第34扉 廃村
今日は何かと噛み合わない日だった。
朝、目覚めが良く、上半身を起こして時計を見ると、まだ午前四時過ぎ。
まだ早いと二度寝をしたら、いつもの起床時間は眠気が強く、なかなか起き上がれなかった。
そのせいで出勤時間ギリギリの起床となって、慌てて猫と鳥にエサを用意したが、肝心の猫と鳥はまだ夢の中。
ふぅ…とため息を一つつき、家を出た。
道が空いていて意外に早く駅に着き、電車に乗ろうとしたら、いつも以上に混んでいる。
乗ることができず、一本見送ることになってしまった。
オフィスに入って、自席に座る。
デスクの上には後輩に任せていた資料が、出来上がった状態で置いてあった。
中身を確認する男。
ぺらっぺらっ…と、丁寧に読んでいたかと思うと、はぁーー…と大きなため息をついた。
資料はよく出来ていたが、これは来週やれば十分に間に合う資料。
任せる仕事の順番を間違ってしまった。
頭を掻いてから、休んでいる後輩のデスクをちらりと見て姿勢を正すと、今週やらなければならない資料に男は着手した。
昼休み、男は牛丼チェーン店に向かう。
外に並び、順番を待つ。
昼食を食べ終わった頃には行列がなく、店は空いていた。
残業してなんとか資料を作り終え、今日は飲みに行こうか…と珍しく考えながら、帰り支度をする。
周りを見渡すと、ほとんどの人が帰っており、居る人は逆に忙しくて誘える雰囲気にない。
帰りの挨拶を残し、会社を出た。
閉店近くなってきているスーパーに寄り、ビールと惣菜、そして明日の物を買うことにする。
レジで精算をしていると、スーパーの店員が半額のシールを持って売り場に向かうところが見えた。
帰宅してダイニングに向かうと、着替えることもなく、プシュッとビールを開ける。
ゴクッゴクッと喉を鳴らし、ビールを胃に流し込む。
少し猫でもかまうか…と思い、部屋を見回すが、猫も鳥もここでは姿が見えなかった。
翌日。
ぼんやりと意識が浮き沈みする。
そんなぼやけた朝に、寝返りを打とうとしたところで痛みが走る。
手に歯形がついていて、傍らに猫がいた。
痛みで意識がはっきりした男は、伸びをしてベッドから降りる。
噛まれた手を振りながらダイニングに行き、手を洗ってから猫と鳥にエサを用意した。
あまり食欲が湧かない男は、朝食を食べずに扉へ向かうための準備をし始めた。
自室に戻り、リュックサックを持ってきて、中身を確認する。
いつもの道具が入っていることを見て取ると、食べ物や飲み物、着替えやタオルなどを詰め込んでいく。
リュックサックの用意を終えると、着替えて扉へと向かった。
今日の扉は木造だった。
角材の木枠に合板の戸板がはめられている造りだが、所々にささくれや剝がれがあった。
蝶番は金属製だが錆がひどく、扉を支えるには少し頼りない感じがした。
木を削り出した取っ手も、少しささくれ立っている。
男はそのささくれに刺さらないように注意して取っ手を持ち、扉を開いた。
開けた途端、少し冷たい乾いた風が男を包み込むように流れる。
空には曇天が広がり、日差しが薄い。
左側に視線を移すと、石垣があったが、所々崩れている。
正面の道は舗装されているが、一部剥がれていた。
男は扉をくぐり、道を踏みしめると、一枚の枯れ葉が目の前を過ぎっていった。
時折、辺りを見回しながら、その道沿いを進む。
放置されて草が生い茂る畑、あちらこちら腐りかけている木の柵、折れ曲がっているカーブミラーなどを目の当たりにしながら進んでいくと、広場のような場所に出た。
広場の中心部には櫓のような鉄塔が建っていた。
その櫓は錆が進行しており、登るには危険だと思える。
その鉄塔の横に、小屋のような物もあったが、屋根が崩れて潰れていた。
広場を素通りし、先へと進む男。
道の両脇には民家が数軒建っていたが、どの家も傷みが酷く、人が住んでいるとは思えない。
更に進むと、参道のような場所に出た。
参道には大きな鳥居があり、所々色が剝げ落ちていたが、朽ちることはなく、立派な佇まいだった。
下は石畳が敷き詰められており、隙間から所々飛び出した草が見えるものの、割れたり、壊れている様子はない。
男はその参道を進むことにし、一礼してから鳥居をくぐった。
参道は短く、すぐに途切れる。
その終点には大きくて立派な鳥居には似つかわしくない、小さな社…むしろ祠と言える建物があった。
祠は観音開きの扉が開いており、中が見える。
御神体が収められそうな場所には、古ぼけて朽ちそうな座布団とその上に三十センチ程の大きさの石が祀られていた。
その石には小さなくぼみがあり、何かをはめ込むことができそうだった。
男はその御神体に何かの威圧感を感じ取り、自然に二礼二拍手一礼を行った。
拝礼を終えた後、男は内心で急くような気持ちでその場を離れ、鳥居付近まで戻る。
その近くにあった縁石に腰を下ろし、ひと息入れた。
大きく深呼吸をして、息を整える男。
そこでようやく、男は背中が汗で濡れていることに気付いた。
少しの間、目をつぶり、瞑想のような休憩をする。
休憩を終えて目を開くと、すくっと立ち上がり、家に戻ろうと決めた。
来た道を辿って、足取りは変わらないが、気持ち的に焦って家路を進む。
幸いというか、何も起こらず、家への扉に辿り着いた。
そこで空を見上げると、ポツリポツリと雨が降り出して、頬を濡らした。
雨でずぶ濡れになりたくない男は扉をくぐろうとした途端、背中に視線のようなものを感じた。
一旦は止まる男。
しかし、男はその感じたものを無視し、扉をくぐる。
…そして、意識を失った。
男が目覚める。
ゆっくりと思考を戻しつつ状況を確認すると、男は自室のベッドで横になっていた。
足の両側に、猫と鳥が寄り添うように寝ている。
猫と鳥を起こさないように、ゆっくりと上半身を起こして時計を見る。
時計の針は、夕方に差し掛かりそうな時間を指していた。
男は小腹が空いたので、そっとベッドから降り、ダイニングに向かう。
机に置いてあるオリーブグリーンの石が、キラリと光った気がした。




