03_69 自由都市で
自由都市ズール近郊のルガリエ地区――通称【大穴】周辺は、正直、余り治安のいい地域ではない。
武器工房が営まれてる地区は他にもあるが、ルガリエは客層に問題があると、一目見れば純朴な農夫にも理解できる。
やや値が張るが、頑丈で精度のいいマスケットやクロスボウ、刀剣や鎧を求めて一帯を出入りするのは、目つきの鋭い浮浪傭兵に無宿人、屈強なランツクネヒトと言った剣呑な類の人種ばかり。
中には隊商や農村、店舗の用心棒と言った者たちも見かけられるが、いずれにしても堅気の雰囲気ではない。
旅人に行商人、小金を貯めた農民や渡り人などが、身を護る武器を求めて出入りしていいような地域ではなかった。
善良な一般行商人を自認するマギーちゃんは、稀によく時々だが、ルガリエ地区に出入りしている。
部族戦士だのランツクネヒトだの浮浪傭兵だの遊牧民だのの骨を叩き割ったり、血管を切り裂いた手斧や大振りのナイフがすぐに曲がったり、壊れたりして代わりを買わないといけない。
武器と武器で撃ち合えば、どうしたって道具は壊れる。細かく手入れして修繕するより、買い替えた方が話が早い。
だけど、本当は行きたくない。だって、黄昏の世でさえ、ルガリエ地区に出入りなんかすれば、どうしたってよろしくない風評が付き纏うからだ。
穴倉に出入りすれば、絶対に良くない目で見られる。評判が落ちるとか、下がるではない。うさん臭さが付き纏う。
定期的に武器を買い替える人種。かと言って、都市軍とも違い、金属薬莢や紙薬莢を正規の工房よりも、穴倉の職人や職工から買う類の人間。暫く前に揉めた遊牧民たちも、和解したとはいえ、まだ狙っているかも知れない。
いや、知った事か。恐れていては何もできないし、どのみち元賞金稼ぎ。マギーは踏ん切りを付けた。
「血生臭いと思ったら、また、おめぇか」「うっ、ひでぇ臓物の臭い、吐きそうだ」などと年頃の娘さんに向けるには失礼過ぎる誹謗中傷を鼻を摘まんだ職人たちから浴びせられるも、じっと耐え忍んで、恐い連中の目線にも怯まずに命を守るために武器を買わなければならないんだ。
人を殺した後、ちょっとアンニュイで面倒くさくて着替えなかっただけなのに酷い言われようだけど、その分、絡まれなくていい。
凶悪な様相のランツクネヒトや浮浪傭兵が何かいいながらこそこそと物陰から見ていた。女を拐かす相談でもしてるんではないかと、気が気ではない。
「おい、スネイクバイトがいるぞ」「しっ、目を合わせるな」「ひっ、スネイクバイトだ」「恐いよ、俺」
どうやら昔の仲間が何処かにいるようだ。とマギーちゃんは解釈した。もうすっかり堅気になった美女商人(自認・願望)のマギーちゃんは会いたくないな、恐いよぅ。と覆面で顔を隠し、足音も立てずに路地の影を通り過ぎた。
それにしても認知のズレとは恐ろしいものだと思うマギーちゃんであった。
――――
爆心地にも、素堀の鉱山跡にも見える大穴を横目に、縦横入り組んだ路地を進んだマギーは、目当ての工房へと行きついた。
行きつけの武器工房で一番のお気に入りが『黒鉄工房』。
製品は壊れにくく頑丈で、ある程度だが乱暴に扱っても精度が保証されてる。
なにより長持ちして持ち主も修繕しやすい。そう言う傾向と言うだけで、幾らかは信頼できた。
来訪するも、ヴィクター親方は別の客に付きっ切りだった。普段のナイフや手斧の替えなら徒弟相手で構わないが、親方に話が合ったので待たせてもらう。
工房の中心に備わった炉は煤で黒ずみ、湿った石の匂いが鼻を突いた。
中庭には白樺の樹が聳えていた。石垣の花壇に茂みが生い茂っている。
葉は、いずれも枯れたようなくすんだ緑色が滲んでいたが、それでも(……悪い趣味ではない)とマギーは瞳を細めた。
曠野の厳しい自然風景に、よく馴染んでいると思いながら、ベンチに座って眺める。
前の客は決めかねているようで中々、買わない。
自作農だろうか。小奇麗だが簡素な麻のチュニックに革靴の男は、一時間以上も悩んでいる様子でうろうろとしている。
たっぷり膨らんだ財布を持っているが、慎重になる理由も分からないではない。
