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黄昏のガンダルヴァ  作者: 猫弾正
Z_275年+

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03_68 牧草地争い

 グレイリングの牧草地は、遠目には広く見えるが、実際に足を踏み入れると痩せているのが分かる小さな草原だ。草は低く、密でもない。

 踏むと土の感触がすぐに靴底に伝わってきた。ところどころに灰色がかった石が顔を出している。夏を越えたばかりのはずなのに、草の色は既に緑を失い、黄褐色に傾き始めていた。


 羊たちさえ、不味そうに草を食んでいる。冷夏の年だった。背の低い草は十分に伸びきらず、葉も薄い。十数頭の羊を近場で放つだけで、すぐに地肌が見えてしまう。放っておけば冬を待たずに禿げる、そんな牧草地だ。

 それでもグレイリングは曠野ではまだましな部類に入る牧草地だった。水が完全に枯れることもなく、地形はなだらかで囲いを張りやすい。


 十月に入ったばかりにも拘らず、風は既に肌寒く、昼間でも手袋を欲しくなる。雲が低く垂れこめ、日が差しても長くは続かない。

 遠くの丘には、薄く霜を含んだ白が朝のうちだけ残るようになっていた。冬が、もう視界に入っている。


 牧草地の境界は、杭と古い石列で示されている。どれも新しくはない。

 何度も打ち壊され、そして積み直され、そのたびに少しずつ位置が変わった痕跡がある。

 草の背が低い分、境界線はいやでも目に入る。警告文を書かれた看板も立てられており、足を踏み入れた先が誰の土地で、何者を怒らせるかは、はっきり分かる筈だった。そしてグレイリングの牧草で養える羊は、限られている。ほとんど余裕はない。冷え込む風の下、歯を食い縛っているイザベル・ミラーは、それでも牧草地が争われる理由を考えるまでもなく理解していた。


 ライフルを掴んで窪みに屈んでいる、そのすぐ頭上を甲高い笛の根に似た音を立てて弾丸が通り抜けた。空気を切り裂く音からして、マスケット弾ではない。

 最低でもミニエー弾。最悪は金属薬莢製のライフル弾頭だが、流石にそれは無いか、あっても切り札だと思いたい。それとも、武器商人との伝手が強い類の無頼なのか。

 恐怖に膀胱が縮まる感覚と共に、小便が洩れそうになる。頭を上げずに足を延ばし、ズボンを脱いで小便をした。


 湯気に包まれながら(今、死んだらみっともない姿だな)などと思う。出し切ってからズボンを上げて、ベルトを締めた。

 隣で伏せていたJJの奴が目を剥いていたが、知った事か。馬鹿みたいな行動に思えるかもしれないが、季節は初秋で風は既に冷たい。小便で衣服が濡れると動きが鈍るし、身体も冷える。それは良くない。


 秋の次は冬が来る。羊を太らせないければならない。牧草地の乏しい草を巡って、牧者同士での諍いも起きるし、時には、牧草地そのものを奪おうと争いになる時もある。小競り合いが増えていた。


 イザベル・ミラーたちが属する牧者衆に、特に名前はない。単に牧者衆とだけ呼ばれてる。暮らしている居留地が近くの牧草地が勿体ないからと、放浪羊飼いの家族を幾つか呼び込んで組織したのが始まりの、よくある居留地と契約した牧者衆だ。

 そしてグレイリングの牧草地は、ポレシャの契約牧者衆がずっと使用している。百年以上も昔からだ。

 牧草地の広さが養える羊の数。農民の水源や農地の境界線と同じだ。素手の喧嘩や言い争いくらいは絶えないが、殴り合いで死人が出ても、賠償で許されることもある。銃を用いてしまえば、もう喧嘩では済まない。殺し合いとなる。


 その筈だ。いきなり撃たれた。羊の傍で呑気に鼻歌を歌っていた仲間が一発で倒れた。相当な腕前だ。イザベル・ミラーもそれなりの腕だと自負しているが、多分、及ばない。

 味方の牧者では腕利きで知られたルーク・アンダーソンや今は亡きエマ・デイヴィスでやっとだろうか。イザベルたちが泡を喰って地に伏せながら反撃すると、向こうもさらに攻撃してきた。


