第二十一話 令嬢、村へ行く
タリアから疫病に関する情報を伝えられたハルバート。状況からの憶測なども混じってはいたが、これまでは全く道筋が立てられなかった事を考えれば十分に有益なものだった。症状が魔力欠如で、原因が魔族召喚の陣による余波。そして、その対処として失った魔力をポーションなどで補充しつつ、陣を破壊する。そのための検証として、まずはハルバートの付き人であるガーディーにポーションを与えた。もしも原因が別で魔力が減っていない場合、ポーションで魔力を回復させようとすれば最悪の場合は中毒症状を起こす危険があるからだ。
結果としては、それは杞憂であった。ガーディーはしばらくすると起き上がり、それまで寝込んでいたことがウソのように回復した。既に歩き回って溜っていた仕事をこなしている。それを確認後、最優先で領地全体に対処法を知らせ、さらに各領地に要請していた補給物資項目にポーションを追加した。一時的にポーションが値上がりするだろうが仕方がない。
タリアが見つけた黒い本に関してだが、ハルバートが記憶を辿ったが、そんな特徴的な本は思い出せなかった。それを聞いたタリアは、それ程気落ちすることはなかった。物が物だけに簡単には判明しないだろうと割り切っているのだろう。
しかし、ハルバートは黒い本も気になるが、タリアの力が過去を見るまでになった事に驚きを隠せなかった。未来だけでなく過去も夢で見る力。今までもタリアの力は秘密だったが、これからは一層注意する必要がある。タリア曰く、自在に力を制御することはできないらしいが、他人にはそんな事は関係ない。自分の後ろめたい事がタリアには筒抜けになっているかもしれない。そのような疑心暗鬼がタリアの身を危険に晒す可能性は高い。
何よりも、過去を見たことで体に反動が起きる可能性が見過ごせない。アティからも進言があったが、就寝時にも人の目が合ったほうが良いだろう。しかし、力ゆえにか。他人への警戒が強いタリアが眠る所を見守る事ができる女性は限られる。あくまでも女性限定だ。男はあり得ない。
そして、タリア達の二度目となる魔族との遭遇戦。魔族の出現も状況証拠となったのだが、それ以前に魔族と交戦して生き残る事が普通は奇跡なのだ。それを殲滅するなど耳を疑う。言ってしまえば、この国は短期間に二度もタリア達に救われた事になる。文字取り救国の英雄なのだ。露見すればタリアの評判は天井突破間違い無しだろう。
しかし、タリア本人のやる気の無さ――外部から見れば謙虚さ。と、ハルバートの過保護さと、国の無用な混乱を回避したいという思惑が一致して、前回は情報が公表されることはなかった。恐らくは今回も同じだろう。しかし、今回の魔族は非常に派手に登場したようで、目撃者がいる可能性もあるが、恐らく疫病が蔓延した事によるパニック時の見間違いとして扱われて終わりだろう。
「むふふー」
そんな当人は、ハルバートの膝の上で甘えている。ピタリと背中をくっ付けているので、とても温かい。頭を撫でたり、喉をくすぐったりすると嬉しそうに笑うので、まるで猫である。猫にしては少々重いが。昔は姉のアネッサと共に膝の上に乗せても軽かったのだが、今ではタリア一人で占領されてしまう。日々成長していく娘を思うと、嬉しくもあり、何処か寂しくもあった。
「ハルバート様、タリア様。どうぞ、お茶が入りました」
タリアの従者であるアティが二人の前にカップを置いた。今まではガーディーが入れていたのだが、忙殺されるようになってからは飲んだ記憶がない。かなり以前に飲んだ時も、可もなく不可もない味だった気がする。それと比べればアティが入れたお茶はとても芳しく、同じ葉を使っているとは思えなかった。別にガーディーが下手なわけではない。彼の本来の仕事は別であり、お茶を淹れる役目は人手が足りなかったので、一時的に彼が引き受けていただけなのだから。
