。ハルバートが見たら発狂するレベルである。誰もこの令嬢が普段は畑で土を弄っているとは思うまい。一方のタリアの心は完全に死んでいたが。
その後、同様に身なりを整えたイリスと共に馬車で城へと向かったタリア。途中で馬車が止められたが、すぐに再び動きだす。検閲だったようだが、事前に話が来ているようで馬車の紋章と御者の一言二言で直ぐに通された。そんなことが幾度かあり、ようやく城にたどり着いた。
「はぁ~、大っきい」
見上げて城の天辺を探すタリア。思わず口から出た言葉は、幸い関係者以外には聞こえていなかった。
「タリアは二度目だけど、覚えていないかしら?」
「えっ、そうなのですかっ!?」
「生まれて直ぐにアリアにせがまれて来たことがあるのよ」
「さすがに記憶にありません、お母様」
そんなことを言いつつ、案内係に連れられて奥へ奥へと向かう。本来ならば、持ち物や身体検査を行う場所も通り過ぎていく。警備の者もタリア達が通る際には緊張した様子で敬礼しているので、自分たちがどの程度の扱われ方をしているのか良く分かった。
王族が住まう城というだけあって、タリアの知る色々な屋敷から、かけ離れて広く大きい。行き交う人の数も桁違いだ。すれ違うたびに、外モードのタリアはニコニコと微笑んでいるのだが、流石に表情筋が疲れてきた。やがて、タリアの頬が痙攣を起こしそうになった頃。ようやく王妃が待つ部屋へとたどり着いた。すでに城のどの辺にいるのか不明だった。
王妃が待つ部屋にしてはシンプルすぎる扉。警備の者も一人しかいない。案内人は役目はここまでと言わんばかりに、扉の横に立った。
「覚悟は良いわね?」
何の覚悟なのか。聞く前にイリスは扉を叩く。
心の準備がまだで、慌てるタリアを他所に中から入室を促す声。そして、遠慮なく開け放つイリス。
「イリスちゃーん」
途端、中から伸びる手にイリスの両手が掴まれ、そのまま中へと連れ込まれてしまった。
「イリスちゃん、久しぶりー。もう、全然顔を出さないからこっちから行こうかと思っちゃったよ」
「あなたが気軽に出歩ける立場じゃないことは分かるでしょう?」
「だから、イリスちゃんが頻繁に遊びに来てくれれば良いのに! あっ、それならここにイリスちゃんも住めば万事解決じゃない? 名案だ!」
「迷案ね」
「でしょでしょ」
タリアは目を丸くして、イリスにまとわり付いている妙齢の女性に注視する。声だけ聞けば子供のような印象しか受けないが、その姿を見ればギャップを感じずにはいられない。イリスと同年代で、タリアの周囲にいる女性の例に漏れず容姿の整った人だ。あえて言うならばイリスが綺麗なのに対して、その女性はとても可愛らしい。
そして彼女こそが、公爵家のイリスとタリアを即日呼び出す事ができ、イリスにまるで長年の友人のように親しげに接しても咎められない人物。信じられないが、彼女がこの国の王妃であろう。
まるで子犬が主人にじゃれるようにしていた王妃が、ようやくタリアの存在に気付いた。本当にイリスしか目に入っていなかったようで、それまでのデレデレした表情が一瞬で真顔に変化した。
マジマジと見つめられ、少しだけ気後れするタリア。しかし、逃げ出すわけにはいかない。取り敢えず、目上の者への対応として静かに頭を下げた。口上は述べない。勝手に発言して咎められでもしたら面倒になる。
「あなたはイリスの娘さんですね? 確か、名前はタリア」
「はい、その通りでございます」
イリスを迎え入れた時とは全く異なる雰囲気の女性に、タリアは頭を下げたまま肯定した。
「頭を上げて頂戴。私はアリア・イーセット。この国の王妃をやっているわ。イリスは私の大切なお友達。その娘である貴方は私の姪のようなもの。これから仲良くしましょうね」
「グランドール家の次女タリアと申します。宜しくお願い致します、アリア様」
