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令嬢は怠惰を望む  作者: ゆうや
第二章
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第三十話 令嬢のエピローグ2

 結局、アネッサの体調が王都への馬車旅に耐えられると判断されるまで、一ヶ月ほどの時間が掛かった。その間、タリアは悠々自適な時間を満喫して、とてもご機嫌だった。一方で、日に日にアネッサが申し訳なさそうにしていく姿に、何とも言えない気持ちになった。

 本当に気にしていないと示すため、連日畑に誘って遊んでいたのだが、それもアネッサにはタリアの強がりに見えてしまったようだった。最後の手段として、タリアの自室にて内モードを公開すべきか悩んだ程だ。しかし、グランドール家の暗部を披露する前に、アネッサへの許可がおりた。気を抜ける相手が増える機会が失われた事にタリアは残念そうにし、アネッサが卒倒する危険が無くなった事にアティは胸を撫で下ろした。


「準備はいいですか、お姉様?」


「ええ、大丈夫よタリア」


 タリアの言葉に力強く頷くアネッサ。その表情は非常に明るい。これから広がっていく新しい世界に心躍らせているのが見て取れた。

 許可を得た後のアネッサの行動は早く、瞬く間に荷物の準備や挨拶回りを終えてしまった。その上、準備が遅いタリアを手伝い、愛娘二人が同時に屋敷からいなくなるのを嫌ったハルバートを急かして必要な書類を用意させてしまった。アネッサは数年在学するが、タリアは短期間で戻る予定なのだが、ハルバートは相変わらず親バカだった。

 そしてこの日。ついにアネッサが王都の学校へ入学するために出発する日がやってきた。

 二人とそれぞれの従者が乗る馬車と、それを護衛する面々。それを見送るために集まったハルバートを代表とする集団。アネッサの門出を祝うかのように、天気は快晴で何処までも続く突き抜けた空が清々しかった。


「では、お父様行ってまいります」


「うむ、頑張ってくるのだぞ。体調には十分気を付けるのだぞ? 何かあったら直ぐに連絡をしなさい」


「心配しすぎですわ。次の長期休暇には帰ってきますし、お父様が王都にご用事がある時には会うこともできますわ」


「うむ。ガーディー、明日にでも王都へ赴く用事を入れてくれ」


「ハルバート様、数日前に行って帰ってきたばかりです。当分予定はございません」


「……そうか」


 残念そうに影を落とすハルバート。その背中は丸くなり、覇気も消えている。しかし、直ぐに希望を見出したようで、表情を取り戻した。


「タリア。お前は直ぐに帰ってきなさい。王との面会は適当で良いから、終わったら即日帰宅しなさい。なに、もし面会まで待たされたら不実を口実に帰ってきなさい。私が許す」


「お父様、落ち着いて下さい。私やお姉様を心配される気持ちは嬉しいです。しかし、そのようなご冗談を仰るのは頂けませんわ。でも、お父様がそこまで仰るなら仕方ありませんね。いっその事私が行くのは中止に――」


「皆揃ったようね」


 ハルバートが暴走し、タリアがそれを諌めつつも己の願望を割り込ませようとしていると、そこに第三者の声。途端、ハルバートは肩を揺らし、タリアは笑顔のまま固まった。


「お母様」


 アネッサの言葉通り、そこにはハルバートの妻であり、タリアの母であるイリスの姿があった。その背後にはイリスの従者が荷物を手にしている。


「では、出発しましょうか。あなた、この子達は私にお任せ下さい。あなたはこちらの仕事に専念して下さいな」


「あ、ああ」


 実は、アネッサの入学に際してイリスが同行することとなった。今までアネッサが入学を見送っていた経緯や、他の者よりも遅れている学力などに関する対応を学園側と相談する為だ。本来ならば当主であるハルバートが行う筈なのだが、仕事が相変わらず絶え間ないのと、イリスが丁度王都にて用事があったので、白羽の矢が立ったのだ。

 そして、長男のウィルネスも既に王都へと戻っていた。表向きだった部隊編成が完了したと連絡を受け、足早に屋敷を発ったのだ。職務上、王都で再会できるか分からないが、確執が無くなったので機会があれば会えるとタリアは思っている。そのため、イリス、アネッサ、タリアの女性陣が出発すれば屋敷にはハルバートのみが残されることになる。まさに逆単身赴任状態だ。