 相手側は、複数名。十人はいないが、五人は下らない。銃声の数と火点の位置。動き回る人影からして多分だけれど、六人から八人。全員がライフルだとしたら、ちょっとした戦闘部隊だ。一人頭、三発としても二十発近く撃ってきている。

 此方はいきなり奇襲を受け、頭を押さえられた。かなりバラバラな位置に各々が好き勝手に伏せている。

 良くない状況だ。寒さに洩れた鼻水を袖口で拭う。呼吸が荒い。寒いのに乾燥していて、喉も乾く。この先の湧き水で水筒を補充するつもりだった。


 発射間隔と使われている弾頭の音からするに、多分に後込め式ライフル。単発式で頑丈、整備性も良く、取り回しがしやすい。そして精度が高い。十中八九、牧者か、牧童の類。同業者だ。

 最初の射手は、慎重に機会を狙っているのか。流石に、遮蔽物の背後で細かく動き回っては、顔と手だけ出して反撃する者らを撃ち抜けるほどの腕は持っていないのか。それとも、やはり正体不明の向こう側も、弾薬は貴重なのかしらん?と首を傾げる。

「あいつら、何者だろうな!?」離れた岩陰から、仲間のリックが喚いていた。

「分からん、ハック団か。それともスージあたりの契約牧者かな」とJJがイザベルの隣で伏せながら、首を傾げている。


 分からん。いきなり銃撃とは、凄い殺意だ。境界争いをするにしても、大抵は各々の言い分を言い合うところから始まるのが普通だ。

 特に居留地が領有――或いは領有を主張している牧草地であれば、雇い主や第三者だって絡んでくるのだから。そこから幾度か、こん棒外交で互いに兵員を見せ合って、無駄な損耗は避けようと落としどころを探りつつ、時に小競り合いしながらも、互いの主張を纏めていく。


 だって世の中には、揉めている敵と味方以外にも漁夫の利を狙う、第三の部族や遊牧民、牧者に牧童、武装した羊飼いたちが幾らでもいるのだから。

 抗争の損害が酷ければ、我々はもっと上手くやりますよ、と雇い主に売り込んできたり、味方するので牧草地をくれと割り込んでくる傭兵なんかも少なくない。

 だから、手強い相手との抗争は、最終的に勝てる見込みでも避けて、落としどころを探す事も珍しくない。


 ハック団はここ数年、牧草地を巡ってイザベルたちと揉めている牧童とも牧者ともつかぬ徒党だ。羊や山羊を育てては近隣の町に肉や毛皮など売り込んでいるが、ポレシャの牧草地に度々、侵入しているので当然に小競り合いが起きていた。

 スージは、やはり牧草地の領有を争っている町で、ポレシャ同様に契約牧者衆を抱えている。

 町の市民たちよりも、契約牧者同士の方がずっと険悪な関係に陥っているのは、奇妙な話にも思えるが、西部開拓時代の牧童らや、中世の荘園管理人たちが水源や境界を巡って争った際にも、しばしば見られた現象だった。


 要するに心当たりは複数あるけれど、イザベルたちの飼い主はポレシャ『市』だ。丘陵地帯を挟んでにしろ、自由都市ズールと多少は拮抗できるほどに、軍事力も、経済も近隣では多分、一等賞。

 どんぐりの背比べではなく、圧倒はしないけど図抜けているくらいの大型居留地。

 一対一で殴り合える居留地は、曠野の東部には滅多に存在していない。小競り合いはあっても、正面衝突は何処だって避けたいはず。そう考えると、割に合わない話とも思えるが、現実に攻撃を受けている。


「うちら(ポレシャ牧者)もここ数年、あんま、顔見せなかったからなぁ。調子に乗ってる」褐色娘でひらひらした服のエジプシャンがライフルを撃ち返すも、すぐに頭を引っ込めている。