物々交換が主体になった世の中に、現金は額面以上に貴重な品だ。
もっとも、都市から遠く離れてしまうと、場所によっては焚きつけにしかならない。
いい加減、待つのに飽きたマギーちゃんは、長椅子から立ち上がった。
「クロスボウなら500lbの代物があるよ。プレートメイルも撃ち抜くよ」親方がニコニコしながら自慢の品を一見の客にお勧めしてる。
「知ってる。高硬度鋼を使ってて、維持費が五倍くらい掛かるやつな」壁に寄りかかりながら、マギーちゃんは頷いた。
「ついでに言うと、ボルトも曲がり易くて再利用できず、壊れやすくて修理も難しい」マギーの言葉を聞いて、大型クロスボウに興味の目を向けていた顧客が、そっと見本を机に戻した。
「商売の邪魔しに来たのか?」愛想よく振舞ってた親方が鬼瓦みたいな形相を浮かべて噛みついてきた。
「良いから120lbのやつ見せてくれ。幾らだ?」とマギー。
「別に安くねえぞ。240」腹を立てたのか。普段より大幅な値上げをしてきた。
「ふざけんな。何時もは180だろ」マギーの言に「相場知ってるなら聞くなよ」と鼻を鳴らした親方。
「150にまからん?」尋ねてみると「帰れ」と親方に冷たくあしらわれた。
「まあ、聞け。私が使うんじゃないんだ。いや、私も使うんだけどな」マギーの物言いに顰め面のヴィクター親方。
なに言ってんだ?と言いたげな、胡散臭いものを眺める視線を向けてきた。
「地元の農民衆がな、クロスボウを買い付ける」マギーは、肩を竦めて事情を説明する。
「私が代理人になったんだよ。で、良さそうな代物を探してる」大口の取引を匂わせてみるも、親方の反応は思ったより芳しくない。
「うーん。大量生産できる代物でもないしな」ぼやいてる親方に、「なんで?」マギーは目を瞬いた。
「大口の注文だからって安くなる訳じゃないんだ」とヴィクター親方は顧客に説明する。
「うちらは普段、都市の正規工房の余り物の資材を安く買って、マスケットやクロスボウをコツコツと一つずつ仕上げて、売ってるんだ。分かるか?」親方の説明は、筋が通っているようにマギーにも思えた。
「あぁ。中世経済だな」頭を振った。原材料や商品の流通の細さに、職人依存の手工業がどうしたって生産力を抑制している。
「所詮、零細だ。材料を安めの時期に買ってるから、大量生産になると却って値が上がる」とは言え、ヴィクター親方。年長の徒弟を呼んで、客の案内を頼んだ。マギーの相手をする気になったようだ。
椅子に座ったマギーが「160にならんか?」値切ってみる。
「180だな」と即答してから、親方が考え込んで口を開いた。
「おめぇさん。行商人やってたな。銃の部品買い集めてただろ」
うん?とマギーは、首を傾げた。ルガリエや自由都市の蚤の市で一時期、廃墟漁りなどから銃器の部品を買い集めた話が耳に入ってたらしい。
「俺んところにも持ってきてくれ」と親方が依頼してきた。
「時々、修理で持ち込む奴がいるんだ。
金属薬莢や紙薬莢、パーカッション式の銃の部品。そしたら、安く卸してやるよ。半額とはいかんけど」
ふむん、と首を傾げて少し思案してから、マギーは提案してみた。
「それなら、此方で部品を持ち込めば、ある程度は安く売ってくれるかな?」
※※※※
徒弟のトリスは、始めて目にする自由都市ズールの偉容に、口を半開きにして見とれていた。ポレシャ市から歩いて二日。連日の徒歩に足は痛み、靴ずれもできていた。足に合ったいい靴が有ってこれだ。親方マギーの言いつけで、市内で半日も動き回って歩くのに慣れてなかったら、今よりはるかに悲惨な状況になっていたに違いない。
外から見た都市の輪郭は……古い本で見た工業期の大都会そのものにも見えた。
冷静になれば、見比べるまでもない貧相で矮小な文明の残滓に過ぎないとわかるけれど、始めて見た立ち並ぶ廃墟のビル群は、一部が崩れながらもなおも威圧的で、それよりは低いが漆喰の白い塔や色付き煉瓦の尖塔が、天を突くように聳えている。
巨大な防壁は都市の全域を覆い、壁の上には見張り台が等間隔に並んでおり、機銃までが備え付けられていた。
