第二十八話 令嬢、秘密を抱える
あなたは神の存在を信じますか?
タリアがそう聞かれた時の回答は二通りある。外モードの時には他の人々と同じように肯定し、神への感謝を口にして祈りを捧げるだろう。一方の内モードの時には、首を傾げて言うだろう。さぁ? いるかもしれないし、いないかもしれない。それより、今日のご飯何?っと。
エメリアが所属する教会の関係者が聞けば怒り狂うような考えだが、タリアはこの先も考えが変わるとは思っていない。予知夢で悲惨な光景を見続けたためか、信仰心が非常に希薄なのだ。
そんなタリアが少しだけ神の存在を信じそうになる程、窓から見える光景の数々は信じられないものだった。
タリアが窓に張り付いて外を眺めていると、部屋に一人の男が入ってきた。ハルバートと同じ歳位で、白い服をまとっている。貴族故にキレイな服を着ることに慣れているタリアだが、その汚れのない白さには目を見張った。当然、男に見覚えはない。
入ってきた男に気付いた少女がふくれっ面で言った。
「それで、先生。私の病気はどうなんですか? もしかして、不治の病とか」
「まさか。明日には退院できますよ。まぁ、昔は命を落とす人が多かったようですが、今じゃ注射一回でほぼ完治します」
「注射一回なのに入院が必要なんですか?」
「稀にウイルスを除去しきれない場合があるので、念のためです」
「ぶー。私、注射嫌いなんですけど」
「大丈夫ですよ。昔と違って薬剤を微粒子化して電圧で打ち込むので痛みはありませんから。じゃあ、腕をまくって下さい。終わったら自由にして構いません」
「はーい」
相変わらず言っていることは理解できない。それでも一言も聞き漏らすまい、少しでも理解しようとタリアは耳を傾ける。
知らない世界に理解できない会話。それでも自分がこの光景を見るのには理由がある筈だ。黒い本を読む前に願ったのはアネッサの命を救うこと。そして、目の前では一人の少女の病気が僅かな時間で治療できるとされる光景。無関係とは思えない。無関係とは思いたくなかった。
男がポケットから何かを取り出す。掌に収まるような四角い筒のような物が二つ。一つを手に持ち、もう一つはベット脇にある棚に置いた。
「二つですか?」
「ああ、これは癖でして。一本目に問題があった場合に再度取りに行くのが面倒くさいので」
会話の流れから、それが注射というものだと予測できた。少女はそれを嫌そうに見つつ腕をまくった。
「消毒して……では注射します」
「うー」
視線を逸らしている少女に苦笑し、男が注射を少女の腕に押し当てる。そして側面にある突起を軽く押した。空気が抜けるような音がした後、注射が離された。押し当てられた腕は少しだけ赤くなっていた。
「はい、これで終わりです」
「あれ、全然痛くなかった」
タリアは一挙一動を逃すまいと、出来る限り近寄って作業を見守っていた。腕をまくり、拭いてから注射を押し当てて突起を押す。難しくない作業工程だ。貴族の面倒なマナーやしきたりを覚えてきたタリアにとって問題にもならない。それでも、絶対に忘れてなるものかと穴が空くほど凝視していた。
男が少女に今後の経過観察について説明をしている。その間にタリアはもう一本が置かれている棚に近づく。やり方は覚えた。後はこれを手に入れるだけだ。そう、手に入れなければならないのだ。
恐る恐る手を伸ばす。しかし、触れようとした瞬間にすり抜けてしまう。今までの夢と同じだ。動き回ることはできるが、触れたり動かしたりすることができない。
何度も掴もうとし、その分だけ手が宙を切る。最初は片手だけ。そのうちに両手で掴もうと必死になる。それでも触れることはできない。まるで風を掴むかのようだった。
(お願い、これが必要なの。アネッサお姉様を助けたいの!)
アネッサを助ける最後の可能性。それを目前にタリアは半狂乱になりながら求め続ける。流れる涙は高ぶった感情と、いつの間にか起きていた激しい頭痛によるものだった。それでもタリアは願い、求めることを止めはしない。
(お願いします、私はどうなっても良いから! 痛いのも我慢するから! お願いだから、私にお姉様を救わせて!)
