第二十六話 令嬢、宿敵と遭遇する
未開エリアは文字通り今まで誰も足を踏み入れたことのない場所であり、当然安全のための補強や視界確保のための松明の設置などは行われていない。そのため、フェニがいなければ歩く事もままならなかっただろう。
「あ、あれは青銅ですよ! あっちにはアダマンティウムもあります! ひょっとしたら、どこかにミスリルとかあるかもしれません!」
「はいはい、先に進みますよー」
まるで子供のように周囲を見渡して喜ぶカルナを、タリアが手を引いて誘導する。本来ならば逆の立場なのだが、自分以上に落ち着きのないカルナを見たタリアが、逆に冷静になって大人モードでの対応となっている。
広く見通しの良い空間が続いており、タリアはウィルネスの背中から降りて自分の足で歩いている。万が一、突如撤退するような場合は荷物のように脇に抱えられて運ばれることだろう。
「しかし、これだけの鉱石類となれば相当な額になります。しばらくは冒険者が殺到するのは間違いないでしょう。借金も返せます!」
「だから今のうちに先まで進んで目ぼしいお宝は持ち帰るんですよ。なので、キリキリ歩いて下さい」
未開エリアを見つけた場合、一般的な対応として可能な限り隠す。冗談ではなく、それが冒険者としての普遍的な常識だ。発見者にとって、他の冒険者は利益を貪るハイエナのような存在になる。ギルドに報告しに戻っている最中に他者に発見されれば、目ぼしい物を取り尽くされるだろうし、先にギルドに報告でもされれば発見者で揉めるのは確実だ。だからこそ隠す。一応、タリア達も素人なりに壁を偽装している。バレないか不安だが。
そのまま暫く進み、鉱石類の発見に慣れてきた頃。ようやく空間の終わりが見えた。階段も通路へと続く穴もない。立ちはだかるのは一面の土の壁だった。
未開エリアに入ってから、ここまでモンスターとの遭遇はなかった。また、通路分岐も存在しなかった。広く見通しの良い空間なので見逃した可能性は低い。結局、手付かずの鉱石類が存在するだけの空間かと諦めかけた時、メリッサが何かを見つけた。
「あれ、なに?」
彼女の示す先。それは一面土の壁の中に不自然に存在する変色した部分。距離があると見分けが付かない位の違いだが、目を凝らせば確かに違和感を感じた。少し近づくとハッキリとしてくる。石だ。土の壁に混じって石の壁が存在した。表面が磨かれており、人工的な匂いがする。タリアは思わず近づこうとしたが、その前にアティに阻まれた。ダンジョンの中なので、罠の可能性は十分ある。
「タリア様はこちらでエメリア様と共にお待ち下さい。私とメリッサ様で調べます」
「分かった。気を付けて、二人共」
タリアとカルナの前にエメリアが立つ。ウィルネスもさり気なく寄ってきた。アティとメリッサは互いの精霊にまずは任せ、問題がない旨を告げられると恐る恐る石の壁に手を触れた。ヒンヤリとした感覚はあるが、他には何もない。また、何も起こらない。
「特に変わった所は見当たらない石の壁ですね」
だが、どう見ても不自然な物だ。そして、そんな時はタリアの出番である。
「なら、寝ようかな」
「はいっ!?」
「おやすみー」
またしても突然の宣言をしてカルナを驚かせるタリア。そして、それを普通に受け入れている周囲のメンバー。色々と冒険者としての常識を打ち砕かれているカルナを放って、タリアはエメリアの膝枕で夢の世界へと旅立った。
タリアが眠りに入ってからしばらく、メンバーは石の壁を思い思いに調べていた。触ったり、叩いたり、軽く剣で切りつけたり。いずれも特に何の成果も得ることはできなかった。スノトラがザラザラした舌で舐めていたが『美味しくない』と一言で終わった。あとは強行して魔法攻撃を仕掛ける事だが、それはタリアの目覚め待ちだ。もし夢で情報が得られなければ、放置して一度帰る事も考慮する必要がある。
タリアが目覚める前に他の箇所も調査すべきか。そう考え始めた時だった。突然スノトラが毛を逆立て、来た道を威嚇する。明らかな臨戦態勢だ。散らばっていた面々は陣形を作って構える。
「明かりは見えないのですが……」
この空間に自然の明かりは存在しない。そのため、移動には松明などが必要となり、この見通しの良い場所ならば事前に他者の存在を察知できる筈だった。それは、相手にもこちらの存在を知られる事を意味するのだが、奇襲は防げると思っていた。しかし、スノトラが気付いた後でもアティ達の視界には何の明かりも見えない。ひょっとしたら、光を必要としないモンスターだろうか。
寝たままのタリアと膝枕をして動けないエメリアを中央にして陣形を構える。何者であろうと絶対に抜かせるわけにはいかない。エメリアはタリアを揺り動かしているが起きる気配はない。
やがて、スノトラの視線の先から複数の足音と装備の金属がぶつかり合う音が近づいてくる。壁の偽装は役に立たなかったようだ。暗闇の中から段々と人の形が浮かび上がってきた。
「あら、何処かで見た顔が居ると思ったら。お久しぶりね、皆さん」
