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令嬢は怠惰を望む  作者: ゆうや
第二章
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第十六話 令嬢、読書をする

 タリアがイリスの部屋に入ると、そこには母と四人の専属メイドの姿があった。タリアは知る由もないが、少し前までハルバートの使いの男と門番の二人もいたのだが、イリスから退出を命じられて既にその姿はない。


「待っていたわ、タリア。突然で驚いたでしょう? 取り敢えず、詳細を説明するからお座りなさい。ああ、アティあなたもよ? まさか私の誘いを断るなんて言わないわよね?」


 有無を言う暇なく強制的にソファに連行された。呼び出しに来た若いメイドは午前中に予定していたメリッサの魔術授業の延期を伝えるよう頼んだため、部屋の前で別れている。彼女からすれば再びこの空間に戻ってくる事を避けられたので幸運といえる。

 イリス専属の四人のメイドたちが慣れた手付きでお茶とお菓子を用意して目の前のテーブルへと置いた。反射的に習慣でお菓子を確認してしまい、未だタリアが食べたことのないものと分かり、一瞬手が出て止まる。今は欲求に支配されている場合ではない。


「まずはお茶を一口飲んで、お菓子を一つ食べなさい」


「しかし、お母様」


「あの人からの手紙には一刻を争うような状態ではないと書かれていたわ。あちらでの封じ込めがうまい具合に機能しているのでしょう。それに、あなたにやって欲しい事が書かれていたわ。それは一昼夜で終わるとは限らないのだから、今は兎に角落ち着いて一服しなさい」


 優しい口調だが、絶対に譲らない意思を態度と表情から感じる。普段は積極的には表舞台に立たない傾向のイリスだが、こうなればテコでも動かない。それは娘であるタリアが良く理解していた。

 タリアは言われた通りに大人しくお菓子へと手を伸ばした。


「おいひいれす」


「そう、良かったわ。王都でアクセサリーを売ったことのある、貴族からの贈り物よ。これもタリアが予知夢で我が家に貢献してくれたお陰ね」


「ふぉごっ!?」


 盛大にむせるタリア。慌ててアティが背中を擦ってくれた。もちろん、食べているお菓子を取りこぼすようなヘマはしない。

 イリスの言葉にタリアだけでなく、四人のメイドも驚き、母と娘の二人を見比べた。冗談を言っているようにしか見えないが、一向にイリスはその言葉を覆す様子はない。そして、娘のタリアの狼狽ぶりから悟った。しかし、それだけだ。どのような内容でも自らが仕える主に関する情報を漏らすことはあり得ない。例え何処かの令嬢が、屋敷の庭で畑を嬉しそうに耕していても他言しないだろう。


「んー、その様子じゃ私があなたのことに関して把握していないと思ってたのかしら? タリアもまだまだ甘いわね。将来、貴族の夫を支える立派な妻になるためには周囲に気を配り、情報を出来る限り集めて状況を把握できるようになりなさい」


「お、お母様はいつから私のことをお知りになられたのですか?」


「んー、もちろん最初は変わったことをする娘だなーって思ってたけど、本格的に疑問に思ったのはあの人が貴方を見る目が変わった頃ね」


「お父様ですか?」


「そう。娘を見る優しい視線の中に、何処か戸惑いや葛藤が含まれるようになったのです。だから、直接あの人に聞きました」


「良くお父様も素直にお話になられましたね」


 ハルバートの性格なら、余計な心労をイリスに与えるような事は避けると思われた。だが、予想に反してハルバートはイリスに予知に関して伝えている。タリアの見込みは外れた。タリアが考える以上にハルバートはイリスへと色々と情報を渡しているようだ。それだけお互いに信頼があるのだろう。

