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過ぎたる饗応──『料理は心なり、とは言いますが』

──贅沢とは何か。それは時として、人を試すための甘い罠である。


部屋へと案内された瞬間、男爵様はほとんど子供のように目を丸くした。


「ああ、これは……なんとまた随分と立派な部屋だねえ」


豪奢なシャンデリアが柔らかな光を放ち、重厚な調度品が壁際にずらりと並んでいる。窓辺にはベルベットのカーテンが優雅に揺れ、まるで王侯貴族でも迎え入れるような念の入りようだ。


「これが伯爵家の標準だとするならば、男爵家の私はほとんど物置暮らしだよ」


男爵様が苦笑まじりにつぶやくのを聞き、私は微笑んだ。


「男爵様のお屋敷は物置どころか、温かさではこちらよりも遥かに上でございますよ」


そう告げると、男爵様は嬉しそうに顔を綻ばせた。どこかくすぐったそうに、しかし誇らしげでもある。


やがて招かれた夕食の場も、伯爵家らしい華やかさに満ちていた。テーブルには、見目麗しい銀器がずらりと並び、香り高いスープが湯気を立てている。サンゼールが背筋を伸ばし、優雅な動作でワインを注ぎ、給仕のタイミングを寸分違わぬ間合いでこなしていた。


「いやあ、さすが伯爵家だねえ」


男爵様は何度も感嘆の声を漏らし、スープをひと口啜るたびに「美味しいねえ」「味が上品だ」と、心から感心していた。私はその様子を隣で眺めながら、サンゼールの立ち振る舞いを静かに観察した。


確かに、この若き執事は鍛えられている。礼節も心得ており、動作に無駄がない。伯爵家の格式にふさわしい器量の持ち主──しかしそれでも、私は心の奥底で淡く笑っていた。


「この一品は、王室の晩餐会でも振る舞われた料理でね……」


伯爵は鼻高々に語り始め、自身の若かりし頃の武勲、遠征先での活躍、王都での社交界の栄光といった話に移っていった。男爵様は「ははあ」と曖昧な相槌を繰り返し、私は黙して聞き流す。


「ところでアルフォンス伯爵、そういえばそちらのお嬢さん──ティタ嬢はお元気かね?」


男爵様の問いに、伯爵の語り口が急に濁った。


「ああ、まあ、元気ではあるがね……まあ、あれだ、娘というのは、なかなか親の思う通りには育たないものでね……」


曖昧な笑顔の奥に何かを隠している。だが、今はその蓋を開ける時ではない。


やがて食事は終わり、伯爵が立ち上がった。


「さて、明日は楽しみにしているよ。君たちの奮闘を期待しているぞ」


男爵様は頷きながらも、視線を私に向けて小さくため息を漏らした。


廊下を歩きながら、男爵様は私に小声で話しかけてきた。


「クロード、うちとは勝手が違うからね……負けても仕方ないよ。君に恥をかかせるつもりはないしね」


その声には、私への信頼と同時に、妙な申し訳なさが含まれていた。私はそっとその心を察し、いつもの調子で微笑んだ。


「ご心配には及びません、男爵様」


「……本当に大丈夫なのかい? クロード、君は時々、目が据わっていて怖いときがあるんだけど」


「恐縮です。勝ち筋は既に見つけておりますので、ご安心ください」


「……そうか、ならよかった。いや、よくない気もするけど……いや、よかったことにしておこう」


男爵様は自分で自分を納得させるように呟き、私はふふ、と小さく笑った。


自室に戻る道すがら、私はサンゼールの姿を思い浮かべた。彼は確かに優秀だ。その礼儀作法、細かな気配り、給仕の技術……どれを取っても申し分ない。


だが、執事に必要な本質は何か? それは技術だけではない。主人への忠誠と愛情──それこそが、執事の根源だ。


サンゼールは忠実な執事だろうが、あの伯爵家において、それは果たして私ほど強固なものかどうか。


私は静かに扉を閉める。


この勝負、必ず私が制する。なぜなら私には、絶対に譲れぬ守るべきものがあるからだ。


私は静かに扉を閉める。男爵様の部屋からは、安らかな寝息が聞こえていた。


私は明日を見据えながら、黙々と支度を整え始めた。夜の静寂の中、戦いの幕が音もなく、ゆっくりと上がろうとしていた。

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