第二十五話 令嬢、ダンジョンに潜る
フレバードダンジョンの難易度は中程度である。国内にある他のダンジョンと比較して、モンスターの脅威度や発掘されるアイテム、生還率など様々な項目は見事に平均値を記録する。そのためか、初心者を卒業した者から上級者に達しない中級程度の冒険者が多く集まる場所であった。中には上級者が引退間際に余裕のある冒険を楽しむ姿もある。
そのような説明をギルド職員から聞けば意外と安全という印象を受けるが、ダンジョンに変わりはない。不測の事態で怪我をしたり命を落とすケースはままある。また、最下層も未だ到達されておらず、正確には現在まで確認されているエリアが中程度の難易度なのだ。ある日突然、新階層が発見され、そこから理不尽に強いモンスターが出現する可能性も十分にあるのだ。
そのようなフレバードダンジョンの出入り口は常時四人の守衛が警護している。彼らは冒険者ギルドに所属する元冒険者であり、現在はギルド職員として職務についている。冒険者のように一攫千金はないが、安定した収入なので比較的希望者の多い職だ。仕事内容は主にダンジョンの出入り口で人の出入りチェックとなる。ギルドに未申請のまま探索へ行く者がいないか、提出書類とメンバーの差異がないかをチェックするのだが、冒険者の出入りが多いので目についた者達をチェックし、後は慣例で済ませている状況だった。
そして、もう一つの重要な役割として、ダンジョンからモンスターが溢れた際の町への知らせと、時間稼ぎを課せられている。幸いこの町では未だそのような状況になったことはないが、冒険者の人気がないためダンジョン内のモンスターの間引きが間に合わず、モンスターが溢れて町が襲われたという話は時折聞く。
この日も見た顔、知らぬ顔の冒険者がダンジョンに入っていく様子を眺めている守衛。長年この仕事に就いており、今では後ろめたい気持ちがある者をある程度選別できるようになった。先日も町の青年集団が酒の場の罰ゲームで度胸試しを敢行しようとした所をとっ捕まえた。当然、全員ダンジョン横に正座させて雷を落としておいた。若気の至りは理解できるが、それで命を危険にさらすなど以ての外だ。
「ふむ」
そんな彼の目に、一組のパーティーが目に止まった。
リーダーらしき男一人に、他四人の女性陣。男は腰に剣を携えているので剣士だろうか。女性陣は聖職者の格好をした者や、オドオドしているが普通の魔法使いの格好をしている者、平服の者。しかし、なぜか一人だけメイド服の女がいた。正直、ダンジョンにメイド服は違和感しか無いが、趣味趣向は人それぞれだろう。気にはなるが指摘するつもりはない。
その全員が背中に荷物を背負っているが、中でも男の背中には他と比べて一際大きい荷物が見える。少々大きすぎる気もするが、万全を期すのだろう。おどおどした魔法使い以外は堂々としており、一定の戦闘熟練者の雰囲気が感じられる。これなら問題はないだろう。そう判断した。
しかし、
「こんにちは」
そんな彼に不意打ちのように声が掛けられた。パーティーのメンバーではない。見ていたが、誰も自分に口を開いてはいなかった。しかし、確実に近くから聞こえてきた声だ。
(一体、何処から……)
周囲を見渡す。そして、見つけた。
男が背負っている大きな荷物。食料などの必要備品が詰まっているバックパックに思えたが、違った。男と背中合わせで木の板の背もたれがあり、さらに腰掛けることができるように取り付けられた出っ張り。そこにちょこんと座った一人の少女。体は振り落とされないように縄で括り付けられている。宙に浮いた足は男の歩みと同時にユラユラと揺れている。彼女が挨拶をしたのだ。視線が合うとニコリと笑いかけてきた。人間だ。人形ではない。