「勢力取り戻す前に叩きに来たのかね、厄介にゃ」チシャ猫が囁いた。あだ名である。美少女の頭部に動く猫耳。どうなってるんだ、とイザベルは思う。

「いきなり撃ってきた。放浪牧者の集団かもしれんぞな」イザベルが言うと、「牧者とは限らんだろう。決めつけるのは早い。略奪者レイダーかも……」

 馬鹿なことを言い出したのはフラワーヘッドだ。


 すぐに牧者じゃないかも、とか。悪意はなかったかもしれない。決めつけるのは良くないとか危険な状況でも言い出すので、みんなが無視したり、イライラさせられる。

 どんな馬鹿な家畜泥棒でも、武装した牧者衆を襲うものか。相手の装備や戦術、利害から見れば、同業の襲撃なのは一目瞭然だ。

「両親は立派な牧者なのに、どうしたらお前みたいのが育つんだにゃ」チシャ猫が毒づくように噛みついた。露骨な侮蔑にフラワーヘッドが憤慨するが、両者ともに表情は強張り、血の気が引いている。なにか言い争ってるのを無視して、イザベルは状況を観察する。


「ミラが。血が止まんない。死んじゃうよぉ!」誰かが叫んでいる。ミラは一番の年嵩で小集団のリーダーめいた役を果たしていた。

 本格的な銃撃戦を幾度か経験済みのイザベルは、ぐったりしてるミラを見て、あれは駄目だな、と判断したが、「無理に動かすな。伏せたまま、土手の後ろに引っ張れ」声に出しては励ました。

「あと反撃!手を休めるな!」檄を飛ばした。弾を無駄遣いする訳にもいかないが、撃たれっぱなしの方が拙い。

 それにしても、纏まっていたら、一斉射撃を受けていたかな。或いは、全滅してたかも知れない。念の為、行軍隊列を取っていてよかった。

 斥候は失ったが、立て直しはまだ効く。散開して、間隔を取っている隊形なら、初弾被害は局限できる。怜悧かも知れないが、イザベル・ミラーは算段を立てる。


 牧者たちは、あまり弾薬を持っていない。紙薬莢を一人頭、五発から七発。貴重品なのだ。それでも、犬もいれば、こん棒に槍も携えている。後は玩具みたいな短刀ダガーと工作の為の手斧。イザベルの属する隊は、若い娘が多く、成人した屈強の放浪牧者たちと白兵に陥ったら、何人が生き残れるかも分からない。


 本来、それでも屍者や変異獣を撃退したり、家畜泥棒や無法者を追い払うには充分な武装の筈だった。

 何人かは、燧石フリントロック式や歯輪ホイールロック式の短銃に火薬と円弾の早合を革袋に入れてるが、これは予備も予備。射程も、精度も、装填速度だって到底、紙薬莢の後込め式ライフルと戦える代物ではなかった。


 イザベルが警戒していた位置に人影が湧いた。ライフルで狙いすまして撃った。

 引っ込んだ。当たっただろうか。反撃してくる。仕留め損ねた。

「左から、弾が飛んできた!」イザベルが喚くと「くそ、廻り込まれたかな」とリックか、JJが背後で喚いていた。

「ミラは?!」「多分、やられた。あっちでひっくり返ってる」

「くそ、ルークやエマがいなくなったの、知ってやがるのか」JJがにじり寄ってきて、呻いている。顔が恐怖に強張っていた。

 イザベルは舌打ちして、様子を窺った。此方が余り撃たないから、弾切れと見て白兵仕掛けて来るかも知れない。それは恐いが、かと言って銃剣突撃を防げるほどの火力はない。


 ただでさえ人数が劣っているのに、年長で腕の立つ牧者が欠けていた。そして今日、ミラもいなくなった。銃の腕は兎も角、見識や人格から頼りがいのあった年長の姉さんだ。

 今のポレシャ牧者衆は、老人と子供ばかり。巨大蟻の侵入と遊牧民との抗争で、腕も立って指揮を取れる熟練の牧者がいなくなってる。仕事が減って他所に行った奴らもいたから、内情も割れているだろうか。よそ者に舐められる原因かもしれない。