 しかし、タリアの言葉にイリスは首を振った。


「もちろん、最初は何の事だと惚けられたわ。だから、少し強引に、ね?」


「えっ?」


「普段逞しい男の方が、床の中で懇願する姿はゾクゾクしたわ」


「えっ?」


「タリアにも、もう少ししたら教えてあげるわ。女性の嗜みを。夫をあやつ……仲良くするには必須のスキルよ?」


「ええっ!?」


 驚きが理解の範疇を超えてしまい、頭を抱えるタリア。その横のアティは天を仰いている。

 イリスはタリアとアネッサの母であり、ハルバートの妻。その性格は温和で笑顔を絶やさない公爵夫人である。一方でハルバートを陰ながら支えて、彼女自身も貴族婦人の中で高いヒエラルキーを確立している。決して、このような魔性の女のような言動を繰り出す女性ではなかった。ひょっとして、魔族に取り憑かれたのだろうか、などとタリアは大変失礼なことを考えていた。


「イリス様、飛ばしすぎです。もう少し抑えて頂かないと、タリア様が抜け殻になってしまわれます」


「あら、嫌だ。そんなにショックだったかしら? これくらい、社交界の女性同士なら日常茶飯事でしょうに」


 かつて、イリスに仕えていたアティが苦言を申し立てたが、当のイリスは何処吹く風だ。アティの言葉から彼女はイリスの本性を知っていたようだ。そうなると、昔からイリスはこのような性格らしい。もっと早く言って欲しかったと思うが、実際に目の前にしなければ信じられないだろう。今でも正直信じられないのだから。

 自分の母親の豹変ぶりに混乱しているタリアだが、アティからすれば娘のタリアも同じようなものだ。自室ではっちゃけるタリアの様子を、他人に話しても一笑に付すだけだろう。この親にして、この子あり、だ。


「しゃこうかい、こわい……」


 頭を抱えて震えているタリアを満足そうに見たイリスは、それまでの微笑みを消した。


「それでは、タリア。よく聞きなさい」


 雰囲気が変わった母親の姿に、タリアは姿勢を正す。


「あの人からの言葉を伝えます」


「はい」


「書斎の使用を許可するので、疫病に関して過去の記録から調査をして欲しい、と書かれていました」


「……それは他の者にお願いして、私は――」


「まさか直接乗り込むなんて言わないわよね? あなたに期待されていることは知識の抽出。そして、可能なら予知による未来予測。あちらでの救援活動への参加ではないわ。そもそも、貴方があちらに出向いて何になるのかしら? 公爵家の娘が領地を超えて行けば護衛や身の回りの従者が必要となるわ。彼らの命も預かる身として、それは本当に正しいのかしら?」


「……」


「と言っても貴方は直ぐには納得しないことは母である私が一番理解しています。だから、条件を付けます」


「条件、ですか?」


「対策を導き出した時。その内容に私が納得すれば、その時には送り出すことを検討します」


「……分かりました」


 許可するではなく、検討するというのが引っかかるが、タリアは頷くことしかできなかった。イリスの言葉が全面的に正しく、無策にタリアが動けば迷惑にしかならない。最悪、状況が悪化ことも考えられる。それではタリアの助けたい、何とかしたいという想いと真逆の結果になってしまう。それでは本末転倒だ。イリスの言う通りにするしかない。

 それでも――


「それでも最後はアティ達に頼んで少数だけで精霊を使って強行突破しよう、とか思ってそうね?」


「ままま、まさか。そんな事ナイデスヨ?」


 まさに、である。タリアは考えていたことを言い当てられて目に見えて狼狽する。その姿に他の者はタリアの嘘を確信した。そして、タリアは思った。自分は予知夢を見ることができるが、母は他人の心を読むことが出来るのではないか、と。


「まあ、その時はきつ~いオシオキね」


「お、お母様」


「んっ? 何かしら」


「私は良い子なのでキチンと言いつけを守ります」


「そう。良い子ね」


「ですが、もし言いつけを守らなかったら、どのようなオシオキがあったのでしょうか?」


 イリスに笑顔が戻った。タリアは本能的に身を後退させた。


「まずはこの屋敷の庭にある畑を潰します」


「ひぃぃっ!?」


 予想できたことだが、やはり庭に作った畑の存在も知られていた。それはつまり、タリアの生命線は既に握られていると言っても過言ではない。的確にタリアの弱点を突いている。