複数の人影の中から聞こえてくる女性の声。懐かしがりながらも何処か人を食った言い方だった。彼女を知るアティ、エメリア、メリッサは警戒心を最大限に引き上げる。初対面のウィルネスとカルナは疑問を抱きながらも、他の面々に習って警戒は解いていない。正しい判断だ。
アティが今にも攻撃を仕掛けそうな勢いで女性を問い詰める。それは、ほぼ怒鳴り声に近かった。
「レナさん、あなたが何故このような場所にっ!?」
「それはもちろん、未亡人となってしまったから生活費を稼ぐために冒険者に戻ったのよ? そうしたら、精霊の気配を私のハーメルンが感じ取ったから、来てみればあなた達がいたというわけ」
本当に運命よね、とレナは笑う。
フェニが今まで以上に炎を強めて周囲を照らし始めた。ハーメルンは黒い霧を使って術を掛けるので、事前に察知するためには視界を確保する必要がある。そのため、現在の限定的な視界ではレナに有利だ。幾らフェニでも空間全てをカバーすることは不可能だが、できる限り範囲を広げた。
「あらあら、暑い。火傷しちゃいそう」
「では、今直ぐ立ち去っては如何でしょうか?」
「主従揃って冷たいわね。貴方の大切な主は未だに寝ているし。大胆というか、本当に面白い子ね」
「タリア様は非常に図太い神経をお持ちですので。例え嵐の真っ只中でも寝ているかと」
「あら、従者なのに酷いわね」
「私は良いのです」
適当な会話で場をつなぐ。仮にタリアが起きたとしても、即座に逃げることは困難だ。背後は完全に行き止まりで、レナの周囲には冒険者と思わしき男が数人待機している。戦闘態勢は取っておらず、その視線は宙に浮いている。レナの支配下にいるとみて間違いない。戦闘になったとしたら、彼らには気の毒だが命を奪うこともあり得る。そして、今視界にいる冒険者だけが彼女の支配下とは限らない。前回は相当な人数を操っていたのだ。ここに来るまで、どれだけの冒険者が彼女の手に落ちたのか予想もつかない。兎に角、タリアには早く目覚めてもらう必要があった。
そんなアティの考えを読んでか、レナは意地悪そうに顔を歪めた。
「それじゃあ、せっかくだから私達の再会を皆に祝ってもらいましょうか」
そう言ってレナが指を弾く。途端、空間が数え切れないほどの足音で埋め尽くされた。まるで軍隊の行進のような規則正しい音は、姿が見えないことで余計に恐怖心を駆り立てた。突然の状況に唖然としていたカルナなど、青白い顔で震えている。
「これだけの数に祝ってもらえれば、とても賑やかでしょう?」
自慢の友達を紹介するようにレナが両手を広げた。フェニの炎に照らされた新たな対峙者。それは人間ではなかった。アティ達がここまで何度か討伐したゴブリンはもちろん、非常に小柄だが数が多く対処が手間なコボルト、全身が毛に覆われている巨体なトロールなど初見のモンスター。さらに見たこともないモンスターまでもが確認できた。
圧倒的な物量に自然とアティ達が後ずさる。しかし、後ろは行き止まりだ。撤退するためには、レナや冒険者を含めたモンスターを無力化する必要がある。だが、血路を開こうとすれば誰かしらが犠牲になる可能性が高い。いくら強力な精霊使いでも全方位から攻撃されれば回避しきれない。広い空間故に、アティ達は追い詰められた。しかし、諦めるわけにはいかない。
「ここであの時の決着を付けますか?」
「うーん、そうねぇ……」
アティの軽い挑発に、レナは簡単には乗ってこない。
「精霊使いが玉砕覚悟で来られると面倒くさいし。かと言ってこのまま見逃すのも癪だしねぇ」
「なら、この先のアイテムを譲渡するというのはどうでしょうか?」
それまで交渉していたアティとは違う声。声の主は今まで眠っていたタリアだった。頭を振りながら眠気を飛ばしつつ、エメリアの膝枕を惜しんで立ち上がった。場違いにも、少し寝癖がついていた。
「あらあら、おはようタリア様。よく寝れましたか?」
「お陰様で寝起きの気分は最悪です」
「それは御免なさいね。で、この先のアイテムっていうのは何のことかしら?」
まるで近所のお姉さんが年下の少女に質問するような優しい口調だ。そこに殺意があるといわれても信じられない。
「この石の壁。実は隠し扉になっているみたいです」
「ふーん、確かに不自然な壁ではあるわね」
「これを開けて中にあるアイテムを差し上げます」
「もし断ったら?」
「私達の全力でお相手致します」
タリア渾身の笑顔。そこに怯えや迷いはない。交渉が決裂すれば本当に戦闘に突入する。そう感じたアティらは密かに攻撃の準備を整える。一番に攻撃する目標を見定めて、どう処理するか決める。そして、その次の獲物も決める。これで合図さえあればいつでも攻撃に移る。
しかし、それを野生の勘で察知したのか、相手のモンスター達に乱れが生じた。数は多いが質の面ではアティやメリッサらに敵わない。挑めば最初の数体は問答無用で瞬殺だろう。本能で死から遠ざかる。
形勢は変わらずに悪いが、精神面ではタリア達が少し上回った。
「ま、良いでしょう。その要求を飲むわ」
そんなタリアの交渉をレナは受け入れた。レナが手を上げると、モンスターたちが暗闇に消えていく。出現も突然だが去るのもあっと言う間だった。やがて、レナを守るのは人間の冒険者だけとなった。
