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黄昏のガンダルヴァ  作者: 猫弾正
Z_275年+

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03_66 家畜泥棒を捕まえろ!

 渡り人(オーキー)とはなにか。安住の地を求めて夫婦や家族単位、或いは数人で地を彷徨う人々である。

 放浪者ワンダラーとの違いは、定住志向が強く、単独で旅する流れ職工や自由労働者よりも、血縁や生活共同体を重んじる傾向が強い。

 一つ間違えば、町の外や貧民窟に巣食う貧民層に成りかねないが、上手く扱えば、よく働く労働者層として取り込めることもある。

 町の規模や扱い、その時々の当事者の裁量や町の余裕、物事の流れによって人の運命は、簡単に明暗が分かれもする。


 ポレシャ市のマギーは、元渡り人(オーキー)で、稼ぎのいい行商人だった。市の保安官助手でもある。

 時々、荒事に動員されたり、ローラー作戦に投入される事もあった。最近は、事件の調査を任される事もある。

 信頼されてるとも言えるし、使い廻されてるとも言える。いずれにしても、好機を与えられたには違いない。上手く扱えば、幸運に化けるだろう。


 さて、ポレシャ市は大型居留地でそれなりに繫栄しているが、それだけに小さな犯罪が発生するのも避けられない。妙な言い方になるが、日常的な犯罪のひとつでも、最大の脅威となるのが家畜泥棒である。

 遊牧民の襲撃とか、巨大蟻の巣別れと襲来のような非常事態は、頻度からしても滅多に起きるものではない。


 これに対し、日常的に起こりうる不法行為でも特に家畜泥棒は、食料と労働力、そして資産を一度に奪う凶悪犯罪で、小規模でも繰り返されるうちに確実に住人の生活基盤を削り、じわじわと共同体を弱体化させる。

 遊牧民の兵団を撃退し、大手の強盗団を殲滅した今、真っ先に対処すべきは、常習的な家畜泥棒団への追跡と捕縛であった。



 先代の保安官が殉職し、キャシディが保安官に昇進するまでの間、頻繁に活動していたうちでも、特に性質の悪い家畜泥棒の集団は推定四つ。うち三つは、既に逮捕に至っている。

 ポレシャの保安官事務所は、無能でもなければ怠惰でもない。辻々や酒場の壁に貼られている家畜盗賊団の手配書は、大半が剝がされるか。絞首刑が執行される日の告知書によって上書きされていた。


 十数人規模の強盗団と違い、家畜窃盗団は少人数で、活動も不定期。出現場所も神出鬼没であった。相当に保安官や自警団を警戒し、用心を重ねていたようだが、保安官事務所は、初期から長期戦の構えで臨んでいた。

 どちらにしろ、地理に精通した人間の犯行であれば、十中八九は地元民の犯行だと睨んでいる。


 被害を統計して、地図上にデータを可視化。出現距離と回数から、家畜泥棒団の規模や人数、活動範囲を割り出すと、後は目ぼしい容疑者たちのアリバイと合法非合法の長期的監視を続けることで、時間と共に絞り込んでいった。

 突発的な家畜泥棒には対処できないが、常習であれば収入源と支出の割合から、いずれは馬脚を現すと踏んでいた。



 地元の羽振りのいい農民家族。評判の悪い牧童たち。廃墟に暮らす浮浪者ホーボーの一党。見込みが外れることもあれば(悪そうな連中がまともな密造酒やささやかな密輸で稼いでいた場合、取りあえずは目溢しもした)ひとつ、またひとつと保安官たちは追い詰め、現場を押さえ、捕縛しては、処刑台に送り込んでいった。


 勿論、犯人も地元の人間である。身内もいれば繋がりもあって、市民や有力農民、商人からの赦免の陳情や賠償の申し出も幾度かはあったが、辺土での家畜泥棒は、被害者が食い詰める凶悪犯罪。

 中には加わったばかりの未成年もいれば、仕事だと連れて来られたら家畜泥棒だった若者もいるが、余程に情状酌量の価値が無ければ、誰一人として容赦なく絞首台へと送られたし、殆んどの住民たちは処刑を拍手喝采して迎えるか、少なくとも仕方ないと静かに受け入れた。



