第18扉 鉄塔
今日は途中まで平々凡々の時間を過ごした。
遅れることのない時間の朝に起き、猫と鳥にエサをやり、満員電車で押し潰されながらも通勤する。
仕事の進捗で多少の遅れはあるが、範囲内。
来週のスケジュールを考えると空きがあるので、頑張れるだろう。
来週に余裕を持たせるため、遅れを取り戻すべく少しだけ残業して、これから帰るぞ…と支度をしていたら、同僚と後輩たちに捉まった。
色々と鬱憤が溜まっているらしい同僚の愚痴の吐け口にされると覚悟する。
それは後輩たちも同じ様だ。
会社近くの駅前にある居酒屋に寄る。
面倒見が良い同僚と、同僚に憧れている後輩女や若干邪な考えを持っている後輩男、そして愚痴の相手になる男。
それが今日の飲み会のメンバーだ。
乾杯に始まり、同僚は酔うと加速して、愚痴が畳み掛けられる男。
そうですよねーとイエスマンになっている後輩女。
同僚や後輩女をなんとか誘い出そうと画策して失敗している後輩男。
そんなカオスな飲み会に、ただただ疲弊する。
そんな唐突な飲み会も終わり、後輩女はさっさと帰っていく。
後輩男は同僚に冷ややかな視線を向けられ、こちらも別れる。
そして、男は更に付き合えと同僚に首根っこを掴まれ、次の店へ。
そこはオーセンティックなBarで、男がよく行く店とはまるで雰囲気が違う。
レンガを模した壁にズラリと酒瓶が並び、席はカウンターだけ、隠れ家の様な店だった。
同僚は男とバーテンに愚痴をこぼしつつ酒を飲んでいると、寝てしまった。
男が時計を気にしている様子をバーテンが気に留め、帰っていいと言う。
この店は同僚が常連で、今回の様に酔いつぶれてしまうことはよくある事なのだそうだ。
男はバーテンにお礼を言い、全額の支払いを済ませて、店を後にする。
店から出て気付いたことだが、ここは家から歩ける場所だった。
意外と近くにこんな良い店があるんだな…と思いつつ、酔い覚ましにゆったり歩いて帰宅した。
玄関の扉を開けると、猫と鳥が出迎える。
抗議の内容は分かっている、エサの督促だ。
早く横になりたいという衝動を堪えて、猫と鳥のエサ入れにいつものエサを盛った。
食べる様子を見届けることなく、男は自室へ行き、ベッドに倒れこんだ。
そして、翌日。
男は目覚めると起き上がる。
ぼさぼさの髪に、スーツは皺だらけ。
だが、意外なことに酒は残っておらず、二日酔いが起きなかった。
とりあえず…と、身支度を整えるために風呂場へと向かった。
シャワーを浴びて、戻ってきた男は猫と鳥にエサを与える。
食べているところをボーっと見ながら、今日は土曜日だったことを思い出す。
リュックサックを部屋から取り出して、中身を確認するといつもの道具一式が入りっぱなしであった。
冷蔵庫からペットボトルを取り出すと、リュックサックに詰め込む。
周りを見回して、干しっぱなしになっていたタオルや着替えも詰め込んだ。
そうして、それを担いで扉へと向かう。
今日の扉は無機質なコンクリートの壁枠、扉枠がなく、白く塗られたシンプルな鉄板だった。
取っ手の上にはシリンダー型の鍵がある。
取っ手自体は円形で中がハンドル状になっており、くるくると回る様だ。
男はその取っ手を握り、扉を開いた。
独特なヒンヤリとした空気が流れ込んでくる。
目の前には武骨なコンクリートの壁、そして、大型の機械が並んでいた。
まるでビルの機械室の様だ。
奥の方に視線を移すと、この扉と同じ造りの扉が見える。
機械がどの様な物か分からない以上、この部屋でやることもないので、次の扉へと進む。
次の扉を開けると光が舞い込んできた。
男は少し眩しいと感じて、目を細める。
落ち着いて見てみると、そこは大理石で彩られた廊下だった。
小さいシャンデリアの様な電灯が定期的に配置され、明かりを灯している。
その廊下を進んでいくと、広いホールに出た。
右手に視線を移すと、奥に大きなスライド式の赤い扉が等間隔に三つ並んでいる。
反対側を見ると、ホールの先にガラスの扉があり、その扉から外の光が差していた。
男は赤い扉が気になり、そちらに向かう。
扉の横には▲のボタンがあり、エレベーターではないかと感じていた。
目の前に立つと中央の扉が開いた。
中は煌びやかな装飾が施されている壁で、広さとしては15人から20人ぐらい乗れそうだ。
男が乗り込むと扉が閉まる。
扉の横には▲と▼の二つのボタンしかない。
▲のボタンを押すとエレベーターは動き出した。
一瞬、圧力を受けた様に感じたが、それはすぐに解消され、快適な乗り心地で動いていく。
エレベーターはしばらく動いた後、ゆっくりと止まり、扉が開いた。
扉をくぐり、降り立ったフロアは一面ガラス張りの壁で外の景色が良く見える。
太陽の光で照らされているが、壁で遮断されており、外の空気や風は感じられなかった。
下の景色へと視線を移すと、ビル群、公園や神社、寺なども見られ、まるで日本の大都市の地に居る様だった。
だが、このフロア…そう展望室と呼べるだろう場所には誰一人いない。
それらしい人の気配も感じられなかった。
とりあえず…と、男は周辺を確認するために歩き出す。
この場所自体はシンプルで、床がカーペットで歩きやすい以外は特徴的な物もない。
展望室にありがちな設置型の望遠鏡もなかった。
外はというと、エレベーター出入口と真反対側で遠くの方に水場が見える。
水平線も見えることから、海と言って差し支えないだろう。
男は等間隔に設置してあるベンチのひとつに腰を掛け、休憩をする。
リュックサックから飲み物を取り出し、呷った。
ふぅというため息が出る。
こちら側は日陰になっており、空調が効いているのか温度も快適で心地よい。
ウトウトとまどろみの中へ入りかけて、手に持っていた飲み物をこぼしてしまった。
慌てた男はリュックサックからタオルを取り出し、服とベンチを拭く。
そうしていると、どこからともなく円形状の自動掃除機が来て、床面を掃除して去っていった。
それを見て、固まる男。
なんで、そんな物が…と、呆然とする。
呆然する時間を越えると、男はお手洗いを探すためにリュックサックを背負って席を立つ。
少し歩くと、すぐにお手洗いは見つかった。
個室に入り、着替えをする。
お手洗いの設備は人間の仕様に沿ったものだった。
着替えをした男はもう帰るか…と思い、エレベーターの方へと歩き出す。
ふと外を見ると、大きな鳶一羽がスーッと飛んでいき、遠くの方でもう一羽と合流して、山の方へと向かっていった。
それを見届けた男は再び歩き出し、エレベーターの前にたどり着いて▼のボタンを押す。
しばらく待つと、扉が開いた。
扉をくぐり、それに乗り込む。
乗り込むと扉が閉まって動き出し、一瞬ふわっとした感覚がしたものの、問題なく下まで到着した。
どっちだったっけ?と少し迷いつつも、なんとか家への扉の前に立つ。
そのままゆっくりと扉をくぐり……男は意識を失った。
男は気づくと、自室のパソコン用の椅子に座っていた。
目の前にはキーボードの上に寝ている猫がいる。
明かりが消えているディスプレイに視線を移すと、鳥が上に止まって毛繕いをしていた。
男は伸びをしてから時計を確認すると、まだ正午。
腹も減ったし、カップ麵でも食べるか…と、キッチンに向かった。