防壁の外にも、小さな家々がぎっしりと並んだ区画があって、一つ一つがポレシャの市民街区にも匹敵するようにさえ思えた。
夥しい数の人々が城門を出入りしている。傭兵、行商人、農夫、奴隷に召使い、放浪者、浮浪者、馬借に羊飼い、堂々たる自由騎兵が、馬上から一瞥をくれる。
見た事もない数の人々が往来する雑踏に、トリスは頭がクラクラしてきた。
「最初はそうなる。すぐに慣れるよ」ニナが囁き、「財布を取られないようにしなさいよ」とジーナ・エクルストンが笑っている。
自由都市の蚤の市は、明るい喧騒と用心深い陰影が逢魔が時のように入り混じる迷宮めいた風景が広がっていた。
防壁沿いに歪んだ建物が犇めいて、狭間に走る路地には小さな店が開いている。
建物の合間にぽっかり空いた狭い空き地にも、肉や豆、パンを焼く香りに泥や煤の臭い、色褪せた古布と汗ばんだ肌の匂いが混ざり合った独特の気配が漂っている。
路地の行き止まりの古い天幕や崩れかけの屋台が散在し、うだつの上がらない廃墟漁りに、冒険者気取りの放浪者ども。廃物を漁った乞食や浮浪者、主人から小物をくすねた召使いなども売り物を持ち込んでいる。
錆びた農具、欠けた食器、擦り切れた衣類などが無秩序に積まれ、掘り出し物を探す客の足音や値引き交渉、時折、荷車を押す音や驢馬に牛、羊や馬などの足音も壁に反響して何処からか響いてくる。
身を縮めて行き交う群衆には、賞金の掛かった無法者や無宿人と言った無頼の他に農民や金のない庶民、自由農民や渡り人、旅商人や物好きの貴族と護衛なども見かけられた――客層は雑多だが、誰もが警戒を欠かさない。
露店や屋台で品物を広げる行商人の周囲には、腹を空かせた浮浪児がうろついているが、商人たちに雇われた破落戸たちが鋭い視線を走らせていた。
185cm――最近、2cm伸びた――の身長は、市民や騎士階級にしても高い方で、女性ではなおさらに良く目立った。一部の人々はマギー親方の顔を知っているようで、占いをしてる漂泊民の老婆は、魔よけの印を指で描き、地元民の農婦はさっと我が子を後ろに隠した。
「おお、スネイクバイト」喘ぐように漆黒の都市衛兵たちが囁きを洩らしている。
マギー親方曰く「堅気の可愛い女の子商人である」ので斯様な反応は好きくないらしい。顔に布を巻いて覆面を被ると、反応が随分とましになった。
暫く顔を見せなかったと言う蚤の市を歩き回りつつ、マギー親方とニナは露店や屋台を冷かして回った。求めているのは鉄や鋼、それに壊れた古い武器など。
心当たりは幾つかあるそうだ。特に廃墟漁りや戦場跡を漁る浮浪者徒党などは、使えもしない古い武器や面白そうな道具を所持してることが多い。
幾らかは適当なガラス瓶やら錆びた鉄、布切れなども買う。こんな代物でも、ポレシャ市や他の居留地に持ち込めば、幾らかでも買い取ってくれるとトリスに教えてくれる。と言っても、支払いは大抵、他所では使えない居留地紙幣でになるのだが。ポレシャ通貨なら使えない事もない。
それに他の品を買っておけば、本命へのよい目くらましにもなる、と色々と教えてくれる。
探している廃墟漁りどもは、ポレシャと同様、海千山千の強か者が多いようだ。ポレシャ市でも何処でも、連中は手強い交渉相手だ。買う時は必ず値切るし、売る時は必ず吹っ掛けてくる。
欲しいものが良い鉄だと見透かされれば、間違いなく値上げされる。
廃墟漁りたちの店で望みの鉄を複数、見かけたマギー親方は、買い取りを持ち掛けた。
交渉して幾つかは買い取り、高い時は割合あっさりと諦めてしまう。
欲しい事は欲しいが相場を越えてまで欲してる訳ではない、とメッセージを送っている。基本的には、鍛冶屋やルガリエの工房に持ち込んだ時と、殆んど同じ値で買い取っていると言っていた。
日々を危険に晒されるのが、廃墟漁りの生き方で、中には鋭い嗅覚の持主も混じっている。
なにかしら、稼ぎの臭いでも嗅ぎつけたか。若い廃墟漁りの一人が、穏やかな笑顔を浮かべ、それとなく使い道を聞いてきた。
整ったハンサムな相貌に優しげな声で囀るが、眼鏡の奥の怜悧な瞳は欠片も笑ってない。ほんの一瞬、眉の端が神経質に動き、何かしらの疑念を抱いたように見えたが、マギーは「教えるつもりはないよ」そう薄く微笑んで平然と受け流した。
