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令嬢は怠惰を望む  作者: ゆうや
第二章
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第十四話 令嬢、夢について相談する

 内モードのタリアは基本的には大雑把だ。

 身の回りを整えるアティがいるためか、飲みかけのコップは放置し、食べかけのお菓子も当然のように置いてある。読んだ本は片付けずにベットの上に置いてしまうので、休日にアティが少しでも目を離すと、タリアの自室は悲惨な光景と化す。外モードの場合は真逆で、アティですら気付かないような細かい部分にまで気を回す完璧令嬢である。両極端なので、平均すれば普通の人なのだが、それは太陽の回転を逆にする程無理な相談である。

 しかし、そんな内モードタリアだが、畑の世話には余念がない。土の品質から水やりの頻度、各植物の成長具合から害虫対策。更にはより良い成長を促すための研究にも尽力している。


「ふむふむ、リチャードも問題なし、と」


 リチャード(トマト)の葉を手に取り、変色していないことを確認し終えたタリア。トマトは比較的手軽に生育できるが乾燥や多湿に弱く、日当たりや水やりにも注意が必要だ。他の野菜にも栽培には個々の注意が必要で、細かな気付きが必要となる。タリアは食後の散歩と称して頻繁に畑に足を運び、隙のない管理体制を敷いていた。


「大きさも良いし、表面のツヤも良い。この子は収穫ね」


「はい」


 トマトの一つをもぎ取る。そしてアティが持つ籠に入れようと手を伸ばした。が、途中で動きが止まった。


「タリア様?」


「……」


 手の中にある、とても美味しそうなトマト。朝食を終えたばかりだが、お腹の虫が鳴った。かじった時の果肉の味わいを想像して口内に唾液が溜まる。


「ちょっと一口だけ」


 一口で終わるはずがないが、自分に言い訳をして口元にトマトを持ってくる。これは生産者として成果物の確認という重要なタスクであり、決して食い意地が張っているわけではないのだ、と。

 小さな口を精一杯開けて本能のままにかぶり付こうとして、


「てい」


「むぎゅっ!?」


 アティに両頬を押し潰された。タコ口で喋ることができず、視線だけで抗議する。しかし、そんな視線を受けても何処吹く風の従者。逆にグリグリと頬を押し込んでくる。絶妙な痛みがタリアを襲う。


「むごーむごー」


「あれ程、そのまま食べないで下さいとお願いしましたのに、タリア様は今何をされようとしたのでしょうか?」


「むごー」


「ひょっとして、そのまま美味しく頂こうとされたのでしょうか? ん? どうなのでしょうか? んん?」


「むご…」


 顔が固定されているので視線だけ逸らす。確かに、洗わずに食べるのは衛生上問題がある。アティからのお願いも、以前収穫に夢中になっていたタリアに投げ掛けられて、適当にうん、うんと返事をしていたような気がする。

 タリアは諦めたように大人しくなり、やがてふんふん、と首を縦に振った。すると、ようやくアティの手が離れた。


「ぐおー、ほっぺたが凹んでるよぉ」


「自業自得です」


 アティは呆れたように言い、タリアの手の中にあるトマトを掴む。いつまでも主の手の中に獲物があると、いつまた暴走するか分からない。誘惑される対象はなるべくタリアの身から離す心がけだ。

 しかし、なぜかタリアの手から離れない。見るとタリアの小さな手にトマトが潰れない程度に力が入っており、トマトを離すまいとしている。この食いしん坊令嬢は未だ諦めていないらしい。


「タリア様、見苦しいですよ。大人しくソレを引き渡しなさい」


「ジョン!? ジョンは渡さん~」


 ここに主従のどうでも良い争いがコングを慣らす。

 圧倒的に力が強いのはアティだが、タリアも善戦する。なぜなら、下手に力を入れるとジョン(トマト)が犠牲になるからだ。そうなれば手が汚れるだけでなく、生産者のタリアが悲痛な叫びを上げることが予想される。タリアは食に関することで一度落ち込むと、なかなか復活しない。そのため、出来ることならば悲劇は回避したい。ちなみに、他の事で落ち込んでも五秒で回復する。

 さて、どうしたものかとアティが悩んでいると。


「誰かそこにいるのか?」


 第三者の声が聞こえてきた。低い声から男と思われる。

 途端に手を離すタリア。さらには『アティ、それも籠に入れておいて下さいね? でも、重くないですか?』などと一言付け加えてきた。これでは傍から見たら、令嬢が畑で自ら汚れるのを省みることなく収穫し、それを控えている従者に手渡した光景にしかならないだろう。しかも、その従者にも気を使っている優しさ付きだ。驚きの速さの変わり身である。