浮遊感。
世界の足元が崩壊していく。いや、少女や男は会話を続けている。ベットや棚も顕在だ。タリアだけが深い深い谷底へと落ちていく。伸ばされた手は落下を止めるためではなく、アネッサの希望を求めている。
言葉にならない叫びを上げる。このまま目を覚ますわけにはいかない。しかし落下は止まること無く、希望は遠ざかり小さくなっていく。
目が覚める。
最後の瞬間。タリアの手には――
◆
「タリア様! タリア様!」
激しく揺り動かされる感覚に意識が覚醒する。目を開けると真っ青な顔をしたアティの姿。その目尻には涙が溜っている。初めて見るアティの泣き顔に、アティも泣くことがあるんだな、とタリアは呑気に思った。
「……アティ?」
「タリア様、ああ良かった! 目覚めたのですね。体は大丈夫ですか? 痛いところは? 気持ち悪かったりしませんか?」
珍しく動揺しているアティを安心させようと口を開きかけ、状況を思い出した。
「お姉様!」
隣に眠っていたアネッサを見る。瞬間、視界が揺らぎ頭痛が走る。直ぐ側にいるはずのアティの声が途切れ途切れになり、そのまま意識が遠のく。慌てて意識を繋ぎ止め、倒れそうな体に鞭打った。
アネッサは最後にタリアが見た時と同じ姿勢のまま横になっている。そして、部屋のドアを開けてステラが外に向かって叫んでいた。どう考えても安心できる状況ではない。
タリアの呼びかけに反応しないアネッサ。悔しさに小さな手を握りしめた。途端、自分の手の中にあるソレに気付いた。
「っ!?」
絶句して手中を凝視するタリア。それを見間違えるはずがない。夢の中で絶対に見逃さないと覚え、掴もうとして何度も手をすり抜けた。
もはや反射的な行動だった。力の入らぬ体で這ってアネッサに近づく。夢では拭いていたが、そんな時間も余裕もない。そもそも、自分自身が気絶しそうなのだ。
アネッサの腕をまくり、手にしていた注射を押し当てる。そして迷うこと無く側面にある突起を押した。夢と同じ空気が抜ける音が響く。
これでアネッサが助かるとは限らない。見当違いの対処かもしれないし、例え正しい行為だとしても今のアネッサに効くのか分からない。
タリアは再び姉の名を呼ぼうとするが、今度こそ隔絶する意識を保つ事ができなかった。再びその体をベットに預けてしまう。
もはや怒鳴り声に近いアティの呼びかけに、次に目を覚ましたらお説教が待っていると確信しながら、タリアは再び夢の中へと旅立つのだった。
◆
「誰か、誰か来て! アネッサ様とタリア様が!」
そんな悲痛な叫びをアティが聞いたのは、彼女が一旦タリアの部屋に着替えを取りに行った帰りだった。
タリアとアネッサが話をしていると、タリアがいつの間にか眠ってしまった。色々と疲れが溜っているのだろう。アティはタリアを背負って部屋まで運ぼうとしたのだが、アネッサのお願いでこのまま一夜を過ごす事となった。幸いにも、アネッサのベットも非常に広いので二人で眠っても問題はない。しかし、眠り姫が目覚めた時に着替える可能性があったので、アティはステラに二人の見守りを任せて離れたのだ。
「迂闊でした」
風魔法で加速しながら駆ける中、思わず恨み言が漏れる。ほんの僅かな時間だから大丈夫と判断したのを後悔した。
ステラの叫びから、アネッサだけではなくタリアにも何かが起きたことが分かる。健康優良児なタリアが不調になる。考えられる大きな原因は一つだけだ。それはタリアの異能に関する事。特に最も懸念されていた、タリアだけが見た黒い本の存在だ。しかし、タリアは眠りステラが見守っていた状況下で本を読むとは考えられない。一体、何が起きたのか。
途中で何人かの従者を抜き去り、ようやくアネッサの部屋に飛び込んだ。魔法で加速移動してきたアティの姿に、叫んでいたステラが目を丸くした。しかし、構っている暇はない。
アネッサを見て、次にタリアを見る。二人共外傷は無い。眠っているだけに見える。しかし、両手を投げ出すようにして横になるタリアの姿に、慌てて駆け寄って揺り動かした。
「タリア様、タリア様!」
揺らし、手加減しながらも頬を幾度か叩く。普段なら不機嫌そうに唸って目を覚ます筈が、今はその兆候すら見られない。明らかに異常事態だ。
アティは部屋の入り口で狼狽しながら叫んでいるステラに八つ当たり気味に聞いた。