タリアの返事にアリアは満足そうに頷き、ゆっくりとタリアに近づく。そして、その右手を優しくタリアの頬に添えた。
「イリスと同じ綺麗な青髪で、目元も耳もそっくりね。口元は少しハルバートに似ているかしら。何よりも、幼い頃のイリスにそっくりね」
頬を撫でられ、興味津々と言わんばかりに眺められると、流石に気恥ずかしくなり視線を下げるタリア。一方のアリアは気にせずに一通りタリアを眺め尽くすと、イリスに向き直って宣言した。
「イリスちゃん、この子頂戴! 今日から一緒に寝るから!」
「駄目よ」
「そんなっ!? イリスちゃんの子供と寝れると思ったのに! はっ!? ひょっとして、イリスちゃんも一緒じゃないと嫌だとか。もちろん、二人一緒で私は全然問題ない――」
「それじゃあ、タリア。帰りましょうか」
「ごめんなさい、待って!」
踵を返したイリスに、慌てるアリア。
自分の時とは完全に様子が違うアリアに流石のタリアも引き気味だ。
国王はハルバートに密かに卑猥な本を送るし、王妃は見事なまでの二重人格だ。何気にハルバートも常識外に娘に甘く、イリスも娘のタリアが見抜けないほど外面は完璧だ。そして、自分で言うのも微妙だが、タリア自身も性格の切り分けには自信がある。唯一の救いはアネッサとウィルネスだろうか。特にアネッサにはいつまでも純粋でいて欲しい。タリアはそんなことを思った。
(この国って大丈夫なのかな……。それとも、責務から私的な時間はタガが外れるのかな)
アリアは未だに撫で続けており、タリアは現実逃避気味にそんなことを考えていた。
「一回、一回でいいから! 一緒に寝たいの!」
「そう言ってタリアを抱きまくらにするつもりでしょう。そうなったら一回で済むはずがないでしょう。いいから、呼び出した本題に入りなさい」
「えっ、二人に会うのが本題だけど? ねー、タリアちゃん」
いつの間にかタリアに対しても口調が砕けている。もう、どうにでもして下さいと言わんばかりにタリアは遠い目で撫でられるがままだ。
「領地にいる時は呼び出せないけど、丁度王都に来てるって聞いたから。イリスちゃんの用事が終わって帰っちゃう前に会っておこうかと思ってさ」
「じゃ、帰るわ。タリア、行くわよ」
「待って、ごめんなさい、冗談です。帰らないで~」
イリスが現実逃避気味なタリアの手を取って扉に向かおうとしたが、その腰にアリアが飛びつく。まるで悪役に娘を攫われる村人のような格好だ。決して、この国の王妃には見えない。実は部屋の片隅で待機していた、最低人数の従者や護衛は皆、見て見ぬふりをしている。その表情は耳すらも塞いでしまいたいと言いたげだ。公の場で見られる王妃の姿を知っている者からすれば当然かも知れない。また、イリスとタリアに付いてきたアティを含む従者も言葉を失っている。
「はぁ、これでも忙しいのよ。あなたもでしょう?」
「うう、久しぶりの触れ合いだったのに。じゃ、本題ね」
情けない姿格好から、突然背筋を伸ばして立ち上がるアリア。呼吸を落ち着けるようにして静かに息を吐き、ゆっくりと一度目を瞑り、そして静かに開く。ただそれだけの仕草で、アリアがまとっていた雰囲気が変わる。どこかの残念な女性から、国王を長年支えてきた功労者に相応しい人物へと。同時に、イリスも同様に公爵家の妻としてアリアと向き合う。
二人の変化にタリアは無意識に喉を鳴らした。
「二人共――」
そして、紡がれる言葉。
「私と一緒にお風呂に入りましょう?」
至極真面目な表情で、アリア・イーセットはそう言い放った。
◆
この国での入浴は生活水準によって幾つかに分類することができる。
まず、最も貧しい者は布を水で濡らして体を拭く。暖かい季節ならばまだしも、冬などは非常に辛い。当然、汚れの落ちは不十分で匂いも取れない。衛生的にも病気にかかりやすいのは当然だ。