 ただ一方、ポレシャの刑法における家畜泥棒とは三歳以上の牛、馬。三頭以上の羊か、山羊。乃至豚とされていて、単独の豚や山羊。それに鶏や大鼠などが盗まれても重犯罪とは見做されない。

 これを逆手にとって、被害者が盗まれた馬は二歳だったと申し出を変更した際、判事は天を仰いでから従犯の一人である若者を賠償刑へと変更したし、母親が病気だった牧童は投票の結果、減刑とされた。

 小さな共同体であるが故にか、その程度には、融通も効かされもするのだ。


 家畜泥棒は重犯罪であるだけに、認定も慎重に行われる。例えば、金銭の揉め事があって、片方が勝手に連れ去った場合、民事事件として返却や賠償はされても、重犯罪である家畜泥棒とは扱われない。

 借金を返さない側が豚を取られたからと言って、相手を家畜泥棒と訴え出ることは出来ないのだ。ただし、差し押さえる側は、あらかじめ担当の役所に理由や金額、日時と人数、双方の名前を申し出た上で、家畜を差し押さえなければならない。



 そして今、保安官と民兵たちは、家畜泥棒の最後の一団を追い詰めていた。前々から目を付けていた若者たちで、中町の正規居住者の子弟から、町外れの渡り人(オーキー)の青年まで混ざっている。

 馬鹿な真似を、と思いつつも、法執行官らに容赦するつもりは微塵もない。

 遊ぶ金欲しさに地区で養育されてる鶏小屋や地下養殖場からの鶏や大鼠の窃盗、子犬や子猫の盗難から転売。豚に山羊、羊と来て、狡猾にも郊外で定期的な二頭ずつの窃盗にまで至っていた。救いようがない。

 ようは想像力の欠如だ。気軽に奪った財貨に他人の汗と涙が結晶しているとも、生活が左右されるとも考えない。考えても気にしない。


 自分、自分、自分。綺麗な服を着込んで、豚肉やら小麦のパンやら旨い飯を鱈腹に喰い、周囲に札びらや銀貨を見せて悦に入り、綺麗な娼婦たちと楽しんだ。もう十分に人生は楽しんだだろう。そろそろ清算を付ける時だ。



 ソーンの町で、腹を空かせて泥棒に加わった浮浪児の姉弟が掴まったと新聞記事に載っていた。如何するべきか、陪審員たちの間では、意見が紛糾しているそうだ。家畜泥棒のやり口を熟知していた。

 釈放は危険に過ぎたが、誰も面倒は見れない。最初から、泥棒を悪い事だと思っていない者たちに、どう道徳と秩序を教えればいい。

 救えなかったら、改めて処刑するのか?十三歳だか十一歳と、九才を?


 小さなソーンの抱え込んだ死刑予約問題に比べれば、ポレシャの保安官たちがやることは簡単だ。彼ら彼女らは、責任を取れる年齢だ。教育も受けている。ならば、責任を取らせよう。



 市郊外の廃虚市街地の一角、朽ちた教会が佇んでいる。教会から柵に沿って街路の左手を進むと車両トンネルがあり、さらに抜けた所から坂を登っていくと古い農場跡があった。動員された民兵や保安官補たちは、皆が沈黙していた。やるべきことは頭に叩き込んでいる。中には顔見知りもいる。以前の事件でもだ。


 子供の頃から見知った顔が、家畜泥棒を行う。せめて作物の泥棒なら、賠償や労働刑で済むものを、そんなに金が欲しかったのだろうか。それとも他のなにか――分からない。少なくとも、働けば食べていける土地と身分を持ち合わせながら、棒に振って破滅的な犯罪に手を染める理由が、此処に集った者たちの殆んどには全く理解できなかった。



 腕利きの斥候が、時折、報告に戻ってくる。取引相手の家畜商人――当然に余所者―――が訪れたそうだ。護衛も七、八人付いているが問題ないと、待機していた民兵と保安官、常雇傭兵たちを動かし始める。