 そして、今まさに気付きましたと言わんばかりに、声が聞こえてきた方を向いた。


「あら、トーマス…でしたね? どうかされたのですか?」


 小首を傾げて問いかけるタリア。一方の乱入者の男は二十代前半で庭師の格好をしている。見覚えのある顔で瞬時に名前も出てきた。恐らく、偶然付近を通りかかったのだろう。伺うようにして覗き込んできた表情が、タリアとアティの姿を見た瞬間、驚きに塗りつぶされた。まさか、こんな人気のない場所に屋敷の令嬢がいるなんて夢にも思わなかっただろう。


「お、お、お嬢様っ!? なんでこんな所に!? てか、畑!? じゃなくて、お早うございます。おれ…私の名を覚えて下さっていたなんて、凄く嬉しいです」


「はい、おはようございます。屋敷で働いている方々ですから。なるべく覚えようと努力しているのです」


 嘘だった。タリアが彼を知っている理由。それは以前、トーマスが派手に転んで腰を痛めた現場をタリアがコッソリと見ていたからだ。しかし、それは後にアティの口から、実は意中のメイドの気を引くために彼がワザと転んだと判明している。タリアの中では彼はちょっと面白い人リストに明記されているのだ。


「確か腰を痛めてましたよね? その後、経過は如何ですか?」


「そんなことまでご存知でしたか。恥ずかしながら、なんとか普通に動けるまでに回復いたしました」


「それは良かった。無理をせずにお仕事頑張ってくださいね」


 九割ほど本心から心配するタリアの言葉。残りの一割は『楽しい収穫中だから、他行って仕事してね』だ。しかし、彼の足は動かない。視線がタリアの背後にある畑に釘付けになっている。ひょっとしたら、彼は畑の存在を知らされていないのかもしれない。ハルバートの許可を得ているので庭師の頭にも連絡は行っている筈だが、それでも一部の人間で情報が留められている可能性はある。末端の人間が迂闊に外部で口を滑らせることを考えれば当然だ。グランドール家の令嬢は屋敷の庭で畑を作っている、などと聞かされても普通は信じないが。

 つまり、トーマスからしたら屋敷の一角で突然畑を発見し、そこに令嬢が居た。そんな状況なら普通は誰でも疑問に思う。


「…」


「…」


 会話が途絶える。沈黙が痛い。どうしたものかと思っていると先にトーマスが口火を切った。


「見事な畑ですね。これはお嬢様が管理されているのでしょうか?」


「私は収穫をほんのちょっと手伝うだけです。主な管理はアティが行っております」


 ここでアティに農業女子の称号が付与された。本人は寝耳に水だが、否定して真実を語るわけにはいかない。泣く泣く称号を受け入れた。


「そうでしたか。いや、しかし本当にキチンと管理されてますね」


「そ、そうですか? えへへ」


「?」


 褒められ、思わず表情が崩れるタリア。トーマスはそれを自分の従者が褒められて嬉しいのだろう、と勝手に解釈して飲み込んだ。


「私の実家は街で花屋を営んでいまして、幼い頃から手伝いをしていたので植物を育てる大変さは分かります」


「ご実家の影響で庭師になられたのですか?」


「ええ、修行も兼ねて庭師をしています。最初は実家を継ぐためだったのですが、段々と庭師も性分にあっていると思い始めまして。そもそも、最初はこちらで働けるなんて夢にも思っていませんでした。働けると知った時の家族の顔なんて今でも思い出すと笑えますよ」


「なるほど」


 トーマスの言葉にタリアが少し考える。実家が花屋で手伝いもしたことがある。更に庭師。植物に関する情報は自分やアティよりも多く持っていると思われる。今朝の夢についてハルバートやエメリア、メリッサなどに聞くと心配されるかもしれないが、彼にならば聞いても問題なさそうだ。


「実は、少々お聞きしたいのですが」


 そして夢の話をする。アティが一瞬驚いたが、すぐに意図を理解したようだ。

 誰もいない草原、一面に広がる花々。そして感じる悲しい感情。夢だが、それでも印象に残ったので気になったと告げる。最初はタリアに頼られることに驚きと興味本位で聞いていたトーマスだが、だんだんと表情が真剣になり、タリアが話終わる頃には真剣そのものだ。


「お嬢様はそこに行かれた事はないのですか?」


「私の覚えている限りではありません」


「そうですか…」


 顎に手を当てて考えるトーマス。タリアを考えている様子は、話すか話すまいか考えているように見える。それはつまり、彼が夢の場所に心当たりがある事になる。思わぬ場所で情報を引き当てた。


