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令嬢は怠惰を望む  作者: ゆうや
第三章
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第三十四話 令嬢、妹をゲットする

 タリアは予想以上に早い母の襲来に頭を抱えたくなった。両手をアルシャとメイシャによって繋がれていなければ、本当に抱えていたことだろう。

 今回の件がイリスの耳に入れば、十中八九関わることを許されなかったはずだ。だからこそ、アティに無茶を言って早急にカタをつけようと企んだ。理想としてはイリスとアネッサが帰宅後に、事後報告で済ませてしまうつもりだった。小言や多少の罰は受けるだろうが、それ位ならば許容範囲と判断していた。

 しかし、目論見は甘かった。スレインの行動が早かったのか。それとも、学園の後に予定されていた用事が変更されたのか。いずれにしても、今この時。イリスが怒りを纏って突撃してきたことには変わりなかった。


「きれいな人」


 タリアの右手を繋いでいるアルシャが呟いた。メイシャも黙って頷いている。

 確かに、屈強そうな男達に迷いなく指示を出しているイリスの姿は頼もしく、そして誇らしい。そんな中でも貴族夫人としての優雅さをも感じさせる姿は、外見だけでない美しさを感じた。まさに、タリアが外モードの時に目指すべき姿といえる。


「あっ、こっちみた」


 メイシャの言葉通り、イリスがこちらを見た。タリアとイリスの目が合う。後ろめたい気持ちがあるためか、思わず後退りしてしまうタリア。一方のイリスはタリアに気付くと、ニコリと笑った。そして、小さく手招きしている。

 イリスを知らぬ姉妹は疑うこともせず近寄ろうとするが、タリアが精一杯踏ん張って抵抗する。あれは見た目の美しさで獲物を引き寄せる麗しきモンスターだ。近寄ればタリアは簡単に餌食となるだろう。

 近寄ってこないタリアを見て、イリスは一言二言男達に指示を出すと自らの足で歩いてくる。相手がこないならば自分で行く。当たり前のことだった。


「こんにちは。あなた達のお名前を聞かせてもらえるかしら?」


 タリアをチラリと見て、まずは両隣の姉妹に話しかけるイリス。同性だからか、姉妹に警戒している様子はない。


「アルシャだよ」


「メイシャ!」


「二人はカルナという人の妹で良いのかしら?」


「「うんっ!」」


 元気よく返事する姉妹にイリスは深く頷くと、優しく告げた。


「もう大丈夫よ。あなた達はお姉さんの元に帰れるわ」


「本当っ!?」


「もちろん。だから、あなた達はこの女の人に着いて行きなさい」


 イリスの後ろに控えていた彼女の従者が一礼する。

 アルシャとメイシャの姉妹は姉に会えると聞き、喜んでタリアの手を離してしまう。さらに、タリアに笑顔で手を振って離れていく。やはり実の姉が良いのか。その行動に躊躇は見られない。タリアの伸ばした手も虚しく、姉妹の姿は見えなくなってしまった。

 タリアは孤立無援と化した自らの状況に慌てる。このままでは単独でイリスと対峙することになってしまう。勝ち目は元より、被害を抑えることすらも困難だ。となれば、策を労す必要がある。


(そうだ、アティを盾にしよう)


 困った時のアティ頼りである。アティが知れば、お仕置きが倍になること間違いない思考をしつつ、助けを求めて視線を送った。

 男爵の女従者を拘束しながら見守っていたアティは、タリアに視線を向けられると眩しいほどの笑みを浮かべる。タリアは言葉にされなくてもアティの考えが理解できた。頼りになる従者は『私は反対しましたからね。イリス様のお説教はお一人でどうぞ』と言っているのだ。


