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第1話 処刑された軍師

王都アルヴェインの空は、処刑の日にふさわしく晴れ渡っていた。

広場には数千人の民衆が集まり、中央に築かれた黒い処刑台を見上げていた。そこに一人の男が跪かされている。

レオン・グレイヴ。三十二歳。

王国軍の戦略顧問として十年間仕え、数々の戦争を勝利に導いてきた軍師だった。

彼の両手には魔力を封じる鉄鎖が巻かれ、首には国家反逆者の証である赤い輪がはめられていた。

「罪人レオン・グレイヴ。貴様は敵国と通じ、王国軍の作戦を漏洩させ、多くの将兵を死に追いやった。その罪は万死に値する」

壇上で罪状を読み上げているのは、王国軍総司令官バルザックだった。

かつてレオンの上官であり、彼の立案した作戦を自分の手柄として国王に報告し続けた男である。

「最後に申し開きはあるか」

バルザックが尋ねた。

レオンはゆっくりと顔を上げた。

「北方戦線で失われた第三軍団の兵士たちは、私の作戦に従っていれば死なずに済んだ」

広場がざわめいた。

「何を言っている」

「敵軍が黒峡谷を通過する三日前、私は総司令部に進軍停止を進言した。だが、その命令書は握り潰された。第三軍団を谷へ進ませたのは、あなたです」

バルザックの頬が引きつった。

「黙れ」

「敵国へ軍事機密を売ったのも、あなたの側近だ。証拠は軍務省の地下保管庫にある。もっとも、今頃は焼却されているだろうが」

「黙れと言っている!」

バルザックが剣を抜いた。

その背後で、玉座に座る若き国王エドワード三世は無表情だった。

レオンは国王を見た。

「陛下。最後に一つだけ、お尋ねしたい」

「許す」

「陛下は、私が無実だとご存じですね」

国王は答えなかった。

しかし、その沈黙だけで十分だった。

レオンは静かに笑った。

十年間、この国を守るために戦ってきた。

飢饉が起これば補給計画を立て、疫病が流行すれば隔離地域への物資輸送を手配した。敵国が侵攻してくれば、地形と兵站を調べ、最小限の犠牲で勝利する方法を考えた。

だが、彼は一つだけ重大なことを見落としていた。

国家を守ることと、国家を支配する人間を守ることは、同じではなかったのだ。

「執行せよ」

国王が告げた。

処刑人が巨大な斧を持ち上げる。

レオンは目を閉じた。

そして最後に思った。

もし、もう一度人生をやり直せるなら。

今度は王に仕えない。

自分自身の国をつくる。

誰にも奪われない国を。

斧が振り下ろされた。

その瞬間、世界が暗転した。

しかし、死は訪れなかった。

代わりに、耳元で奇妙な声が響いた。

『条件が満たされました』

それは人間の声ではなかった。

冷たく、透明で、感情のない声だった。

『世界管理機構、第七補正機能を起動します』

レオンは暗闇の中で目を開いた。

何も見えない。

肉体の感覚もない。

それでも意識だけは鮮明だった。

『対象者レオン・グレイヴ。国家崩壊因子との接触を確認。時間軸修正を実行します』

「誰だ」

返事はなかった。

『修正地点を確定しました』

目の前に青白い文字が浮かび上がる。

《王暦八百十二年、春》

レオンは息を呑んだ。

それは処刑される五年前だった。

『なお、時間軸修正に伴い、対象者の能力制限を解除します』

無数の文字が流れ始めた。

《戦略演算》

《魔力構造解析》

《地形掌握》

《因果予測》

《軍勢統率》

《領域支配》

レオンはその文字を見つめた。

聞いたことのない能力ばかりだった。

『全能力、解放完了』

次の瞬間、まばゆい光が広がった。

「レオン様!」

誰かが叫んでいた。

「レオン様、お目覚めください!」

目を開くと、木造の天井が見えた。

鼻をくすぐるのは、古い羊皮紙と乾いた薪の匂いだった。

レオンは身体を起こした。

見覚えのある部屋だった。

王都の軍務官宿舎。

五年前まで暮らしていた自室である。

「大丈夫ですか」

寝台の脇に若い女性が立っていた。