まるで薪のように一人の少女を背負う男。長い間この職に就いているが、こんな光景は初めてだった。
「お、おい」
反射的に声をかけると、男が無言で振り返った。当然、少女の姿は隠れて見えなくなった。
「何か? 申請はしてあるが」
「い、いや。申請云々ではなくてだな。その背中の少女は?」
「ああ、喋る荷物だ」
「酷いです、お兄様!」
男の背中から抗議の声が上がった。当然、姿は見えない。
「ああ、済まない。うるさく喋る荷物だ」
訳が分からない。が、少女の様子から無理やりダンジョンに連れ込まれるわけではなさそうだ。
「その少女もメンバーなのか?」
「ああ」
「なら……問題はない……か」
「ご配慮感謝する」
止められた事を気にも止めずに颯爽と歩き出す男。再び見えるようになった背中の少女はヒラヒラと手を振っている。そして、その一行の姿はダンジョンの中へと消えていった。
「……世の中には理解できない事がまだまだあるな」
この日、フレバードダンジョンにて一つの噂が出来た。曰く、背中に少女を背負ったリーダーがいるハーレムパーティーが出現した。そして、その少女に手を振ってもらえると、その日にレアアイテムを拾うことができるらしい、と。
噂の真相は定かではない。
◆
ダンジョンに潜る前に問題になったのはタリアの体力の無さだ。全力ダッシュをすれば直ぐに力尽き、そのまま次の日は筋肉痛一直線だ。宿で一人待っていれば一応安全だが、そもそもタリアの予知を利用する目的で連れてきているので意味がない。万が一、宿で誘拐でもされたら目も当てられない。だが、ダンジョン内を連れ回すのも難しい。モンスターに襲われれば格好の的で、トラップも回避できる可能性は低い。そのため発案されたのが、タリアを背負うという酷く単純な解決方法だった。そして、その役を光栄にも任されたのがウィルネスだった。
ウィルネス以外の女性陣は個々の能力はそれぞれ秀でているが、身体的な男女差までは覆すことはできない。身軽なタリアとはいえ、長時間背負って歩き続け、場合によっては緊急回避を行う動作は相当な負担になる。そして、ウィルネスは軍人として訓練を受けており、甲冑や剣、その他備品を装備して長距離長時間の活動をするのには慣れている。先頭で血路を開く役目は出来なくなるが、中央でタリアを守りつつ、パーティーの陣形を維持する役割に落ち着いた。
「冷たっ! お兄様、今上から何か垂れてきましたよ! とっても冷たいです!」
「そうか」
背中から聞こえてくるタリアの言葉を適当に聞き流しているウィルネス。その視線は留まること無く周囲を警戒している。既にダンジョンに足を踏み入れて数刻。最初は他の冒険者の姿を見かけたが、今では自分たち以外の生物と遭遇すれば戦闘になるような状況だ。
タリア達一行の陣営は先頭にメリッサ、次にタリアを背負ったウィルネス、エメリア、回復役のカルナ、最後尾を警戒するアティの順となっている。他の冒険者の目がある内は隠していた精霊二体も、今では外に出て闊歩している。
ここまで幾度か発生した戦闘も最前列にいるメリッサと、その精霊フェニが一掃して終わってる。他のメンバーが手を出すまでもなかった。強さ的にまだまだ余裕があるエリアだった。むしろ、薄暗い空間を明るく照らすフェニの存在にモンスターが逃避することが多く、他のパーティーと比べて敵とのエンカウント率は非常に低かった。
フレバードダンジョン内部は非常に歪な作りとなっており、山の中を掘り進めたような構造となっている。長年の探索で四階層までは確認されており、広い空間や人一人だけ通れる空間などが無数に存在する。土が崩れて生き埋めになる可能性があるため、人間の手によって壁や天井が板で補強されているのだが、それも探索が進んでいる浅い階層のみだ。最深部は未だ不明で、現在も何らかの生物が掘り進めているという説がある。