『そんなっ!? どんな苦難の時でも一緒に乗り越えようと誓ったのに!』


『勝手に話を捏造しないでください』


『アティお姉様、お願い』


『少し怒られて反省してください』


『次のお見合いの時に、主として一杯良いところを相手に伝えてあげるから!』


『ぶっ飛ばしますよ?』


 そんなアイコンタクトを終えたタイミングで、タリアの両肩にイリスの手が優しく置かれた。


「さて、タリア?」


「はい」


「スレインから事情はある程度聞きました」


「……はい」


 ここに来て、ようやく諦めたタリアは眼を伏せて項垂れた。無茶をした罰は素直に受け入れるしかない。

 しかし、


「まずは、良くやったわ」


 予想外の言葉でタリアの頭を優しく撫でるイリス。そして、訳が分からず戸惑うタリア。


「平民のことだから。グランドール家には関係のないことだから。他家の貴族と揉め事を起こしたくないから。そう言って追い返さなかったのは、あなたが心優しい子に育った証でしょう。あなたを育てた母親として誇らしく思います」


 力無き者が理不尽なことに泣いている。助けを求めている。そんな人を見捨てなかった。それは単純でいて、誰にでも出来ることではない。

 予想外に褒められたことにタリアは喜びを隠せない。父親であるハルバートは事あるごとにタリアを膝の上に置いて褒め、頭を撫でてくれる。しかし、母親であるイリスから素直に褒められることは少ない。だからこそ、余計に嬉しさが際立った。

 頬を染め、えへへと照れるタリア。

 イリスは満足げに笑う娘に一度頷く。そして、ゆっくりと両手の人差し指で、タリアの柔らかそうな頬をツンと突いた。


「ここまでは母としての言葉です」


「えっ?」


 突いていた指が段々と力強くなり、グリグリと回転も加わる。


「スレインの話では、あなたは貴族の娘としての立場を理解した上で行動したそうですね」


「ふおぉぉ」


 力は増し、回転は早くなる。


「普段から考えて行動しなさいと教えているでしょう? アティ達にも無茶を言って困らせたのでしょう?」


「ご、御免なさいぃ、お母様ぁ」


 一応、外モードのため取り繕ってはいるが、イリスのお仕置きに涙目になって謝るタリア。自室で相手がアティならば『ほわぁ、ほわぁ』と言って、のたうちまわる痛さだった。


「そういえば、前回私はなんと言ったかしら? タリアは覚えているかしら?」


「ま、まさか」


「畑を――」


 見るからに狼狽して青くなるタリアに死の鎌を振り下ろそうとしたイリス。

 だが、それよりも前に怒鳴り声が聞こえてきた。


「騒がしいと思ったら、なんだお前達は。ここが男爵家の屋敷と知っての狼藉かっ!? 責任者はどいつだ!」


 イリスはタリアの頬から指を離すと、声の主を見る。顔を真っ赤にして怒鳴り散らし、周囲を威嚇する男。スレインから伝え聞いていたヘイムスカー男爵とみて間違いなかった。

 イリスと共に屋敷に踏み込んだ者達はヘイムスカーの剣幕に驚きはしているが、恐縮はしていない。自分たちを引き連れてきたのがイリスのため、どちらが優位かよく理解しているのだ。

 一方のヘイムスカーはいくら怒鳴り散らしても一向に引こうとしない者達に不満を隠せない。ますます頭に血がのぼる。

 イリスは男爵が怒りでボロを出すチャンスと見て、畳み掛けることにした。


「彼らを連れてきたのは私よ」


 名乗りを上げたイリスに、ヘイムスカーは血走った目で睨みつけた。


「なんだお前は、一体何のためにこんなことをしている! さっさと、こいつらを引かせろ!」


「ヘイムスカー男爵。あなたは私の娘の身柄を不正に売買した嫌疑がかけられているわ。大人しく調査に協力なさい」


「娘だと。知ったことか。商人が連れてきた娘を従者として雇っていただけだ。それの何が悪い?」


「普通はそうね。正式な手続きで雇った娘ならば、たとえ幼くても罪ではないわ」


 例え商人が悪事で少女らを連れてきたとしても、男爵が商人と正式な書類を交わして契約していた場合、男爵は知らなかった。または商人に騙されたと言い張ることができる。少女たちの親が納得し、男爵は賃金を払っている。なれば、少女たちの意思や年齢は関係ないのだ。


