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なな マリーナ



 人々がまだ眠りにつく時間。

 オレンジ空の下、閑静なマルスタウンをトゥトゥが走る。


「はぁ…はぁ…!」


 右手には、生き物の毛のようなものを持っていた。


(これを……!ココくんに知らせなきゃ!)


 足に力を込め、地面を力強く蹴る。

 思い切り身体を前に突き出すと、速度がぐんと上がっていく。


(もちろん博士にも……!)


 ココの家に向かい、ひたすら駆け抜けていく。




 


 自宅から走ること約15分。

 ようやく目的地に辿り着いた。


「やっと着いた……ここ?」


 息を整えつつ、ポケットにしまっていた地図を確認する。

 トゥトゥは思わず、家を凝視した。

 

(何だここ……?)


 視界に飛び込んできたのは豪華な装飾の付いた門に、

 奥に聳え立つ4階建ての建物。


(まるで宮廷のようだ……)


 トゥトゥもマルスタウンに住んでいるが、

 これほど大きな家を見るのは初めてだ。


「えい!」


 門に付いているインターホンを、そっと押す。

 トゥトゥはゆっくり深呼吸し、ココを待つことにした。







 薄暗い家の中、インターホンの音が鳴り響く。

 ココは寝室で寝息を立てていた。


「すぅ……すぅ……」


 その隣で、誰かがゆっくりとベッドから身体を起こした。

 音を立てないよう、慎重に動く。


「……」


 廊下を歩く、背の高い一人の女性。

 寝巻のドレスがふわりと揺れる。


「誰かしら?……」


 長い廊下を歩いて、サンダルを履く。

 女性は両手で扉を開けた――。







 

 木製の扉が、ゆっくり開く。

 トゥトゥの心臓が大きく跳ねた。


(き、きた!! ……あっ! )


 地図を畳んで、深呼吸する。

 緊張して、持っていた毛を思わず落としてしまう。


(は、早く拾わないと……!!)


 急いでしゃがみ、毛を拾い集める。


「あ、あと一本……!!」

「これ?」


 艶のある声が、頭上から聞こえた。


「はい!それです!」

「良かったね……」

「って、誰!?」


 トゥトゥの肩に白い手が乗る。

 

「うわぁ!」

「しーっ……」


 上を向くと、美しい女性が人差し指を立てていた。


「誰ってこっちの台詞よ?坊ちゃん」

「ぼ、ボクもです……」

 

 腰まで伸びた白い髪に、透明感のあるきめ細かな肌。

 服は花のように開いた、白いドレス。


(き、綺麗だ……)


 いたずらっ子のように微笑む唇は、

 薄桃色に艶めいている。

 

「どうして来たの?」

「え、えっと……」


 女性の美貌に見惚れるトゥトゥ。

 顔を赤らめながら、しどろもどろに答える。


「そ、そのぉ……ココくんに……」

「あら?ココに?」

「は、はぁい!」


 女性はトゥトゥに「一旦待っててね」と言い、

 足早に家の中に入っていった。







 しばらくして、家から女性の声と子供の声が聞こえた。

 トゥトゥはもう一度、視線を玄関の方へ向ける。


(くる……!!)


 ガチャっとドアの開閉音が鳴る。

 出てきたのは、先ほどの女性と寝起きのココだ。


「ママ~!まだねたいよぅ」

「お友達が来てるわよ?ココ」


ドアの前には、目をこするココがいた。


「だれ……?」

「ボクだよココくん」


 トゥトゥの声にココは目を丸くする。


「え……? トゥトゥくん!?」

「うん……おはよう」


 トゥトゥは早速、手に持っていた謎の毛をココに見せる。


「なにそれ?ププル?」

「教室に落ちていたかみのけだよ」

「かみのけ?ようちえんのこ?」

「いや」


 帰りの支度をする園児たちをよそに、

 秘かにトゥトゥはププルのケージを調べていたのだった。


 ゆっくり息を吐き、真剣な表情で事実をココに伝える。


「侵入者のかみのけが落ちてたんだ……!」


 