そもそも、ダンジョンというものは意外と広義に使われる。フレバードのように山を削った形もあれば、遺跡のような人工物、どれだけの年月が経ったのか想像すらできない巨大な木の内部、モンスターに占拠された街など千差万別だ。通例として人間の勢力範囲外で、ある程度の規模を持つ迷路のような構造物に対して使われる。モンスターも住処の趣向があるらしく、それぞれ生息する分布も異なり、冒険者が目当てとするアイテムも差がある。タリア達が潜っているフレバードで見つかるアイテムは暗い空間で自生する藻や苔、草など薬に利用される植物か、良質な装備品などに変わる鉱物が主となる。
一行はアイテムは確認しつつも、珍しいものや用途の分からないもの以外は無視して足を進めていた。
「止まって」
先頭のメリッサが言った。既に慣れた一行は戦闘態勢を取る。
「またアレか」
出現した相手を見てウィルネスが愚痴る。
人間のように二足歩行をし、両手で武器を扱うモンスター。その体格は総じて小柄だが、貪欲に本能に従い群れをなす事で冒険者の脅威となる化物。冒険者となれば誰もが一度は対峙するゴブリンだった。フレバードの特徴なのか、その両目は退化して開かれた瞼から覗く眼球は白く濁っている。しかし、その分耳は大型になっており、鼻も常時ひくつかせて獲物の音と匂いを追っている。手に持っている武器は冒険者から奪ったものと思われる血に濡れた剣だ。
ウィルネスは前方をメリッサに完全に任せ、自分は左右を確認する。ゴブリンは個で挑んでくることは少なく、群れで狩りをするのが基本だ。時折、はぐれも存在するが今目の前にいる奴は違う。こちらの出方を伺うようにしている。明らかに何かを企んでいる。最後尾はアティが固めているので同様に任せているので、他を気にかける。
「フェニ」
ゴブリンが襲ってくる前にメリッサが攻撃を仕掛ける。フェニは魔法を使うことはせず、燃え盛る自らの身体で直接ゴブリンに取り付いた。酷く醜態な声を上げて地面を転がるゴブリン。しかし、その炎が消えることはない。やがて、嫌悪感を覚える肉の焼ける匂いを発しながら動きを止めた。手にしていた冒険者のものだった剣も共に燃え尽きて消失していた。
これで終わり。そんな油断はしない。ウィルネスは腰の剣を抜くと、鋭い剣撃を右の壁へと突き立てた。途端、壁の中から先程と同様の酷い声が響く。
「ふん、目眩ましにしては幼稚な作りだ」
土に水分を混ぜて作った粗末な壁。水分として使ったものが原因なのか、酷い悪臭を放っている。本来の薄暗い空間ならば気付かれないかもしれないが、フェニの存在で外のように明るいこの場では、他の壁との差がはっきりと分かった。
ウィルネスはそのまま剣先に魔法で炎を作り出す。メリッサの精霊よりもずっと威力の劣る付加魔法だが、剣の切れ味を向上させつつ相手の肉を焼く。痛みに耐えきれず壁の向こう側からゴブリンが転がり出てきた。無理やり引き抜かれた剣先にはゴブリンの腹肉が残っている。
足元に転がっているゴブリンの首を一刀で刎ねる。転がった首は僅かにうごめいた後、直ぐに静かになった。そして、壁の向こう側に隠れていた別の二体のゴブリン。ウィルネスに見つかり、同族が突然殺されたことに動揺しているが容赦はしない。踏み込み、横に薙ぎ払って一体の首を刎ねる。間を開けず、そのままの勢いで残りも始末しようとしたが、両手で首を守ったため阻まれてしまった。しかし、庇った両手は無事ではすまない。片方は完全に切り落とされ、もう片方は辛うじて半分の所で剣撃を押し留めていた。
もはや、命を捨てて一矢を報いる事を選んだのか。ゴブリンが口を開き、鋭い牙でウィルネスに襲いかかった。
「ちっ!」