「そうだろう。俺は借金を背負った両親に売られた少女を雇い、食事や寝床を与えているだけだ。感謝はされても糾弾される謂れはない!」


「でも、男達に好き勝手させたのでしょう?」


「護衛の男と従者が恋仲になることなど珍しくもないだろう」


「成人した娘達を淫婦館に売り払ったでしょう?」


「それは私の手を離れた後だろう。商人が勝手にやったことだ。それに、成人した者より幼い者を雇った方が生き長らえる命が増えるではないか」


 生きる術を持たぬ幼子の食事と寝床を提供し、成長して手段を選ばなければ食い扶持がある者は手放す。貴族といえども、雇い入れる数には限度があるのは当たり前なので、取捨選択と言われれば反論できない。

 一応は筋が通っているヘイムスカーの言葉に、イリスは面倒臭そうにため息をついた。


(とりあえず、タリアの件で強制的に束縛してしまおうかしら)


 この場で議論しても埒があきそうにない。

 仕組んだ経緯だが、タリアが商人に連れられて男爵の元に来たのは事実だ。それだけで男爵をどうにかするのは不可能だが、調査の名目で一時的にでも拘束して、後でゆっくりと色々な都合の悪い証拠を探す方が手間がなくて早いかもしれない。最悪、国王に許可をもらい、男爵は病死となるかもしれない。

 そんなことをイリスが考えていると、アティが拘束していた女従者が言った。


「ヘイムスカー様、もうお止めになって下さい」


 彼女は涙を流しながら、仕えている主人の元へと向かう。向けられていたナイフも眼中にない様子で、警戒しつつもアティは静かに腕を下ろした。


「お嬢様も奥様もきっと悲しんでおられます」


 その言葉に、怒り一色だった男爵の表情に陰りが見えた。


「何を言っている。二人は今も色々な場所へ旅を続けているではないか。悲しむことなどない」


「私は旦那様に頼まれたのです。あなた様が立ち直るまで側に仕えて欲しいと。そのためなら、罪のない子供が連れてこられても見て見ぬフリをしました。ひもじい思いをして命を落とすよりも、生き長らえることができるのだから、と。そうやって自分を誤魔化してきました。ですが……」


 彼女は長年の苦労で荒れた手を見て自虐的に笑う。そして、女従者は振り絞るようにして言い放った。


「ついぞ、ここまで来てしまいました。いつか、これまでの報いを受ける時が来ると覚悟はしておりました。今がその時なのでしょう」


「一体、何を言っているのだ? そんなことよりも、こ奴らが立ち去った後に急いで掃除をするように。母と妹が帰ってきた時に、この屋敷の荒れようを見たら腰を抜かしてしまう。そうだな、万が一掃除中に帰ってきた時を考えて、妹の好きだった――」


「お二人はすでに亡くなっております」


 静寂。

 女従者の言葉にヘイムスカーは僅かに惚けたが、すぐに呆れと怒りを顔に貼り付けた。


「お前は長年我が家に仕えてきたな。しかし、それでも言って良いことと悪いことがある。二人が死んでいる? 何を馬鹿なことを!」


「奥様とお嬢様は、あの日。帰路の途中に襲撃され、馬車の中で――」


「黙れっ!」


 女従者の言葉をヘイムスカーは大声で遮る。


「黙れ、黙れ、黙れ、黙れ!」


 聞きたくないと両耳を塞ぎ、頭を振って、まるで子供が駄々をこねるように拒絶する。


「あの日! 二人は無事だった! 護衛たちが身を挺して守ったのだ! 決してそのようなことはない!決して、し、しん、しんだなど!」


 目は血走り歯をむき出しにして否定するその姿は、まるで餓鬼のようだった。アルシャとメイシャの姉妹がこの場にいたら、怯えて泣き出していたことだろう。魔族とはベクトルの異なる異質さが、見聞きする者達の心を縛る。