当然、レナがこのまま素直に引き下がるとは思えないので油断はしない。隙があれば攻撃して捕獲する機会は常に狙う。
「さ、開けて頂戴」
タリア達とは一定の距離を取ったままレナが言う。ここまでの流れでウィルネスとカルナは完全にレナを敵として認識した。カルナは腰が引けているが、ウィルネスは今にも切り掛かる体勢だ。当然、レナも間に冒険者を立たせて盾としている。
タリアは石壁に近づくと冷たい表面を触っていく。触っては軽く叩く作業を繰り返し行なっていく。しばらく続けると、それまでの音と異なり軽い反応が返ってきた。位置的には非常に低い場所だ。冒険者のような大人では、屈んで作業する必要がある。
「ここですね」
確信を得て、両手で表面を力一杯押し込む。すると一枚だった筈の表面に小さな凹みが出現した。見ると、中には拳サイズの石が縦横に三列ずつ配置されており、さらには見慣れぬ文字がそれらの下に書き連ねてある。
タリアはそれを確認すると、ゆっくりと一つの石に人差し指で触れる。しかし、押し込む前にレナが忠告を発した。
「あなたはその文字を読む事ができるのかしら? 一応、冒険者としての立場から言わせてもらうと、間違えた選択をすると碌なことにならないわよ?」
当然、親切心からではない。万が一、タリアの選択で罠が発動した場合、レナまで巻き込まれる可能性があるからだ。精霊や悪魔を従える人間でも、水攻めとなれば息継ぎは必要だし、この広い空間が一気に崩れでもしたら命の保証はない。僅かなモンスターが出現する程度なら問題ないが、乱戦にでもなれば確実にレナは不意を狙われることになる。
タリアはレナの問いにしばし悩む。書かれている文字はタリアから見てもチンプンカンプンだ。他の面々も恐らくは同じだろう。正解は分かっているので虚勢を張っても良いのだが、ここは少し嫌がらせをする事にした。
「いえ、全く読めません」
そのまま間を置かずに石を押し込んだ。何かがはめ込まれる音が響く。押し込んだ石はそのまま戻らない。そして、周囲には何も変わったことは起きなかった。どうやら、正解のようだ。
タリアが石を押した瞬間、レナの表情が一瞬強張った。嫌がらせに成功したことが嬉しいのか、ニヤニヤと笑うタリア。それを見たレナは意図に気が付き、ここに来て初めて表情を歪めた。
「意外とタリア様はイタズラ好きなのね」
「私の可愛い意外な一面でしょう?」
「ますます私と気が合いそうね」
視線が交差し、互いに牽制し合う。
「さて、それじゃあ次を押しますね」
そのまま正しい順序で石を押し込んでいく。二つ目、三つ目、四つ目。そして順調に最後の九つ目を押した瞬間。地響きを発生させながら石壁がせり上がっていく。
「タリア様、お下がりください」
アティの言葉にタリアは素直に従い、エメリアの後ろへと避難する。壁の向こう側にモンスターの大群がいないとも限らない。万が一の場合、タリアが先頭だと真っ先に餌となってしまう。
壁が完全に開いた。何も出ては来ない。そして、中はそれ程広くなかった。離れたタリアがエメリアの背中から覗き込めば、直ぐに部屋の奥が確認できる程度だ。開いた部分から奥までは、大人の歩幅で四、五歩程。
そして何よりも、
「何も……ない?」
タリアの言葉通り、何も見当たらなかった。分かりやすい宝箱のような存在も、魔力を有する剣や盾などの貴重な武器防具も、危険なモンスターも。ただ僅かな雑草が自生しているだけだ。しかも、枯れ果てている。
「あらあら、これはタリア様に騙されちゃったかしら?」
レナの言葉にタリアは何も言えない。タリア自身も驚いて言葉を失っているからだ。
アティらは、その様子からタリアが予知夢で確認できたのは扉の開け方だけで、その中までは見ることができなかったと認識した。確かに、ここに来るまでの手付かずの鉱石類を見れば、この隠し扉の先には相当なアイテムが眠っていると思うのは仕方がない。タリアがこれに賭けるのも無理はなかった。
しかし、レナにしてみれば騙された形になるのは変わりない。再び戦いの空気が高まる。時間稼ぎ、もしくは騙されたと判断したのか、レナの雰囲気も最悪だ。
「ちょ、ちょっと待って下さい」
そんな空気を一掃したのは、先程まで白い顔で震えていたカルナだった。復活した彼女は、いつの間にか隠し扉の中に入っており、地面に這いつくばっている。さらに、非常に興奮しているようで顔が赤くなっている。
「こここ、これってエリクサーの材料になると言われている月光草ですよ! ギルドで高額報酬の本に乗っていたので間違いないです!」
不老不死の薬と呼ばれるエリクサー。子供の頃に読む絵本に度々登場する伝説の薬だ。その製法を記した書物が王家の書庫に秘蔵されていると言われている。そして、一説では材料の一つが月光草となっているのだ。文字通り月光のように葉が光り輝いており、エリクサーの材料と言われれば納得してしまう神秘的な代物らしい。一攫千金を狙う冒険者から、大商人、研究者からすれば、喉から手が出る程入手したい草である。