最後には、多少、暴力の匂いさえ漂わせて尋ねて来た廃墟漁りの店を早々に立ち去った。
黄昏の時代には、珍しくない事だ。他人の経路や販路を調べ、商売諸共に乗っ取って相手を潰す。金の力で潰すこともあれば、暴力が用いられることもある。
欲深い廃墟漁りたちのことだ。
他所に持ち込んで採算の取れる金額でもなければ、個人で使う量でもない鉄を何度も買い漁るとなれば、いずれは売り先を調べ始める程度はしてくるかも知れない、とマギー親方は囁いた。廃墟漁りとは、そういう意味では荒っぽいし、同時に抜け目がない連中だ。
「荒事稼業の暴力と、商売人たちの狡猾さを兼ね備えている……と本人たちは考えてるだろうね」マギー親方は、笑いながら「抜け目ないし、利口だけど、賢くはないねぇ」と言うと、ニナが「……油断しないように」と忠告してる。
廃墟漁りたちの商売がどうしたって短期的な利益を求める傾向になるのは、明日や未来など考える余裕はない暮らしに染み付いてしまった刹那的で近視眼的な考え方ゆえだろう。土地を転々とする危険の多い人生には、その場で利益を引き出すのが、利益を最大化する最適解なのだ。
「他人との間に信頼を築けることは滅多にない」とも分析しているマギー親方だが、探りたければ、探ればいい、と割り切っているようだ。
鉄を買い取り値でそのまま工房に転売する理由は分かるまいよ、と結論を出していた。
転売そのものが利益ではなく、工房に売った結果、造り出される製品からの転売に利益が生じるのだが、仮に商売の種を解き明かしても、マギーの販路や利益を乗っ取る事は出来ない。
ポレシャ市のクロスボウ買取は、マギー個人に付随する契約だからだ。
廃墟鉱夫団や武装鉱夫たちは随分とマシな対応で、少量の客でも随分と丁寧に相手をしてくれた。望みの鉄が無かった時には申し訳なさそうな顔まで浮かべて、此方の注文を聞いて、次には揃えられるかもしれないと申し出てきた。
マギーも礼儀正しく、そこまでしてもらうには悪いと断りながら、ポレシャ市で売れそうな鉄やくず鉄を幾らか買い込んでから、辞去する。
奇妙な話だが廃墟漁りたちに対するよりも、ずっと緊張していたようで、マギー親方も、ジーナ・エクルストンも、別れた後には額の汗を拭いていた。
蚤の市を幾つか廻り、今まで買わなかった品やポレシャ市に廻していた鉄の幾らかを噂に聞くルガリエ地区へと持ち込んだ。
ヴィクター親方の工房で鉄を見せてから、マギー親方はなんらかの契約書を交わしたが、仮に損しようとも、手痛いがまあどうとでもなる金額でもあると言っていた。
とは言え、ヴィクター親方がなんの契約をしたかトリスは知らないものの、まず騙さないだろう。
マギー親方には血と暴力の臭いが漂っている。何故なら、伝説の賞金稼ぎスネイクバイトは、殺すと誓約した相手を必ず殺してきたからだ。
和解した逸話もあれば、敗走した風聞もあるけれど、本人が行使するかは別としても、報復を可能とする武力を持ち、それを行使する可能性があるだけで、普通の人間は契約を守る。
引退しようが、堅気になろうが、マギー親方は多分、永遠に伝説のスネイクバイトなのだ。
他の店でも必要量の鉄なら、充分に揃いそうなので廃墟漁りたちとは、もう取引しないだろう。
トリスは小遣いを親方に貰い、ニナと一緒にズールを見て廻ったが、指示された地域や街路の外には決して出なかった。かつて住んでいた廃墟地区よりマシとは言え、ズールも暮らしやすいばかりの都ではない。
スリもいれば強盗もいるし、大通りや路地裏を破落戸に浮浪傭兵、無宿人などもうろついているのだ。
「望むなら、また連れてくるよ」マギー親方の言に、都市の風景や店をもう少し見て廻りたいと言うトリスの好奇心も自然、落ち着いた。なんとなれば、マギー親方は、一度も約束を破った事が無く、かつ無理な約束をしたことも無いからだ。
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10月中旬_9826都市通貨




