第十二話 令嬢のエピローグ
結局のところ、レナの目的はなんだったのだろうか。
タリアは王都にあるグランドール家の別宅の一室で寝ながら考える。最近は落ち着いて寝ることが出来なかった上に体調も万全ではなかったので、好機とばかりに寝溜めを続けている。ここでは既に三日が経っている。ハルバートの許可がある以上、好きなだけゴロゴロしてもアティから小言を言われない。食事も好きな時間に食べることができる。最高の一時である。
しかし、流石にタリアも飽きてきた。美味しいものや楽しいことは、たまに食べたり出来るからありがたみがあるのだ。それが常時化してしまえば、それは通常となり、飽きが来る。
そこで、タリアは父や他の者に丸投げしていた今回の件を振り返ることにした。
「アティ、喉乾いたよー」
「オレンジジュースでございます。飲みすぎると太ります」
今思えば、最初の異変は孤児のクリスがタリアの乗る馬車に飛び出したことだ。恐らく、あの時点でレナがクリスの意識を操っていたと思われる。もし、タリアが予知夢で回避していなければ、グランドール家は終わっていた可能性があった。
次に、タリアが村で栽培していた農園が荒らされたことだ。万死に値する罪である。恐らく、これはアティの言葉からレオンの仕業だと思われる。攫った街の孤児達を一時的に生かすための食料にしたと思われる。遺跡にはその残骸もあったと父が言っていた。メリッサ曰く、魔術に用いる生贄には天候や時間、日付、太陽の位置、月の位置などが重要となるらしい。絶好のタイミングまで最低限生かすために目立たないタリアの畑を選んだのだろう。
「アティ、お腹すいたー」
「チョコレートが付いたクッキーでございます。食べ過ぎるとぽっちゃりと肉が付きます」
レオンとレナは、元冒険者の夫婦で村に少し前から住むようになったと聞いている。後に、レナが操って夫婦として偽装していたことが分かっている。レオンは国や貴族に復讐心を抱いていたが、理由は分からない。彼が命を落としているので、知る術はない。彼はスタブと組んで魔族の召喚を企んでいた。王族や貴族を一掃するためとか言っていたが、本心なのかレナに植え付けられたのか不明だ。彼は最後に魔族召喚のキーとなり、四散した。
レオンに力を貸していた貴族であるスタブは、タリアが狙いだった。魔族騒動で混乱したグランドール家を乗っ取り、その地位を高めようとしていたようだ。タリア達が解決済みと知らずに、ノコノコとグランドール家に訪問した際に拘束された。しかし、その後の王都への移送の際に、レナに間接的に惨殺された。レオンとスタブが死んだことで、どのようにして魔族召喚の方法を入手したのか未だ不明である。
そして、レナ。今回の事態を引き起こした張本人。ハーメルンという悪霊を従え、他者の人心掌握が行えるらしい。クリス、村の大人や子供、街の孤児。そして、レオンなど様々な人間を操っていたと思われる。タリア達一行が操られなかったのは、精霊を宿していたり、魔力量が多かったりしたのが原因らしい。
悪霊と言えど、その力には限界があり、一度に操れる人間の数や範囲に限界があるようだとは、後のメリッサの調査で判明した。また、隣国アストールの間者の可能性がある。ハルバート曰く、国王から直接隣国に問い合わせると言っていた。しかし、たとえ事実でも認めるはずがない。一応、こちらがある程度状況を把握していると牽制出来るくらいだ。
そして、レナに関してタリアが最も頭を悩ませるのは、彼女がタリアに興味を持っている様子だったことだ。平穏に食事や睡眠を所望する令嬢にとって、それは御免こうむりたい事である。
「アティ、頭なでてー」
「仕方ありませんね」
レナに操られ、仲間同士の戦闘を強いられた護衛たちは全員命を落とすことはなかった。しかし、何人かは冒険者としての復帰は難しい程の怪我を受けており、引退を決意したようだ。幸い、ハルバートが次の働き口として屋敷の見回り護衛兼庭師として雇ったり、他にも色々と口利きをしているようだ。屋敷の庭を巨体マッチョな男が、麦わら帽子を被り箒片手に闊歩する姿を思い浮かべ、思わず笑ってしまった。
アティに優しく撫でられ、また眠気が襲ってきた。段々と目を開けているのが辛くなって来た時。タイミング悪く部屋のドアが叩かれた。
「少々お待ち下さい」
アティがドアに近づく。最近、タリアが危険な目にあった為か、アティはいつもより警戒心が強い。右手に果物ナイフを持ち、後ろ手にして隠す。空いている手で扉を開くと、そこにはハルバートの姿。アティは両手を前に揃え、優雅な一礼で当主を迎え入れた。
「おかえりなさいませ、ハルバート様」
当然、右手にはナイフを持った状態だ。ハルバートは驚き、少し引いていたが、娘を守るためだと割り切って見なかったことにした。