「確かこれだけでも治療薬になった筈です!」
カルナの言葉に弾かれたようにタリアが駆け出し、同じように這いつくばった。
「これ、これは全部、月光草なのっ!?」
「は、はい。ですが、殆ど枯れてます。使えるのは葉が光り輝いているものだけです」
言われて必至に探す。重なり合っている枯れた草を丁寧に退かしていく。土埃で手や服が汚れていくが気にも留めない。ただ一心に探し続けた。そして見つけた。枯れ果てた草々の中に埋もれるようにして生えていた、一本の光を帯びた月光草が見つかった。
「これが、月光草……」
アネッサの命を救えるかもしれない薬草。それが今、タリアの手の中にある。だが、高揚した気持ちは急速に冷える。直前のレナとの交渉で譲る約束をしてしまった。折角手にした希望を手放す。その事実に足元が崩れる感覚がタリアを襲う。レナを盗み見ると、彼女はとても楽しそうにタリアを見ていた。
「……カルナさん。月光草は普通に抜いてしまっても大丈夫なのですか?」
「えっと、定期的に水を掛ければ大丈夫だとギルドの本には書かれていました」
根本の周りの土を手で掘って丁寧に引き抜く。完全に地面から離れても葉の光が消えることはなかった。両手で守るようにして月光草を包み、隠し部屋の中から出る。無我夢中で気が付かなかったが、指の爪が割れて出血しており、今更痛みを感じ始めた。
「これが……中にあったアイテムです」
レナに告げる。
「出来たら、これを私に売って下さい」
「あら、どうして?」
「姉の……治療に使いたいからです」
タリアは誤魔化さなかった。レナから同情を引き出したかったのか、それとも下手に嘘で固めることを無意識に逃避したのか。レナはそれまでのタリアの言動を観察しており、その言葉を聞いて何処か腑に落ちた表情で頷いた。
「なるほど、なるほど。タリア様は大事な大事なお姉様の病気に月光草を使いたい、と」
「はい」
「月光草って私も知っているけれど、ほとんど採取できない貴重なものよね。中には財産を売り払ってでも手に入れたい人がいる位の」
レナの口ぶりから、やはり厳しいかと思うタリア。当然の反応だ。いっその事、自分の手の中にあるうちに約束を反故にしてしまおうかと、邪な考えが脳裏を過る。相手は何の罪もない子供が犠牲になった元凶の一人だ。姉を救うためなら許されるのではないか。
月光草を包む手が僅かに強張る。アティらに攻撃を命じれば即座に行動に移すだろう。そして、そうなれば後はレナが操る冒険者やモンスターとの血みどろの殺し合いだ。タリアも生き残れるかは不明だ。ハルバートからは何があっても無事に帰還することを優先しろといわれているが、従えばアネッサの治療の可能性を放棄することになる。再び月光草が手に入る保証は何処にもない。
震える唇を小さく開き、覚悟を決めて叫ぼうとする。
「良いわ。それはあげるわ」
直前。レナが先に言った内容を理解できずタリアは呆けた。今、レナは何と言ったか。
「えっ、くれ……る?」
「ええ、あげるわ。タリア様のお姉様の病気に、その月光草を使うのよね? そこまでタリア様が切羽詰まっている様子からして、あまり状況は良くないのでしょう?」
「う、うん」
思わずタリアの口調が素に戻った。
「なら、早くそれを持って帰ってあげなさい」
「本当に良いの?」
言いつつ、もう手放さないと言うように月光草を胸に抱くタリア。
「良いわ」
そして、レナは本当にそれを許した。
タリアは敵である筈のレナの行動に驚きを感じたが、それよりも月光草が手に入ったことが嬉しい気持ちが大きかった。故に頭が回っていない。ウィルネスに駆け寄って自慢するように月光草を見てもらっている。
しかし、そんなタリアを見るレナの視線には親切心や好意は含まれていないことを、アティは感じ取っていた。
「何のつもりですか?」
「あら、必死な可愛い子のお願いを叶えるのは、大人としての務めでしょう?」
「そんな言い分を私が信じるとでも?」
「さぁ、それはどうぞご自由に。私はただ、あの月光草でタリア様のお姉様が早く元気になる事を願っているだけよ」
言いつつ、レナが再び指を鳴らした。暗闇から集団の足音が響き近づいてくる。今度こそ戦闘開始かとアティは身構える。
「それじゃあ、私はこれで帰るわ。タリア様、次に無事に会えたらお茶しましょうね」
しかし、予想とは異なりレナはそう言って踵を返す。油断させるための演技かとも思ったが、本当に歩き離れていく。
そして、暗闇に消える間際、
「ああ、そういえば。冒険者やモンスターを操って最下層まで行ったけど、あったのは鉱石だけ。これ以上潜っても無駄だから注意しなさいね」
嘘か真か。そう言い放ち、完全に姿が消えた。レナの姿が消えると、モンスター達も次々に離れていく。レナが去った途端に攻撃を仕掛けてくる事もないようだ。
後に残されたのは、未だに状況に付いていけない面々。レナは優位にも関わらず攻撃をしなければ、月光草を持っていく事もしなかった。彼女からしてみれば結果だけなら完全に負かされた形だ。それを悔しがる様子も無かった。逆にタリアを心配する素振りすらあった。