「では、お父様行って参ります」


「……行って参ります」


 鼻歌を歌いだしそうなほど上機嫌なアネッサと、虚ろな目をしたタリアが馬車に乗る。それぞれの従者であるステラとアティも乗り込んだ。

 そして残されたイリスはそれに続こうと踵を返し、しかし思いついたように振り返った。


「あなた、一つ忘れ物が」


「んっ?」


 ハルバートが娘二人に送っていた視線をイリスに向ける。途端、イリスは両手でハルバートの首に抱きつくと、その唇を押し当てた。

 見送りの面々や、馬車の中で様子を見ていたアネッサやタリアが目を丸くする。初めて見る両親の愛々しい光景にアネッサは恥ずかしがって両目を手で覆ったが隙間から凝視している。タリアはおぉーと感嘆しながら興味津々に見ている所をアティに背後から目を塞がれていた。


「い、イリスっ!?」


 貴族として、女性として、妻として。はしたないと叱咤されるような行動に、ハルバートは目を白黒させる。しかし、当のイリスは何処吹く風だ。周りは関係者ばかりだし、噂されても夫婦仲が良い証拠だと言い切る自信があった。子供三人の母親とは思えぬ、周囲の男従者が思わず見惚れるような色香を漂わせたイリスにハルバートは圧倒された。


「私の留守中に浮気したら捻り潰しますからね?」


 空恐ろしい台詞にハルバートは反射的に腰を引いた。


 出発した一同が遠ざかる姿を見送るハルバート。いつまでもそうしていたいが、仕事は待ってくれない。守るべき家族が不在で寂しさを感じるが、彼女たちの帰宅時に呆れられるのは御免だ。

 もう一度だけ馬車の姿を確認し、そして屋敷へと入る。終わりの見えない仕事地獄に癒やしのない単身で挑む。

 ハルバートは、暫く寝る前の酒はガーディーと男二人で語り合おうと心に決めた。





 気付くと見覚えのある部屋の中に居た。


 一瞬、状況を理解できずに呆けたが、直ぐに気を取り直す。屋敷を出発し、王都へ向うこと数日。幾つかの街や村を経由しての旅は何事もなく、まるでグランドール家の女性陣だけの観光のようだった。道中の至る所で見るもの全てに目を輝かせるアネッサに、タリアも思わず可愛らしいと思った程だ。

 イリスとアネッサの前なので、完全には内モードの解放には至らなかったが、それでもタリアは十分満喫することが出来た。


 家族の女性だけの旅で、年頃の娘二人と母親の話題には将来の伴侶の話にもなった。アネッサ位の歳の貴族ならば婚約者がいても不思議ではない。タリアの年齢では早い部類となるが、許嫁のような関係を持つ少年少女も時折いる。また、タリアもあと数年すればそのような話は多方面から舞い込んでくるようになるだろう。

 ハルバートが耳を塞ぎたくなるような話題だが、幸か不幸か。病床に長い間いたアネッサは今は異性よりも新しい環境に心躍らせており、いまいち興味はなさ気だった。そして、タリアに至っては異性よりも美味しいもの。伴侶よりも畑。興味すら抱いていなかった。

 そのため、主にイリスとハルバートの若い頃の話で大いに盛り上がった。


 だからだろうか。

 今、目の前に広がる光景にタリアは心を寄せる。

 見覚えのある部屋だ。具体的にはイリスの自室だ。しかし、何処か内装が新しく家具も見たことのないものが置かれている。そして、ベットに横になる女性はイリスなのだが、その姿は非常に若い。アネッサと同じ位にしか見えない。下手をすればそれ以上に若い。

 そのイリスの視線は彼女の隣に眠る赤子に向けられていた。肌は赤く、うっすらと生えた髪の毛。そして触れることすら躊躇ってしまうほど小さな掌。そんな赤子を愛おしそうに見守っていた。


