03_67 密造酒を追え
どうやら、厄介ごとには一つ片付けば、次の一つが舞い込んでくる習性があるようで、家畜泥棒の一件で拘留した家畜商人フィリッパ・カーライルの身元を照会してみれば、本人の申告通りにサグレー市の真っ当な市民であったらしい。
面倒なことになった、と保安官のキャシディが額を抑えていた。
フィリッパ本人の主張によればだが、それまでポレシャ市を訪問したことが無かったのが、まずは小口の取引からと別の町で知り合った自称・ポレシャ農民相手に会ったところを保安官たちに襲撃されたとのことだ。
すぐに投降しなかった理由については、町によっては保安官たちに賄賂を要求されたり、冤罪を吹っ掛けられて膨大な保釈金を要求される事が珍しくないからだと、言い難そうに取り調べで語った。
サグレー市から弁護士が駆けつけて来たが、しかし、此処は農耕と牧畜を主産業とするポレシャ市だけに長年、苦しめられている家畜泥棒とその協力者へと向けられる視線は実に冷たかった。
陪審員たちの反応も芳しくないようで駆け回っていたルイ弁護士だが、どうやらカーライル女史。本当に親子二代に渡って町や村々に安価な家畜を安定して卸してきたそうで、幾つかの農村などから助命歎願の手紙などが届けられた。
特にサグレー市司教本人からの手紙には、かなり強い言葉が書かれていたようで、流石にポレシャ市参事会の面々が動揺を隠せず、ヘルナル大尉を呼び出して最悪、サグレー市軍と交戦状態に陥った場合には、ポレシャ市が勝利できるかを問いただした。
遊牧民との抗争が終わったばかりとは言え、ポレシャ市は同規模の居留地の中では群を抜いた防衛力を保持している。市民軍も精兵揃いで、負ける心配はないとヘルナル大尉が保証したことで参事たちも多少は落ち着きを取り戻したが、兎も角も、こうなっては件のフィリッパ女史を刑務所なり、留置場の劣悪な牢獄へと放り込み続けるのも躊躇われる。
ポレシャ市刑務所の臨時所長を務める行商人マギーちゃんともう一人の所長バーナード氏は、参事会に呼び出されて、フィリッパ女史を丁重に扱いつつ、逃がさないように厳重に監視して欲しいけど、あまりひどい扱いをすると責任を取れないので困るとかいう、奥歯に物が挟まったような指示を受けて大層、困惑したのだった。
文明が後退するにつれ、旧来の宗教勢力は、再び一定の勢力を取り戻していた。中世盛時には遥かに及ばないにせよ、黄昏の世に信仰の力は侮れない。
一部教会はローマン・カソリックに範を取ったかなり厳格な階級制度と組織を再構築しており、サグレー司教座市は、司教が統治している訳ではないにしろ、市政や経済に強い影響力を有している。
そう、サグレー市の司教座に関する事情を教えてくれたのは、渡り人として各地を渡り歩いた経歴を持つと言うバーナード氏であり、返礼としてマギーは、一般論としてポレシャ市とサグレー市の軍事力の比較を述べた。
サグレー市軍の装備は、クロスボウ兵や弓兵が占める割合が多く、修道士からなる兵団もまあいいとこ平均点で、ポレシャ市軍と戦ったら、鎧袖一触で木っ端微塵と言うのが、マギーだけでなく傭兵やその他、荒事稼業に関わる人間のおおよその評価だった。
「一部の騎士は中々に手強いと耳にしているが……」バーナード氏は言葉を濁した。「指揮官の質も、兵士の練度も、装備に掛けた金額に習熟時間の桁が違う。獅子の群れに猟犬たちが挑むようなものです」とマギーは告げた。
ともに遠征可能な兵団を抱える二つの居留地だが、経済の規模も、軍備も、大きく異なっている。
狼狩りから帰還し、市民街区の通りで気勢を上げながら行進しているポレシャ『騎士団』の姿を二人は眺めた。
民兵隊や常備傭兵たちとは別にポレシャの戦力として数えられる彼ら彼女らは、実戦経験豊富で体躯も大きく、高級、かつ高性能な武具を所有し、なにより血に飢えていた。特に市民騎士となると、遠距離ではライフル弾やコンポジットボウを使い熟し、近接では鍛造鋼の鎧に身を包んで、ハルバードや分厚い剣を振り回す手練が揃っている。
3.5ミリの鍛造鋼フルプレートは、拳銃弾くらいなら容易く弾いてみせる。相対的に都市軍よりは弱いポレシャ市軍だが、遊牧民の兵団を殲滅する程の練度と装備を既に示している。とりわけ近隣に武威を誇る騎士たちは、殆んど殺人機械の集団で、信仰と祈りの日々を送るサグレーの修道騎士団も弱くはないだろうが到底、勝ち目はない。
