おまけ3 令嬢と出会った女魔法使いの事情
女魔法使いで冒険者として報酬を得ているカルナは荒事が苦手である。冒険者なのに荒事が苦手という冗談にしか聞こえない話なのだが、当の本人は真剣だ。
幼い頃、狩人の父親が持って帰る獲物を見て母親の背中に泣いて隠れたのは、カルナ自身が今でも覚えている恥ずかしい記憶だ。流石に今は泣くことはないが、可能ならば近寄りたくない程度には苦手だった。
そんなカルナとしては冒険者仲間が勧めてくれたように冒険者職から身を引き、安全な街中で仕事を探して日々を過ごしたいのは山々である。
しかし、そんな些細な願いを彼女の環境が許してくれなかった。
借金である。
グランドール領の、とある村で生まれ育ったカルナ。村の男達は狩りで家族を支え、女達は獲物の皮や毛で加工品を作り、時折訪れる商人に売って生計を立てていた。当然、不猟の時もあったが村人同士で融通し合って乗り切ってきた。街にはない、村独特の一体感があった。
カルナの父親は、そんな男衆の中でもひときわ腕の良い狩人で、その評判は隣村から村一番美しいとされた母が嫁いでくるほどだった。
村と村という狭い世界での話ではあるが、当時のカルナにとっては村が全てだった。そんな環境で最も頼れる父と、美しい母を両親に持つカルナは世界一幸せだと信じていた。
そんな平穏な日々が崩れたのは、彼女が成人直前のことだった。この時、母はさらに二人の女の子を産んでおり、カルナは三人姉妹の長女となっていた。年の差があったためか、カルナは姉妹を非常に可愛がり、そして姉妹もまたカルナに懐いていた。
村での職は限られており、増えた家族の食い扶持を補うためにも、カルナは成人後に街へ出稼ぎに行く予定だった。そのため、残り少ない村での生活を楽しむため、友人と遊びから帰ってきた夕方のことだった。
街中ですれ違えば視線を逸らしたくなるような柄の悪い男達が家から出てきた。男らは慌てて避けたカルナを一瞥すると、思わず身を引いてしまう悍ましい笑いを浮かべて去っていった。そして、家から慌てて姿を現し、呆然とするカルナに気付かずに深々と頭を下げる父親。現役の狩人で体格も性格も豪気な父親が、この時は別の人間のように小さく見えた。
ようやく頭を上げた父親がカルナに気付き、バツが悪そうに語ったのは家に借金があることだった。裕福ではないが、その日暮らしに困るような経済状況でもないと認識していたカルナにとって、父親の打ち明けた話はショックだった。
しかし、借金の額を聞いた時、カルナは首をひねった。狩人の父親と獲物の皮で小物を作る母親で生計を立てていたのは今も昔も変わらない。にも関わらず、借金をした割には生活に変化は無かった。ならば、借りたお金は何処へ消えてしまったのか。
カルナの疑問に父親の口は重く、語ろうとしない。それでも、しつこく尋ねるとようやくポツリポツリと話し出した。
ある時、村に来た商人が父親の狩りの手腕に惚れ込んで定期取引を持ちかけたらしい。定期的に獲物を決まった量提供する代わりに、市場単価よりも高く買い取ると提案されたそうだ。
狩人の成果はいくら腕の良い者でも安定することはない。時期や天候に加え、生態の揺れ具合に非常に影響されるからだ。仮にそれらの要素が安定しても、狩る人間が怪我でもすれば収穫はゼロどころかマイナスだ。定期に定量など夢物語だ。
最初は当然断った父親だが、それでも食い下がる商人はかなり緩めの定数で提案したらしい。父親が怪我をして、代わりにカルナが狩りをしても十分果たせるような数だった。
そして、父親は仕方なしという体で契約を交わした。普通に売るより高く、なによりも羽振りのよさげな商人が必死に頭を下げ、己の狩人としての腕をベタ褒めされたので有頂天になっていたのだ。
契約後のしばらくは容易に定数を確保できた。逆に多めに獲物を渡し、驚きと感謝で高く買い取ってもらえた。そして、タイミングを見計らったように商人が控えめに提案したのだ。獲物の定数を増やしてみないか。そうすれば、単価をもう少し上げることができる、と。
提案された数は誤差の範囲内とも言える程度。褒められ、旨い酒を飲まされた父親は再び契約を交わした。
そうして、定期的に少しずつ。しかし確実に定数が増えていった。余裕があるのに普通に売ってしまっては勿体無い。これだけの数を取れる狩人はなかなかいない。定数のキリが悪いから、丁度のこれ位でどうだろうか。
気付けば、最初に交わした定数の倍を上回っていた。さすがに母親も懸念を抱いたのだが、小金が溜まりだした父親に高めの髪飾りや、香水を贈られて舞い上がってしまった。まるで、街にいる貴族のようだ、と。夫の甲斐性と思い込み、状況を考えずに甘んじて受け入れ、憧れた上の生活を夢見てしまった。