舌打ちし、剣を手放す。適切に距離は保っていたので回避は容易だ。体勢を整えて止めに魔法を食らわせる。そう判断したウィルネス。しかし、それよりも早く一筋の風が舞った。最後尾で警戒していたアティが風魔法を放ったのだ。ゴブリンに向けられた指先。そこから発した小さな風がウィルネスの直ぐ横を通り抜けてゴブリンの喉部分に直撃。衝撃でゴブリンが後方に倒れ込んだ。必殺の一撃ではなかったので死んではいない。しかし、気管を潰された痛みでのた打ち回っている。両腕は満足に機能していないので、痛む部分を抑えることもできず、手足を振り回して傷口から血を撒き散らしている。
ウィルネスはアティに目礼を送ると、地面に落ちた自らの剣を手に取り、そして最後の一体の首を跳ねた。場に静寂が戻った。
「この先は……行き止まりか。見た感じ、こいつらの常套手段だったのだろう」
ウィルネスはゴブリンが出現した壁の中を覗き込む。そこは小さな空間になっており、壁には松明があるが火は点いていない。冒険者が休憩スペースとして利用した場所を、ゴブリンが急襲するために手を加えたものだと思われる。罠としては単純で、偽装も陳腐だがタリア達でなければ死傷者が出ていた可能性もある。
この場に留まっても収穫があるようには見えなかったので、誰も怪我がないことを確認すると出発しようとする。しかし、ここまで誰も怪我をせず、他の面々の戦闘を眺めているだけだったカルナが思い切ったように告げた。
「あ、あの。タリア様が寝てます」
「くー」
カルナが指差した先には、ウィルネスの背中で寝息を立てるタリア。完全に爆睡していた。簡単にケリが付いたとはいえ、それなりに騒動となっていた筈なのだが、その中でタリアは普通に寝ていた。胆力が凄いというか、そもそもこんな中で眠れる事自体が凄かった。
「ウィルネス様が戦っている最中も、なんだか手足がガックンガックンされてましたし、大丈夫なのかなと」
「気にするな」
「えー」
不安になる程揺れ動いていたタリアを見て、勇気を振り絞って声を上げたカルナだが、ウィルネスは一言で切り捨てた。カルナは助けを求めるようにして他の面々を見るが、誰も気にしている様子はない。ひょっとして、自分が変なのかと思ってしまう。
「寝違えたとしても回復魔法があるから大丈夫だ。それに、寝ていたほうが静かで良い」
「そ、そうですか」
納得は出来ないが、そう言われれば引き下がるしか無い。ひょっとしたら、貴族は平民よりも寝違え難いのかも、とカルナは明後日の方向に思考が飛んでいた。
「では、タリア様も寝てらっしゃるので、次の開けた場所で休憩を入れましょうか」
アティの提案に一同が頷いた。
◆
「くー」
一行が休憩できそうなスペースを見つけると、周囲に罠がないか確認した後に休憩を入れた。タリアは相変わらず寝入っており、ウィルネスの背中から降ろされた後はメリッサの膝枕で横になっている。タリアが外出先で眠る時、大体膝枕をしてもらうのだが、その頻度が最も高いのがアティだ。次にエメリアで最後にメリッサとなる。タリア曰く、それぞれに独特の寝心地があり目を瞑っていても誰の膝枕か分かるらしい。アティは少し反発のある弾力の中に包み込む柔らかさが、エメリアは全てを受け入れてくれる柔らかさ、メリッサはしっかりとした肌触りがあるとタリアは力説していた。
「本当に良く眠ってますね」
カルナがタリアの頬を突きながら言った。目覚めている時は何をされるか分からないので距離を置いていたが、眠っている時であればタリアは普通に可愛らしい少女だ。思わず悪戯をしてしまう程見ていて微笑ましかった。突く度に寝苦しそうに唸るのが面白かった。
「地図によれば、そろそろ下階層に続く階段が出てくる筈です」
アティが手にしていた地図を見ながら告げた。