そして、一般的な家庭では汲んだ水を季節によっては温めて体を拭き、市販されている又は自家製の香水を使用する。さらに、定期的に街で運営されている共同の浴場を利用する。浴場といっても湯船が張られているわけではなく、サウナ風呂である。汗と汚れを流して、最後に温かい湯を被るのだ。大人数が利用でき、定期的にお湯を入れ替えるだけの施設が整っていないため、湯に浸かることはない。
最後に、ある程度の経済力を有する貴族や王族である。彼らはサウナだけでなく、湯船を張った風呂も利用する。各個人で設備を運用するので小規模で済むため、お湯の入れ替えのための設備が実現可能なためだ。順番としては、サウナで汗を流した後に湯船に浸かって汚れや疲れを落とす。
「これが王族の浴場かー」
タリアが一人で立ち尽くしている場所は、王妃が専用で利用する浴場だ。王族の女性だけが利用する前提なのか、規模としては小さい。それでも、至る所の装飾など細かいところにまで作り込まれているのが見て取れる。また、湯船やサウナは当然として、維持することが難しい低温サウナまで完備されている。流石王族の女性のための施設である。
そんなお風呂事情の最上級な施設に、タリアは一人でポツリと立ち尽くしている。王妃アリアに誘われ、あっと言う間に連れてこられた。アリアとイリスも衣服を脱いでいるのだろうが、未だに姿を見せていない。畑仕事の後に脱皮するかの如く脱衣するタリアとは大違いである。お陰で、全裸で一人寂しく待機中である。
「へ、へぷしっ!?」
くしゃみをしてブルリと身を震わせるタリア。両手で自分の体を抱き込むようにして暖を少しでも取る。
「流石に寒くなってきた。お湯の中に入っていようかな。でも、王妃様が来る前に入ったら駄目だよね。どうしよう……」
そんな心配をしていると、運良く背後から件の人物がイリスと共に入ってきた。従者も連れておらず、本当にアリア、イリス、タリアの三人となる。
「ごめんね、タリアちゃん。寒かったでしょう? 先に入っていても良かったのよ?」
「い、いえ。大丈夫です」
全裸のタリアと違い、アリアとイリスはその体に薄いタオルを巻いている。イリスは時折一緒に入るので見慣れているが、相変わらず見事なプロポーションであった。とても三児の母には見えない。そして、アリアも同様に整った体型だ。強いて言えば胸は若干イリスの方が優勢か。いずれも、タリアとは比較するまでもないが。
「それじゃあ、お話もしたいから、こっちに入ろうか」
アリアが指差したのは低温サウナだった。グランドール家にもあるが、タリアはいつも湯船に飛び込んで汚れを落とし、そのまま上がろうとする所を、アティに強制的に体と頭を洗われるので使ったことはなかった。
アリアの提案にイリスは反対しない。タリアとしては、首を横に振ることなどできない。
中に入り、アリアが座った正面にイリスとタリアが座る。しかし、アリアは何を思ったのか。立ち上がると、タリアの隣に移動してきた。
「タリアちゃん。お城に来て、どうだった? 何か面白い場所とか行ってみたい場所とかあった?」
「え、と……」
突然の世間話にタリアは戸惑いつつイリスに目配せするが、イリスは目を瞑って静観している。これは、タリアが自身で考えて応対せよということか。
「しょ、食堂とかでしょうか」
「そっか、そっか。お城での食事が気になるんだね?」
「は、はい。王族の方がどのようなお食事をされているのかと思いました」
「ふむふむ。じゃあ、今度一緒に食べよっか。いっそ、うちの息子と結婚して王家に入る? そうすれば毎日食べられるよ?」
「えっ?」
「息子は四人いるけど、タリアちゃんと年齢が近いのは三男かなー。四男でもいいけど、そこはタリアちゃんとの相性をみてからだね」