「イリス!」


 部屋に飛び込んできた一人の男。赤子は突然の訪問者と大声にピクリと反応したが、幸い目を覚ますこと無く眠り続けた。


「ハルバート、そんな大声を出したらこの子が起きてしまうわ」


「す、すまない。嬉しくてつい。しかし、良い面構えをしている。流石、私と君の子供だ」


「産まれたばかりの子供に面構えも何もないでしょうに。それで、名前は決められたのですか?」


「ああ、我がグランドール家の長男はウィルネスだ」


 堂々と赤子の名を宣言するハルバート。その姿はイリス同様に若い。

 ここまでくれば確定だ。つまり、これは夢だ。しかも過去の光景であり、タリアの両親が若かった頃だ。

 予知夢ならば何か不吉なことが起こるのではと不安になるが、これは既に起きた出来事。温かい気持ちを抱きはしても、不安になるような要素は何もない。ならば、安心して見ていられる。これは自分の大切な家族の光景。話には聞けども、本来ならば目にすることが出来ない筈の光景。今は立派に成長し、ハルバートの後継者たる為に日々努力を続ける長男の小さな姿。


(お兄様もこんなに小さな時があったんだ)


 当たり前の感想を抱きながら、赤子の手を恐る恐る触るタリア。案の定すり抜けてしまったが、それでも満足だった。


「さて、それじゃあ新しい家族を祝う祝賀会を企画しなくてはな。領地を上げて数日規模の会を――」


「ハルバート?」


 暴走するハルバートに、咎めるイリス。

 親バカはこの頃からか、とタリアが苦笑した時。世界が反転した。


 タリアが瞬きをすると、再び世界は動き出す。

 同じ部屋だ。ベットに同じように横になっているイリスだが、その服装が先程と異なる。それだけではない。掛け布団も、部屋の家具も細部に違いが見て取れた。同じなのはイリスの慈愛に満ちた視線と、彼女の横にいる赤子の存在。先程は眠っていたが、今は目を開けて視線を彷徨わせている。


「イリス、入るぞ」


 そして、先ほどと同様に部屋に入ってくるハルバート。今度は嬉しそうにしながらも、声は抑え気味だった。


「あなた」


「二人共大丈夫か?」


「ええ、私はもちろん、アネッサも問題ないわ」


 そう言い、イリスはアネッサの頭を撫でる。その腕にじゃれるようにアネッサは短い両手を伸ばして掴もうとする。


(お姉様、可愛い!)


 イリスの言葉から、今度はアネッサが産まれた時の光景だと理解する。

 ハルバートとイリスは一人目のウィルネスの時と異なり、出産には慣れたように見える。それでも、新しい家族の誕生に対する嬉しさに変わりないようだ。


「ウィルネスは大丈夫ですか?」


「ああ、妹ができたと張り切っていたよ。もう少し二人が落ち着いたら連れてくるよ」


「お願いしますね」


「しかし、ふむ。やはり女の子も良いな。取り敢えず、嫁にはやらん」


「あなた、まだ産まれたばかりですよ?」


 ウィルネスとアネッサの年の差は二歳。つまり、最初の出産から二年後の光景となる。そして、ここまでウィルネス、アネッサと過去の光景を見れば次は予想が付く。グランドール家の次女で、三番目の子供であるタリアの番だ。時間としてはアネッサの四年後にタリアは生まれている。

 兄や姉の赤子の姿は兎も角、自分が生まれた時の光景を自分自身が見るのはとても恥ずかしい。自分もアネッサのように可愛らしい赤子だったのだろうかと不安にもなる。

 移りゆく景色をタリアは期待と不安を胸にして見守り続けた。


 部屋のベットに座るイリスの姿。しかし、これまでの光景のようにやり遂げ、誇らしげな母の表情は見えない。両手で顔を覆い、肩を震わせている。時折聞こえてくる息を噛み殺す音。突然の変貌にタリアは戸惑う。

 ゆっくりと手が離れたイリスの顔は涙でくしゃくしゃに崩れ、ウィルネスやアネッサが寝ていた場所を見ると、せきを切ったように声を上げて泣き出した。泣き声と、途切れ途切れに聞こえる謝罪と後悔の言葉。