「あ、ああ。今帰ったよ。おはよう、タリア。調子はどうだい?」
「元気いっぱいです!」
「それは良かった」
「でも、そろそろ飽きてきました。家に帰りたいです」
不満そうなタリア。
「その件だが、ようやく王から帰還の許しが得られた。いつでも屋敷に帰れるよ」
「本当ですが、お父様!」
「もちろん、本当だとも」
「わーい!」
万歳して喜びを表現するタリア。自分の意思で引きこもっていた一面もあるが、状況が彼女をこの場に押し留めていた面もある。王都という村や街とは比較にならない人口の場所で、タリアがトラブルに巻き込まれない保証はない。万が一、レナが人混みに紛れ込んで良からぬことを仕掛けてきたら目も当てられない。共にいた他の面々は所要で――エメリアは教会の祖父に会いに。メリッサは珍しい王都の魔法図書の発掘に行った。
タリアが外に出る事はなかったので、アティにも余暇を与えたのだが、頑なにそれを固辞し、結局最後までタリアと共にいた。タリアとしては気の許せる数少ない人間のアティが側にいてくれることは、肩肘張らなくて良いので非常に嬉しかった。
「イリスも今は帰宅の準備をしている。タリアの他の護衛二人は既に準備を終え、出発待ちだ」
「では、私も準備致します」
ベットから飛び降り、気合を入れるタリア。次に今来ている服の端を掴んだが、ふと、ハルバートがまだ部屋にいることに気付いた。
「お父様、淑女の着替えには殿方は退出がマナーですよ!」
「はいはい、失礼しましたレディ。では、な」
先ほどまで甘え続けいていた少女がいう生意気な台詞に、ハルバートは笑って退出した。
◆
「あなた、王との話し合いは如何でしたか?」
タリアの部屋を出て、自室に戻ろうとしたハルバートが呼び止められた。振り返ると、タリアをそのまま美しく成長させたような女性。タリアとアネッサの母親であり、ハルバートの大切な妻のイリスが佇んでいた。
「ああ、イリス。何も問題なく解決だ。元冒険者の一人が悪徳貴族と組んで国家転覆を企んだ。それをたまたま、我がグランドール家の者が未然に阻止したと公式には発表される。魔族を召喚しようとしていた事、レナという隣国に関係していそうな者の存在は上の一部だけで共有するそうだ」
グランドール家に隣接するスタブの領地は一旦王家が接収し、再度別の貴族を派遣することが決まっている。当然、今まで領民はまともな扱いを受けてきたとは考えられない。王が納得した、優秀な貴族またはそれに準ずる立場の人間が派遣される。その派遣も今日明日の話ではない。それまで従事していた場所から移動するのだ。慎重な人選と抜けた後の影響も考慮が必要になる。しかし、領民の生活は今も止まること無く動き続けている。悠長なことを言っている場合ではないのだ。もしも、元スタブ領で一度でも暴動が発生すれば、連鎖的に他の領地にも広がり、最悪国の根幹が揺らぐことにもなり得る。国としては余計な火種は放置しておきたくない。
「あと、しばらく隣の旧ヴックヴェルフェン領の面倒をみるように国王直々にお願いされたよ」
問題を解決したための褒美と称して、当主が空席のスタブ領を一時的に運用するよう命令されたハルバート。引き継ぐまでの間とはいえ、幾つかの利点も認めてもらえたが、現在のグランドール領のみで十分に回すことができている以上、正直仕事が増えるだけで手間だった。しかし、国王からのお願いを断れるはずがなかった。
「まぁ。これまで以上に忙しくなりますね」
「まったくだ。しかし、代わりにこちらにも利のある提案を受け入れてもらったよ」
「あらあら」
国王相手に交換条件を突きつける大胆な夫に、妻のイリスは嬉しそうに微笑んだ。
「それと、王が直々にタリアに礼と褒美を取らせると仰っていたが、体調を理由に辞退させて頂いた。褒美もさることながら、噂のご令嬢の姿をひと目見たかったそうだ」
「王からのご提案を断ってしまい、大丈夫でしょうか?」
「問題ないだろう。体調不良は本当だし、タリアはまだ未成年。それに、今回の一連が歴史書に残る大惨事となり、そこに王の名が残る不名誉なことになる可能性もあったことを貸しとして認識されていた。まぁ、もちろん今後も未成年のうちは公の場にタリアが出ることは私が防ぐがな!」
「あらあら」
これでは、タリアが成人して社交デビューした時が大変そうだ。タリアを狙う男性陣も当然だが、将来タリアと道を共にする相手は最も苦労しそうだ。イリスは自分の父親とハルバートが、拳と剣と魔法で語り合った事を思い出しながら、どうしようもなく娘に甘い夫を微笑ましく見つめていた。
◆
