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令嬢は怠惰を望む  作者: ゆうや
第二章
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おまけ2 令嬢、クリスマスを迎える

この話は本編とは全く関係ありません。

 タリアが住むグランドール家本宅。領主が滞在する屋敷なだけあり、その佇まいは豪華で立派に尽きる。ただし、金に物を言わせるような下品なものではない。一見すると質素な見栄えの絵画が、実は著名な画家の知られぬ作品だったり、さり気なく置かれている廊下の隅にある壺は先代が王家より褒美で贈られた品である。目に入る品々の全てがそんなエピソードを持っており、まとめるだけで一冊の本が出来上がるほどだ。初めてグランドール家に従者として訪れた者は、そんな品々を手入れすることを恐れ多く思い、そして万が一壊して弁償になったらと恐怖する。

 この日も緊張感を持って掃除をしている同僚の従者を横目に、アティは足取り重く歩いていた。普段の背筋が伸び、凛としている彼女にしては珍しい事だ。そんなアティに興味を持ったのか、同僚が手に持っていた給料数年分の花瓶を静かに置いて話しかけてきた。


「アティがそんなに疲れているなんて珍しいね。体調悪いの?」


 ゆっくりと向き直り、話しかけてきた同僚の顔を確認後、周囲を見渡してようやくアティはため息を付いた。


「いえ、少々タリア様から受けた仕事が多く、朝からバタバタしていたもので」


「へぇー、珍しいね。タリア様がそんなにアティを働かせるなんて。何かあったの?」


 屋敷に仕える従者の間では、タリアはあまり従者達に仕事を任せないと思われている。貴族によっては無理難題を吹っかけて従者を困らせ、尚且つ普段の業務に支障が出ると叱咤する者もいると聞く。その点、タリアは必要最低限のみでワガママも言わない。そう認識されている。実際は自室でアティにワガママを言っては頬を伸ばされたり、こめかみをグリグリとされているのだが、知らぬが仏である。


「いえ、特別な事は起きていない筈なのですが……」


 普段と違い、色々と用事を言いつけてきたタリアを思い浮かべ、別段変わったことはないことを再認識する。少しだけタリアが朝からソワソワしている気はしたが、それだけだ。


「ふーん、そんな日もあるのかもねー。良かったら手伝おうか? 丁度、殆ど仕事も終わってたから。もちろん、後で何か奢ってね?」


「いえ、それには及びません。先程全ての用事を片付け、これから最後にタリア様に報告して終わりですので」


「ちぇー。新作のデザート食べたかったなー」


「それはご自分でどうぞ」


 あまり無駄話をしている訳にもいかず、アティはそこで同僚と別れた。本来なら誰の目があるか分からない場所で無駄話をするような事はないのだが、今日に限っては少しだけ気が緩んだ。疲れて、誰かと話をしたかったのかもしれない。

 いつもより少しだけ遅い歩みでタリアの部屋へと向かう。すると、正面から見知った顔ぶれが近づいてきた。


「お二人もタリア様の部屋へ行かれるのですか?」


 エメリアとメリッサだ。タリアの秘密を色々と知る数少ない人間の内の二人だった。しかし、いつも笑みを絶やさないエメリアと、いつも眠そうなメリッサなのだが、どうもよく見ると二人共表情に疲れが出ている。エメリアは困ったように笑い、メリッサは目が死んでいた。

 観察していたアティの視線に気が付いたエメリアが、まるで戦場で味方を見つけた瞬間のような安堵を浮かべた。


「アティさんもですか?」


「はい、ようやく用事が片付いたので、それを報告しに行こうかと」


「実は、私達もタリア様に報告に行くところなのです」


 聞けば、タリアはアティ以外にも二人に色々と用事を頼んでいたらしい。いつの間に、と思うが良く考えれば今日は殆どタリアの側には居なかった。アティが不在の間に二人を呼び出して用事を頼むなど容易だった筈だ。


「私は孤児院にいるクリスにテーブルマナーを教えてほしいと頼まれまして……」


 クリスとは、以前タリアが予知夢で命を救った少女の事だ。レナの手で意識を操られて馬車に轢かれ、命を落とすはずだったのだが結局生き延びた。今は孤児院で生活している元浮浪児だ。その性格は浮浪児だっただけの事はあり、非常に男勝りで乱雑だった。言葉遣いもかなり荒れており、最初にタリアがクリスを見た時には男児かと思っていたほどだ。ちなみに、アティとは相性が悪い。