「ジーナとキャロは?!」ルークに面倒見るのを頼まれた二人を思い出して尋ねるも「後ろで縮こまってる」と返された。後方の丘から、数分に一発か。思い出したように発砲されてる。

「あの二人は、援護射撃してくれるだけマシかな」悪い位置ではない。いるだけでも牽制になってる。少しだけ考えてから、「仕方ねぇ、引くぞな」イザベルは決断を下した。

「羊どうすんだ!」リックが喚いた。「牧草地とられっぞ」

「取られないよ。ポレシャ市のもんだ。あいつら、勘違いしてやがるとしても……」イザベルは敵陣を睨みながら、淡々と説明した。

「あたしたち追い払っても牧草地は奪えない。ポレシャが取り返しに来る」


 羊はどうするか?後方では、角笛の音が鳴り響いていた。キャロか、ジーナ・クレイだろうか。見かけないシルヴィかも知れない。犬と逃げ散った羊をかき集めている。大半は連れて帰れるだろう。


 ポレシャが暫く手が回らなかったうちに、既成事実積み重ねて牧草地を占拠していた他所の牧者や牧童徒党と小競り合いが起きている。ハック団やスージの契約牧者カフ衆と言った勢力などが主敵で、連中も必死で羊増やして頑張ってる。

 流れの羊飼いらも勧誘し、武装をかき集めているとの噂もちょくちょく耳にはしていた。互いに退く気は無さそうだ。此の侭だと、血の海になりそうです、とイザベルは重い吐息を吐いた。



 ※※※※



 10月初頭。明け方直前のポレシャ市の最低気温は、零下18度に達した。

 冷涼な曠野と言えども、いまだ中秋であるから、狂気じみた気温であった。

 例年通りの気象ならば、これから晩秋に掛けて10日から14日ごとに気温は一度下がる。晩秋から初冬にかけては7~10日ごとに一度。真冬に近づくにつれて5~7日ごとに一度低下する。

 とは言え、明け方、無風の瞬間的な最低気温だし、曠野は内陸で乾燥した高緯度の土地。或いは放射冷却で、12月ごろに底を打つ可能性も高かった。底が抜ける可能性もあるが。

 いずれにしても予測される真冬の最低気温は、零下25度から零下30度。


 日中の気温は、5度から零下3度でまだ活動できるが、既に冬の足音が間近に迫ってきていた。渡り人(オーキー)や自由労働者たちは、泥小屋や段ボールの家を離れて、次々と頑丈な廃屋での集団生活へと移行していたし、近隣に故郷のある出稼ぎ労働者たちも例年より早く里帰り支度を始めていた。


 町外れの大通りを飼料を山積みした荷車が、ゆっくりと通り抜けていった。厩舎に羊や山羊、馬や牛を収容し、冬越えに備えるのだ。今年の麦の収穫は例年の七割から八割。作付けした場所の日当たりによっては、六割まで減っている。


 例年は家畜の餌に廻されるオーツ麦や豆、芋にかぶらなどが絞られて放出されていた。

 近隣の廃墟生活者や浮浪者ホーボーにさえも、兵士たちに監視させつつ最低限の配給を行うのは、自棄を起こさせない為と、配給をくれる市を襲撃するのは賢くないと思わせる為だ。貧困層を救っているとも言えるし、爆発物と見做しつつ、上手く扱っているとも言える。いずれにせよ、冷酷さを自覚しつつも、明確に救ってくれる統治者の方が飢えた者には有難い。


 市内各地では、公衆トイレも掘り返されていた。冷え込んで臭気が抑えられると同時に、まだ活動しやすい今の時期、汲み取って市外近郊の空き地に複数の穴を掘って埋めるのだ。穴は人が入れる程度の大きさで糞尿と共に土や藁、灰を層状に入れる。 

