第25扉 寺
今日は穏やかな日だった。
朝に起きて、まずやったことは猫と鳥にエサを用意。
時間に余裕があったため、朝食をゆっくり摂ることが出来た。
そして、通勤電車は学生が長期休みで若干、空いていた。
仕事においても特にトラブルがなく、計画通りに事が進む。
事務所内も静かで、キーボードを打つ音だけが辺りに響いていた。
帰り際、男は同僚の女性に声を掛けられる。
が、その途端、その同僚は先輩やら後輩やら他の同僚やらに囲まれ、連れ去られるかのように飲み会に連行されていった。
騒がしかったのはそれぐらいで、そのまま会社を出る。
途中、大きめのスーパーに寄った男は、少しお高めのビールやつまみにチュール、そしてミレットスプレーを買い込んで、家路についた。
家に着いた男はシャワーを浴び、それから猫と鳥にエサを与えた。
買ってきたそれらは、好評の様だ。
また買ってきてもいいかな…と思いつつ、鳥と戯れながらビールの缶を呷った。
そして、翌日。
今日は土曜日だ。
気分よく起きられた男は、着替えてから猫と鳥にエサを用意する。
余裕を感じている今日は、何だかコーヒーが飲みたくなって、ドリップパックを棚の奥から取り出す。
幸いなことにまだ賞味期限が切れていなかったので、淹れることが出来た。
コーヒーを飲んだ後は出掛けるための準備に移る。
リュックサックを取り出し、入れっぱなしだった中身の道具一式を確認すると、そこに飲食物や着替え、タオルなどを詰め込んだ。
そして、それを担ぎ、扉へと向かった。
今日の扉は木造りで、大きな屋敷の門構えの様な威厳があった。
両開きになっており、等間隔で鉄鋲が打ってある。
中央には鉄鋲と同じ色合いの金属の取っ手がついており、鍵や閂などはなかった。
男は扉の取っ手に力を入れ、押して開いた。
扉の先から、焚かれた香の薫りが舞い込んでくる。
差し込んできた日の光が眩しく、手をかざす。
眩しさが収まると、男は一歩踏み込み、扉をくぐった。
ジャリッという足音が辺りに響く。
くぐった先の敷き詰められた砂利の上に、男は立っていた。
先の方を見ると石畳があって、ここは通路から少し外れた場所の様だった。
石畳の横に大きな銀杏の木が構えていた。
男は木の近くまで寄ろうと歩みを進める。
近づいて木を見上げると、サラサラと風でなびいた葉が囁いている様にも聞こえた。
威厳と優しさが調和した様な佇まいに、男は圧倒される。
圧倒されたまま、口が半開きの状態で立ち尽くした。
どれぐらい時間が経ったか分からないが、銀杏の木から視線を外す。
石畳の通路に沿って視線を流していくと、その先には大きな香炉が見えた。
そこで男は香炉の方へと向かうことに決め、歩き出した。
通路の両脇は砂利が敷き詰められており、その先には松の木が並んで植えてある。
時折、それらを見ながら歩き、香炉の前まで辿り着いた。
香炉からは煙が立ち昇り、薫りを振り撒いている。
それでも人の気配はなく、緩やかな風が吹く程度で、この場は静寂を保っていた。
男は手を合わせ合掌し、終えると煙を手で扇いで招き、身体に纏わせる。
ひと通りの動作を終えると、再び石畳の通路を先の方へと歩き出した。
向かう先には瓦の屋根で立派な木の柱が特徴的な建物が鎮座していた。
階段を登り、建物の前に立つ。
建物の入り口の上の方には門幕が掛けられており、その建物の紋であろう絵が描かれていた。
その紋は三角が三つ山の様に配置されており、その合間に扇風機の様な羽が三つ配置されている。
確か、剣三つ鱗という紋の名前だった筈だ。
建物の扉は開いているが中は暗く、奥の方は見えない。
男は自然と頭を下げ、手を合わせていた。
しばらくして男は頭を上げ、建物の中を確認しようと目を見開く。
しかし、中を見通すことが出来なかった。
だが、中に入るのは違うな…と考えた男は、再び頭を下げて礼をし、踵を返して立ち去った。
銀杏の木まで戻ってきた男は、その横に広場とベンチがある事に気づいた。
そこで男はベンチまで歩み寄り、ストンと腰を下ろした。
空を見上げると、暖かい日差しに心地よい風が吹き、すぅーーと日頃のストレスが引いていく感じがした。
背から降ろしたリュックサックから飲み物を取り出し、それを飲みながらボーっと過ごす。
日が傾き始め、風が少し寒く感じるようになって、男は我に返った。
もう帰ろうか…
ベンチから立ち上がり、リュックサックを担いで家への扉に向かう。
帰路の途中、空を見上げたら、一羽のツバメがすっと飛んで行った。
扉の前に辿り着いた男。
ふと香の薫りが鼻孔をくすぐったが気にせず、扉をくぐる。
そして、男は気を失った。
目が覚めた男。
すぐに頭が覚醒して状況を確認すると、パソコンのデスクの前に座っていた。
キーボードとマウスの上に乗っている男の手に鳥がぴょんぴょんと乗り移りながら、楽しそうにしている。
窓に視線を移すと、まだ日が高い。
そこで時計に視線を移すと、まだ14時頃。
今日はこれからどうしようか…と考えつつ、男は鳥をつついたりつつかれたりして遊んでいた。