 そんなクリスにテーブルマナーとは、まさに馬の耳に念仏だ。そんな不可能な用事を与えられたエメリアに同情してしまう。


「それは……お気の毒に」


「流石に一日では無理でしたので、タリア様にその旨をお伝えしようかと。私の見立てでは年単位の時間が必要かと」


 アティはクリスが将来的にテーブルマナーを取得できるとは思えなかったが、そこは口にしなかった。


「私、は」


 死んだ目のメリッサが口を開いた。頭がユラユラと左右に振れており、非常に危険な状態に見える。


「書斎の本を渡されて、感想をまとめるように、言われた」


 そう言い、手にしていた分厚い本を掲げるメリッサ。あまりにも厚いので片手で掴むことが出来ず、両手で持っている。明らかに千ページを超える分量であり、尚且つタイトルが『人生論』とあり、非常に読みづらそうである。魔術関連には長けているメリッサだが、他の興味のない分野には弱いようで、まるで徹夜明けのように目に熊が出来ている。

 アティもタリアに朝一番にメモを渡されて、そこに書かれている用事を片付けるように言われた。畑の落ち葉集めや整枝、欠芽から始まり、何故か昼食の手伝いやハルバートの肩もみに至るまで。ハルバートの肩もみに訪れた執務室で、その旨を告げた際の彼が見せた表情は忘れてしまいたい。近くに居たガーディーの憐れむような視線は涙を堪えるのが精一杯だった。

 兎に角、この場の三人はタリアから無理難題を押し付けられて一日を過ごしたメンバーとなる。その三人が最後にタリアの部屋へと向かう。正直、怖すぎる。一日放置されて荒れ果てたタリアの部屋を最後に掃除してね、などと言われたら、アティはきっとタリアにヘッドロックをかますだろう。そうならないことを願いたい。


 一行は無言でタリアの部屋に向かう。そして、部屋の扉が見えてきた。何故か、僅かに部屋の扉が空いている。そして、そこから外を覗いている一匹の猫。その頭にはちょこんと鳥が止まっている。


『なー』


 その一匹と一羽は本物の猫と鳥ではなかった。スノトラの分霊である猫の姿をしたスーさんと、フェニの分霊である鳥の姿をしたピーちゃん。どちらもアティとメリッサがタリアに憑けている存在だ。それが、アティ達の姿を確認すると慌てて部屋の中へと首を引っ込めて、扉が閉まった。怪しい。怪しすぎる。


「「「……」」」


 視線で会話し、エメリアとメリッサの視線がアティに集まる。多数決で生贄が決まってしまった。確かに、この中ではタリアに最も長く仕えており、耐性も高い。しかし、正直勘弁してもらいたいのだが、泣く泣くアティは扉に手をかけた。


「開けます」


 二人よりも、自分を奮い立たせるようにして宣言する。そして、覚悟を決めて扉を開けた。


「めりーくりすまーす」


 時が止まる。あまりの出来事に思考が現実に追い付かない。開け放たれた扉が虚しく独りでに止まった。

 部屋が荒れた様子はない。朝のまま綺麗だ。変わったことと言えば、部屋の中央には小さなテーブルがあり、囲むように四つの椅子が置かれている。そのテーブルの上には見たこともない料理が並んでいる。そして、高そうなワイン。

 だが、目下の問題は別にある。


「あれ、どうしたの三人とも。早く入って入って」


 そう言い、呆然としているアティの手を引いて室内に入るタリア。その様子はいつも通りだ。しかし、格好が普通じゃない。

 アティが着ているメイド服だ。しかも、タリアのサイズに寸法を調整してある。ただし、普通は黒がベースで汚れが目立たない様になっているはずが、何故か赤い。そして、更に青色のサラサラの髪の上には何故か猫耳のカチューシャが付いている。さらに、振り返った後ろ姿には腰のあたりに尻尾が付いており、歩く度にユラユラと揺れている。


