第39扉 学校
今日は騒々しい日だった。
猫の長い鳴き声で起こされた男は、目をこすりながら起き上がる。
眠気眼でダイニングに行き、猫と鳥にエサを用意していると、鳥が飛んできて男の肩や頭の上で遊び始めた。
そのままにして出勤の準備を始めると、鳥はどこかに飛んでいった。
家を出て、駅に着き、いつもの満員電車に乗る。
電車内では、男の隣に立っていた女性のイヤホンから大きな音が漏れており、男だけではなく周りの人も不機嫌な表情をしていた。
会社に着いて自席に座ると、なにやら隣の課が盛り上がっていた。
巻き込まれたくないと、早々に仕事の準備を始めるが、それでも声が大きく、男の耳に嫌でも入ってきた。
聞こえてきた話によると、その隣課の上司が大口の仕事を取ってきて、そのお祝いとして、上司の奢りで飲み会を開いたらしい。
取り巻きの持ち上げもあって、大盛り上がりだ。
男はそれを邪魔に思いながらも無視し、淡々と仕事を進めた。
午後になると、予定されていなかった会議が開かれた。
例の大口の仕事をねじ込んだせいで、色々なところの手が足りなくなったらしい。
それをどうするかで、喧々囂々だ。
男はどうせこっちに降りてくるんだろうな…と、冷ややかな目で紛糾する会議を眺めていた。
会議が終わり、予想通りの仕事の過剰な割り振りに謝ってくる上司をなだめる。
まだ仕事の具体的な指示が降りてきていないから、来週のために今日だけは定時で帰ろうと男は提案した。
そうね…と笑った彼女は心なしか表情に力がなかった。
そこで男を含めた課員全員で、彼女を飲み会に誘ってみた。
誘いに乗った彼女と課のメンバーは早々に仕事を終わらせ、居酒屋へ飲みに行くことに。
そして、居酒屋で彼女は……ぐでんぐでんに酔っ払い、更に二軒目に行こうと言う彼女をタクシーへ押し込むことになった。
翌日。
枕の周りを鳴きながら飛び跳ねている鳥に起こされた男。
若干の頭の重さにウンザリしながらも、上半身を起こして伸びをした。
ベッドから出て、ダイニングに向かうと、鳥は頭の上に乗ってきた。
まだ思考が半分も定まらないまま、猫と鳥にエサを用意していると、急に今日の準備を何もしていないことを思い出した。
エサの用意を終えると、着替えて近所のコンビニへと向かう。
そこで朝食とリュックサックに入れる飲み物や食べ物を購入した。
家に戻り、サンドウィッチにかぶりつきながら、今日の準備をする。
今回は傘だけでなく、合羽も用意した。
そして、扉へと向かう。
今日の扉はアルミサッシのような金属の扉枠に、ガラス張りの扉板だった。
取っ手は正方形の金属板で、押して開けるタイプに見えた。
外壁はコンクリート製でクリーム色に塗ってある。
ガラスの向こうにはカーテンが掛かっており、中を見ることができない。
取っ手に触れると、金属のひんやりした感触が手に伝わる。
男は力を入れ、扉を押し開いた。
目に入ってきたのは、整然と並んだ下駄箱群。
下駄箱には一つ一つ扉がついており、中を確認できない。
床には簀の子が並んでいた。
扉をくぐって中に入ると、鉄筋コンクリート造り特有のヒヤリとした空気を感じられた。
奥の方へ視線を移すと、正面には中庭が見える窓があり、廊下にはスリッパ立てがあった。
スリッパは来客用だろうか。
靴を脱ぎ、廊下に上がる。
目の前のスリッパは使う気がしなかった。
男は靴下のまま、廊下を歩いていく。
中はシーンとしており、ペタペタという足音だけが廊下に響いた。
廊下の途中で、大きなガラスケースの棚があった。
棚は空で、何も飾られていなかった。
もしかしたら新築で、まだ誰も入ってきていないのかとも男は考えた。
更に進み、それぞれ青と赤の表示が並んだ一組の扉を通り過ぎて奥に進んでいくと、上に登る階段を見つけた。
登っていくと、踊り場の窓から、陽の光が強く射していた。
登り切り、二階の廊下に出る。
廊下を歩いていくと、同じような部屋が複数続いていることが分かった。
窓から中を覗くと、机と椅子が整然と並んでおり、右手には演台と黒板があった。
黒板をよく見ると、書いたものが消された跡があったが、何が書いてあったかまでは分からなかった。
静まり返った廊下を進み、突き当りまで辿り着く。
そこにも階段があり、上にも下にも行けそうだ。
上の方へ目を凝らすと、防火扉のような頑丈な扉がちらりと見えた。
下へ降りれば建物の構造からして、入口で進まなかった反対側の廊下へ出るのだろう。
男は少し考え、上に行くのを諦め、下に戻ることにした。
階段を降り、一階の廊下に出る。
見た記憶がない場所だから、先程の予想が当たったようだ。
微かに消毒液のような匂いが漏れ出る扉を通り過ぎ、行き止まりに辿り着く。
そこにあるのは、ひときわ目立った意匠の扉だった。
その扉は木造りで、精巧な彫りがあり、重厚な雰囲気を醸し出していた。
表示はないため、何の部屋かはわからないが、推測するとこの建物の最高責任者の執務室だろうか。
男はその扉にノックしてみる。
しかし、中からは反応はない。
少し隙間ができるぐらいに開け、小声で挨拶をしてから中に入ると、絨毯のふわりとした感触が足に残った。
正面を見ると、立派な執務机と豪奢な椅子があった。
部屋の両側には本棚があったが、一冊も本や書類は入っていなかった。
机の奥の方に視線を移すと、優勝旗のような立派な旗が三脚に立てられていた。
絵柄は広げていないのでよくわからないが、竜の絵が描かれているようだった。
男が旗から視線を外そうとすると、竜の目の部分が緑色にキラリと光った気がした。
なんとなく気持ちが落ち着かない男は、早々にこの部屋から退出する。
廊下に出て、この場所に居てはならない気持ちになった男は、家への扉に早歩きで向かう。
扉の近くの昇降口に着き、窓の方へ視線を移すと、二羽のカラスがじっとこちらの方を見ていた。
男は視線を切り、すぐに家の扉に向かうと、そのまま扉をくぐる。
…そして、男は意識を失った。
男は気付くと上半身を起こし、周りを見渡す。
玄関マットの上に、倒れるような体勢で横になっていたようだった。
玄関横の小窓から漏れ出る茜色の光で、夕方あたりだろうと考えた。
男は立ち上がり、猫と鳥にエサを用意するため、ダイニングに向かった。