 タリアの脳裏に嫌な考えが浮かぶ。


「イリス!」


 そして入ってくるハルバート。彼の表情にも影が指しており、事の重大さとタリアの予感を確信へと後押しする。


「ごめんなさい。ごめんなさい、あなた……タリア」


「イリス、君の責任ではない。誰も悪くないのだ」


「でも、でも! タリアが、私達の可愛い子ども、女の子が!」


「イリス」


 泣き、頭を振って叫ぶイリスを抱き締めるハルバート。タリアは今まで見たことのない母親の姿と、その理由に言葉を失う。

 イリスの口から出てきた『タリア』という赤子。悲しみに暮れる二人。嫌でも理解してしまう事実。


 アネッサと自分の間にはもう一人子供がいた。


 この時代、この世の中。女性が出産を無事に終えるのはハードルが高い。赤子か母親か。それとも両者か。命を落とす話は珍しいものではない。当然、貴族の女性の出産には回復魔法の使い手を待機させるなど、平民よりも待遇は良い。しかし、それでも悲しい結果になる事はままある。

 アネッサの誕生から、タリアの誕生まで間が空いていた理由を察し、目覚めたらどのように両親に接すれば良いか迷う。今まで聞かされなかった事から、両親は子供達は知らなくても良いと思っているのかもしれない。それを知ってしまったのは申し訳なさを感じてしまう。

 本来ならばタリアの名を受け取る人間が別にいた。もう一人、血の繋がった姉がいた。出来ることなら、会ってみたかった。


「ごめんなさい、あなた。私はもう駄目です」


「何を言うんだ。大丈夫、私はずっと側にいる」


「あなた……側室を取って下さい」


 ハルバートの言葉を無視し、言い切るイリス。

 本来、ある程度位がある貴族ならば正室の他に、側室を設ける場合が多い。家の継続のため後継者候補の数は多いほうが断絶の可能性は低くなる。当然、その分争いが発生する可能性は高くなるが、血筋が絶えることは避けられる。

 ハルバートはタリアの知る限りイリスのみが妻だ。側室の存在はないと認識している。少なくとも現在はいない。


「イリス、言っただろう。私は君だけを愛し、君とだけ共に歩んでいくと。側室は必要ない」


「私は、もう子供を……。タリアの命と共に、失われてしまいました」


 イリスの言葉をタリアは聞き間違えたと思った。あまりの衝撃に、耳がおかしくなったと思った。

 しかし、言葉の意味を理解し、あまりの衝撃にふらつくタリア。落ち着こうとゆっくりと息を吸うが、上手く呼吸することができない。いつの間にか、冷たい汗が背中を流れている。

 タリアと同じように驚愕を貼り付けたハルバートが恐る恐る聞いた。


「それは……本当なのか?」


「はい、お医者様が断言されました」


「ご、誤診の可能性も」


「他のお医者様も同じでした。私はもう……貴族の妻として役目を十分に果たすことはできません」


 嘘だ。そう言って欲しい。そんな筈はない。自分の青髪はイリスから受け継いだものだ。自分の目元や耳の形はハルバートにそっくりだ。ウィルネスを兄として、アネッサを姉として心から愛している。もちろん両親もだ。そして、愛されていると思っている。

 だが、それを目の前の光景が否定する。無情にもタリアの願いを踏みにじる。ただの悪夢であって欲しい。飛び起き、イリスやアネッサに怖い夢を見たと言って慰めて欲しい。


「私は、もう子供を生めません」


 無情なイリスの宣言。

 誰にも聞こえないと分かっていても、タリアは叫ぶ。否定する。

 本来の『タリア』は生きておらず、その後イリスは子供を産んでいないとなれば、ならば自分は何者だ。今、ここにいる『タリア』は何だ。

 普通は持ち得ない力に悩み苦しんだ。それでも、家族がいるから力を受け入れることができた。活用し、少しでも手助けできるようにしてきた。その家族の絆が本物ではなかった。信じられない。信じたくない。


 ハルバートの危機を救い、ウィルネスとの確執を解き、そしてアネッサの死を回避したタリア。

 しかし、この日。タリアは自分の存在について初めて疑問を抱いた。

 それは今まで当たり前と思っていた日々に亀裂が入った瞬間だった。






[第二章 END]





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