ウィルネスが事前準備を行った際、地図をギルドで購入した。そこには基本的なダンジョンの構造と出現するモンスターの情報が書かれており、かなり役に立っていた。当然、攻略未踏のエリアは不明だが、浅い階層までなら十分に時間の節約になっている。時折、地図にはない通路を見つけたり、あるはずの空間が消えていたりしたのは後ほどギルドに持ち帰って情報の更新を行う必要がある。
「カルナさんはこのダンジョンに入ったことはあるのですか?」
エメリアが人数分の飲み物を荷物から取り出しながら聞いた。
「はい、この町に来てから何度かパーティーに同行した事があります。その時は安全な入り口付近を探索しただけですので、ここら辺は私も初めてです」
「もうそのパーティーとは一緒に行動されないのですか?」
カルナをギルドで見かけた時、彼女は一人で依頼書を見比べていた。パーティーに加入している者ならば他のメンバーがいるはずだが、そんな素振りはなかった。ダンジョンに単独で挑む者は限りなく少なく、大体はパーティーを組む。パーティーも毎回即席で構成するよりも、固定化したほうが連携など上手くいくので、カルナが過去に参加したパーティーに残っていないのは少々不自然だった。もちろん、人間的や方針が肌に合わなくて脱退するケースもあるが。彼女の場合は性格に難があるようには見えない。
エメリアに言葉に、カルナは少し困ったように言った。
「今まで参加したパーティーは、ある程度慣れると深い階層に挑むようになったので。私は安全な場所までしか探索したくなかったので、時期を見て抜けてました。何度も残るように打診されたのですが、どうしても譲れなくて」
探索者が多く、強いモンスターや罠が少ない入り口付近は安全だが、その分見つかるアイテムは少なくなる。必然的にその日の収入は少なくなるので、ある程度慣れた冒険者は深い階層へと挑むようになる。そこで調子に乗ると力量以上のエリアまで足を踏み入れてしまい、帰ってこれなくなるので注意が必要だ。
「両親の作った借金を返すために稼いでますが、私が死んだり怪我をしたら意味が無いので。前はダンジョンに潜らないで街中で仕事をしていたのですが、利子が膨らんできたので止むを得ず……」
「借金ですか」
そういえば、宿でカルナはそんな事を口走っていた。
「両親の自業自得なんですが、妹達も実家にいるので何とか私が仕送りして生活できるようにしてます。正直、いつになったら返しきれるのか分からないですが、利子だけでも払っていかないと家も追い出されてしまうので」
口ぶりからしてカルナ自身も先が見えていないのだろう。幾らの借金があるのか分からないが、家族を養っていくだけでもそれなりの金額となる。収入に落差がある冒険者家業で、利子だけ払い続けていても終わりは来ない。貸した側からすれば永遠と利子を払い続ける上客だが、借りた側は地獄だろう。カルナだけなら逃げ出せるかもしれないが、妹がいればそれもできない。
「だから、今回の事は結構助かったと思ってます。報酬は多くいただけますし、皆さんの力量も素晴らしいので安全に進むことが出来てますので。現に、ここまで私の出番はありませんでしたし」
逆に出番が無いのに報酬を頂くのは心苦しいです。カルナがそう言っていると彼女を引き込んだ元凶が目を覚ました。
「うーん、おはよー」
眠気眼を擦って起き上がるタリア。一度大きく欠伸をしながら背中を伸ばした。
「ここまで順調に来れたみたいだね。この先も特に問題なく行けると思うよ。大丈夫、大丈夫」
カルナはタリアがお気楽に話していると思ったが、他のメンバーは違う。言葉の本当の意味を理解する。今の所、この先で問題が起こる未来は見えなかったということだ。
そして、言い終わったタリアは周囲を見回してウィルネスを見つけると、トコトコと彼まで近づいて胡座をかいていた上にすっぽりと座り込んだ。