まるで散歩に誘うような軽い口調で飛び出した王家への嫁入り提案。タリアは自分の緊張を解すための冗談とも思ったが、アリアを見れば相変わらずの笑顔の中において目だけが真剣だ。なるほどと思う。この場には三人だけなので断ったとしても外部に情報が漏れることはない。逆にタリアが諸手を挙げて受け入れた場合、そのまま婚約まで持っていかれそうな気もする。
タリアの気持ちとしては、王家への嫁入りなど真っ平だ。貴族令嬢である現在でも色々と制約があるのに、王族になれば更に自由が無くなるのは間違いない。暇を見つけては畑の手入れをしたり、寝転がってお菓子を食べたり、夜こっそりと夜食を作って食べたり。どう考えても許されるとは思えない。
だが、冗談にしても本気にしても下手な断り方は愚策だ。そのため、タリアは自分自身が欠点とは思っていなくとも、世間的には大きな欠点といえる要素を利用することにした。
「アリア様、私は魔法が使えません。そんな人間が王族に入るなど、国はおろか他国にまで侮られてしまいます」
普通の人間は程度の差はあれど使えるはずの魔法が、未だにタリアは煙や水滴すら作り出すことが出来ない。原因とみられる能力を公表するわけにはいかず、周囲からはタリアはイレギュラーな存在と見られる。そんな人間が国の中枢ともいえる王族に属するとなれば周囲の反発は必然だ。最悪、他国のプロパガンダに利用されて内外で争いすら起こりうる。そんな危険性を持つ人間を招き入れる理由は普通ならばない。
「そうねー、イリスちゃんから聞いていたけれど、まだ何も使えないの?」
「はい」
「うーん」
腕を組み、難しい表情をするアリアを見て内心で勝ちを確信するタリア。ここで王妃が諦めてくれれば、今後はタリアに王族から婚姻の話が舞い込むことは無くなるだろう。思わずニヤけそうになるのを我慢する。
しかし、
「ま、良いんじゃない?」
「ふぁっ?」
それまでの思考する姿は何だったのか。アリアはあっけらかんと断言した。そして、それには思わずタリアも素で反応してしまった。
「イリスちゃん、ふぁっだって。可愛いね」
「アリア、私の娘をからかうのはよしなさい」
「えー、私は本気でタリアちゃんが良いと思ってるんだけどな―。公表はまだ先でも、内々に決めておいて損はないかなって」
「今から決まっていたら、ハルバートが心労で倒れてしまうわ。だから、止めなさい」
「あー、彼も娘さんが大好きみたいだからねー」
彼も、と言いつつイリスを見て笑うアリア。イリスは対称的に冷たい視線でアリアを睨む。
そんな二人を見て、タリアはサウナの熱でボンヤリとし始めた頭で状況を整理する。
(えっ、と。冗談? 私、からかわれただけ? それにしても、王妃様の態度が本気だったような……)
冗談だったのか、冗談のような本気だったのか。兎に角、タリアはこの場を辞することに決めた。これ以上この場に留まれば何をされるか分かったものではない。幸い、サウナなので先に出ても不思議ではない。戦略的撤退である。
「王妃様、申し訳ありませんが、そろそろ私は上がろうと思います」
「おっ、ちょっと長居しすぎちゃったかな。大丈夫?」
「はい、外に出て頭を冷やそうかと」
頭に手を当てて限界です、とアピールするタリア。本当ならば限界までは余裕があるが、精神的に限界だ。
ペコリと頭を下げて出て行こうとするタリアだったが、その背後からアリアが音もなく迫り、抱きついた。タリアの後頭部に自分にはない女性らしさの象徴が押し付けられる。そして、抱きついてきたアリアの両手が非常に冷たく、思わずタリアは仰け反った。
「うにゃあっ!」
まるで氷を押し当てられているような感覚。火照った体には余計に冷たさが際立った。
「ふっふっふー、氷魔法だよ。冷たくて気持ちいいでしょう?」
そう言い、ペタペタとタリアの色々な箇所を触るアリア。その度にタリアの体は震え、口からは変な声が出てしまう。
