第19扉 暗闇
今日は色々な出来事が起こった日だった。
朝は意外に早く起きることが出来たため、ゆっくりと朝食を摂り、猫や鳥と戯れた。
通勤電車ではいつもより混んでいなくて、珍しく座ることも出来た。
会社では大きな失敗をして役員から叱責を受けたが、上司が庇ってくれた。
そして、そのことで先輩や同僚から羨望と嫉妬の目で見られるという珍しい体験もした。
失敗で遅れた仕事を挽回するべく遅くまで残業していると、会社で唯一の同期がコーヒーを奢ってくれた。
その後、その同期や同僚数名と飲みに行くことに。
愚痴や悪口など、他愛のない会社の出来事を肴に盛り上がり、終電を逃してしまった。
そして、翌日。
今日は祭日だが、出勤する日だ。
一緒に飲んだ同期は、要領の良いことに有給休暇を取っていた。
男は始発で急いで帰り、猫や鳥にエサを用意する。
昨日残した仕事量から考えて、今日は朝晩の分を皿に盛った。
ひげも剃らず、シャワーも浴びない。
慌ただしく着替えをして、家を出ていく。
幸いにして駆け込んだ電車は祭日で空いていた。
席に座り、息を整える。
駅からも走っていき、なんとか始業時間前に出社することが出来た男。
会社では有給休暇を取っている社員も多く、冷ややかな視線は少なかった。
席に着き、少し息を整えて落ち着くと、早速仕事に取り掛かる。
失敗した箇所の原因究明から始まり、修正を加えていく。
思う様に進まない現状に苛立ちを覚え、頭を掻いたところで上司が紙コップのお茶を差し出してきた。
礼を言い、一口だけ啜ると少し気持ちの整理がついた男は、改めて仕事と向き合った。
そうして、仕事を進めていく。
思ったよりもはかどり、少し残業をしてなんとか遅れから取り戻すと、今日はもういいか…と退社の準備をした。
会社を出ようと鞄を持ったところで、声を掛けられる。
声の相手は上司。
隣に同僚の女性もいる。
話を聞くと、以前の慰労会で迷惑をかけたから、お詫びに奢るという。
今日は人が少ないこともあり、変な勘繰りやついて来ようとする邪魔がいないタイミングなので、どうか?ということだそうだ。
それならば少しだけ…と、了承する男。
退社して行きついた先はいつもの居酒屋ではなく、イタリア料理のバル的な雰囲気の店だった。
こんな格好で大丈夫か?と言ったが、気軽に入れる店なので気にしなくていいとのこと。
二人は常連なのか、料理している店主と配膳している女将さんとその娘らしき人が、温かく出迎えてくれた。
今回は会社の飲み会とは違い、愚痴から入らず、ゆったりとした雰囲気で過ごす。
店員と会社の二人のやりとりも和やかだ。
同僚のいつもとは違う優しい表情が印象的だった。
そして、酒や料理も美味しく、居心地の良さに思わず長居してしまうところだった。
帰り際、店長に頑張れよ!と言われたが、なんのことだったのだろうか?
今回は二人とも特に悪酔いもなく、駅で別れる。
男から、ありがとうございました。と挨拶をすると、二人ともありがとうとこれからもよろしくと返された。
和やかな雰囲気のまま駅から電車に乗り、晴れた気分で帰宅をする。
猫も鳥もお気に入りの場所で、静かに寝ていた。
男はさっぱりとするべく、風呂場へ向かう。
シャワーを浴びて着替え、自室に戻ると、猫も鳥も先程の場所から動いていない。
大きな音を出さない様にして、男はベッドに潜り込んだ。
そして、翌日。
今日は土曜日。
気持ち良い目覚めで起き上がる男。
身支度をするため、洗面台へと向かう。
洗面台で髭を剃っていると、顎の辺りを少し切ってしまった。
血はすぐに止まったが、せっかくの良い気分が少し削がれた。
まあ、こんなこともあるさ…と気を取り直し、着替えてからコンビニへと向かう。
そこで朝食用のおにぎりやサラダ、そして、持っていくための飲み物のペットボトルやサンドイッチを買い、家に戻る。
自分の朝食の前にと猫や鳥のエサを準備し、様子を窺うとまだ寝ていた。
ダイニングで買ってきた朝食を摂り、扉へと向かう準備をする。
リュックサックを取り出し、中身を確認する。
入れっぱなしの道具一式を確認し、タオルや着替えを詰め込み、コンビニで買ってきた飲み物や食べ物を入れる。
少し不安に思った男は、傘や痴漢撃退用スプレーもリュックサックに詰め込んだ。
そして、リュックサックを背負って扉へと向かう。
今日の扉は…扉ではなかった。
暗めの紫色で厚手の生地のカーテンに仕切られているだけだが、その先は見通せない。
ちらちらとカーテンの端が動いているが、それでも先の様子は見えなかった。
不安を抱いた男は止める選択肢もあったが、開く決心をする。
意を決してカーテンを横に引いた。
その扉の先は真っ暗闇だった。
まったく見通すことが出来ないどころか、目の前の床さえ見えない。
スマホのライト機能を使って照らしてみても、見ることが出来なかった。
不安が強くなり、進むか迷う男。
十数分ほど悩んだが、これも何か意味があるのだろうと思い、扉をくぐることにした。
そぉっと片足を差し出し、足がつけるか探る。
何か床面の様な物の感触が、足裏から伝わる。
それを確認した男は思い切って、扉をくぐった。
くぐった直後、男は前後不覚の状態に陥る。
確かに立っている感覚はあるが、落ちて行っているのか?昇っているのか?前に進んでいるのか?止まっているのかさえ分からない。
幸いにして息苦しいことはないが、異様な感覚が身体を支配する。
入る前に使ったスマホを、ポケットから取り出して触ってみても、光らない。
起動した際に動くバイブレーション機能で振るえたため、スマホが壊れている訳でもない様だ。
辺りを見回すと、くぐってきた出入口から外の光が見えた。
その光が徐々に小さくなっていく。
慌てた男は、もがきながらも出入口の前に着き、急いで飛び込む。
そして、男は意識を失った。
男は目覚める。
何故かダイニングの椅子に座っていた。
きっちりと座っており、伏せた体勢でもなかった。
時計に視線を移すと20時を過ぎており、猫と鳥がエサの督促をする様に足を小突いている。
若干、思考が混乱しながらも男は立ち上がり、猫と鳥にエサを与える。
何もする気が起きなくなった男は、自室へと寝に向かった。