「よいしょっと」
「おい」
突然の妹の行動を咎めるウィルネス。しかし、当のタリアは気にしていない。完全に自分の背中をウィルネスに預けてしまう。そんな様子をタリアとウィルネスの確執を知っている面々は複雑な表情で見守っている。カルナは仲の良い兄妹だな、と思っている。
「外ではこんな事できないので、ここだけなら良いじゃないですかね? それに、昔はこうして本を読んでくれたじゃないですか」
「……そうだな」
思い返すのはまだ自分が精神的に追い詰められていなかった頃の事。タリアはウィルネスに良く本を読んで欲しいとせがんで来た。そして、そんなタリアの願いを聞き入れて色々な本を読み聞かせていた。今思えば、本を読んで欲しいというよりも、自分に構って欲しいとの願いの方が大きかったように思える。
「タリアは」
「はい」
「……私を恨んではいないのか?」
それは前々から聞きたいと思っていたこと。自分と再会してからこれまで、タリアが怒りや恨みを向けたことはなかった。勝手に嫌い遠ざけた。苦しんでいる時に放置して去った。正直、嫌われて恨まれても不思議ではないと思っている。そんなウィルネスの言葉に、タリアは少しだけ考えると言った。
「恨んでないです。嫌ってもいないです。ただ、すっごく寂して悲しかったです。私がお兄様に何かしてしまったんじゃないかと、ずっと気にしてました」
「お前は何も悪くない。私が勝手に自分を追い詰めて、そしてお前を傷つけただけだ」
「でしたら、これから時々こうして甘えさせて下さい。そうしたら、私は満足ですから。ねっ?」
同意を求めるタリアに、ウィルネスは少しだけ躊躇した後、昔のように静かに頭に手を置いて撫でる。すると、タリアは心から嬉しそうに目を細めて笑った。
◆
ブロレスというパーティーがある。フレバードに拠点を置くパーティーで、比較的古参な部類に属する面々である。設立当初のメンバーの名前から取ったパーティー名なので、現在の所属者とはズレているが態々変える必要もないとそのままになっている。
現在のパーティーリーダーであるアライブは王都で軍に所属していた過去を持ち、冒険者となった現在でもその経験を生かして手腕を発揮しており、仲間から厚い信頼を得ている。他のメンバーも全員が男だが、近距離、遠距離、回復役と一通り必要な役割は揃っており、連携の練度も十分だ。
この日も日課となりつつある探索を半分ほど終えた後、いつもの休憩地点で仲間と共に腰を降ろしていた。彼らの休憩時の話題は決まっており、その日の収穫と、ギルドで見つけた面白そうな依頼の内容と、見かけた他のパーティーの話である。
「それにしても、最近はフレバードに訪れる新参者も多くなったものだな」
アライブの言葉に魔法使いの男が頷いた。
「ええ、上を目指す者が増えたのか、以前よりも見ない顔やパーティーが増えましたね」
冒険者になって暫く経験を積んだ者が、高みを目指してフレバードに訪れる。昔からお決まりのルートではあるが、最近はその割合が高くなっているようだ。町やギルドで見かける同業者の数が明らかに多くなっている。町としては消費が増えるので歓迎だろうが、冒険者としては悩ましいところではある。
「その分、割の良い依頼は争奪が激しい」
「何よりも新人の消耗率が上がっている」
回復役魔法使いと、遠距離兼罠解除が得意なレンジャーが同意した。
ダンジョンに挑む者が増えれば死傷者の数は必然的に増える。また、アイテムを発見する割合も減少し、生活に困窮した者が力量を無視した無謀な探索を行うケースも増えてくる。そうして少しずつ死傷者が増えていけばフレバードは中級ではなく、探索困難な上級ダンジョンとして認識される可能性がある。この町はほどほどの難易度が売りで冒険者を集めているので、それでは将来的な発展の妨げになる。