とは言え、ポレシャ市も、サグレー市も比較的に穏健、かつ理性的な居留地であって、たった一人の商人の為に――それも、まだ刑も確定しておらず、容疑者の段階に過ぎない人物の為――二つの市が干戈を交える状況には陥らないとマギーは確信していた。
が、其処まで考えてから、つい先日、遊牧民が自由都市に使嗾されてポレシャ圏へと侵攻してきた事件を思い出し、鼻の根っ子に皺を寄せる。
第三者が使嗾したり、此方の知らない事情で、サグレー市にどうしてもポレシャ市に攻め込む理由があるなら、話は別だが。
さて、マギーちゃん。その日は刑務所長の当番で、牢獄に入った連中を見張りながら机での半日を過ごしていた。しかし、いるわいるわ。大規模な留置場が今や満杯に近かった。農村強盗団の残存勢力に、遊牧民戦争の一部捕虜たち。先日、捕まった家畜泥棒たちとフィリッパ女史に護衛と人夫たち。
口々に憐れみを乞う者、脅迫してくる者、賄賂を贈ろうとする者、なにかを約束して歓心を買おうとする者、無実を訴えたり、泣き言を洩らしたり、飯や毛布を要求したり、仮病を装う者もいれば、実際に体調を崩す者もいる。
他の囚人と喧嘩する者に何かを脅し取ろうとするもの。例によって支配下に置いたり、虐めを行うもの。隔離したいが現実に牢屋が足りない。幸い、農村地帯を抱えているポレシャだが、日々、消費される食料だけで恐ろしい量に達している。
軍閥領のように容易に絞首刑に処せるなら囚人の管理も楽だろうが、ポレシャ市は良くも悪くも民主政体を取っている。囚人はあくまで法的な手続きを経て処分しなければならないし、とうの囚人たちもそれを知ってある意味、官憲を舐めていた。
「……どうするんだろうな、これ」苛立ちを覚えつつ、それでもマギーちゃんは、部下を監督しながら、刑務所内に指示を出し、囚人の動向に神経を割かれつつ、申し送り書に気づいた事を書いていた。奇妙なことに一部囚人が外部の情報を得ている節がある云々。
「隊長!隊長!ヘザーです」捕虜にしたフィリッパ女史の護衛の一人が、なぜかマギーを隊長呼ばわりして、必死に呼びかけてきた。
なんだと思って近寄ろうとすると、今度は遊牧戦争で捕虜にした女ランツクネヒトが呼ばわってきた。
「スネイクバイト!おい!スネイクバイト!話がある」ランツクネヒトは籠った深刻な声で呼んでくる。どっちも可愛い子であったが、マギーは肩を竦めて両方を無視しようと考えた。
仮に、昔の同僚であろうと家畜泥棒に肩入れはできないし、ポレシャの裁判は、それなりに公正でもあるから、容疑が晴れれば自然と釈放される筈だ。
戦争捕虜に関しては、身代金を払えない限り釈放されないが、労役刑に処されるだけだ。五年か、もしかしたら八年くらいだが、食事には困らないし、給料も払われる。それほど悪い扱いにはならないだろう。
「頼む。聞いてくれ!」と声にただならぬ調子のランツクネヒトは、確かに演技とも思えず、マギーは興味を惹かれた。
歩み寄って「なんだ。一体?」と聞いてみれば、ランツクネヒトめ。
「耳を貸してくれ。お前の為なんだよ!絶対に後悔しない」などとのたまってきた。
マギーは考え込んでから、肯いた。ニナやジーナ・エクルストンが警戒したようにマギーの背後や傍らに寄ってきて、周囲に視線を投げかけている。
妙な真似をすれば、ランツクネヒトはただでは済むまい。しかし、囁くような声でマギーの耳元にそっと告げる。「サンドル・ファルクを見た。お前のいない時間帯に出入りしてた」声の響きはやはり切羽詰まったもので、マギーはふむんと目を細めた。
「ゴルミーズのサンドルだ」女ランツクネヒトが繰り返したのは、知らん名だった。
だが、ゴルミーズ市はマギーも知っている。ポレシャ市に匹敵する大型居留地のひとつで、近隣のノラン市と同じくらいに評判が良くない町だ。
黄昏の時代には珍しくもない話だが、兎に角、役人や保安官の評判が悪い。ポレシャ市の住人が、百のうち七番くらいに誠実だとしたら、ゴルミーズは、百のうち八十くらいに不誠実な連中の集まりである。絶対に移住したい町ではなかった。
「ゴルミーズのエージェントか?」とマギーも囁くように尋ねてみる。
とは言え、サグレー市と同じくらいに遠距離に位置してる居留地の人物が、何故、ポレシャ市の刑務所をうろついていたのか。ポレシャ市とゴルミーズに揉め事もなければ、直接の利害も殆んどない筈だ。