「一体、何があったのですか! 貴方にこの場は任せたはずです!」
むろん、ステラの代わりにアティがその場にいたとしても対応できたとは限らない。しかし、今のアティに余裕はない。彼女の主が腕の中でグッタリとして動かないのだから。
「そ、それが……気付いたら、何故か廊下を歩いてて」
「なんですってっ!?」
「ご、ごめん。でも、本当に何故か分からなくて、それで慌てて戻ったらお二人が……」
アティが知るステラという人間は、仕事を無責任に放ってしまう人物ではない。それは断言できる。つまり、何らかの力が働いて、ステラが持ち場を離れたことになる。確かに前回黒い本が出現したとされるタイミングで、自分はその場にいたにも関わらず深い眠りで気付けなかった。普段ならば近くを人が通っただけでも目が覚めるほど眠りが浅いにも関わらずだ。
そうなると、ますます黒い本の可能性が高くなる。タリアの体に影響が出る前に一刻も早く起こす必要がある。
眉間にしわを寄せてうなされるタリアの名を呼び続ける。タリアの口から苦しそうな声が聞こえてくる度に肝を冷やした。
どれだけそうしていたか。やがて、タリアの瞼がゆっくりと開かれた。
「……アティ?」
「タリア様」
ようやく目覚め、呆けているタリアの様子にアティが思わず涙を浮かべたのは仕方がなかった。前回のように眠ったまま吐血するような事もなく、うなされてはいたが無事に目を覚ましてくれた。
涙を拭いタリアの体を触って無事を確認しながら質問攻めにする。その最中、タリアが突然身を起こした。
「お姉様!」
アティの言葉を無視してアネッサへと近づくタリア。慌てて止めようとするアティだが、驚くことにタリアがその手を跳ね除けてしまう。タリアに仕えてから今まで、そのような態度は初対面の頃だけだった。その時はタリアの事情が事情だけに仕方ないと思っている。それだけに、相応に衝撃を受けた。
タリアはうわ言のように何かを呟いてアネッサに近づくと、いつの間にか手にしていた物をアネッサの腕に押し当てる。そして止める間もなく、タリアはそれを押した。カチリという機械的な音。そして空気が抜ける音。最後にタリアの体が崩れ落ちた。冷静を装いつつも、タリアを呼ぶアティの声は荒々しい。
倒れる体を受け止めるとタリアと視線が合った。タリアの少しだけ開いた口からは声にならない音だけが聞こえてくる。そして、伝えることができないまま再びタリアが意識を失う。それは、騒ぎを聞きつけた他の者たちが部屋になだれ込むのとほぼ同時だった。
◆
一週間の自室での謹慎。それも、常時従者二人の監視下で強制的にベットに括り付けられるおまけ付き。
それが、目覚めたタリアに事の詳細を聞いたハルバートおよびイリスから下された罰の内容だ。当初は体のダルさが抜けなかったタリアは素直に受け入れて休んでいたが、二日もすれば回復し、その後は暇を持て余していた。
見舞いで両親や兄が顔を見に来るが、それでも長い一日で見れば僅かな時間だ。お目付け役がアティだけならば内モード全開でだらし無く過ごすのだが、もう一人の従者がいるため外モードで一日を過ごすという、ある意味タリアには拷問のような時間だった。
そんな苦難の日々を終え、ようやく両親から出歩く許可を貰ったタリアは、まず庭にある畑に向かった。謹慎期間中の最後の方になると、畑を夢見て動悸や手の震えが走ったが、ようやくこれで憂う日々とお別れである。
久しぶりの庭を歩き、いつものコースで畑に向う。辿り着いた畑は庭師に手入れを頼んでいたので、荒れ果てたりはしていない。タリア視点では、色々な作物が収穫を今か今かと待ち望んでいた。
「うほー、久しぶりの畑だー。やったね!」
両手を上げて喜びを全身で表現するタリア。その姿は元気そのもので、一時的に陥っていた体調不良は完全に抜けているようだった。そして、その後ろで呆れながら収穫用の籠を持つアティ。
タリアへの罰だが、ハルバートやイリスよりも、何気にアティの方が重かった。謹慎中にタリアから送られてくる助けを求める視線を流し、見舞いに来たハルバートにタリアがお願い攻勢を仕掛けた時にもイリスを呼び出して食い止めた。エメリアやメリッサの見舞の時も完全監視体制でタリアへの甘えを排除していた。それだけ今回のタリアの無茶な行動に憤りを感じているということだ。
