第35扉 植物園
今日は寂しさを感じさせる…そんな日だった。
強い風に煽られて窓がカタカタと鳴る音で、男は目を覚ます。
音の方へ視線を移すと、枯れ葉が舞っており、外は秋の装いだった。
足元には丸くて重い何かがもたれ掛かっていて、少し強引にどかすと、それは足を噛んで抗議してきた。
ベッドから出て、ダイニングで猫と鳥にエサを用意していると、鳥が飛んできてエサ入れに止まる。
鳥は少しだけエサをつついた後、他の部屋に飛んで行った。
木枯らしが吹く中を歩き、駅に着く。
いつもの満員電車に乗り込むと、着込んだ分の体積が少しだけ増えている気がした。
会社に着き、自席に座って辺りを見渡すと、空席が目立つ。
予定表のホワイトボードへ視線を移すと、出張や外出が多かった。
自分のデスクで淡々と仕事をこなす。
今日は話し声が少なく、なんとなくオフィスは閑散としていた。
例の隣課の上司も出張でいないため、大声で騒ぐような輩がいないのも大きかった。
帰り際に声を掛けられることもなく、早々に退社する。
帰り道にスーパーに寄って、陳列棚をざっと見ていたら、冬に向けた商品が並んでいた。
帰宅して、着替えてから猫と鳥を探してみる。
猫はベッドの布団にもぐって寝ていて、鳥は毛繕いをしていたが、こちらを見ると飛んできて肩に止まった。
男は、肩から離れようとしない鳥を乗せたまま、食事や明日の準備、それから趣味の時間を過ごした。
そして、翌日。
少し寒いと感じて目が覚める。
ベッドから出づらいと感じたが、その考えを振り切るように伸びをして、上半身を起こす。
潜り込んでいた猫からそっと離れ、ベッドから出ると、ダイニングへと向かった。
ダイニングで猫と鳥にエサを用意し、自分も朝食を摂る。
朝食を食べ終えて自室に戻り、今日の準備を進めることにした。
リュックサックを持ってきて、中を見る。
道具一式が入っていることを確認すると、ダイニングから持ってきていた飲み物や食べ物を詰め込んだ。
準備中に辺りをちらっと見るが、猫も鳥も姿を現すことがなかった。
そして、準備ができたリュックサックを背負い、扉へと向かった。
今日は鉄製の戸枠で補強されたガラス製の扉だった。
扉の先にはカーテンが掛かっており、先を見通すことはできない。
取っ手もガラスでできており、触るとヒンヤリした感覚が掌に広がった。
男はその取っ手を引いて、扉を開いた。
開けた扉の先から、暑くて湿った空気が流れ込んできた。
その空気に乗って、新緑の香りも流れてきて、辺りを包み込む。
男が扉をくぐろうとしたところで、猫が走ってきて扉をくぐり、目の前で立ち止まって伸びをした。
そして、男も猫に続いて扉をくぐる。
チチチチチチ…という虫の鳴く声と、流れる水の音が聞こえてきた。
目の前にいた猫は、ちらりとこちらを見てから振り返り、ゆっくりと前に進んでいく。
男もそれに続くように歩き出した。
辺りには名前は知らないが見たことのある草木が植えられており、花々が咲き誇っている。
花々からは微かに甘い香りが漂ってきた。
しばらく歩くと家への扉と同じような造りの扉が見えてきた。
猫はその扉の前にちょこんと座っている。
男が扉を開けると、猫は中に入っていった。
次の部屋は植物の種類が変わり、見たこともない草木が並んでいる。
サーッという水音も前の部屋より、大きく聞こえてきた。
この部屋は蒸し暑く、新緑の香りも強い。
木々の先に見えるガラスの壁は曇っており、外は見えなかった。
一見すると鬱蒼としている木々は、整然と配置されていて、人の手が入っているように見える。
少し進むと人工的に作られたような川があり、その傍らに三人から四人くらい座れそうなベンチがあった。
ベンチに近寄って足元を見ると、猫がベンチの下の日陰になっている場所で寝転がっていた。
その傍らには、虫の残骸がバラバラに転がっていた。
男はベンチに腰を掛け、隣にリュックサックを降ろす。
リュックサックからタオルを取り出し、額に滲んだ汗を拭った。
大きく深呼吸をして、背もたれに体を預ける。
目の前の川から、ピチャンと何かが跳ねたような水音がして視線を移すと、水紋の先の方に小魚とカエルが泳いでいる様子が見えた。
ゆっくりと腰を上げる男。
周りを見渡すが、いつの間にか猫はいなかった。
先を歩いて行けば合流できるだろうと、歩み始める。
川に架かった橋を渡り、時折辺りを見ながら、ゆっくりと進む。
木々には花だけでなく、実もなっていた。
蔦で覆われたアーチをくぐり、行き止まりに辿り着く。
行き止まりは広場になっており、周りは色とりどりの花が咲き誇っている。
中央部には噴水があり、水飛沫がこちらにまで飛んできそうな勢いで水が吹き上がっていた。
男は見学するように辺りを見回しながら、噴水を一周する。
入り口付近に戻ってきたところで、噴水の縁に腰を下ろし、リュックサックから飲み物のペットボトルを取り出した。
ペットボトルを呷り、飲み干すような勢いで、飲み物を流し込んでいく。
ペットボトルから口を外すと、ふぅ…と大きなため息をついた。
縁に両手をついて、天井の方へと見上げる。
ガラスの天井は曇って外はあまり見えないが、光が差して日が昇っていることだけはわかった。
しばらく、ぼーっと休んでいたが、よしっとひと声を出してから立ち上がる。
そして、来た道を辿って、家に戻るように歩き出した。
蔦のアーチをくぐり、来たときには気付かなかった食虫植物に驚きつつ、ベンチまで戻ってきた。
その頃には陽の光が、上からではなく、斜め横から照らしているように感じる。
部屋を隔てた扉に手を掛けると、後ろの方から猫がやってきた。
扉を開けずに振り向くと、猫はゆっくりと歩いてきて、扉の前で座る。
男は向き直り、扉を開けてくぐると、後ろから猫もついてきた。
顔や体にまとわりつく虫を払い、ゆったりした歩調で歩いて、家への扉に辿り着いた。
足元を見ると、横で寄り添うように歩いていた猫は、扉の前で止まり、先に扉をくぐった。
男は振り向くと目礼してから、扉をくぐる。
…そして、男は意識を失った。
気付くと男はダイニングの椅子に頬杖をついて座っていた。
辺りを見回すが、猫はいなかった。
肩に違和感を感じ、視線を移すと、鳥が肩に止まって寝ていた。
時計に視線を移して時間を確認すると、まだ午前中だった。
男がコリをほぐすように首を軽く回すと、鳥が起きて、ちょこんと跳ねる。
椅子から腰を上げ、額の汗を手で拭ってから冷蔵庫を開ける。
麦茶のペットボトルに手を掛けたが、ビールに持ち替え、プシュッと開けて、グイッと呷った。




