第22扉 雪山
今日は晴れやかな日だった。
昨日は定時で帰れたせいか、朝の寝起きも早く目覚めて清々しい。
ゆっくりと起き上がると、ダイニングへと向かい、猫と鳥のエサを用意した。
祝日で会社が休みだったので、コンビニへ朝食を買いに行くついでに散歩をする。
日の光は強くないが差しており、風も穏やかで心地よい。
家に戻ってエサ皿を覗くと、手がついていない。
まだ寝ている様だ。
ダイニングで買ってきた朝食を食べていると、もそもそと猫が歩いてきてエサを食べ始めた。
それに続いて鳥もやってきて、エサをつつく。
それを見届けながら朝食を済ますと、立ち上がり、溜まっている洗濯や掃除などの家事に向かった。
家事、猫や鳥との戯れ、近くの公園に行ってぼーっとSNSなどを見ていると、いつの間にか夕方に。
たまには外食にするか…と思い、出掛けることにした。
着いた先は前に来たことがあるイタリア料理の店。
アットホームな雰囲気で、男が気に入った店だった。
中に入ると店主と女将さんが出迎えてくれる。
娘さんは休みの様でいなかった。
六席並んだカウンターの一番手前に腰を掛ける。
イザックという瓶ビールとつまみになる様なオリーブ酢漬けやチーズを注文すると、男はほっと一息ついた。
その後もイタリアビールや食事を楽しみ、ゆっくりしていると上司に鉢合わせしてしまった。
まあ、上司が常連客として贔屓にしている店なので、会う確率は高いだろうが。
仕事後ではないので、穏やかに話が出来て、距離感も適度だ。
注文が落ち着いたらしい女将さんが話に入ったりしてきて、それなりに楽しい会話だった。
そして、家に戻ると出掛ける前に用意したエサは空になっていた。
満足したらしい猫はいつもの寝床で寝ていて、目をちらりと開けたが、男を確認すると態勢を変えて寝にいった。
鳥はいつもの場所におらず、どこにいるか分からない。
特に気にしていない男は、風呂場へと向かった。
そして、翌日。
三連休の真ん中だが、土曜日だ。
目が覚めると、鳥が男の身体の上に佇んでいた。
身体を起こすと鳥は肩に乗ってきたが、そのままダイニングに向かう。
エサを用意すると、飛び降りてエサをつついていた。
それを横目に猫のエサも用意し、自分の朝食の用意にも手を掛けた。
朝食を済ませた後、扉に向かう準備へと取り掛かる。
着替えを済ませた後にリュックサックを取り出して、中身をチェックする。
いつもの道具一式が入っていることを確認すると、そこにタオルや着替え、そして、飲み物や食べ物を詰め込む。
男はそれを背負って、扉へと向かった。
今日の扉は不思議な雰囲気だった。
扉板が一面ガラスの様であったが、見通せる程の透明度がなく、あちらこちらに気泡の様な物が入っている。
ところどころ、白い霜の様な物も見て取れた。
取っ手に視線を移すと、木の枝で凹状に造られた簡素な物だ。
これを引っ張って壊れないよな?と思いつつも手をかけ、扉を開いた。
冷たく強烈な風が扉の先から舞い込んでくる。
思わず肩がすくみ、両腕をさすった。
視線の先の寒そうな景色に、男は行くか少し迷ったが、結局は行くことに決めて、扉をくぐった。
目の前に広がるのは一面銀世界。
足を踏み込んだ地面は、ぐぐぐっという音と共に少し沈むが五センチ程で止まり、立つことに問題はなかった。
ちらほらと見える針葉樹は雪がかぶさり、枝が少ししなっている。
男が振り向くと、猫が家の扉から走りこんできた。
猫は男の周りを一周すると、寒すぎたのか、猛烈な勢いで家の扉へと駆け込んでいった。
そこでふと、不思議な光景を目にする。
走って行った猫が、家の廊下の途中で急に消えたのだ。
いや、でも…と、考える。
が、見間違いかと確認する術もない男は、思考を放棄して前に進むことにした。
そもそも、この扉が不思議そのものなのだ。
空は曇天模様で風が吹き、綺麗でもあり怖くもある白銀の世界を進む。
道は登り坂になっており、切れ切れに白い息を吐きながら進んでいくと、木々の様相が変わっていく。
積もっていた雪が進むにつれ、木々に張り付き、そして樹氷原となって表れていく。
幻想的な光景ではあるが、それ以上に凍り付く寒さが身に染みる。
リュックサックからタオルを取り出し、首回りを覆っても、それ以上の寒さが男を取り囲む。
身体を温めるためにも歩を進めると、寒い風をしのげそうな洞窟を見つけた。
飛び込む様に入ろうとしたところで、男はふと漫画やアニメから得た知識を思い出す。
そこで、近くにあった石を拾い、投げ入れて音を確認した。
石が跳ねた音だけが響き、静寂が訪れる。
洞窟の前までたどり着くと、リュックサックから着火トーチを取り出して火を灯す。
火の揺れが少なく、浅い箇所は大丈夫そうだ。
そして、男は洞窟に入り、シートを敷いて腰を掛けた。
ふぅ…とため息をついて、リュックサックから飲み物を取り出す。
冷たい飲み物だが、喉を潤しておいた方がいいだろう。
静かだと思っていた洞窟内からピチャーン、ピチャーン…と、音が聞こえてきた。
落ち着いたことで、小さな音まで見逃さなくなったのだろう。
暗さに慣れた目で奥の方を見ると、下りになっている様だ。
探検しがいがある洞窟だな…と考えたが、待てよ?と思いとどまる。
洞窟の奥に入るための装備がない、ライトもヘルメットも。
男は諦め、休憩だけすることにした。
外に見える粉雪が風に舞ってキラキラと光り、幻想的な景色を作り出している。
それをぼーっと見ていると、雪道を歩いて火照った身体も徐々に冷えてきた。
よし、行くか!と、奮い立たせて洞窟を出る男。
外は風は吹いているが、雲間から光が差しており、先程よりはマシな寒さになっていた。
そして、雪道を辿って降りていく。
幻想的な光景は家への扉の前に着いても、変わらず静寂を貫いていた。
男は扉をくぐる前にふと、後ろに振り向く。
そこにはうさぎが二匹、見送る様に佇んでいた。
それを見て、男はバイバイと手を振り、扉をくぐった。
あれ?そういえば、あのうさぎ、額に赤く光る物があった様な…と考えつつ、意識を失った。
目が覚めて意識を取り戻すと、男はベッドの角に腰を掛けていた。
部屋を見回したが、猫も鳥もいない。
立ち上がり、ダイニングに向かうと猫も鳥もエサを食べていた。
そこで気になり、時計に視線を移すと、まだ1時間も経っていない。
そのことに驚いたが、どうすることも出来ない男は昼食の準備へと向かった。