 地形は既に測量済みで、狙撃手もいる。側面に支援射手と予備兵員。鉄の盾や荷車に土嚢と防衛線を敷く手筈と準備も整っていた。作戦が開始される。

 班に分かれて、二十余人が動き始める。ポレシャの人的資源でも最良に近い装備と力量を備えた、訓練された男女。余程に装備の差が無ければ、制圧は時間の問題だろう。




  ―――――




 包囲してから、ポレシャ市保安官の名で投降を呼びかける。泡を喰って応戦してきた。有罪。

 念の為、退路に遮断の為の兵力を送るように、市に伝令を送ってから、攻撃を開始。十分しないうちに大半を射殺し、今さらになって残りが投降を申し出てくる。誰もがみっともなくべそを掻いて、死人に責任を転嫁し、おのれは騙されたのだと惨めったらしく訴えていた。

 正規居住者の子弟には、弁護士を呼んでくれ、と懇願する者もいる。望み通りに布告してやるが、家畜泥棒の現行犯弁護を引き受けるものなど殆んどないだろう。


 下着姿で一人、また一人と両手を上げて出てきた連中に手錠を掛け、遮断の為に送られた増援に任せて、市に護送させる。

 残りは農場跡の二階に閉じ篭った家畜商人の一党。騙されたと喚きながら、取引を申し出てくる。夕刻までに投降しなければ、火炎壺と投石機で蒸し焼きにするだけだ。

 最近、機械好きの民兵の誰かが西の農村で購入した中世カタパルトに関する書物は中々に使えそうで、倉庫から試作機が運ばれてきた。石を撃ち込んでみる。楕円軌道を抱いて、二階に叩きこまれた。銃とはまた異なる衝撃を与えたようだ。


 結局、家畜商人は、日没前に降伏を申し出てきた。用意されていた油壷と投石器を見て、顔色を青ざめさせていた。

 護衛たちは少し往生際が悪かった。数人が側面に抜け出し、互いをカバーしつつ退路を確保。離脱を計ったが、既に狙撃手と射手が配置されていた。

 通常の人員の射撃で釘付けにしながら、狙撃手が一人、一人を始末していった。

 中々に銃の上手い連中だったが、場所的に最初から詰んでいて、出来る事などなにもない。若干の生き残りも銃を捨てて、降伏してくる。


 家畜商人は繰り言を呟いていたが、大抵の土地で馬泥棒や牛泥棒、家畜泥棒は縛り首だ。数頭の豚や山羊、羊が押収され、解体された肉は、証拠品だがどうしようもないので特売の食用肉として配給に廻された。

 護衛たちも、ただ商人の護衛として雇われただけだと訴えていたが、農村の自警団や小さな町の保安官たちであれば、返り討ちに合っただろう練度と武装、人数で護衛していたとは、大した言い分だった。


 物騒な土地だから、此方が本当に保安官だと分からなかったと訴えるも、例え、疑わしくても話し合う機会はあったにも拘らず、初手から発砲してきた。真性のまともな商人であれば、市内で公証人を交えて取引するのが当たり前だから、言い分は通るものではない。

 正規の投降を行う機会は与えられたのに、保安官たちと銃撃戦を行い、追い詰められてから遅すぎた降伏を行った。彼ら、彼女らの見通しも明るいものではないだろう。



 これで強盗団に続き、家畜泥棒も片付いた。空いた縄張りには、またいずれ新しい強盗団や家畜窃盗団が入り込むか、結成されるに違いないが、少なくとも今日明日ではなかろうし、小さな強盗団や家畜泥棒がいなくなることもないが、それはそれで農民たちや自警団でも対処できる筈だった。


 マギーも胸元を開けて、深呼吸した。初秋の日差しの下、それでも不思議と濡れてる土の匂い。家畜の糞尿が混じっているからか。それとも人の手が暫くつかずに肥沃さを取り戻せたのか。良い土に思える。

 この農場を買って再生できないかな。などと思うが、維持できるなら誰かがやるものだ。或いは、手つかずの好機だとしても、途方もない資材と人手が必要になるだろう。


(……まあ、行商人の手には負えんわな)諦めつつ、丸太を確かめてそっと腰掛ける。日差しの下、数珠つなぎに連行される護衛たち。微かに血の匂いが漂っていた。死体が運ばれて、一か所に積み上げられる。夏の暑さがまだ残る時節なので、手っ取り早く薪で燃やされる。空を見上げた。雲は高い。下層民の誰もが訪れる冬の足音が近づいてきていた。

 