一行が王都を発って、帰りは何事もなく無事にグランドール領の屋敷に辿り着くことができた。タリア、アティ、エメリア、メリッサの可愛いかつ綺麗どころが集団でまとまっているので、休憩の度に護衛達が視線をチラチラと送ってきたが、ハルバートの凶悪な視線で黙殺されていた。
街に付くと、エメリアは一旦教会兼孤児院に顔を出すと言って別れた。メリッサも正式にタリアの側に付くので、街の宿にある私物を取りに向かった。ハルバートから、今回の事件で命を落とした者への追悼として、夜にささやかな食事会が行われると伝えられているので、二人共後で屋敷にて合流することになっている。久しぶりにタリアとアティの二人での行動である。
屋敷のタリアの部屋は留守にしていたのは数日だが、それ以上に懐かしく感じられた。屋敷が無人になることはなく、毎日メイドが部屋を掃除していたので、埃が溜まっていることもない。アティが部屋のドアを閉めたことを確認すると、タリアはベットへとダイブした。ポヨン、ポヨンと跳ねて転がるタリア。部屋ではいつも通りの彼女である。
「そういえば、さ」
「はい」
「アティって精霊使いだったんだね」
「……はい」
「どうして、私の従者なんてやってるの? メリッサ様みたいに、一人でも十分やっていけるでしょう?」
タリアの従者だと、常にタリアの身の回りを世話する必要がある。他の令嬢と比べれば食事や睡眠以外はワガママを言わず、アティの言葉も聞き入れてくれるタリアだが、それでも貴族として大小様々な問題に当たり、アティも少なくない負担を強いられている。今後、タリアが成人すればその割合は確実に増えると思われる。
精霊使いとしてメリッサのように独立していれば、冒険者でも引く手数多だし、ギルドや国に属すれば一生安泰である。街を移っても、食いっぱぐれすることはない。時間や仕事を好きなように、好きなだけ選ぶことができる。
タリアだったら、絶対に迷うこと無く後者を選ぶ。
「それはもちろん、私はタリア様のメイドですから。私が他の職に付くのは、タリア様からお暇を与えられた場合のみです」
どうやら、アティは詳細を語る気はないようだ。
「じゃあ、絶対に他の職に付けないね」
「そうですか」
口調はクールだがアティの口元は僅かに上がり、嬉しいのを我慢しているようだった。
それから、タリアはアティの精霊であるスノトラと対面し、正式に挨拶を交わした。体は大きいが、基本的に猫の性質を持っているようで、タリアが顎の下を撫でると喉からゴロゴロと音がした。タリアの中にいるスノトラの分身であるスーさんも呼び出すと、まるで子が親に甘えるようにしてスノトラに擦り寄っていた。単に魔力補給なのだが。ちなみに、アティにスーさんと名付けた事を話すと、なんて安直なのでしょう、とお褒めの言葉を頂いた。
そうして、しばらく雑談していると食事の用意ができたと呼び出された。スーさんとスノトラを、それぞれタリアとアティの中に戻し食事に向かう。聞いた所、既にエメリアとメリッサは屋敷に到着しているらしい。
食事部屋に着くと、既に他の面々は席についていた。両親、姉、そして負傷していたが、既に回復しているガーディー。タリアの定位置を挟むようにしてエメリアとメリッサも席についている。タリアはトコトコと空席に近づき、アティの誘導で席に付いた。メリッサの隣はまだ空席でアティが誘われたのだが、彼女が座ることはなかった。
食事は普段の一品ずつのコースとは異なり、既にテーブルに乱雑に皿が置かれている。主食、惣菜、デザート。その品は豪華ではないが、タリアが好きなもの。豪華さは控えて追悼し、タリアの好物で今回の功労者を称える内容となっている。それは、タリアが見た予知夢とまったく同じだった。
「それじゃあ、頂こうか」
ハルバートの一声で、それぞれが命を落とした者たちへの祈りを捧げる。タリアが思い浮かべたのはクリスとレオンの二人。クリスは生き延び、レオンは死んだ。その差はなんだったのか。自分が予知夢を見たか見ていないか。仮に、レオンに関して予知夢を見たら、助けることができたのだろうか。そんな無意味なことを考えてしまう。
目を開け、目の前にあったウインナーにフォークを指す。ブスリと食欲を誘う感触と、香ばしい匂い。大きく口を開け、一口で含める。溢れる肉汁と素晴らしい食感。絶妙な熱さがなんとも言い難い。
とりあえず、タリアは難しいことを考えるのを止め、目の前にある食事に集中することにした。自分はただの少しだけ変わった令嬢である。難しいことは大人に任せることにした。
気づけば、皿の上のウインナーがなくなっていた。あまりに美味しいので、無意識に食べ尽くしてしまったようだ。ないならば、仕方がない。
「アティ、ウインナーおかわり!」
口元にケチャップを付けた令嬢が元気よく声を上げた。
[第一章 END]