 ココは髪の毛をまじまじと観察する。

 寝ぼけているためか、恐怖は感じなかった。


「なんだこれ……?」

「それがボクにも分からなくて……」

「それでぼくのおうちに?」

「うん」


 申し訳なさそうにズボンを握りしめ、

 トゥトゥは視線を落とした。


「いっしょに博士の家に誘おうと思って」

「はかせなら、なにかわかるかもって?」


 トゥトゥは静かに、「うん……」と頷く。

 恥ずかしそうにぷいと横を向いた。


 すると、母親らしき女性がココに尋ねた。


「ココ、行きたい?ノイ博士のところ」

「いく!!」

「いいわよ」


 それを聞いたココは、嬉しそうに跳び回る。

 白い髪が羽のようにふわっと舞い上がった。


「やった!やった!やったぁあああ!」

「その前に、着替えてからね」


 両手を上げ、元気よく返事を返す。


「はーーい!」

「素直でよろしい」

「わーい!わーい!」


 嬉しそうに、スキップしながら家の中に消えていった。


「あ、あの……」


 弱々しくトゥトゥが口を開く。


「何?」

「きゅ、急にきてごめんなさい……」


 深く頭を下げるトゥトゥに、母親は優しく声をかける。


「急だったんでしょ?別に問題はないわ」

「は、はい……」

「それでも、連絡は取るものよ?」

「すみませんでした!」


 謝るトゥトゥの頭を、母親は優しく撫でる。


「いい子ね……トゥトゥくん」

「い、いえ……えっと……」


 もじもじと照れるトゥトゥに、母親はにっと笑う。


「私はマリーナ」

「ま、マリーナさん」


 そして、トゥトゥをゆっくり抱きしめ、耳元でこう囁く。


「いってらっしゃい……二人共」

「は、はぃい!!」

 

 顔を赤く染めたトゥトゥは、その場で尻餅をついた。


「トゥトゥくーん?」


 玄関から、ココの声が聞こえた。

 トゥトゥは返事を返そうと、声を張る。


「は、はぁい!」

「ぼくもはーい!」


 思いっきりココは母に笑顔を向けた。











 ココの自宅からしばらく歩くと、

 目の前に博士の家が見えた。


「みえたね!トゥトゥくん!」

「そうだね」

「よし、ぼくとトゥトゥくんで競争ね!」

「え?」


 家に向かって、ココは勢いよく走りだした。

 トゥトゥも続けざまに後を追う。


「ちょっと、ココくん!」

「はやくはやく!」


 マルスタウンを無邪気に駆け回り、博士の家に着いた。


「ボクが押すよ」

「えー?」


 不貞腐れてふん!と小石を蹴飛ばすココと、

 インターホンを押して、姿勢を正すトゥトゥ。


 数分後、ゆっくりとドアが開いた。

 出てきた人物は、なんと三角巾を被った女性だった。


「ふぇンでぃ ヌんどロ(誰だい? ガキども)」


 難解な言葉に、ココは首を傾げた。

 意味不明な質問に答えたのは、トゥトゥだった。


「ばドが クドぃくサネ(僕らは 知り合いです)」

「ぐリーうィド? サネ(いたっけねぇ?そうか)」

「ベルドー サネ!(はい! そうです!)」


 スラスラと難解言語を話すトゥトゥに、

 ココは尊敬の眼差しを向けた。


「トゥトゥくん……なんていってるの?」

「キミたちは誰?って」

「ほ、ほほぅ……」


 ますますココは眼差しを向けた。

 その様子を見た女性は、深くため息をついた。


「クイッな!(こっち来な)」

「バーミラド!サネ!(ありがとうございます)」


 ドアを開き、女性がココ達を手招きした。

 

「ココくん!バーミラドって言って!」

「ば、ばーみらど!」

「フファートサネ!(下手くそだな!)」


 ココのたどたどしい言い方に、大笑いする女性。


「ねぇ、なんのことばなの?」

「古代語だよ」

「こだいご?」


 遥か昔、ココ達の先祖は地下で暮らしていたそうな。

 住むには環境が酷く、文明が栄えるまでに200年もの年月がかかった。


「その時期に使われていた言語だよ」

「ふーん……」

「今は方言かな?」


 トゥトゥはココに古代語を教えた。


「いいよ!がサネで、おはよう!が

 サディーラ・サディーク」

「んんん?」

「けっこう難しいよ」

「さ、さでぃ……」


 すると、先頭にいた女性がぴたりと止まる。


「へったくそサネなぁ、小僧」

「「しゃべった!」」


 女性はしゃがれ声でココを指さし、ガハハと笑う。

 そして、リビングのドアを開けた――。

 


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