 ※※※※




 保安官事務所に戻り、ロッカーで貸与された武器と銃弾を返還し、会計担当者から日当と危険手当を受け取り、サインをする。

 前線にいたマギーの金額で居留地紙幣で百二十通貨。人によっては六十通貨の者もいれば、百通貨を受ける者もいる。自由労働者の三日分、或いは五日分に相当する金額が妥当か否かは、人によって意見が割れるに違いない。


 周囲の保安官助手や臨時の民兵には、臨時収入を素直に喜んでいる若者も多かった。文明崩壊後ポストアポカリプスの世に、どうしたって仕事の口は足りない。

 市民階級や正規居住者でさえ、職にあぶれる若者もいれば、暇を持て余してる子弟も多く、簡単な仕事を貰ったり、配給で食べることは出来ても、自由になる金は意外と乏しい者も多いのだ。

 しかし、正直、今のマギーにとっては大した金額ではない。それよりもひどく疲れていた。緊張感が抜けない。骨の髄から疲労を感じる。風呂に入りたいと思う。



 酒を飲んで夢を語る若者たちと、実のところマギーはあまり話が合わない。経歴もそうだし、趣味や気質があまり重ならない。実のところ、D&Dやトールキンを好む層の方が、玉遊び(サッカー)賭博ダイスやポーカーに熱中する層よりも気が合うのだ。


(それよりも風呂に入りたい)と想いを馳せるも、最近の町外れの浴場は人気が出てきて、混んでる日はマギーでも予約しておかないと入れない時もある。

 これは金を出せばいいと言う問題ではなく、薪の供給量と水の使用量から、どうしても一日の客の人数が限られるのだ。

 陽キャどもを横目に見ながら、いそいそと帰宅しようとしたマギーちゃんにキャメロン保安官補が声を掛けた。

「ちょっといいかな?保安官が呼んでるんだけど」


 怪訝そうな表情を浮かべて保安官室に向かったマギーだが、本当に山積みされた書類の向こう側で、キャシディ・エヴァンス保安官は涎を垂らして眠っていた。

 マギーは首を傾げると側面の椅子に座った。ここ暫くのキャシディは、本当に激務が続いていた。暫くは眠らせてやろう。


 小一時間ほども過ぎただろうか。キャシディが痙攣して、目を覚ました。

「お目覚め?」とマギーが尋ねると、キャシディは時計を覗きながら「すまない。いつからそこに」

 マギーも目を閉じて、身体を休めていたので、別に問題はなかった。或いは、キャシディに急ぎの仕事があったのか。

 今日の家畜泥棒たちで、喫緊の課題は大部分、片付いたはずだ。

 だが、そう告げると「そう、だね。そうなら、いいんだけどね」キャシディは苦笑を浮かべた。


 残った大きな事件は、密造酒に阿片オーピアム覚醒剤メス。偽札の流通。どれもこれも、一筋縄ではいかない。根気強く使用者から売人を突き止め、流通を探り、一つ一つを片付けていくしかないが、どうしたって時間も掛かる。

 他に市民街区での連続盗難事件や農場主同士の境界争いについても、参事会当たりにせっつかれているのだろう。果たして、キャシディがゆっくり眠れる日は、いつ来るのだろうか。


「……覚醒剤は今すぐは無理だな。多分、大手の組織の仕業だろうから。仮に悪の天才の仕業としても、どこかにいるウォルター・ホワイトを捕まえるのは楽じゃない。対処療法になるよ」とマギーが告げると、キャシディは頷きながら、書類を取り出した。

「密造酒と阿片も、本番は冬。退屈しのぎに溺れる連中が出るだろう。冬篭りの前に何とか目星を付けたいところだけど」マギーが言葉を続けていると、「マギー。折を見て、町外れと壁の外で追って欲しい」とキャシディが言い出した。


「えぇ、あなた。保安官助手に……刑務所はどうするの?まさか、兼任しろと」言いかけたマギーだが、キャシディの目の下の隈が張り付いてるのに気づいた。

 マギーは、沈黙し、唸り、それから「どうしたって時間が掛かりますよ。本番は多分、冬。その間に流通や売人を追うことになる」と書類を受け取りながら、そう告げた。

「定期的に報告は入れてくださいね。それと無理はしないで」キャシディは、疲れた表情で欠伸をかみ殺していた。





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 9月上旬_7371都市通貨



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