「次に、領地の村々に用意しつつある予備の畑もなかったことにします。最後に、従者からアティを外します。そして、私が指定する令嬢としてのマナーに厳しい方に付いて貰います」


 朝に収穫を行った屋敷の片隅に作った畑二号。現在収穫まで行えるのは此処のみだが、他の視察で訪れる幾つかの村に並行して予備の畑を作っている最中だ。これがすべて無かったことになる。時に甘えるように、時に泣き落としで各村々の村長を説得してきた努力が無駄になる。考えるだけで恐ろしい。さらに、アティが従者から外れてしまう。これは致命的だ。自室での息抜きが全く出来なくなってしまう。これではいつ休めば良いのか分からない。そんな事になれば、数日で過労で倒れる自信がある。

 タリアはこれ以上精神が削られることを避けるため、部屋を辞すことにした。それに、疫病に関しても調べ始める必要がある。ハルバートの手紙には一刻を争う状態ではないと書いてあったようだが、早ければ早いほど良いのは当然だ。


「で、ではお母様。私はこのまま書斎に向かいます」


「分かったわ。アティ、この子が無茶をしないように見てあげなさい」


「はい、承知いたしました」


 そして、タリアは面々に一礼すると、逃げるようにして部屋を出ていった。





 タリアが部屋を出ていき、十分遠ざかる頃合いを確認し、イリスはホッと胸を撫で下ろした。


「取り敢えずは説得成功ね」


 ハルバートからの手紙。そこには疫病に関する症状と蔓延状況、そしてタリアへの指示を含めたグランドール領の対応が指示されていた。さらに、家族の各人に宛てた彼からのメッセージもある。やれ、人の甘いものを勝手に食べるのは止めてくれとか、婿は本当に娘を愛してくれる者に限るなどなど。支離滅裂に思いの丈を書いているようだ。そして手紙の最後に一言。元気で過ごすように、と書かれている。まるで遺言書だ。いや、実際に遺言書なのだろう。

 イリスはタリアに一つだけ嘘を伝えた。それは、手紙のどこにも『一刻を争うような状態ではない』などとは書かれていないのだ。逆に、手紙には書き損じた箇所が目立つが修正もされていない。それだけ切羽詰まっていることが伺える。だからこそ、イリスはタリアに嘘を伝えた。まだ猶予があるように思えるように。そうでもしないと、タリアが無茶をしてしまうと確信しているから。

 いつボロが出てタリアにバレるかとヒヤヒヤし、気疲れしたイリス。予知夢を見るような娘だからか、時折妙に勘が良いので気をとても張った。そんなイリスに、利かせたメイドが代わりの紅茶を入れた。


「アティはイリス様の意図に気付いていた様子でしたね」


 彼女はアティと共にイリスに仕えていた時期があった。そのためか、話を聞いていた時のアティの様子から読み取ったらしい。他の者に心情を悟られるとは、アティもメイドとしてはまだまだ未熟である。


「そうかもしれないわ。でも、それでもタリアには内密にするでしょう。アティもタリアの性格は分かっているでしょうし」


「はい。ですが、アティも最後の最後にはタリア様に協力するのも事実です」


「でしょうね」


 アティの行動原理は単純だ。タリアの為になるか否か。現在の状況でタリアが無策に動くことには全く益がない。しかし、そのままハルバートが遠くの地で命を落とし、タリアが嘆き悲しむ事になるのを、アティが指を咥えて見ている筈がない。絶対に精霊の力を行使してタリアの願いを叶えるだろう。


「何がアティをそこまで突き動かすのでしょうか?」


「さぁねー。私もあの人が突然私の従者だったアティをタリアに付けると言った時は驚いたけれど。その時はまだ、あそこまで心酔していなかったわね。あくまでも、仕える家の令嬢に付くって感情だけだった筈」