そして、ついに契約を果たすことができなくなった。時期的に不猟の期間で、そして運も悪かった。それでも、僅かに数体だけ足りない獲物。ここで、ようやく父親は商人と契約したことを後悔し始めた。狩人としての技能や経験を培ってきたが、商売のイロハは無知だ。噂で商人と契約して酷い目に遭った奴がいるとも聞いた。酒場の噂話と笑ったが、ひょっとしたら、自分もそうなるのではないか。
そんな恐怖が腹の底から湧き上がり、眠れぬ夜を過ごした次の日、商人がやってきた。
父親が約束の個数に届かなかったことを告げたが、予想とは裏腹に商人は薄い笑いを浮かべたままだった。
ひょっとしたら、この位の不足なら見逃してくれるかもしれない。そんな希望を父親は抱いた。
そして、商人はうんうんと頷き、言った。
『仕方ありません。最近は天候不良でしたからね。他の方も獲物が捕れないと嘆いておられました』
しかし、次の言葉に父親は凍りついた。
『では、契約通り違約金の支払いをお願いします』
同情する素振りを見せたにも関わらず、下された冷徹な宣言に父親は懇願した。
少し足りないだけじゃないか。今まで多めに渡した事が何度もあっただろう。今回だけは大目に見てくれないか。次に上乗せして渡すから。
そんな父親の言葉は意味をなさず、全て一言で一蹴された。
『契約ですので』
交わした契約書を示す商人。そして告げられる違約金の額。
今までの取引で得た利益を足しても、とても賄えない程の金額。加えて、払えない場合に発生する利子は生活をギリギリまで落とせば、一家の稼ぎで払える程度の金額。とても元本を返すことは不可能だった。違約金が発生する事態になるはずがない。初期の定数で高をくくったため、ほとんど聞き流した部分だ。
この時、一家は破産せずとも、一生商人に利子を払い続ける奴隷ともいえる立場へと落ちたのだった。
事情を聞いたカルナは、肩を落とす父親の姿に憤怒してギルドに仲介を申し入れた。商人が無知な父親に付け込んで騙した、と。しかし、契約書の内容には不備は見つからなかった。個体数が少ない時ならば違約金は払えない額ではなかった。そして、当初は割高な買取価格で売買されていたのが効いた。契約初期では商人が割を食って、父親が得をしていたのだ。
結果、利子は若干高めだが暴利とまでは言えず、商人を咎めるほどではないと言われてしまったのだ。父親が考えなしに契約更新を繰り返したのが原因だと。
考えてみれば、お金を動かし契約を交わす商人が下手を打つとは思えなかった。
結局、一家に課せられたのは借金というよりは違約金の支払いだったのだ。
仕方なく、一家は総出で借金返済に尽力することとなった。総出といっても妹二人はまだ幼く、両親とカルナが働くしかなかった。
不幸中の幸いだったのは、両親の稼ぎだけで利子の支払いと、生きていくだけのお金は賄えること。そして、商人は利子さえ払っていれば手荒な取り立てをすることはなかった。利子を受け取る商人が毎回薄笑いを浮かべ、父親が殴り掛かるのではないかと心配したが、そんな事をすれば捕まり今度こそ利子すらも払えなくなる。文字通り一家離散だ。
さらに、カルナがすぐに成人したことだ。
計画していた街への出稼ぎ。本来は、妹二人のために長女である自分が稼いで、美味しいものを食べさせてあげる。そんなことを考えていた。しかし、実際は違約金支払いのための出稼ぎ。かなり目的が異なってしまったが、利子を支払い続けても終わりは来ない。カルナが稼ぎ、元本を返す必要があった。
当初は街中の仕事を探す予定だったが、それでは返済完了がいつになるか分からない。そのため、カルナは辛うじて使える魔法を考慮して冒険者を選択した。危険だが、身の入りは良い部類の冒険者で短期に稼ごうとしたのだ。むろん、回復魔法でパーティーの補助役をメインとして活動するつもりだった。
しかし、そんな夢も直ぐに潰えた。
初めての大きな街。見知らぬ人々。分からぬルール。固定化されたパーティーが多い中、ようやく組むことが出来たパーティーでは上手くいかず、依頼は失敗して追い出された。それでも努力を続け、何とか初心者を脱しようかとした時期。商人が街で働くカルナの元を訪ねたのだ。
『利子の支払いが滞っております』
寝耳に水のカルナは混乱した。両親が利子を支払い、自分が元本を返す。いつかはそれで返せるはずだ。なのに、利子が支払われていない。一体、どういうことなのか。
『ご両親が別口で借金を申し込まれました。ご存知ないのですか?』