「ハルバート様、編成が完了致しました」
お茶を堪能していると、件のガーディーが部屋に入ってきた。倒れた時のような疲弊した表情はなく、普段通りの雰囲気になっている。ポーションによる対処方法が正しかった証人といえる。しかし、少し前にはレナの攻撃を受けて掌を負傷し、今回は魔力欠如で倒れるとは、なかなか不運であると言える。
ガーディーの言葉に、タリアを撫でる手が止まった。原因がほぼ特定され、一時的な対処方法も判明した次は、陣の破壊遂行だ。ポーションも無限ではない。領民全員に配ることは不可能である上、飲み続ければいつかは在庫が切れる。その前に魔力欠如に陥る原因の陣を無力化する必要がある。また、陣が存在すれば魔族が再び出現する可能性があるので、絶対に陣の破壊は必要なのだ。そのために、魔力量の多い者を主力とした選抜隊を編成していた。その準備が完了した旨を伝えにきたのだ。
「そうか」
そして、心配そうに膝上のタリアを見る。今回の選抜隊にハルバートは含まれない。魔力量は豊富な彼だが、この街を不在にすることは不可能だ。また、万が一魔族が再度出現した際には逃げるにしても、戦うにしても、それ相応の戦力が必要となる。そのため、精霊使いのアティとメリッサは必然的に選抜隊へと組み込まれた。すると、当然のように愛娘も立候補する。ハルバートは即座に却下したのだが、エメリアの絶対的な防御とタリア自身の予知能力と魔力量の豊富さ。極めつけは、父親の代行とすることで領民への貢献アピールになると説得され、渋々了承した。
「タリア、本当に行くのか?」
「もちろんです、お父様。陣が何処にあるのかを見ているのは私だけですし、事前に危険を察知できるならば余計な犠牲を出さずに済みます」
「う、む……」
「それに、アティ達従者が頑張っているのに、主である私が隠れているのは気が進みません」
「貴族とは、時にそういったリスクを回避する手段も――」
「私は未成年であり、まだまだ未熟な貴族令嬢なので、間違った選択もしてしまうのです」
「……」
「それに、お母様とも無事に帰ると約束致しました。そうしないと、屋敷の畑が更地にされてしまいますので」
ニッコリと笑い、ハルバートを安心させるタリア。それでも、即答できずにいたハルバートだが、妻が決心した時のような表情をするタリアを見て、ようやく納得した。諦めが付いたとも言う。もはや説得は不可能だ。ならば、出来る限り協力して万全の体制で送り出すしか無い。
「分かった。その代わり、私とも約束してくれないか? 絶対に無事に帰ってくる、と」
「もちろんです、お父様。まだまだ育ててみたい野菜たちが一杯あるのですから!」
遠くない未来。自分の屋敷の庭が野菜畑に占有される光景を思い浮かべ、ハルバートは微妙な気持ちとなった。
◆
街から出発した選抜隊一行は、タリアの乗る馬車を中心にして、四方を馬に乗る八名で囲って移動を続けた。その殆どが冒険者を職にしている者で、戦闘経験があり、タリアの護衛も兼ねてハルバートに高報酬で雇われた者達だ。事前に命の危険があることを説明されている筈だが、何処吹く風で普通に談笑しつつの移動だ。しかし、良く見れば周囲を絶え間なく警戒して視線を送っているので、腕は確かだと思いたい。
コカトリスが上空に出現した付近の村へ向かい、探索を行った。比較的近い距離に村が点在しており、思ったよりも時間が掛かる。各村々では魔力欠如により、本当に危険な状態の者だけにポーションを与えておいた。命の危険がない者には悪いが、耐えてもらうしか無い。手持ちのポーションはかなり少ないのだから。そもそも、コカトリス討伐後は街で新たに倒れた者の報告はなかった。恐らく、陣の影響が消えているか、弱まっているのだと思われる。そのため、休んでいれば緩やかに回復していく筈だ。この好機を逃すつもりはない。