 怒り、悲しみ、笑い、懺悔。そして陽気に歌う。およそ常人には理解できない行動を繰り返すヘイムスカーに誰も近寄らず、声もかけられない。

 それでも、イリスはこの場の者達を率いる者として役目を果たす。


「……注意して拘束しなさい」


 弾かれたように動きだす男達に、ヘイムスカーは抵抗もせず、しかし最後は陽気に笑っている所を取り押さえられた。





 ヘイムスカーの身柄は王軍が引き取ることになった。仮にも貴族なので、平民ばかりを相手にする冒険者や街の詰所の人間では対応できない事がある。それ相応の聴取の仕方があるそうだ。

 イリスは残った者達に引き続き屋敷の調査を命じると、再びタリアの元へとやってきた。


「流石です、お母様。格好良かったです」


「ありがとう。それじゃあ、さっきの続きを――」


 誤魔化せると密かに思っていたタリアの頬が引きつる。

 脳裏に浮かぶのは自らが手塩をかけて育てていた各地の食材達。彼らの行方を思うと、タリアは涙を隠せなかった。


「と言いたい所だけど。今回だけはさっきのお仕置きだけで許します」


 仕方ない、と言ってため息をつくイリス。

 一方のタリアとしては畑達との別れを覚悟しつつあったので幸いといえるが、突然の母の許しに信じられないと惚けている。後ろにいるアティも同様だ。ハルバートと比べて、比較的厳しめなイリスにしては、甘い対応といえる。

 疑問が顔に出ていたのだろう。イリスは事情を話す。


「ここで大ナタを振って意気消沈されも困るのよ。タリア、今夜の予定は空いているわね?」


「はい」


 一応アティに視線で確認するが、軽く頷いて返してきた。そもそも、夜に予定が入ることは滅多にない。大体は食事をして自室でくつろいでいる。たまにアネッサと他愛も無い話をするが、それも精々が小一時間だ。タリアとしては重要だが、一般的には予定という程のものではない。


「では大丈夫ね。まあ、空いていなくとも優先してもらいますが」


「ひょっとして、それでお母様は早くお戻りになられたのですか?」


「そうよ。慌てて屋敷に戻ってみればスレインから貴方が突っ走っていると聞かされたのよ。それで、乗り込んだわけ」


 イリスが他の用事よりも優先し、タリアが関係して、できる限り早く伝える必要がある案件ということになる。タリアのセンサーは嫌な予感をビシバシと受信していた。


「今夜、アリアが貴方と会いたいと連絡が来たわ。王城へ行くわよ」


「アリア?」


 王城、そしてアリアという名から連想される結論に、とぼけるようにしてタリアは小首をかしげた。

 自分の予想が外れていて欲しいという糸よりも細く、そして羽よりも軽い可能性を信じて。

 だが、


「王妃様よ」


 そんなタリアの願いは、イリスの言葉によって無慈悲に粉砕された。





 タリアが屋敷に戻ると、既に再会を果たしたカルナとアルシャ、メイシャが待ち構えており、感謝と謝罪で迎えられた。特にカルナのそれは、タリアが恐縮してしまうほどの念の入りようで、かえって心苦しかった程だ。


「カルナさん、そんなに気にしないでください」


「いえ、これでも感謝しきれない程です。本当に有難うございました」


 タリアは今回の件をイリスが殆ど解決してくれたと思っていた。自分は役に立っておらず、先走った代償としてイリスからお仕置きを受けただけと思っている。そのため、姉妹のように屈託のない笑顔でお礼を言ってくれる程度で十分だった。

 一方のカルナとしては、半ば諦めて自暴自棄にすらなっていたところを、瞬く間に現れて解決してくれたタリアに心から感謝していた。フレバードダンジョンでタリアと出会わなければ、再会して自分の話を聞いてくれなければ、自らが囮になって姉妹を探してくれなければ。妹達と再び一緒にいられる事はなかったかもしれない。


「タリア」


 そんなやりとりをしていると、イリスが至極真面目な表情で伝えた。


「二人は書面上は正式に男爵の屋敷に奉仕することになっているわ。つまり、男爵は商人に金銭を支払って二人を迎え入れたということね。是非はともかく、見ようによっては我が家が強引に姉妹を奪い取ったと言われても仕方がないわ」