 千人分の糞尿を埋めた土地は、市が領有宣言を行い、看板を立てて十年後。水源は、東の湖から運ぶ事にはなるだろうが、肥沃な農地となる。

 或いは、市の農地になり、或いは金を貯め込んだ市民や正規居住者、労働者に払い下げられ、紐付きの武装自作農が一家族生まれる。


 お金の余裕が出来て一番良かったのは、糞尿処理の仕事をしなくて済むようになった事だ。薪も食料もくれるし、身体をお湯で洗えて、作業着も貸してもくれるけど、原始的な機械や道具に、驢馬と人力だけの糞尿処理と汲み上げは、どうしたってきつくて汚い仕事だ。やってくれる者たちに感謝はするし、多めの賃金を払う為に税金を取られても文句はない。なんなら、もっと日当を上げてもいいと考えつつ、やっはり自分の手は汚したくないとも思う。


 マギーちゃんと仲間たちは、まだのんびりと十月の日々を過ごしていた。外気温は厳しくなりつつあったが、タープを張った大きめの段ボールハウスは、まだ十分に暖かったし、金にも、薪にも、食糧にも余裕があるので、宿泊所も奥の一角を予約済みだった。マギーとニナ、今年は徒弟のトリスと仲間のジーナ・エクルストンも一緒に過ごす。隣人のリリーは、馴染みの宿泊所に向かうし、猫耳のココはセフ衆の建物で冬越えをする。


 ココに関してだけは、不安が残っていた。仲間から良い扱いを受けてないのか、それともセフ衆自体が切羽詰まっているのか。去年の冬越えの後は、酷く痩せていた。一緒に来るかと聞いたが、断られた。

 それはそう。簡単に引き抜けるものでもない。特に既に仲間がいるならば。だが、首を横に振りつつも、ココの瞳には逡巡の光があった。


 ココだって世間知らずな子供ではないから、少し親切にされただけで揺れたりはしない。一度なら気まぐれかも知れない。数度なら下心かも知れない。

 マギーは2年ほど餌付けを続けている。仕事を手伝ってもらい、対価に暖かな食事と毛布。小遣いとお湯を与え続けた。ココもマギーを観察している。マギーの振舞いや言動、仲間や部下に対する扱いを見ている。一緒に時間を過ごして、言葉も交わした。


 大分、懐いている。一番、心を許してる相手がリリーなのは納得いかないが、食事を与える役割なので仕方ない。

 極端な話、マギーは期待してない。ココに振られるとしても付き合った期間、幸せだったら、それはそれでいいと本気で思っていた。

 最悪、セフ衆の為、マギーの金を盗もうとしても裏切られたとは思わない。ココが冬を越えられずに死んだとしても、それはそれで本人の選択として、悲しむが尊重するだろう。

 そう言う対人タスクを複数、並行してマギーは進める時もある。人の心を弄んでるつもりはないが、やり口を喝破したうちには、マギーを嫌うものもいて、嫌うだけの理由もあるだろう。悪党たちは大概、似たようなやり口を使うものだ。


 それでも2年は、心が揺れる期間だ。自尊心だって回復する。おのれがもっといい扱いを受けてもいい、と思い始める。

 ココには時々、仕事を頼んだ。簡単な仕事から頼んで、一日仕事も増やしている。報酬はきっちりとポレシャの相場を支払い、感謝の言葉を掛ける。

 他の仲間や友人に対するのと同じく、夏には冷たい飲み物を。冬には暖かなお茶を。時々は、聞きだした好物――鶏肉だったね、と確認しながら与える。やがてマギーの腕の中で微睡むようになった。

 セフ衆の空気――食糧の配分、冬明けの飢え、声のかけられ方と、ココとて内心では、扱いを比べ始めている筈だ。2年あれば慣れではなく、差として認識し始める。

 律義者だって揺れなければおかしい。もう少しで引き抜けたかも、と推し測りつつ、出来るだけ冬越えを先延ばしにして、太らせてやろうとマギーは考えていた。



 自由都市との行商も順調だし、交易と言うにはささやかだが、仕入れた品々も順調に売れている。

 ワイン類にビール、ラム酒、リキュール、幾らかの塩と砂糖、胡椒やシナモンなどスパイス類、木材、釘に毛布、タープ。包帯や消毒液、抗生物質に軟膏、チョコレート、キャラメル、本物の煙草にコーヒー。茶葉。破廉恥エチチな本に漫画、小説。時々は技能書。壊れた機械部品に鉄屑。