しかし、唯一確実な事。それは今、タリアの手の中に月光草があり、今も薄く発光している事だ。
「本当に立ち去ったのか?」
「周囲に、モンスターの、気配はない。多分」
「い、今のうちに早く抜け出しませんかぁ?」
ウィルネスの呟きにメリッサが応え、そしてカルナは泣き言を漏らす。嵐のように去った危機だが、九死に一生を得た感じだ。今生きているのは、レナの気まぐれとも言える。気が変わって戻って来られたら、今度こそ万事休すだ。
「そうですね、もう戻りましょうか。これをお姉様の元に早く届けてあげたいです」
本当に望んだ目的は図らずも達成できた。階層は一つも降りていないし、月光草を手に入れた経緯はスッキリとしない。それでも、タリア達は目的を完遂したのだった。
◆
未開エリアに繋がる穴を隠していたお手製の壁は、レナによって無残にも破壊されていた。仕方なく、再び壁を作って隠してから出口を目指した。
帰りは行きよりも比較的スムーズに進んでいる。タリアがウィルネスに背負われているのは当然だが、一度通った道で遭遇するモンスターは出口に近づく程弱くなっていくので当たり前だった。出口付近になるとモンスターよりも冒険者の方が多く、戦いが面倒な時は少し逃げていれば他の冒険者がやってきて代わりに討伐してくれる程だった。
モンスターの討伐にも暗黙のルールがあり、戦闘中の冒険者が居た場合、助けを求められたり逃走している場合を除いて他者が手を出すことはマナー違反とされる。討伐報酬よりもパーティーの連携を高める事を目的としているケースもあるからだ。つまり、タリア達が少しでも逃走していれば何処からか助っ人が現れるのだ。利用しない手はない。
そして、そのまま無事に地上へと戻ることが出来た。当初の予定よりも早くに引き返したので時間はまだ早い。入口付近にいる他の冒険者は、これから探索を開始する者か、怪我など不測の事態で引き返した者達だ。
そんな者達に混じっている守衛の姿を確認したアティが話し掛けた。
「少々宜しいでしょうか?」
「ん? どうした」
振り返った守衛は、偶然にも今朝ウィルネスに話し掛けた人だった。
「ああ、アンタたちか。帰ってくるには早いじゃないか。やはり、無茶だったんじゃないか?」
ウィルネスの背中で括り付けられているタリアを見て守衛は言う。常識的には彼の言う通りだ。事実は異なるが、訂正する必要もないので肯定も否定もしなかった。
「私達よりも前に、女性一人と男性数人のパーティーが出てきませんでしたか?」
もしここで否定の言葉が聞ければ、出入り口で待ち構えて拘束することも視野に入れる。しかし、守衛はアティの言葉を聞いて少し考え、そして直ぐに思い出したと手を打った。
「そう言えば少し前にそんな連中がいたな。出てきた途端、男連中がヘバって倒れ込んでたぞ。ほれ、あそこで倒れている奴らがそうだ」
守衛が指差した先には地面に寝かされている冒険者の男が数名。邪魔にならないように端で放置されている。
「怪我ではないのですか?」
「ああ、単なる疲労だ」
「女性はどこに?」
「パーティーの荷物を取りに行くとかで、一旦宿に戻るそうだ」
当然、嘘だろう。必要の無くなった冒険者を放置し、この場を離れたと考えるのが自然だ。再度戻ってくるとは考えられない。被害にあった冒険者パーティーは気の毒だが、命があるだけマシだろう。
アティはこれ以上聞くべき情報はないと判断し、守衛にお礼を言って離れた。
町中を冒険者ギルドに向かって歩く。タリアは既に自分の足で歩いている。
流石に日が高くなっており、各店から活気ある声が聞こえてくる。これから昼食時になれば、今以上に人通りも多くなるだろう。当然、冒険者ギルドも同様に混み合うと思われる。その前に手続きを終えることにした。
強面が見張るギルドの扉をくぐる。中は幸いにも空いており、並ぶこと無く受付に入ることが出来た。全員で並ぶと邪魔になるので、リーダーとして登録されているウィルネスが代表だ。他の面々は離れた場所で待機している。
「少々宜しいだろうか?」
「はい、承ります」
ハルバートに似て二枚目なウィルネスに、受付嬢が内心を押し殺して対応する。会話が他に聞こえないよう、少し顔を近づけているので余計に緊張している様子だ。
「実はダンジョンで未開エリアを発見した。申請手続きをお願いしたい」
「はい、規模はどの程度でしょうか? もちろん、把握されている範囲で結構ですので教えていただけますか」
未開エリア発見の言葉に表情を引き締める受付嬢。素早く手続き書類を用意して書き込む準備を整えた。
フレバードダンジョンは長年探索されており、未開エリアが報告されるのは主に二ケースある。一つは新規階層の解放だ。これは主に有名所のパーティーが念入りな準備と時間を掛けた上で、ようやく達成される。
受付嬢から見て、ウィルネスは主力パーティーのメンバーとして覚えが無いことから、彼女はもう一つの可能性が高いと踏んだ。それが、既存階層で時折見つかる非常に規模の小さな空間だ。それも大人二、三人が入ると一杯になるような非常に狭い空間で、鉱石があれば御の字。あっても一人で採取して終わり程度のものが殆どだ。