 猫型メイドサンタ。


 言葉通りなのだが、何故こんな格好をしているのか。いつもの悪戯なのか。ひょっとして、何かストレスが溜っていて限界突破してしまったのだろうか。そんな思いがアティの胸を過る。一方のメリッサは既に料理に視線が泳いでおり、エメリアは『タリア様、可愛すぎます』と呟いていた。切り替えの早い二人である。


「た、タリア様。その格好は一体……」


「んっ? なんかね、今朝予知夢で見たんだ。この格好で三人に料理を振る舞う光景だったんだけど、取り敢えず危険はなさそうだったから、早速やってみました!」


「そ、そうですか」


 勢いで納得するアティ。取り敢えずタリアは正常で、危険はなさそうなので良かったと思うことにした。


「これ、タリア様が、作ったの?」


 メリッサがテーブルの上の料理を見て聞いてきた。エメリアはタリアに抱きつくタイミングを見計らって両手をワキワキさせている。


「そう! それも夢で見たレシピを参考に作ってみました」


「良く料理人が機材を貸してくれましたね。包丁など絶対に断ると思いますが」


 タリアは美味しいものを食べるなら、妥協せずにとことん追求する。レシピしかり、食材然り、そして調理も同様だった。夜中にこっそりと夜食を作っていたりするので、包丁さばきもお手の物で何気にスキルが高い。日中は流石に料理人が体を張って止めてくるので自分で調理はできない。

 しかし、そんなアティの質問にタリアはニヤリと悪い笑みを浮かべた。


「泣き落とし、令嬢のワガママ、お父様の権力の傘。どのバージョンを聞きたい?」


「いえ、もう結構です」


 とりあえず、あらゆる手段で料理人を排除したことが分かった。明日にでもフォローしておく必要がありそうだ。


「まぁ、それは置いといて。さぁ、席にどうぞ」


 せっかくのタリアの料理だ。冷めない内にいただこう。その後で色々と悩むことにしよう。アティは大人しく席へと座る。メリッサは既に着席済みだ。


「タリア様、可愛いです!」


「有難うございます、エメリアお姉様~」


 エメリアは取り敢えずタリアに抱きついてグリグリと堪能した後に席へと付いた。


 着席を確認し、タリアが品を簡単に説明していく。どれも初めて見聞きするレシピで、見た目も食欲をそそる。日中はかなり忙しかったのでお腹も空いているので余計にそう感じた。


「んで、これが鳥の梅干し焼き。鶏もも肉を醤油と酒につけて、そこに梅干しを細かくして混ぜ合わせる。暫く置いた後に後は焼くだけ。簡単だけど、とってもコクのある味になるみたい」


「私も少々料理は嗜みますが、梅干しや醤油は初めて聞きます」


 タリアの説明にエメリアが興味深そうに聞いてきた。


「未知の食材と調味料。みたいな?」


 そして、その回答は適当だった。


「まぁ、予知夢からの知識だから、この世でここだけのオリジナル料理だよ! いつもお世話になっている三人への私からの感謝の気持ちです!」


 誇らしげに腰に手を当てて言い切るタリア。これだけのために三人に用事を言い渡して部屋から離れさせたわけだ。他にやりようはありそうだが、三人は素直にその気持が嬉しかった。

 そして始まる四人だけの食事会。食べたことのない味に三人は舌鼓を打つ。確かに美味しい。


「美味しいです、タリア様」


「はい、本当に美味しいです」


「おい、しい」


 アティ、エメリア、メリッサが感嘆とする。


「おー、確かに。美味い美味い」


 そして、当の本人も自画自賛している。

 そうして、暫く料理を堪能していると、突然タリアが思い出したように席を立った。


「これからお酒も出てくるから、忘れないうちで言っておきます」


 三人は決してタリアには酒瓶を持たせまいと誓った。


「今まで、私を助けてくれてありがとう。それと――」


 一礼して再び頭を上げる。猫耳が少しずれたので、慌てて抑えた。


「どうぞ、これからも宜しくだにゃー」


 猫のように手招きして笑顔でそう言ったタリアに、再び時が停止した。

 四人だけのクリスマスパーティーは平和に、そして騒がしく続いていく。





一度で良いから猫型メイドサンタに会ってみたい……

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