銀色の髪を肩まで伸ばし、濃紺の軍服を着ている。

エリシア・フェルン。

かつてレオンの副官を務めていた女性だった。

彼女は三年後、北方戦線で戦死する。

いや、正確には戦死したことにされていた。

第三軍団の敗走を隠蔽するため、撤退命令を伝えようとした彼女は、味方の憲兵に拘束され、処刑されたのだ。

「エリシア」

「はい」

「今日は何年の何月何日だ」

彼女は怪訝そうな顔をした。

「王暦八百十二年、四月十七日です」

間違いなかった。

処刑の五年前だ。

レオンは寝台から降り、窓辺へ歩いた。

王都の街並みが広がっていた。

遠くに白亜の王宮が見える。

五年後、この王宮は炎に包まれる。

レオンの処刑からわずか四か月後、王国は北方帝国の全面侵攻を受け、滅亡するのだ。

王国軍の兵站を支えていたレオンが消えたことで、防衛線は崩壊する。

王は処刑され、貴族たちは逃亡し、民衆は飢えた。

それが彼の知る未来だった。

「レオン様」

エリシアが心配そうに尋ねた。

「本日は軍議があります。北方国境の防衛計画について、バルザック閣下が説明を求めています」

レオンは振り返った。

「行かない」

「えっ」

「軍議には出席しない」

「ですが、命令です」

「ならば命令違反で構わない」

エリシアは言葉を失った。

レオンは机の引き出しを開けた。

そこには一通の辞令が入っていた。

《北西辺境領、行政監察官への転任》

五年前、彼はこの辞令を拒否していた。

北西辺境領。

山岳地帯と荒野に囲まれた、王国でも最も貧しい地域である。

人口は三千人に満たず、耕作地は少なく、魔物の被害が絶えない。

王国の貴族たちは、その土地を「死者の領地」と呼んでいた。

だが、レオンは知っていた。

その地下には膨大な魔力鉱脈が眠っている。

そして、王国滅亡の原因となる古代兵器の遺跡も存在することを。

「エリシア」

「はい」

「私は王都を去る」

「どちらへ」

「北西辺境領だ」

彼女は驚いて目を見開いた。

「本気ですか。あそこは人が住める土地ではありません」

「だからこそ行く」

レオンは辞令を手に取った。

「五年で、あの荒野を王国最強の領地に変える」

「五年……ですか」

「ああ」

彼は窓の外に広がる王都を見つめた。

「その頃、この国は滅びる」

エリシアの顔から血の気が引いた。

「何をおっしゃっているのですか」

「今は理解できなくていい」

レオンは机の上に広げられた王国地図を指さした。

「一緒に来てくれるか」

エリシアはしばらく黙っていた。

やがて姿勢を正し、右手を胸に当てた。

「私はレオン様の副官です。どこへでもお供します」

レオンは小さく頷いた。

その瞬間、彼の視界に再び青白い文字が浮かんだ。

《固有能力・領域支配が起動しました》

《対象地域:北西辺境領》

《潜在資源量:測定不能》

《古代文明遺構:七か所》

《未確認生命反応:一》

レオンは最後の文字に目を留めた。

未確認生命反応。

それは五年前の人生では知り得なかった情報だった。

続いて、赤い警告が表示された。

《警告》

《対象地域の地下に、世界崩壊級存在が封印されています》

《封印解除まで、残り千八百二十六日》

五年。

王国が滅びる日と、ほぼ一致していた。

レオンは思わず笑った。

なるほど。

王国の滅亡は、単なる戦争の結果ではなかったのかもしれない。

「面白い」

エリシアが不思議そうに彼を見た。

「何がですか」

「いや、こちらの話だ」

レオンは辞令に署名した。

その一筆が、やがて大陸全土の歴史を変えることになる。

だが、この時点では、まだ誰も知らなかった。

王都を追われた一人の軍師が、荒れ果てた辺境から新たな国家を築き、七つの王国と三つの帝国を敵に回すことになるなど。

そして、世界を支配する神々さえも、その男の計画に組み込まれていることを。

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