「だとして、そんな奴が何故ポレシャにいる?」近くの壁に寄りかかったマギーは、そっと囁くようにランツクネヒトに尋ねた。
幸い、此方を注視している囚人は殆んどいない。一日中、付き合ってる所長の姿をずっと眺めている奴がいれば、それはよほどの変人だろう。
戦争捕虜とは言え、看守と長々と話してるのを見られると、馬鹿な囚人の一部から密告屋と誤解され、手酷い扱いや(囚人の被害妄想から)報復行為を受ける可能性もあった。
「知らん。だけど、絶対に碌な事じゃない」ランツクネヒトは断言した。
「嘘は……」警告しようとしたマギーだが、「本当だ」囁くようなランツクネヒトの声は真剣で切羽詰まってもいた。
「お前の子飼いがいるだろ。そいつに確かめさせろ」と提案してくるので、ふむん、とマギーは考え込んだ。戦った相手だが、ランツクネヒトは元より傭兵。戦場での憎悪や怨恨を引きずるつもりはないようだ。
少なくとも、この娘に関しては、割り切ろうとしているか、そう見せようとしている。必要な情報を交換するだけなら、取引してもいいかも知れない。
「本当だったら、私の待遇も考えてくれよ」ランツクネヒトが切々と言うので、マギーは頷いた。
「分かった。考えておこう。リジィだったかな?」
机に戻ったマギーは、バーナード氏への申し送り書を描き終えると、もう二枚、書類を取り出した。今度は、保安官及び参事会への報告書だった。
※※※※
家畜泥棒や強盗団と異なり、密造酒製造業者や密輸業者に対する世間の目は、ポレシャに限らずさほど厳しくない。何故なら、密輸や密造酒の製造などは、直接の被害者がいない上に、流通の弱さを補ったり、民衆の安価な嗜好品の入手に一役買っていると言う面も否めないからだ。
国家の税に対する正統性を誰がどう担保するのか。酒税や関税が存在し続けることで、利益を得るのが誰なのか。そうした疑問は常に国家運営に付きまとうが、ポレシャにおいては麦を使ったビールやウィスキーなども特産品となっている。
既得権益層から言わせてみれば、ポレシャ市が弱小の頃から、時間を掛けて穀倉を広げ、ようやく特産品を作り上げたものを、血も汗も流さなかった奴らが後から乗り込んできて、俺たちにも一枚嚙ませろと流通や交易に割り込んでくるなど到底、赦せるものではない。
毎年、膨大な税金を払ってる我々はあっという間に追い落とされ、密造酒製造業者や密輸業者たちが我が世の春を謳歌するのを見るくらいなら、連中のアジトを焼き討ちして、一緒に燃え尽きた方がマシだと言い放っている。
両者ともに相応の言い分はある中、どちらにも与する気になれない者たちは、旨い酒を呑ませてくれる方に味方するぞと嘯いている。
元は流れ者の渡り人だったマギーちゃんの見るところ、ポレシャの上層は今のところ、上手くやっているように見えるし、手数料を払わずに市場や交易ルートに参入し、市場を蚕食しつつある密造酒製造業者や密輸業者に否があるように思えた。もし、仮にマギーがポレシャ市民なら密造酒製造業者を憎んだだろうし、この土地に生まれて成り上がりを望んでいたら、ポレシャの統治の真っ当さは認めつつも、密造酒製造業者となっていたかも知れない。そんなことをニナやトリスに語った。
これは悪との対立と言うよりは、無法と法の対立と言うべきだろう。
善悪ではなく、利害の衝突だ。
「……だから、気が進みませんな」
議会に呼びつけられた保安官助手のマギーちゃんは、ふてぶてしく言い放った。
廃墟を再利用したポレシャ市議会の会議室は、壁にも床にも飾り気などは殆んどない。質素で素朴と言うべきか。予算が足りないと見做すべきか。
足元の薄手カーペットは、所々、剥げており、割れたガラスを木板やガムテープで塞いだ窓からは外の光景や広場の喧騒が届いてくる。
簡素な机の前に居留地の長老議員が三人、パイプに腰かけていた。
呼ばれたマギーは、てっきり刑務所の報告書についての質問だと考えていたが、全く別の要件であった。
知己の参事たちに、密造酒製造業者の調査に関して、どれだけ調査が進んだか聞かれたマギーちゃんだが、キャシディの疲労も考えて欲しいと言ったにもかかわらず、早く逮捕するようせっつかれて、この際だと友人の為、腹を割って正直に答えた。
苦虫を潰したような参事たちを前に、薄く微笑んでいる。
「ポレシャ市は暮らすにいい土地です。皆さんにも好意と敬意を抱いてますよ。