流石にそれだけ罰を受け、見た目は反省したようなタリアに、ようやくアティも許して今では普段通りの様子だった。
「今日は~、どの子を~、収穫しようかな~」
「タリア様、病み上がりなのですから、あまり無茶はしないようにしてくださいね」
「はいはーい」
アティの言葉に適当に返事するタリア。恐らく聞き流しているだけだろうと思われる。
本当にいつも通りとなったタリアにアティは嬉しさを感じつつも、また振り回される自分の姿を想像してため息を付いた。
「あ、お姉様だ」
自慢の赤々とした根菜を引っこ抜いたタリアが顔を上げた。いつの間にか、その頬は土で汚れている。
アティは屋敷に戻る前に拭かなくては、と思いながらタリアの視線の先を辿る。しかし、そこには誰もいない。タリアの勘違い。普通ならそう思う。
だが、
「タリア、やっぱりここにいたのね」
タリアの言葉から数十秒後、従者のステラに付き添われたアネッサがやってきた。
アティは本当にアネッサが現れた事に驚いているが、タリアはそれを当たり前のように受け入れ、普通に会話を始めた。
「お姉様はお散歩ですか?」
「ええ、体力が落ちているから少しずつ慣らしているの。それで、今日からタリアの謹慎が解けると聞いて部屋に行ったの。でも、いなかったから此処かなって」
間近で見るタリアが管理する畑に驚き、興味深そうに見回しているアネッサ。部屋から見るのと、間近で見るのでは受ける印象が違うらしい。
今のアネッサはタリアと一緒に寝た時よりも顔色が良く、体つきも健康的になってきている。また、落ちた体力を戻すために定期的に庭を探索しており、今まで滅多に姿を見せなかったグランドール家長女の姿に庭師一同から喜ばれ、着実に憧れの対象にもなりつつあった。
「あまり無理をしないで下さいね、お姉様」
「分かったわ。今日はここでタリアの活躍を見守っているわ」
「頑張ります!」
あの騒動の時、アネッサは本当に危険な状態だった。呼びかけても反応はなく、担当医が診察して即座にハルバートやイリス、そしてウィルネスが呼び出された程だ。
恐れていた時が来てしまった。誰もがそう思っていた。覚悟はしていたが、あまりにも早すぎる家族との別れに、苦渋の表情を隠せない面々。しかし、担当医が気休め程度に回復魔法を掛けた途端、アネッサの顔色が戻った。そればかりか、苦しそうな呼吸は安定し、信じられないことに遂には目を覚ましたのだ。
何故か自分の部屋に集まる面々を見たアネッサが驚き、何事かと問うた時。部屋はまさに興奮のるつぼと化した。ハルバートとウィルネスは雄叫びをあげ、イリスに物理的に沈黙させられた。そのイリスも静かに涙を流し、アネッサを優しく抱きしめていた。突然の異変に担当医は奇跡が起きたと呟き、ステラは戸惑うアネッサの手を取って涙を流した。
しかし、その中でアティは一人難しい顔でタリアに付き添っていた。まるでタリアを他の人間の視線から守るようにして抱きしめている。そして、タリアの握られている手の指を一本ずつ丁寧に離していく。その手の中から現れたのは、タリアがアネッサに押し当てた物。恐る恐る触るが、特に何も起こらない。触ったことのない感触だ。タリアが何を思ってこれをアネッサへ使ったのか。急激にアネッサの体調が回復したのを考えれば予測は付く。
アネッサが回復したことは確かに嬉しい。しかし、同時にこれは。タリアが今まで以上に厄介事に巻き込まれる可能性が高まった気がしてならない。
アティは誰も見ていないことを確認し、咄嗟にそれを隠した。タリアがどのような経緯でこれを手に入れたのか分からないが、秘密にするべきだと思った。
「私は端で落ち葉を焼いておきますね」
「うん、お願いー」
張り切って姉に良い所を見せようとしているタリアと、それを見守っているアネッサ。そこから少しだけ離れてアティは落ち葉を集め、火をつける。次々と燃え上がり、やがてある程度火力が出るとアティはポケットから隠していた物を取り出した。
タリアが再び目を覚まし、ある程度落ち着いた後。アティはタリアに事の詳細を聞き出した。当然、その場にはハルバートやイリスも同席していた。そこで語られたアネッサの容態急変と黒い本の出現。