 名目上はタリアの捜索で、その過程で姉妹を保護しただけだ。タリアだけを連れて帰ることはできるが、姉妹はそのまま男爵の屋敷に留まるのが正しいのだ。


「だから、こちらも正式に姉妹の身柄を男爵から買い取ることにするわ。ヘイムスカーが商人に支払ったのと同額を支払い、正式に我が家が二人を雇い入れます。良いわね?」


 イリスはタリアを筆頭に、カルナと幼い姉妹を見渡す。その口調は問いかけているが、それは決定事項を伝えているにすぎない。もっとも、拒否しても他に案があるわけではなく、カルナ達は拒否できる立場でもなかった。

 そして、アルシャとメイシャにも悪い話ではない。グランドール家に雇われたとなれば、余程の考えなしでない限り、手を出してくる輩はいなくなるはずだ。


「その支払いはタリア、あなたが負担しなさい。そして、二人の待遇もあなたが決めるのよ」


「分かりました」


 イリスに言われ、タリアは即答する。金額を聞いていないが、懐には余裕があるので痛くはない。また、二人の待遇をタリアが責任を持って決めるのも当然だ。公爵家の娘であるタリアの行動には、それだけの影響と責任が伴ってくる。もしも、ここでタリアが拒否でもすれば、今後の行動にかなりの制約が設けられたはずだ。少数で街に遊びに行くなど不可能になる。


「ちなみに、支払う金額はどの位でしょうか?」


 タリアの疑問には、控えていたスレインが答えた。曰く、平民には相当な金額であり、とても払いきれるものではないらしい。つまり、それだけの金額をカルナと姉妹が稼ぎ、タリアに返還すれば自由の身となるわけだ。

 タリアは二人の将来的な展望も考慮すると、待遇を決めた。


「では、二人は私の将来的な専属従者候補として、従者見習いになってもらいます。当面は領地の屋敷で色々と勉強してください」


「えっ、良いのですか?」


 タリア決定に驚いたのは姉妹の姉であるカルナだった。

 公爵家に雇ってもらうことなど、平民にはほぼ不可能だ。庭師、料理人、従者、護衛、すべてにおいて身分や伝手が必要で、いきなり飛び込みで雇ってもらうことなど論外だ。平民が雇われるなど、よほど能力に優れているか、妾として気に入られるなど滅多にないことだ。ある意味、タリアとカルナの伝手という部分もあるが。

 そして、姉妹がタリアの従者となれれば将来は安泰確実だ。仮に専属から外れたとしても、公爵家で教育を受けた実績は確実に役に立つ。なによりも、両親と姉妹を一緒に住まわせることを全力で回避したいカルナにとって、衣食住が確保できたことになる。流石の両親も公爵家に楯突くほど馬鹿ではない。