ギルドとしてはどのような規模でもマップの更新が必要となり、確認のための職員派遣が必要となるので正直コストばかりかかる手続きなのだが、文句を言っても始まらない。今回は誰が生贄として派遣されるのだろうか、と表情に出さずにウィルネスの言葉を待った。
「そうだな……おおよそ、通常歩行で片道半刻ほどだろうか。モンスターはいなかったが、地底湖があり水中は不明だ。鉱石類は多数発見できた。それと、隠し部屋でアイテムを見つけた」
「…………はい?」
受付嬢が固まる。手にしていたペンがすり抜けて床に落ちる。転がるペンをそのままに、ウィルネスを遠慮なしにマジマジと眺めている。その表情には困惑と、こいつ本気で言っているのかと書かれている。
「ひょっとして、他のダンジョン攻略で有名なパーティーの方でしたか?」
「いや、今日初めてダンジョンに潜った」
「他パーティーと合同で最深部を突破されたとか?」
「いや、我々だけだ。それと、最深部ではなく最初の階層で新しく発見したエリアだ」
「鉱石が沢山?」
「ああ」
「隠し部屋もあり?」
「そうだな」
「…………」
こめかみをグリグリと抑え、深く息を吐く受付嬢。そして勢い良く立ち上がった。
「ぎ、ギルド長~!」
ウィルネスを放って駆け出していく。突然の奇行に他の受付職員も何事かと見ている。そんな視線を気にも留めずに、奥の部屋へと駆け込んで行き、そして消えた。後に残されたウィルネスは、その様子を呆然と見ている事しかできなかった。
その後、ギルドは文字通り蜂の巣を突いたような騒ぎとなった。
久々の新規エリア発見。しかも、最深部という難関な階層ではなく、少し手慣れた冒険者ならば辿り着ける最初の階層だ。しかも、その規模は度肝を抜かれる程の広さ。熟練から新人の冒険者はもちろん、有力商人ですら歓喜して踊り出す程だ。
今はまだこの程度だが、噂が広がれば他所からさらに冒険者が集まる筈だ。誰もがこの突然湧いた儲ける機会を逃すまいとするだろう。当然、町の店や宿は繁盛する。町全体が今以上に活気が溢れるのは確実だった。
そして、その発見者一行であるタリア達は、当然ギルド長と直々に顔合わせをすることになった。余程有力な冒険者でなければ直接話をしないギルド長という重責を担う人物が相手することが、事態の重要さを物語っている。
この町の冒険者ギルドのトップは、それ相応に歳を取った男であった。元冒険者と紹介を受けたが、その体は細くて白い。研究者と言われた方が納得できる風貌だ。恐らくは剣士など直接肉体を使う系ではなく、魔法使い等だったと思われる。
話し合いで通されたギルド長の部屋は幾つもの本棚が設置されていた。その中は書籍で埋め尽くされており、広くない部屋を余計に圧迫していた。
タリア達は全員で六人で、部屋の腰掛けソファーは最大で四人ほど。そのため、ギルド長と補佐として受付で対応した女性が座り、その対面にウィルネスとタリアが座って他の面々は立っている。アティ、エメリア、メリッサの三人は慣れたもので堂々としているが、カルナは居心地悪そうにして部屋を見回している。
「さて、町のダンジョンで新しいエリアを発見した君達に冒険者ギルド長としてお礼と祝辞を送らせて頂こう。報酬額など詳細については、君達の証言調査に向かった職員が戻ってからすることにしよう。早ければ明日朝一番で終わるはずだ。それで、大まかな方針だけでも決めておきたい。まず、鉱物類の採取権は――」
一通りの社交辞令を言ってから、権利の交渉に入ろうとするギルド長。それをウィルネスが手で制した。
「私はウィルネス・グランドールだ。このグランドール領当主ハルバート・グランドールの息子にあたる。こっちは妹のタリアだ」
「タリア・グランドールと申します」
その時のギルド長と受付嬢の表情は饒舌に尽くしがたい。思考が停止し、状況を理解し、驚愕し、慌て、そして平伏した。ギルド長はそれまでの冒険者を労う年長としての威厳が吹き飛び、床に頭が付くのではないかと思うほどの低姿勢になっている。
「権利だが、常識的な範囲で報酬を貰いたい」
「は、はい。承りました。正当な査定を行うことをお約束いたします」
「それを、こちらの者に渡してほしい」
「はいっ!?」
驚きの声は指名されたカルナのものだ。昨日まで人生で関わるとは考えもしなかった公爵家の人間とギルドトップの会談だ。自分の出番はないだろうと考えていた所に、突然の指名だ。驚かないほうが難しい。
「彼女にでございますか?」
「ああ」
「むむむ、無理ですぅ。私、そんな大金持てません。誰か他の人でお願いします!」
カルナのような一介の冒険者が身に余る大金を持っていると知られれば、良からぬことを考える輩が出ても不思議ではない。人目につかないように連れ去り、金品だけ強奪して命を奪う。後はそこら辺の森にでも放置すれば後片付けはモンスターがやってくれる。ほぼ足がつくことはない。パーティーを組まず、彼女自身も突出して強者ではなく、むしろ魔法使いなので接近戦による不意打ちに弱いので誘拐も容易だ。今までは、そうするだけのメリットがなかっただけであり、大金を手に入れればそれは容易に覆る。