商人が自分を騙している。それならば、どんなに良かったことか。しかし、見せられたのは以前の内容とは異なる、別の契約書。売買契約などではなく、単純なお金の貸し借りの内容だった。
ふざけるな、そんなものは知らない。気が強いとは言えないカルナが、心の底から怒りに震えた。その矛先は両親と、目前の商人。
自分は今まで通り元本だけを払っていく。そもそも、借金をしている父に何故再び貸すようなことをする。
『それが私の仕事ですので。しかし、利子すらも払えないとなると、妹君を住み込みで働かせるしかありませんね』
カルナの使える魔法は回復魔法と、攻撃力がほぼ皆無の土魔法だ。この時、もしも攻撃力がある魔法をカルナが使えれば、躊躇なく目の前の商人に全力で振るっていただろう。それほどカルナは頭に血が上り、目の奥が焼き切れるような感覚を覚えていた。
『ご両親が契約された内容ですが、成人されたカルナ様は除外されておりますが、ご両親の庇護下にある妹君二人は本契約内容に言至されており、仕事先も違法ではなく、貴族屋敷での住み込みとなりますね』
カルナの妹二人に貴族の屋敷で働けるとは思えない。しかし、そんな二人に給与を出すという貴族。明らかに危険だ。従者を奴隷のように好き勝手することはできないとされているが、実際に守られる保証はない。只の平民で、しかも借金の形に差し出された幼い少女がどうなるかなど想像もしたくない。
震える声で足りぬ金額を聞き、懐から金を出す。村で自分の帰りを待つ妹へのお土産に当てる金だったが、それが一瞬で消えた。
『確かに。では、また次回もお願いします』
そう言って立ち去る商人に、カルナは震える拳を抑え、睨みつけることしかできなかった。
その後、仕事の合間に帰郷したカルナは、甘える妹たちを寝かしつけた後、両親に事情を聞いた。
『再び借金をするなんて、何を考えているの?』
『あの商人が気前よく貸してくれた。問題ない』
『問題があるから、アイツが私の所まで来たのでしょう。それに、家にある装飾品は何? 私が街に行く前はなかったよね?』
『商人が割安で譲ってくれたのだ。幾ら狩人といえど、来客の対応にもある程度の見栄えは必要だとな』
『狩人の家に来る客人が、そんなことを気にするとでも思ってるの!?』
『これからは、我々の時代だ。今に貴族も私達。私を必要とする時が来る。それに、借金は妹たちを奉仕に出せば融通してくれると言っていた。何でも、とある貴族が気に入って雇ってくれるらしい。二人も美味しいものを食べられるし、綺麗な服を着れる。結構なことではないか。お前も良ければ紹介すると言っていたぞ?』
目の前で言い切る父親の姿に、その隣で黙って頷いている母親の姿に、カルナは言い知れぬ悪寒を感じた。まるで、自分が知っている両親の姿をしたモンスターと対峙しているような感覚。自分や妹を愛してくれた両親の優しい目や温かい手が、今では汚らしいものにしか見えない。
そして、何故商人が父親のような狩人に目をつけたのか分かった。妹たちだ。二人を何処かの貴族が気に入り、そして商人を使って借金の形にして受け入れようと考えたのだろう。成人していない平民を直接貴族が雇えば何かあると公言するようなものだ。しかし、借金の形となった姉妹を助けるために雇ったとなれば、話は美談へと変わる。場合によっては商人が悪者となるが、他の地域へ移動してしまえば、その程度の悪評ならば影響はない。
まんまと思惑通りに踊らされ、今まで自分はバカ正直に返済するために血の吐くような努力をしてきたことになる。さぞかし商人の目には自分は道化に映っていたことだろう。
そして、嵌められたことを未だに理解していない両親にも怒りを覚える。家族だから。自分を育ててくれたから、ここまで我慢して頑張ってきた。それが、いつの間にか只の一人相撲だったのだ。怖い思いをし、軽くない怪我を負って這いずり回っていた時に、両親は必要のない品々を買い漁っていたのだ。
カルナはこの時、妹二人を守れるのは自分だけだと理解した。同時に、優しかった両親は死んだものと判断した。
大きな背中と大きな手。そして、幼い自分を持ち上げて笑った父は死んだ。
美味しい料理を作り、泣く自分を優しく慰め、いつか自分もそうでありたいと目標にしていた母は死んだ。
自分にとって、もはや家族は妹二人だけとなってしまった。
だからこそ、せめて利子だけでもカルナが返済する必要があった。さもないと、妹二人が連れて行かれるから。
元本を返すなど夢のまた夢。両親が更に借金を繰り返さないように留めるのにも精一杯。まさに終わりのない地獄だった。
こうして、カルナは荒事が苦手で攻撃魔法が満足に使えず、されど冒険者として活動する女魔法使いとなった。