町に古くからいる者にそう考える者が多く、ギルドもブロレスのような古参パーティーには探索中に新人をそれとなくフォローして貰えるか打診している。当然、自分達のパーティーの安全が最優先ではあるが、可能な限り注意を促してきた。怪我で戻れなくなった者がいれば保護して出口まで送り、モンスターに襲われて危機的状況なら助太刀してきた。全体としては微々たるものだが、彼らが出来ることを出来る範囲でしてきたつもりだった。
そんなブロレスの面々に近づいてくる足音。即座に臨戦態勢を取る。足音は一つ。比較的軽い音だ。ゆっくりとした間隔の音から、相手の移動速度を把握できた。
「あら、こんにちは皆さん」
現れたのは一人の女だった。見た目、武器は所持していないことから魔法使いと思われる。難易度は高くないとはいえ、ここまで一人で無傷で来られたことから、相応の力量を持つ人物と分かった。
街中ではもちろんだが、ダンジョン中でも人間同士の殺し合いはご法度だ。判明すれば只では済まない。しかしダンジョンの性質上、事件が起こっても発覚しにくく証拠も残りづらい。そのため、ダンジョンでの行方不明者はモンスターやトラップで命を落としたのか、それとも他の人間に襲撃されたのか正確な数字は誰も分からないのだ。
ダンジョン内では冒険者同士は必要以上に干渉し合わない。求められれば可能なら助け合う。同時に決して気を許すことはできない。
「ああ、あんた一人でここまで来たのか。なかなかの腕だな」
「どうも、ありがとう」
女はアライブ達を見渡す。まるで、品定めをしているような視線だった。
「でも、私一人ではなかったのよね」
「……仲間がいたのか?」
「ええ」
そうなると、彼女以外の者がいないのは残念な出来事の結果となる。冒険者となったからには覚悟をしていただろうが、それでも命が失われたことには変わりない。せめて、彼女だけでも無事に地上に返そうと思い、同行を提案しようとしたアライブだが、それよりも早く女が呆れを含んだ口調で言う。
「ここに来るまでに潰れちゃったわ。ゴブリンのくせに奇襲するなんて生意気よね」
パーティーメンバーを消耗品のような言い様に不快感を覚える。命を預ける仲間を、そんな扱いをする人間と快く話せる筈がない。
「だから、ここら辺で補充しようかなと」
「魔法だっ!」
魔法使いの男が叫んだ。気付けば、周囲を黒い霧が自分達を覆っていた。唯でさえ薄暗い空間で気付くのが遅れた。しかし、これではっきりした。目の前の女は自分達に危害を加える敵だ。ならば遠慮はいらない。
各々の獲物を構える。しかし、直ぐに全員が膝を付いた。自分の意思に反して体が動かない。手にしていた獲物がすり抜けてる。
「それじゃあ、皆さん。私のお人形になって頂戴」
霞む意識に女の声が頭に響いた。
◆
休憩を終えて探索を再開すると、アティの言葉通り下の階層へと続く階段が出現した。探索再開後はモンスターの襲撃は無く、暇になったタリアは再び寝ている。出現した階段は雑な作りで、土をそれらしく削っただけで、明らかに人工的なものだ。足元を照らすための松明が壁に括り付けられているが、気休め程度なのでフェニがいなければ発見が遅れたかもしれない。
「ようやくこの階層は制覇ですね」
階段下を覗き込みながら言うアティ。戦闘によっては消耗していないが、薄暗く空気の悪い空間を歩き続けたため気疲れしている。それは他の面々も同じだった。探索に慣れている他の冒険者ならば兎も角、この面々はダンジョンに慣れているわけではない。視界の悪い空間に長時間滞在し、いつ奇襲が来るか分からないので常に気を張っている。そんな緊張状態が続くのがダンジョンなのだ。
