執事勝負──『我が家の誇りにかけて』
──沈黙というのは、時として最も鋭い武器になる。
私が静かに問いを切り出した途端、それまで傲慢な微笑を浮かべていたアルフォンス伯爵の顔色が、微妙に変わった。
「伯爵様より頂戴いたしましたお手紙、確かに拝読いたしました。差し出がましいようですが、その中にございます数行──『変わった趣味の持ち主、ゲテモノ好き』という我が妻アトラへの表現について、男爵家としてご見解を伺いたく存じます」
私の静かな声は、この華美な応接室において鋭い刃のように響いた。伯爵はわずかに眉を震わせ、唇を噛み締めた。隣に控える若い執事、サンゼールが小さくため息をつくのが見えた。
「ああ、その、手紙のことか。あれは、軽い冗談というか、ちょっとした……言葉遊びだよ。気にするようなことでは……」
「伯爵様」
サンゼールが静かに口を挟む。
「お言葉ですが、今回の表現は相手方に対して大変失礼にあたります。言葉の選び方には、もう少し配慮が必要かと」
伯爵の頬が赤く染まり、居心地悪そうに身体を動かした。普段、威張り散らしている男が自分の執事に嗜められる姿ほど滑稽なものはない。私は表情を変えず、じっと彼を見据えている。
「……いや、その、サンゼールの言う通りだな。私も少々、言葉が過ぎたかもしれん。クロード、ルードヴィッヒ男爵、申し訳なかった」
伯爵の声はやや小さく、消え入りそうだった。男爵様が慌てて首を振る。
「いやいや、アルフォンス伯爵。君が謝るなら、それでいいよ。これで解決ということで──」
男爵様が穏やかに立ち上がろうとした瞬間、伯爵が急に思い立ったように声をあげた。
「いや、待ってくれ!」
室内に再び静寂が訪れる。伯爵はまるで何かを思いついたかのように表情を明るくした。
「せっかくここまで来たのだ。ただ帰ってしまうのはもったいない。どうだろう? 我が家のサンゼールと君の執事クロード、どちらが有能か、勝負をしてみては?」
私の眉が一瞬だけ動く。男爵様は不安そうに私を見つめた。
「いやいや、そんなことは──」
「いいではないか!ちょうど面白い趣向だ。泊まっていけばいいじゃないか!この広い屋敷だ、部屋はいくらでもある」
伯爵は意気揚々としている。自分の執事がいかに優秀かを見せつけたいのだろう。その傍らでサンゼールが困ったように微笑みを浮かべた。
「伯爵様、あまり軽率な勝負事は……」
「何を言う、サンゼール! お前なら楽勝だろう? むしろ、これは君の腕前を皆に見てもらう良い機会だ!」
私は静かにサンゼールを見た。彼は一瞬だけ私に視線を向けたが、すぐに目を逸らした。だが、その目には好奇心と、僅かな闘志が見え隠れしていた。
男爵様が心配そうに私の袖を引く。
「クロード、無理に引き受けなくてもいいんだよ?」
私は静かに、しかし確かな笑みを浮かべ、丁寧に頭を下げた。
「いえ、男爵様。これもまた、執事としての務めかと存じます」
そして伯爵に向き直る。
「僭越ながら、私などでよろしければ、伯爵様のお言葉に甘えさせていただきます」
その瞬間、伯爵は勝利を確信したように得意げに胸を張った。しかし私は心の中で静かに、鋭く微笑んでいた。
──伯爵様、勝負を仕掛けたことを、あなたはきっと後悔するでしょう。
この場にいる誰もが、私の執事としての本質をまだ知らないのだから。