カルナとしてはお金は欲しいと思っていた。借金を返して妹たちと静かに暮らすのが些細な夢だ。借金の根本的な原因である両親には育ててくれた恩を感じている。しかし、まともに働いて返済をしようとせず、自分はもちろん、親戚や友人にまでお金をせびる姿を見て心は揺らいでいる。果たして、妹達の将来にこの両親は必要なのだろうか、と。
今回の報酬で恐らく借金は返せる。しかし、貰い過ぎて自分だけでなく、妹達の身に危険が迫る。それでは本末転倒だ。
しかし、ウィルネスは言う。
「しかし、我々は当初の目的を達成したので、明日にでもこの町を発つつもりだ。そうなると、今回の利益に関する交渉をする者は君しかいない。ある程度はギルドに任せられると思っているが、発見パーティーの人間が誰もいないのは流石に不味いだろう。どうだろうか、ギルド長?」
話を振られたギルド長が頭を上げた。カルナとしては否定して欲しい所だが、無情にも頭は縦に振られた。
「そうですな。本来ならパーティーのリーダーが交渉を務めるのですが、どうやらご事情があるご様子。でしたら、他のメンバーでの代理でも構いません。流石に誰もおりませんと交渉が終わらず、他の冒険者が新規エリアで発見した鉱物類の買取額にも影響が出てくるので不味いですな」
「そ、そんなぁ。誰か他に――」
「私とタリアは無論、護衛としての任がある女性陣は同行が必須だ。大金が持てないというならば、交渉が終わってもギルドに管理を委託しておこう。それと、身の回りを護衛する者を雇っておこう。ギルド長、信頼のおける者を十分な数だけ彼女に付けてくれ。費用は今回の報酬から差し引いても大丈夫だろう?」
「もちろんです。私の責任で万全の守りと致します。お泊りの宿もこちらで手配致しましょう。費用も彼女一人だけでしたら、年単位で継続可能な位は報酬として得られる筈ですので問題ございません」
「よし、決まりだな。これで何か問題はあるか?」
嫌です、勘弁してください、問題ありまくりです。そんな言葉が喉まで出掛かる。兄妹揃って自分を好き勝手使ってくれる。しかし、そんな葛藤を抱いているカルナに小悪魔が微笑む。思わず魅了されるような可愛らしい笑顔で右手を自らの首の前に持っていき、スッと何かを刎ねる仕草をする。カルナは打ち震えた。ダメだ。逃げられない。
早く姉の元に帰りたいからか、非常に強引なタリアにカルナは屈した。
「はい……頑張ります」
震える声で了承したカルナに、控えている女性陣から同情の視線が送られた。
こうして大まかな方針が決まっていき、詳細は明日以降にカルナが行う事となってギルド長との面談は終わった。
◆
「今帰ったわ」
フレバードにある、とある町宿の一室。二階の最も奥の部屋で、窓から裏路地に飛び降りることが出来る作りになっている。そんな部屋の扉をノックなしに無遠慮に入るのは、ダンジョンから抜けて一番に姿を眩ませたレナだった。
ダンジョンに潜ったにも関わらず報酬はゼロ。普通の冒険者だったら時間の浪費と無駄な体力の消耗を嘆いているところだ。
しかし、レナは非常に機嫌が良く、鼻歌を歌い出しそうな位浮かれていた。
そんな彼女を一人の少女が出迎えた。
「随分と機嫌が良いじゃないか」
「ふふ、まぁね」
「お目当てのネズミ刈りに出会えたか?」
腰まで伸びる金髪をなびかせ、レナを鋭い視線で睨む少女。唯でさえ鋭い目つきが更に鋭くなっている。しかし、まだ発展途上の体が相まって迫力が半減している。
「そうね。でもまさか、あの子が来るなんて思いもしなかったわ。これがまさに運命ってやつかしらね」
「ふん、運命なんてものは存在しない。只の偶然だろう」
「あら、寂しいこと言うのね」
「それより、分かったのか?」
レナのお巫山戯に付き合いきれないとばかりに、少女は先を促した。
「ええ、ネズミ刈りに来たのはグランドール家の長男だったわ。彼は確か――」
「王国軍のフェンリルに所属する軍人だったな。成る程な。これでこの国の諜報力は大体把握できた」
レナの話した事柄だけで、即座にウィルネスの情報を引き出した少女。さり気ない会話だが、そもそもウィルネスが所属する部隊は機密扱いで、部隊に関する情報は軍内でも知る者は限られている。それを、レナはもちろん、歳も行かぬ少女が普通は知るはずがない。
そして、少女の言う内容も不穏だ。
「撒餌で獲物を寄せて、動きで諜報員と規模、技量を見定めるって話だけど、本当にできるものなの? そもそも必要なこと?」
レナの疑問に、少女は呆れたように言う。
「何を言う。態々手間を掛けたおかげで、この国の諜報形態が良く分かったぞ。まず、対外と対内を受け持つ組織がそれぞれ独立しており、ほとんどその間には情報共有の様子がないな。これは、私達が内容に誤差を持たせて同時期に複数箇所で散りばめた情報への対応が明らかに異なっており、考えられる原因としては――」
「あー、それよりも貴方の方は良いの?」
突然饒舌になり、生き生きと話し始めた少女にレナは話題を変える。このままだと朝までかかっても語り倒すだろう。