「では、タリア様に付いた後に、アティの中で何かしら心情の変化があったという事ですね」


「そこまでは流石に調べようがないわね。アティが口を割らない限りは」


「ですね。アティ以外の者はどうされますか?」


 同年代の友人がいないタリアだが、協力してくれそうな人間は意外といる。領地内の視察を頻繁に行っている関係で、平民の村々との関係性も意外とある。しかし、今回の問題で力を貸せるような、ある程度の力を持つ者は限られる。


「アティの他に気を付けるのはメリッサ、エメリアの二人ね。メリッサは精霊使いだし、エメリアに関しては本人よりも教会側との繋がりが脅威ね」


 タリアの友好関係ならまだしも、教会の人間であるエメリアの人間関係となると、調べるのは非常に難しい。エメリアがタリアから無謀なお願いをされても、引き受けることのないように前もって言い含めておく必要がある。


「すぐに二人に事情を話すわ。すぐに遣いの者を送ってちょうだい」


「承知いたしました」


 二人のメイドが部屋を後にするのを見送り、イリスはようやく紅茶に口を付けた。

 そして、メリッサとエメリアの二人をどう説得するか考える。だが、何だかんだ言って二人共、タリアに協力するだろう。自分の娘ながら、なぜか周囲の人間を魅了するタリアに、感心しつつも今回はそれが面倒を引き起こしている。親としては喜んで良いのか、悲しんで良いのか微妙な感じだ。

 メリッサとエメリアの二人が部屋に連れてこられるまで、イリスは一時の休憩に身を委ねて目を瞑った。





 一心不乱に書かれている文章に目を通し、ページの最後まで読むと直ぐに次のページをめくった。一体、どれだけの本を読み、ページをめくっただろうか。読み終わった本も、部屋の片隅に積まれて、今にも崩れ落ちそうな塔を形成している。

 ハルバートから閲覧の許可が出た書斎。そこはハルバートの執務室から入ることの出来る部屋で、基本的には当主のみが出入りする空間だ。使用人はもちろん、家族ですら許可なく立ち入ることは許されない。書斎は領主の過去の取引の詳細から、今後の展望に至るまで、各種機密が詰まっている場所なのだ。中には王家との取引などが記述されている危ないものまで置かれており、気軽に閲覧することも躊躇われる。

 しかし、今はそこにタリアが入り込んで手当たり次第に引っ張ってきた本を地面の上に広げて読み込んでいる。机と椅子があるのだが、大人の男性が使用する前提なので、椅子は大きく、机もタリアには高すぎたため使用を諦めた。せめて直に座るのはお止め下さい、とアティが言って敷いたハンカチにちょこんと座っているだけだ。


「タリア様、軽食の用意ができました」


「んー」


 書斎にこもってから既に二日が経過しており、もうすぐ三日目の日が暮れる。食事の時間に呼ばれても、タリアはお腹が空いていないと言って食べていない。食事よりも調べる時間を優先している。そのため、手軽に食べられる食事をアティが持ち込んできたのだ。しかし、アティから声を掛けられたタリアは視線を本から離さない。完全に集中しており、アティからの問い掛けにも無意識に返事しているだけにも見える。現に、いつもならすっ飛んでくる食事を横においても手を出さない。


「これにも載っていないね」


「そうですか」


 タリアから本を手渡され、既読の本の山に追加するアティ。崩れないことを確認して振り返れば、タリアは既に他の本を読み進めていた。

 既にグランドール領で過去に発生した疫病に関する記録は読み終えていた。そもそも、グランドール領では過去において数える程度しか疫病は発生しておらず、その症状も今回のものとは完全に別物で参考にはならなかった。可能ならば国全体、欲を言うなら大陸全体での疫病に関する書物を読みたいのだが、前者は王都にある王城の書物庫にしかなく、簡単には許可はおりないだろう。後者などは記録自体が存在するのかすら怪しい。国が弱まった事実を素直に他国に伝える筈がない。例え、大陸のためと名義を打っても各国が協力するとは思えない。そのため、現在は隣接する領地で発生した疫病に関する過去の記録を漁っている。情報の精度は落ちるが、藁でも掴む気持ちである。