「結論から言いますと、合っているかは分かりませんが、一箇所だけ心当たりがあります」


「何処でしょうか?」


「……クロノス平原です」


「クロノス平原…アティは知っていますか?」


「いいえ、私も初耳です」


 タリアが初めて聞いた平原の名前。アティも知らなかったようだ。


「一般には殆ど知られていないと思われます。花を卸す店の者の間で呼ばれる平原の総称ですので」


「そこが夢の場所と条件が一致するのですね?」


「はい」


「そこには何があるのですか?」


「何もありません。花が一面に一年中咲いているだけです。人も立ち寄らない場所にあるので、本当に花が咲いている平原なのです」


 聞いた感じ、本当に特徴のない場所のようだ。ますます予知夢で見た理由が分からなくなっていく。一応は公爵令嬢のタリアは外出の予定は厳密に決められている。意味もなく何もない平原に行くことなど考えられない。こうなるとむしろ、実は予知夢ではなく只の夢だった可能性も出てくる。


「トーマスはそこに行ったことがあるのですか?」


「いえ、幸いにも未だありません。いずれ、父から代替わりした時には定期的に行くことになると思いますが」


「…幸い?」


 どうも、トーマスは言いにくいことを腹に抱えているようだ。しかし、今はそれを聞き出す必要がある。トーマスをしばらく黙って見続ける。彼はプレッシャーを感じたのか、居心地悪そうにした後、ようやくその重い口を開いた。


「クロノス平原に咲く花は死者への手向けに用いられる葬花なのです」


「…えっ?」


 絶句するタリア。アティの息を飲む音が聞こえた。


「普通は葬儀の際に用いる葬花は花屋から直接買います。ですが、花屋の人間は原生地から調達するために、クロノス平原は必ず知っているのです。あそこは葬花のみが年間を通して咲いている場所なので、縁起が良いとは言えません。なので、必要になったら最低限の人数で採取して、直ぐに戻る場所なのです」


「…」


 言葉が出ないタリア。もしも夢の場所が本当にクロノス平原だった場合。なぜそのような場所で自分は涙を流し、あれ程悲しい気持ちになったのだろうか。考えたくはない。しかし、考えられる推測は只一つだ。

 顔色が悪くなるタリア。我慢するようにキツく結ばれた口元は震えている。


「しかし、そのような場所に個人で行くことなどあるのですか?」


 言葉を失ったタリアの代わりに、アティが聞いた。


「普通は花屋から買います。しかし、平原の事を知っている者の中には直接摘みに行き、故人を偲ぶ方もいらっしゃいます」


「そうですか」


 アティはタリアを気遣うように見た。小さなその背中は少しだけ震えていた。


「ひょっとしたら、タリア様が過去に読まれた書籍に書かれていたのかもしれませんね」


 自分で言った言葉に、アティは全く信を置けなかった。しかし、タリアの様子がおかしいことにトーマスも気付いており、アティの言葉を肯定した。


「そうですね。それに、お嬢様が見られた夢が本当にクロノス平原なのかも分かりませんし。そもそも、夢でしたら現実にない場所も出てくるのではないでしょうか? あまり心配する事ないですよ」


「…そう…ですね」


 ようやくタリアの口から出てきた言葉はそれだけだった。

 その後、少しだけアティとトーマスが言葉を交わし、彼は仕事に戻ることになった。タリアもそろそろ午前中の予定のために準備が必要だ。最後に夢について相談したことを内緒にするよう頼み、屋敷へと足を進めた。

 いつもなら収穫の後はご機嫌で眩しい笑顔を振りまくタリアが、この日は目に見えて沈んでいる姿に庭師の幾人かは首を捻ったが、取り繕う余裕など今のタリアにはなかった。





 部屋に入りドアが閉まる。その途端、タリアはアティに抱きついた。


「アティ、どうしようっ!? 私、どうしたら良いの!?」


「落ち着いて下さいタリア様」


「でも、だって、このままじゃ私の大切な人が…きっと…きっと」


「そうと決まったわけではありません。タリア様、タリア様っ!!!」


「っ!?」


 普段どれ程忙しくても冷静沈着なアティ。魔族との戦闘という理不尽な状況下でも己を見失わない彼女が声を荒げた。驚き、散乱としていたタリアの意識がアティだけに向く。アティはそのタイミングを逃さず畳み掛けた。


「本当に予知夢でしたか? 本当にクロノス平原でしたか? 本当に誰かが亡くなるのですか? その光景をタリア様は見たのですか?」


 アティが言う通りだ。現状はまだソレらしき情報が集まっているだけ。確信はない。状況から勝手に誰かが命を落とすと思い込んでいるだけだ。実際にその光景をタリアが予知したわけではない。