ですが、密造酒製造業者は凶悪犯ではない。いずれ、罰金刑なり、財産の一部没収で済まされてしまう」
むっつりとしてる参事たちだが、一理あるとは思ってるのか。大人しく聞いていた。
「お分かりでしょう?事は殺して終わりとはいかんのです。逮捕すれば、私は金を持った豪農なり、正規居住者なり、或いは渡り人かも知れませんが、住んで長い、蒸留器を作れるだけの力を持った一家や徒党の恨みを買うことになる」
マギーは淡々と参事たちに腹のうちを語ってみせた。
「それに見合う給料は貰ってませんな。わたしも役には立ってる筈です。先だっての家畜泥棒に強盗団の追跡と捕縛。いずれも私の果たした役割は、それほど小さくないはず。充分以上に借りは返しました」
元賞金稼ぎ。それも凄腕に類するマギーは、犯罪者の追跡に懸けては疑いなく一流であり、また参事たちの要求を突っぱねられるのは、風来坊の強さだった。
「ふわぁ、マギー格好いい」ニナも、ジーナ・エクルストンも背後で惚れ惚れしてる。
「明日は休日ですし、今日は三人でサタデーナイトフィーバーですよ」ジーナ・Eが訳の分からないことを言ってるので、マギーは少し慄いた。
「話がそれだけなら、これで失礼させていただきます」要件が済んだ、と見たマギーは振り返って「待て。まだ話は終わっておらん」とパオロ・ジャッコーニに呼び止められる。
「……若者はせっかちでいかんよ」参事たちは溜息を洩らした。
「……爺さん。パオロ。幾ら言っても」マギーが当惑し、首を振るうも、参事たちは顔を見合わせ、肯いたり、ひそひそと囁いたりしてから、二枚の書類を取り出して、サインをした。
商業許可証と書いてあった。もう一枚は、門前地区の小さな店舗。相場で五百都市通貨はする店だが、三百の販売額が刻まされている。
自由都市で品々を仕入れてズールで転売しても、距離からして儲けは薄い。逆も同じだ。だが、店舗と正規の商業許可証があれば、商売の幅はかなり広がる。
自由都市で少しだけ安く酒や甘味、薬品などを仕入れる機会があれば、ポレシャに持ち込んで其の儘、利益が生じる。そしてマギーは、既にそれなりの量を貯め込んでもいた。
勿論、商業許可証が無くても商売は可能だ。廃市街や下層地区など、官憲の目に届かない場所でささやかな商売を続ければいい。身内や知り合いを相手の小商いになにも困る事はない。大半の密造酒と同じく、大手を振って商売が出来ないだけだ。
今まで見かけても見逃してきた自由都市のお買い得なワインやチョコレート、それに包帯や薬品類に漫画本や簡単な玩具。その他の売れそうな諸々の品を思い浮かべて、マギーちゃんは皮算用した。ズールとポレシャ市はそれほど遠くない。
値を付けるとして元値の二割増しが妥当だろうと皮算用する。精々、月に百都市通貨の稼ぎと言ったところか、とマギーは踏んだ。ただし、今の利益を損なうことのない百都市通貨の稼ぎだった。
「マギーや。わしもそろそろ、お前さんの働きに報いにゃああかんなとは思っておったんだよ」書類を広げながら、パオロ・ジャッコーニ爺さんが愛想よく微笑み掛けてきた。
冗談ではなさそうだ。そして正規に仕入れた酒や甘味、煙草にコーヒーを売るマギーちゃん商店にとって、密輸業者や密造酒業者はそのまま商売仇になる立場だ。
今のマギーにとって、既に小さな店も、商業許可証も、けして正攻法で手が届かない代物ではなかった。参事たちも当然にそれを理解している。だけれども、敢えて報酬として提示してくると言う事は、そう言う事だろう。命令ではなく、賄賂とも言い切れない。同時に、無関係の外様への依頼の仕方でもない。
「なるほど」少し考えこんでから頷いたマギーが、大手の密造酒製造組織の根城を突き止め、逮捕したのは三日後のことだ。
「マギーさぁ」とニナはため息を漏らし、「これは格好悪い隊長。お仕置きしないと」ジーナが訳の分からん事をほざいていたので、マギーは恐れ戦いた。
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九月中旬_8427都市通貨
マギーちゃんは店舗持ち商人になったぜ。やったぜ。
店舗を自費で購入した。三百都市通貨。
1D2
1 カリン ハーモニカ。鋭い。能力高い。
2 リジィ 〇 チョロい。ちっちゃい。百合の気あり。能力それなり。