しかし、タリアは見た夢の内容は覚えていないと言い張った。実際、前回は体への影響が出たが今回はそのような様子はなかった。疑問は残るが、タリアの言葉は事実とされた。不明なことが多いタリアの能力故に、周囲はタリアの言葉を基本的には信じることしかできなかった。結局、アネッサが目の前で危険な状態になったので、混乱して本を読んでしまったとされた。しかし、当然貴族としては安易な行動なので謹慎を言い渡されたのだ。
出来の良い野菜を自慢げにアネッサに見せているタリア。二人共とても楽しそうだ。
アティは手にしていた物を炎の中に放った。タリアが自分はもちろん、ハルバートやイリスにさえも語らないならば、唯一の証拠は処分するのが妥当だと思った。パチパチと音を立てて変形していき、やがて液状となって原型を失った。あとは水をかけて土を乗せれば証拠は無くなる。
「タリア様、こちらは終わりました」
何事もなかったように言うアティ。
これでアネッサは病気を克服した少女となり、それは単なる奇跡として扱われる事だろう。
◆
夜、タリアは自室でベットに寝ながら天井に両手を伸ばしていた。時折何かを掴むような仕草をしている。当然、そこには何もない。
夢は見ていない。見たかもしれないが、全く覚えていない。
タリアが語った内容だ。
もちろん、完全に出任せだ。あれだけ見逃すまいとした夢の中での出来事は、今でも鮮明に思い出すことができる。
しかし、タリアはそれを話すのに躊躇した。今までの夢と違い何処なのか検討すら付いていないのと、夢の街の光景が明らかに自分の知る人間の生活環境とは異なるものだったからだ。ひょっとしたら、はるか未来の光景なのかもしれないが確かめる術はない。
そして、最も重要なこと。それは、夢の中の物を持ち出せたかもしれない事だ。不思議なことに、目を覚ました時には消えていたが確かに自分は夢の世界から物を持ち出した筈だ。目が回る中、アネッサに施した覚えは僅かに残っている。そして、事実アネッサの容態は回復に向かい、今では散歩ができる程までとなった。少し前のアネッサの体調を考えれば信じられない回復だ。
予知夢を時折見るようになって、最近は過去まで見る事ができた。そして、遂には夢の中から物を持ち出せる可能性まで出てきた。
「タリア様、宜しいでしょうか?」
思考の渦に巻き込まれ目が冴えていた所に、部屋の外からアティの呼びかけがあった。
いつもなら自分がベットに入ると、朝まで戻って来ないアティとしては珍しい行動だった。
「うん。大丈夫だよ。何かあったの?」
タリアの言葉にアティが部屋に入ってくる。
薄暗い中、アティの表情にはある種の決意が見て取れた。
「タリア様。最近、例の力に何か変わったことはありませんでしたか?」
「うーん、特に無いね」
間を置かずに即答するタリア。
「少し前からですが、タリア様は予知夢の力を制御できているように見えまして。ダンジョンの中でなど、特にそう感じました」
ダンジョンに潜った時。ウィルネスの背中で眠り、ダンジョンの構造や未開エリアの存在、隠し部屋の開け方を夢で見た。明らかに欲しい情報を欲しいタイミングで夢見ていた。
昔は望んでも予知夢を見ることはできず、またその内容もランダムなものとなっていた。それが、ダンジョンでは違った。
「うーん、そうかなぁ。確かにダンジョンでは望む先が見えたけど、屋敷に戻ってからは前と同じで見たり見なかったりするから、偶然だと思うけど」
「それでは、アネッサ様へ施したのは一体何だったのですか?」
「何のこと?」
アティの問いに、タリアは小首を傾げる。キョトンとした表情を作り出す。
そんなタリアを見つめるアティ。タリアは自分に起きている変化を誰かに告げるつもりはない。それが例え両親や信頼できる従者であってもだ。
そんなタリアの強固な意思を感じ取ったのか、アティが先に折れた。
「いえ、申し訳ありません。私の勘違いでした」
「珍しいね、アティが勘違いをするなんて」
「私も人間ですので、間違えることなど多々あります」
「そっか」
しんみりと何度も頷いているタリアは何を思うのか。
聞くべきことを聞き終えたアティは静かに部屋を去った。
◆
翌日、良く晴れた清々しい天気の午後。
昼食後の畑いじりを満喫しようとしていたタリアに、国王から召集の知らせが舞い込んだ。