一方の少女は話を中断されたことで残念そうにしていた。
「ふむ、この国におけるポーションの値上がり具合は大体予想通りだ。在庫も聞き出した限りでは私の計算と大差ない。これなら我々が同時期に一斉に買い占めれば一気に価格が跳ね上がって、在庫も直ぐに底を突くな。まったく、国として保有する物も放出するなど、この国の王はどうかしているぞ。父上だったら、村の十個やそこら焼き捨てて終わりだぞ? 何故そうしないのか理解に苦しむ」
「まぁ、王が甘いのか、この国の貴族に甘い連中が多いのか。どっちでしょうね」
「ふん、民などそれなりの環境を整えてやれば勝手に増えるというのにな。そこまで手をかける意味が分からないな」
現在、イーセット王国内におけるポーションは値上がりを続けている。旧ヴックヴェルフェンでの騒動で魔力欠如に陥って倒れる者が続出し、対応処置に必要なポーションの需要が一気に高まった。普段も冒険者には必要不可欠なポーションは、それなりの量が各商店に保管されていたが、それらがほぼ全て国によって買い上げられて被災者に送られた。全てを買い上げてしまうと冒険者が身動きを取れなくなってしまうので、多少は残しつつ足りない分は軍が保持する予備を排出した。これは戦時に備えた品だったが、それに手を付けなければならないほど品薄となったのだ。当然、冒険者達は手元のポーションが皆無になるのを恐れて数少ないパイを買おうとする。結果、需要が高まり値段も上がった。
「だが、これで戦時になれば情報網をこちらで抑えることが可能だ。軍が大量に消費するポーションのストックもしばらくは補充されない」
「やはり、戦争をするのかしら?」
「さてね。私から父上を何度か焚き付けてはいるのだが、なかなか首を縦には振らん。まったく、娘がここまでお膳立てしているのに、何を考えているのやら」
「王には王なりの考えがあるのでしょう。それよりも王女が父親とは言え、国王を批判するのは良いのかしら?」
「何を言う」
心外だと言わんばかりに少女は笑う。
「国の発展のために領土を広げて豊かにする。その何処に間違えが? 逆にそのチャンスを作り出したと言うのに、むざむざと見過ごす方がどうかしているだろう?」
そこには戦争で失われる兵の命は考慮されていない。夫を、父親を失う家族の悲しみなど眼中にない。当然だ。少女――カタリナ・アストール王女は国民は国力を維持する部品であり、代用の効くパーツだ。壊れれば新しく調達し、減れば増やす。ただそれだけだ。そこに何の躊躇も慈悲も存在しない。
当たり前の事だと言い、年相応に幼い表情で小首を傾げるカタリナに、レナは言い知れぬ感覚が背筋を走る。理解できない思考と非情な性格。自分も大概に外道だと自覚はしていたが、目の前の少女はそれが普通なのだ。ゾクゾクとした感覚は人間の姿をしたモンスターと対面しているからかもしれない。
「貴方といい、あの子といい、国のお偉いさんの子供ってのは何処かネジが外れているのね」
「あの子? さっきも言っていたな。誰のことだ?」
「グランドール家の次女タリアって子よ。貴方よりも年下で可愛らしいご令嬢よ」
「ああ、噂に聞く令嬢か。なんだ、令嬢がダンジョンに潜ったのか。笑えるな」
「隣国にほぼ単身で乗り込んでいる王女が言う台詞?」
「ふん。それで、その令嬢は何故ダンジョンなんかに?」
レナの指摘に鼻を鳴らして一蹴するカタリナ。そして、珍しく他人に興味を抱いたようだ。レナの知る限り、カタリナは滅多に他人に興味を抱かない。他人は駒であり、その行動は予測するものであるからだ。その生き様や性根は行動予測のための只の情報に過ぎない。
令嬢がダンジョンに潜るなど笑い話ではあるが、カタリナが問題を被ることはない。そのため、興味なく流されると思っていたレナは意外に思いながら考えを述べる。
「どうも、病気の姉の薬を探していたみたい。兄の方は間者の情報で調査に来たみたいだけどね。運良く隠し部屋で月光草を見つけていたわ。神様は幼気な少女の願いを叶えてくれましたってことね」
「で? お前の事だ。上手いこと奪ってきたのだろう。その令嬢が望んでいた薬の元を」
「まさか、そんな残酷なことはしないわ」
カタリナはレナを胡散臭そうに見た。
「残酷なことはしない、ね。お前に最も似つかわしくない言葉だな」
「だってそうでしょう?」
レナは笑う。それは先程のカタリナとは違った狂気が混じった笑い。地面を這いつくばり、必死に手で探っていた少女の姿を思い浮かべる。自分の言葉に戸惑いながらも、手に入れた希望に生き生きとする表情。そして、それが崩れる瞬間を想像して腹の底から歓喜が湧いてくる。今この場で、我慢せずに大声で笑い出したくなる。
「暗闇の中、必死に探し当てた光が最後に手からこぼれ落ちていく時、彼女はどんな顔をするのか楽しみじゃない? 絶望に泣く? 気丈に振る舞う? それとも……。ああ、願わくば壊れないで私と再会して欲しいわ!」
「本当にお前は……最悪だな」
カタリナの呆れた言葉に、レナはこの日一番の笑いを浮かべた。