「ここまで特に何もありませんでしたね」
エメリアの言葉は幾つかの事を指していた。手に負えないようなダンジョンの罠やモンスターの襲撃。一行がこのダンジョンに潜る大義名分である間者の調査。そして、アネッサの治療薬に関する手がかり。良くも悪くも、すべてにおいて何もなかった。
「まだ最初の階層だ。油断せずに行くぞ」
ウィルネスの言葉に、メリッサが階段を降り始めた瞬間。
「待って下さい」
それまで眠っていたタリアが突然目覚めた。何事かと全員が足を止める。
「お兄様、降ろして下さい」
突然の言葉に一瞬躊躇したが、言う通りに背中からタリアを降ろすウィルネス。地面に降りたタリアは迷うこと無く階段横の壁に向かい、手で壁を叩いている。
「タリア様、何かありましたか?」
タリアが降りると同時に、直ぐに近寄ってきたアティが聞いた。
「ここの壁って違和感ない?」
言われて見るが特に変わった所はない。ゴブリンが襲撃してきた時のようなダミーのようにも見えない。アティが触り、軽く叩くがしっかりとした感触が手に伝わるだけだった。
「特に不自然な所はありませんが」
「うーん、とりあえず攻撃してみて」
「分かりました」
話の流れにカルナが驚き、慌てて静止しようとする。下手に壁を攻撃すれば天井が崩れることもある。こんな場所で生き埋めにでもなれば命を落とす可能性は非常に高い。そもそも、不自然な点はないと言いながら、その直後に攻撃してくれと言われて了承するのは如何なるものか。主の言葉を忠実に行動するにも程がある。やはり、とんでもない一行に付いてきてしまったと涙目になりながらカルナは手を伸ばした。
しかし、その手は虚しくも届くことはなかった。
「スノトラ」
『あいよー』
爆音と共に巻き上がる砂埃。あっという間に視界は覆われてゼロになる。ガラガラと崩れる音が聞こえてくる。ああ、ここで私の人生は終わりかも、と覚悟したカルナだが、幸いにも瓦礫が襲ってくることはなかった。
再び風が舞い上がり、今度は砂埃が一掃される。カルナが恐る恐る目を開くと、先程まで壁が存在していた箇所に大きな穴が出現していた。瞬発的にそれ程の威力を生み出す魔法にも驚きだが、それ以上に穴の向こう側に広がる光景に息を呑む。
「未開……エリア!?」
狭い通路からは想像できない程、一気に広がる空間。天井からは長い年月で育った鍾乳石が無数に垂れ下がっている。波のない地底湖は不気味なほど静まり返っており、見ているだけで吸い込まれそうだ。光の無い水中は何が生息しているのか想像もできず、潜るなんて御免だ。そして、少し見渡せば手付かずの鉱石類が所々に点在している。明らかに誰も足を踏み入れた事のないエリアだった。
フェニが発する明かりがあっても違和感すら感じない自然な壁。その反対側に、別の空間が存在するなど誰も思わないだろう。そもそも、下の階層へと続く階段を見つければ普通はそこにしか注目しない。事前に存在を知っているか、特殊な方法で察知するしか知る術はない。
「す、すごいですよ! これをギルドに報告すれば私達大金持ちです」
長期間誰も発見できなかったエリア。そこから得られる利益は計り知れないものがある。当然、最初の発見者にはそれ相応の報酬が約束される。カルナにとっては借金を十分に返せる程の大金。興奮するのも無理はなかった。だからこそ、タリアの不自然な言動にカルナは気付かない。
「こちらに行きましょう」
静かなタリアの言葉に反対する意見は出ない。
既に他の冒険者が足を踏み入れている下の階層よりも、何かしら発見がある可能性が高い。ひょっとしたら、間者もこの空間の存在を察知して探りを入れていた可能性がある。だとしたら、ここで先に探索できるのは大きなアドバンテージだ。
一行は人類未開の地へと足を踏み入れた。