「スコッティ領で十年前……症状は……鼻から出血…違う」


 簡単に糸口が見つかるとは思っていなかった。そもそも、解決策が見つかれば奇跡のようなものだ。それでも、ここまで空振りを続けると精神的にもキツイ。イリスはタリアの予知夢にもある程度の期待をしていたが、それはあくまで疫病が蔓延する箇所の特定位だ。病気である以上、予知で事故のように回避することはできない。


「タリア様」


「んー」


「少し眠られたほうが良いかと」


「んー、もうちょっとで区切りがつくから、そうしたらね」


 このやり取りも何回目だろうか。区切りとは何処のことを言っているのか。解決の糸口が見つかったら? この書庫にある本を読み尽くしたら? そんなもの、数日で終わるはずがない。そう言ってしまいたいアティだが、黙って自分の担当の本を読み進め始めた。

 本を読み、閉じる。次の本を手に取り、読む。そしてまた閉じる。永遠に思える作業の中、突然タリアが声を上げた。


「こ、これはっ!?」


 久々に聞いたタリアの感情的な声。アティが何事かと近寄る。


「どうされましたか、タリア様?」


「……」


 アティの問い掛けにタリアは反応しない。手にしている本を凝視している。疑問に思ったアティはその本の表紙を覗き込んだ。


「『王家における基本的な礼儀作法について』ですか」


 本のタイトルからは疫病には関係なさそうだ。しかし、タリアは夢中で読んでいる。ひょっとして、疫病には関係ないが、タリアには興味深い内容なのだろうか、と覗き込む。

 アティは思わず吹き出しそうになり、そして慌ててタリアの手から本を奪い取った。


「あっ、アティいつの間に!」


「これは没収です」


「返してっ! それは貴族の娘として読んでおく必要がある重要参考書なの!」


「駄目です。これは、その……タリア様にはまだ早いです」


「房中本でしょ、知ってるよ!」


「余計に駄目です!!!」


 耳を赤くして声を張るアティ。その手には『王家における基本的な礼儀作法について』なるタイトルの本。しかし、タリアが読んでいたページには挿絵があり、それが何故か成人未満閲覧禁止的な図柄だった。要は、成人本である。表紙のタイトルと図案は真面目なものなのに、中身は全く異なる。明らかに偽装工作である。

 この部屋に存在する書籍はハルバートの一存で置かれているものばかりだ。つまりは、この本も彼の意思で此処に置かれていることになる。遠い地で奮闘している父親の権威が、今ココで娘の手で叩き落されている。ハルバートも男だ。そのような品を所持していたとしてもアティは驚かない。いや、少し驚いてはいる。なんせ、イリスにバレた時を想像すると、当事者ではないアティも身の危険を感じる。


「兎に角、これは元の場所に―」


「かえせ~」


 タリアの手が届かぬ高い場所へと本を持ち上げていたアティに、タリアが飛びかかった。こんなことをしている場合ではないのだが、今のタリアは正直疲れ過ぎてテンションが壊れていた。

 そして、タリアの小さな手が偶然。アティの脇腹へと向かい、掴んだ。


「きゃんっ!?」


 脇を締めて座り込むアティ。思わぬ従者の反応に二重の意味でニヤリと黒く笑うタリア。隙を逃さずに本を奪い返した。


「なるほどなるほど、アティの弱点はそこか~」


「くっ、卑劣な真似を」


「弱点については後で楽しむとして、今はこれを~」


 パラパラとめくるタリア。


「おっ、これが本当のタイトルか~。なになに、『王とメイドのいけない関係』か。王と…メイド?」


 ハイだったテンションが急激に下る。なんとなく嫌な予感がしてタリアは本の末尾を開いた。


「著書はイザーク・ブラッドフォード。あと、直筆のメッセージが…『我が著書を偉大なるイーセット王に捧ぐ』…そんな馬鹿なっ!?」


 イザーク・ブラッドフォードはイーセット王国で知らぬ者はいないとされる著名な作家で、出す本は常に品切れとなるような人物である。現在では彼に本の執筆を依頼するのは非常に困難で、有名貴族による彼への自伝執筆依頼が数年待ちという噂だ。