「何よりも」


 少しだけ冷静さを取り戻したタリアが、いつの間にか濡れた目でアティを見上げる。


「タリア様は今まで何度も予知を回避してきました。今度も何故それが出来ないと思われるのですか? 思い込むのですか?」


 告げるアティの瞳は真っすぐで淀みがない。口だけで慰めているわけではない。本心から、心の底からの言葉だ。


「先日のクリスが馬車に轢かれて命を落とすのを回避しました。盗賊に襲われる村人の命を救いました。洪水で全滅する村の運命を変えました。そんなタリア様が、どうして今回は予知を変えられないと?」


「でも、それは全部お父様のおかげだったり、ぎりぎりタイミングが間に合っただけで…私はただ話をしただけで」


「では今回も話をしましょう。そして出来る限りの備えをするのです。私も当然協力致します。それに、きっとエメリア様やメリッサ様も同様です。タリア様の予知、私とメリッサ様の精霊、エメリア様の聖女の力。これだけの戦力は冒険者の一流メンバーに匹敵します」


「そうなの?」


 タリアは冒険者について話でしか聞いたことがない。街にある冒険者ギルドも馬車で前を通り過ぎたことがある位だ。そのため、通常の冒険者のパーティー戦力がどの程度なのか分かっていなかった。アティは一流メンバーと称したが、戦力だけで見ればそれ以上だ。予知などという未来が分かる反則技に、メンバーに一人でもいれば周囲から切望の眼差しとパーディーへの参加希望者が殺到するような精霊使い。さらには絶対的な守りを誇る聖女。連携などには不安はあるが、それを補って余る程の能力が揃っている。


「そして、情報はハルバート様経由で公爵家の繋がりを利用しましょう。出来る限り異変を事前に察知するのです」


「…できるかな?」


「やるのです。少なくとも、部屋で泣いているだけよりも余程建設的です」


 少し前まで狼狽え、涙していたタリアを皮肉ったような台詞。しかし、タリアは苦笑しながら溜まっていた涙をゴシゴシと袖で拭いた。

 そうだ、泣いている場合ではない。自分は周りに頼ることしかできない。ならば、周囲が困るくらい頼り切って状況を乗り越えてやる。貴族令嬢はワガママなのだ。それに、これはチャンスでもあるのだ。何も知らずに事が起こってしまえば取り返しが付かなかった。それが事前に察知できたのだ。悲観したが、救えるかもしれない機会を得たのだ。これをみすみす見逃したら一生後悔する。


「うん、やろうアティ。私、頑張るよ。だから協力してね!」


「仰せのままに。タリア様」


 恭しく頭を垂れるアティ。タリアは気合を入れて拳を天に突き上げた。


「頑張るぞ! おー」


「…」


「おー」


「……………おー」


 恥ずかしそうに小さい声で、小さく拳を上げるアティ。それでもタリアは満足そうにうん、うんと頷いた。

 ようやく部屋の空気が明るくなった。普段、この部屋は常に賑やかなので、暗い雰囲気は似合わないとアティは思っている。タリアも暗い表情で俯くよりも、明るく前向きに進んでいる方が似合っている。

 さて、どこから協力を求めていこうかと詳細を詰めていく二人。お互いに提案し、修正していく。タリアの予知夢に関しては伏せる必要があるので、どうしても人選は限られる。話せない人には情報をボカしてお願いする事となる。また、下手に話が大きくなり、グランドール家が情報を収集していると公になれば、別の問題も出てくるので、手の広げ過ぎにも注意が必要だ。

 そうしてしばらくすると、部屋の外からバタバタと足音が近づいてきた。一旦話を止める。

 アティが外の様子を伺うべく扉を開けた。すると、今まさに扉のドアノブに手を掛けようとしていたメイドが一人、部屋の中に転がり込んできた。豪快に飛び、滑り込んだメイドは擦れた額をさすりながら起き上がり、キョロキョロと見回した。


「タリアお嬢様!」


 タリアの姿を見つけて涙目で叫ぶメイド。年若く、まだ幼い面立ちをしているので、恐らくそれ程メイド歴は長くないと思われる。経験豊富なメイドならば余程の事が起こっても、主の部屋をノックなしで開けようとはしないだろう。タリア付きのメイドで立場が上であるアティの表情が怖いことになっているが、彼女は幸運にも気付いていない。


「どうしたのですか?」


 タリアが優しく聞く。メイドは荒い呼吸を落ち着かせ、そして言った。


「大変です! 隣領で疫病が発生したと知らせが来ました!」


 隣領。父、ハルバートが出向している場所。

 タリアの脳裏に優しい父の姿が思い浮かんで、そして消えていった。





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