「私も将来的に学園に入ったり、嫁ぐ時に専属がアティだけでは手が足りません。今のうちに、慣れた者を育成しようかと。二人はどうですか?」


 さり気なくアティが寿退職している可能性が考慮されていなかったのだが、それは幸いにも気付かれることはなかった。

 タリアに話を振られた姉妹は、理解できないのか難しい顔をして黙っていた。そのため、かなり噛み砕いて伝える。


「二人は私のお手伝いをしてくれる人になりますか?」


「お手伝い? けものの皮をはいだり?」


「けものをかいたい?」


「いえ、そこまではしませんね」


 さすが狩人の子供だとタリアは感心するが、残念ながら従者の仕事ではなかった。

 従者は朝起こしたり、食事を運んだり、着替えを手伝ったり、身を守ったり。あとは畑仕事を手伝ったり、魔族と戦ったり。一部一般的ではないが、多種多様である。

 未だに想像できないのか、二人は困り顔のままだ。そのため、タリアは少々ズルい手を使う。この提案は二人にとっても悪くはない筈だから。


「屋敷のベットで寝たり、食事もありますよ?」


「「なるー」」


 やはり、この位の年齢はまだ単純だ。


「では、決定です。それと、カルナさん」


「はい」


「二人のお金は私が立て替えただけと思ってください。利子は求めませんが、返さなくて良いわけではありません」


「もちろんです」


「なので、あなたはグランドール領を拠点にして冒険者として活動し、定期的に私に支払いをしてください」


「わかりました。支払いは定額とまではいきませんが、精一杯お返しいたします」


 狩人のカルナの父がそうであったように、冒険者としてのカルナも安定した職ではない。怪我をすれば収入は途絶えるし、依頼を達成できなければ収入は減る。そもそも、依頼を受けることすらできずに収入が途絶えることも結構ある。それでも、今までのように借金が増えていくことはなく、姉妹の将来も展望がある。相当マシな状況といえる。


「グランドール家からカルナさんへの直接依頼は無理ですが、私個人の依頼でしたらカルナさんに回しますので、支払い以外にも定期的に屋敷にきてくださいね」


「何から何までありがとうございます」


 そして、姉妹と会う口実ももらえた。まるで、これが都合の良い夢のようにさえ思えてしまう。

 感極まり涙するカルナを、アルシャとメイシャが心配そうに見上げた。


「カルナお姉ちゃん。大丈夫?」


「怪我したの?」


 カルナは涙を拭き、笑いかけて首を振った。


「大丈夫。タリア様のお陰で、嬉しくて涙が出ちゃったの」


「タリア様?」


 ここにきて、姉妹が未だにタリアの名を知らぬことに気付く。男爵の屋敷では、ほとんど会話をしていなかった。ならば、ここは公爵令嬢にふさわしい態度を取らねば恥となる。これから二人の主となる者として、ほんの少しだが年長として出来る所を見せる。

 タリアは背筋を伸ばし、表情を引き締めると小さな従者見習いに挨拶をする。


「初めましてアルシャ、メイシャ。あなたたち二人の主となるタリア・グランドールです。あちらは母のイリス。こっちは私の従者であるアティ。これから色々と大変だと思うけど、精一杯頑張ってください」


「「……」」


 突然、自分達とそれほど背丈の変わらぬタリアが豹変したことに、言葉を失う姉妹。その後ろでカルナが慌てている。


「二人とも、タリア様にご挨拶を――」


「「かっこいい!」」


 カルナの気苦労など知らぬとばかりに、姉妹は目を輝かせてタリアを見る。タリアはそんな姉妹を余裕の表情で微笑み返している。内モードならば、『いやぁ、そうかな? えへへ』と言って照れているところだ。

 カルナは慌て、アティやイリス、スレインはまだ幼い姉妹だと仕方ないと笑っている。これから成長し、勉強していけばいずれは正式な従者となれる筈だ。


「タリアお姉ちゃん」


「んっ?」


 アルシャの言葉に耳をピクリと動かして反応するタリア。


「タリアお姉様」


 メイシャの言葉に目を見開き、口元を震わせて感動するタリア。

 アネッサやウィルネスを姉と兄に持つが、タリアには妹や弟がいない。そんな中、自分を慕い、姉と呼ぶ幼い姉妹ができた。タリアは心の中で『ひゃっほーい』と喜び跳ねて感動した。

 タリアが感動に打ち震えていると、学園から帰っていたアネッサが騒ぎを聞きつけてやってきた。


「あら、お帰りなさい皆さん」


「あ、お姉様!」


 タリアがパッと顔を明らめ、小走りでアネッサの元へと駆ける。

 アルシャとメイシャもその後に続いて行く。まるでカルガモ親子の行進だ。

 タリアだけでなく、見知らぬ少女も混じっている光景にアネッサは困惑気味だ。


「えっと、その二人はどなた?」


「ん、と」


 助けたカルナの姉妹。新しい従者見習い。心の妹たち。色々と浮かぶが、タリアは少しだけアネッサに悪戯をしようと考えた。


「約束していたお土産ですよ、お姉様」


「まぁ、タリアったら。随分と大きなお土産ね。有難く頂くことにしましょう」


「私の新しい従者見習いです」


 タリアの試みは一秒で崩れ去った。

 ワザとか本気か。アネッサはそんなタリアを可笑しそうに見て笑っていた。







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