 そんな有名人が書いた本のタイトルと、メッセージから導き出される推測。


「アティ、アティ。これってさ、お父様じゃなくて…国王への…贈り物?」


「はい、恐らくは」


 タリアの後ろから同じくソレに気付いたアティが静かに肯定した。なぜ、そんな本がこんな場所にあるのか。そもそも、国のトップがこんなんで大丈夫なのか。色々と不安がよぎる。


「王様と王妃様って、仲は……」


「良好と伺っております。だからこそ、ここに秘蔵されていると思われます」


「?」


「ガルゼ王とその妃であるアリア様は非常に良好な夫婦関係です。息子が四人に娘が三人おりますが、分け隔てなく愛されていると聞きます。そして、王はハルバート様と昔から仲が宜しいそうです」


「ふむふむ」


「そして、それは妻であるイリス様とアリア様も同様のようです」


「つまり、お母様とアリア様も仲が良い、と?」


「それもありますが、イリス様同様に……怒ると怖いとハルバート様が過去に仰っていました。そこから推測するに――」


 王の側でこの本がバレそうになり、親友であるハルバートに隠し持ってもらっている。そう予測ができる。当然、王家からの贈り物扱いなので、厳重に梱包され、警備も付いて輸送されたのだろう。きっと、屋敷で受け取る時には儀式のように厳格な雰囲気で受け渡しが行われたに違いない。だたのエロ本にである。


「ふー、この国って大丈夫なのかな?」


「駄目かもしれませんね」


 こうしてハイテンションなタリアは落ち着きを取り戻し、冷静にアティの言う通りに休憩を入れる事となった。





 お腹を満たし、少しの間仮眠を取った。時間にして数時間だろうが、それでもかなり疲れが取れた気がする。

 思い返してみると、先程の発見が夢での出来事に思えるが、例のブツは厳重に元の場所へと戻されている。今回の出来事が落ち着いた暁には、ブツを父の机の上にさり気なく置くのも面白いかもしれない、と鬼畜なことを考えているタリア。やはり、まだ妙なテンションは若干残っているようだ。

 タリアに付きっきりでいたアティも、やはり疲れていたようで、見るとタリアの横で眠っている。その片手はタリアの肩に置かれており、まるで守っているかのようにも見える。

 アティを起こさないように静かに手を外し、起き上がる。小さな窓から外を覗くと既に日は暮れて漆黒の夜となっている。遠くに見える門には篝火が焚かれており、時折見回りの人間が歩いている姿が見えた。

 睡眠欲が満たされたためか、寝る前に満たしたはずの食欲が蘇り、タリアのお腹が鳴った。テーブルにはアティが用意した食事がまだ残っている。冷たくなっているだろうが、屋敷の料理人が丹精込めて作ったのだ。冷めても非常に美味しいだろう。のそのそとテーブルに近づき、適当に掴む。食べやすいように小分けにされたサンドイッチで、タリアが食べることを想定して普通よりも小さく切られている。食べると、シャキシャキとしたレタスと、少し辛めの卵が相まって非常に美味だった。


「んっ?」


 ふと、月光に照らされた一冊の本に目がついた。乱雑に並べられた本とは隔離され、それだけがキレイにテーブルの上に置かれており、少し違和感を覚えた。装丁は真っ黒でタイトルすらも書かれていない。これでは何の本だか分からない。しかし、タリアはその本を手に取った。非常に分厚く、手にずっしりと重みを感じる。少しだけ冷たい本に掌の熱が吸い取られるような気がした。

 何気なしにそのまま本を開く。


「真っ白。落丁かな?」


 パラパラとめくるが、どのページも真っ白だ。タリアは何故このような本が置いてあるのか不思議に思いながらも、興味を失って本を閉じた。すると同時に、体から力が抜ける。


(あれっ?)


 ストン、と膝から崩れ落ちて冷たい地面へと倒れ込む。打ち所が良かったのか、痛みはない。ただ、非常に眠い。抵抗出来ない程の眠気に、タリアは静かにその瞳を閉じた。





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