 各々の量は乏しくてばらばらの品揃えではあるが、辺土の売れ筋揃い。売れなければ嘘だと言う、辺土の居留地では不足しがちな品々を相場より少しだけ安く仕入れては、少しだけ高く売ってる商売は上手くいっている。


 そういう訳で小金を貯め込んだマギーちゃんは、天幕の傍らの火の傍、ココを膝の上に載せて毛布に包まりながら、お金を数えていた。

gff(ぐふふ)……銅貨の重さも良いが、銀貨の輝きはまったく格別じゃわい」箱から取り出した大きめの銅貨を数枚。針仕事でチクチクと布に包んでから、ココの服の内側に忍ばせた。

「お前、冬にどうしても困ったら、この銅貨を使うんだよ?でも、仲間が困っていても上げたら駄目だからね。また取り上げられるかもしれない。その場合は、こっちの小銭を上げなさい」

 硬貨を布に包む手を止めて、猫耳を軽く撫でると、ココがグルグルと喉を鳴らした。猫耳をすんすん吸いながら、色々と物資を渡し、冬に向けて注意を言い聞かせている。


 こうしている間にもニナとジーナ・エクルストン、リリーとトリスが門前の露店でマギーちゃんの為にお金を稼いでくれている。まさしく我が世のスプリング。

 ハムを無心に食べていたココが食事の手を止め、敷地の出入り口に目を向ける。と、そこには顔見知りの牧者娘イザベル・ミラーが酷く草臥れた様子で足を止めていて、ココを眺めて「猫耳……」と呟いていた。


 懐に余裕があると他人に優しくなれるもので、マギーちゃんは、温かいお茶でも振舞ってやろうと、と誘うとイザベルはいそいそと天幕の側へとやってきた。

 多分に、お茶よりも猫耳に誘われた節がある。手を伸ばしかけるので、ココが本物の猫のようにフシャア!と鳴いた。

「此の猫耳は私のだから、誰もが自分の猫耳を探さなければならないんだ」マギーが言ふと「見つけたと思ったら、振られたのです」哀しげに告げたイザベルの頬には、三本傷が刻まれていました。


 お茶を飲んでるイザベル・ミラーは、議会への陳情へ向かった帰りだと力なく呟いた。最近、牧者仕事に加わったのだが、なにかしらの武装勢力が牧草地を奪いに来たそうだ。

 スージのカフ衆か、ハック団だと思うが、どうにも分が悪いと、議会に助けを求めるも梨の飛礫だと「議会も忙しいって、けんもほろろに」と愚痴ってきた。

「本当に忙しいんだよ。麦も不作だし。今のうちに越冬の準備しないと」とマギーは天を仰いだ。雪を想わせる白亜の雲が地平線までも続いていた。

「……この忙しくてややこしい時期になにやってとなるわな。イザベルたちの責じゃないけど」マギーが首を振るう。腕の中でココも興味深げに話を聞いていた。


「ポレシャの騎士が知り合いと聞いた。

 無敵の騎士団で、蹴散らしてくださいよぉ、ってなるぞ」イザベルが他力本願な願望を言い出した。

「あんまり親しくないよ。それに……」マギーが言葉を濁すと「分かってる。そんな金はない。言ってみただけ」と嘆息するイザベル。

 市の近くに屯する自由騎兵たちにも依頼してみたが、金が足りないと断られたそうだ。中世欧州で盗賊から町を守っていた正義の騎士たちでさえ、給料が払えなくなった時には立ち去ったと伝わっている。万事が金の、まったく世知辛い世であった。






――――――――――――――


 ミラ 

 1D100_79

 75以上で……


十月上旬_9107都市通貨


 冬篭りを急げ。




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