右腕の二の腕から指先までゆっくりと伝い、そこから再び首元まで戻ってくる。そのまま喉元を通り過ぎると、今度は左腕へと向う。十分に堪能すると、次はゆっくりと鎖骨へと伝って――
「止めなさい」
アリアの後頭部をイリスの手刀が襲った。かなり手加減なしの威力で、アリアの魔法は解除されてタリアの拘束も緩まった。その隙にタリアは離脱に成功した。
「し、失礼します~」
逃げるように場を後にするタリア。その後姿をアリアは残念そうに見送った。
やがて、諦めたのかアリアは浮かしていた腰を降ろした。
「でっ、どこまで本気なの?」
そんなアリアに、ようやくイリスが探りを入れた。自分だけでなく、タリアも呼び出した友人が冗談とセクハラもどきをするだけとは考えられない。間違いなく、タリアを見定めること位はしている。
イリスの真面目な態度に、アリアも相応の態度になった。
「そうね、結構本気かな」
「……タリアは魔法を使えないわ。それに、グランドール家の次女よ。長女のアネッサを差し置いて婚約は早すぎる」
「魔法が使えても使えなくても、彼女は既にこの国の上層部にとっては非常に重要な位置付けなのよ。いいえ、この国だけでなく、他国にとっても二度も魔族の襲撃を退けた令嬢の存在は格好の求心力となるわ。そこに婚約の順序なんて些細な事よ」
「情報統制でタリアが関わったことは漏れていないはずよね?」
「彼女の功績を知らされていない筈の上級貴族がグランドール家と関係構築を試みようとしている動向があるわ」
グランドール家と同格程度の貴族は、下手に友好関係や敵対関係になるような行動は起こさない。互いに影響力のある家同士が関係を持てば国全体のバランスが崩れかねないからだ。そのため、基本的には無干渉に近い関係なのだが、此処に来て関係を持とうとしている家がある。つまり、リスクを犯しても得たいものがあるということだ。今まで、散々タリアの得た知識や情報で領地を発展させてきた中でも表立っては干渉してこなかった事を考えれば、その目的は絞られる。
「何処から情報が?」
「人の口に戸を立てるなら、完全に元を断たないと。村人がお金を貰ってここだけの話をしたのか、子供達がお菓子に釣られたのか……。タリアちゃんがした事の詳細は分からなくても、その場にいて生き残っただけで彼女には価値があるのよ」
アリアの言葉に、イリスは悔しそうに口元を噛んだ。
「ねぇ、イリス。あの子、あなたの娘は何を持っているの?」
「……」
「前々から思っていたわ。誰も考えもしなかったアイディアで領地を発展させてきたグランドール家。当主であるハルバートや、あなたが先導して様々な試みを成功させてきた結果、この国でも他の領地から羨ましがられる程になったわ。分野によっては、王都よりも上にあると言っても過言ではないわ」
「……」
「そして、その娘は人類史でも数える程度しか発生していない魔族との遭遇を二回も経験し、さらには人類で初めての魔族討伐すら成功している。探らせたけど、あの子の護衛の数。公爵家の令嬢にしては数も質も厳重すぎない?」
次々と述べるアリアの言葉に、イリスは表情を変えずに聞くだけだ。友人ではあるが、アリアは王妃だ。国のためならばタリアを囲い込む事くらいは平気でするだろう。それは、ハルバートが貴族としての責務を果たすことと同義なのだが、今のイリスは貴族よりもタリアの母としてこの場にいる。だからこそ、アリアに答えることは何もない。
「あの子は私とハルバートの可愛い子供よ。ただ、それだけの事よ」
「……そう」
イリスの態度に、何も得られないと悟ったアリアはそう言って追求を止めた。
「あっ、それじゃあ一つだけお願いがあるんだけど」
「……何?」
「そんなに警戒しないでよ、イリスちゃん。難しいことでも悪いことでもないからさ」
「とりあえず、言ってみなさい」
「えっとね――」
アリアの言葉に、イリスは呆れたように表情を崩したが、やがて重々しく頷いた。