「止まれっ!」
そして、四つ目の村に辿り着く直前の事だ。先頭を行く冒険者が突然叫んだ。まさか襲撃かと緊張した一行だが、どうも様子が違う。アティ、メリッサ、タリア、エメリアの順に馬車から降りる。すると、既に馬から降りた冒険者が集まって何かを見下ろしていた。
「何事ですか?」
アティが代表して聞いた。
「あー、どうやら行き倒れのようですね」
頭を掻きながら冒険者の一人が答えた。見ると、確かに成人男性が地面に倒れている。微動だにせず、服装もボロボロで持ち物も少ない。一行よりも先に発見した者が持ち去った可能性もあるが、本当のところは分からない。確かなのは、既にその人物が息を引き取っており、持ち物を必要としないことだけだ。
「死後、数日ですかね」
「この先の村の人間でしょうか?」
「さて、どうでしょう」
慣れた手付きで死体を漁る冒険者。職業柄、死体に触ることには慣れているのだろう。モンスターや敵や、味方などケースは様々だが。
「おっと、何かありますね」
死体の胸ポケットから何かが出てきた。掌にすっぽりと収まってしまうような小さな物だ。
「ペンダントでしょうか?」
「ですね。見た感じ、それ程高いものではないですね」
そう言い、アティに手渡す冒険者。触り、裏返しても何の変哲もない普通のペンダントだ。ならば死者への手向けとして返そうとした時、タリアが気付いた。
「それ、見たことあります」
アティから奪うようにしてタリアが持つ。記憶と掌にあるペンダントを比較する。間違いない。あの夢の中だ。タリアの目前で息絶えたメイドが嬉しそうに握っていた物と同じだ。そうなると、最期の瞬間まで彼女が想っていた相手。それが、恐らくこの人物だ。
スタブが死んでから数ヶ月。メイドの女性はそれ以前に死亡している事になる。この行き倒れた男性は恋人の死を知っていたのだろうか。それとも、知らされずに待ち続けていたのだろうか。再びスタブへの嫌悪感が湧き上がった。
「この先に村は幾つありますか?」
ペンダントを握りしめながら、強く問うタリアに、冒険者の男は言い知れぬ威圧感を感じながら答えた。
「あ、ああ。一つだけ小さな村があった筈です」
「急ぎましょう」
「貴族様。この死体はどうしますか?」
「連れて行きます。お願いしますね」
「……分かりました」
本当なら重くなるだけなので、放置しておきたい。しかし、雇い主の代理であるタリアの言葉はほぼ絶対だ。命に関わるような状況下ならば断るか、途中でも置き捨てる。しかし、今は一秒を争うような状況ではない。しぶしぶながらも、馬に括り付けた荷物を整理して死体を固定する。その際に、息絶えているとはいえ、人間を荷物のように運ぶ見栄えになってしまうのは致し方なかった。
四苦八苦する冒険者達の横で、タリアは視界に入っている次の村を見る。遠目だが、見張りもいなければ村人の姿も見えない。まるで廃村のようだ。
「タリア様」
「恐らく、次の村が例の場所です」
タリアの言葉にアティ達、事情を知る組に緊張が走る。ここまで空振りの村だったので、少し緊張が途絶えていた。緊張が伝わったのか、冒険者達も気を引き締めた。
「皆さん、戦いの準備と心構えだけはしておいて下さいね?」
幼い少女が言うような台詞ではないが、何故かタリアから聞かされると、すんなりと心に響いた。
そして、数刻後。一同は村の中へと進行した。立ち並ぶ家々と放置された農耕器具。子供達がイタズラしたと思われる壁に石で書かれた落書き。生活感がある村だったが、タリア達が足を踏み入れても誰も出てこない。ここまで寄ってきた村とは明らかに違う雰囲気。やはり、ここが当たりだ。
「村にある一番立派な建物を探します」
タリアの言葉を皮切りに、面々が探索を開始した。




