03_61 給料分の仕事
マギーちゃんはポレシャ市の保安官助手である。臨時雇い法執行官として、二束三文の日当で命を張って、凶悪な盗賊や略奪者どもと銃撃戦したり、斧や刃を振りかざして白兵戦を潜り抜けるのだ。
この仕事で肌に銃創が刻まれたことはないけど、時にはこん棒で殴られたり、凶悪な形のナイフや包丁で刺されたりも珍しくない。
略奪者の不潔な刃に刻まれては病気になりそうなので、消毒液を掛け、破傷風予防の注射を打つこともある。とっても痛い。
盗賊団と一口に言っても、規模も装備も色々と千差万別で、ポレシャが属する地方一帯の農村地帯に跳梁する輩は、都市の街道筋に出没する連中ほど、危険な武装はしていない。代わりに人数が多い。
武装した隊商や護衛付きの旅人を街道で襲撃して通行料を徴収し、身代金を要求する稼業には、マシンガンやソードオフショットガンが必須だが、装備も弾薬も安い代物ではない。防備の薄い村落から作物や家畜を奪い、娘を浚うには過剰な代物だ。まして金属薬莢弾となれば、相応の伝手と資金が必要となる。
街道筋で都市軍の目を晦ますには自然、少数精鋭とならざるを得ないが、農村地帯の強盗団は、元が村々の破落戸や不良少年、ならず者を中心として形成された逸れ者の集まりで、地元出身者の利を活かして、保安官や賞金稼ぎ、自警団の追跡を掻い潜っている。
食べ物や作物、家畜が主要な略奪品の一つである為、食い詰めた農民や逃亡奴隷などが仲間に加わっている事例も多い。要するに街道の盗賊団は現金収入も多く、豊富な武装を支えられる一方、農村強盗団の被害は、現物が多く人数を養える。
なにが言いたいのかと言えば、つまり、後味の悪い結末も少なくないのだ。
その日、マギーちゃんは盗賊団を追跡していた。赤茶けた土と灰色の乾いた表土が混じり合い、岩塊や灌木、朽ちた廃墟が丘陵を背景に点在している。見渡せば何処までも同じような風景の繰り返しにうんざりとさせられた。
進むべき方向を示してくれる道標も見当たらず、似たような起伏の丘陵に音は散り、距離感も方向も微妙に狂っていく。踏み固められた足跡も、いずれは砂埃に呑まれて消える。丘を一つ越えれば、また同じ景色が現れるだけだ。
時々は行き倒れた旅人の死体も見つかる。民家も少なく、地元の住人以外が街道筋を外れれば、廃墟に辿り着けたとしても水もなく、雨で凌ぐことも出来ない。
勿論、地元ポレシャ人たちや農民であれば地形を熟知し、似たような光景を見分けられる程度には慣れてもいる。最悪、見知らぬ場所に纏いこんでも、夜を待って星からポレシャの方角に見当をつけ、歩き続ければ見覚えのある場所に出るのだ。ただし、それはお尋ね者たちも同様だった。
先日、西の土地から遊牧民が侵入して、迎撃の為にポレシャ市軍の主力が出払った。その隙をついて近隣で幾つかの盗賊団が活動を活発化させたのだ。
追跡中の盗賊団の首魁は『ママ・ディアナ』。珍しい女盗賊、かつ妙齢の美人と言う噂で、一部に義賊的な人気もあるようだが、生かしておくつもりはない。
襲われた村で反抗したらしき農夫が庭の樹に吊るされていた。農夫の家族が涙を流してるのを目にした時から、ぶっ殺すと決めていた。
同行していた保安官や市民兵たちも、きっと同感だろう。
一行は黙々と追跡を続けた。
市で組織された追跡隊には、数人の保安官助手と民兵、それに自警団員の一部を中核として、これに斥候を兼ねた地元猟師に武装農民、臨時雇用の浮浪傭兵も加わっている。
総勢で三十名ほど。人数的には、想定される盗賊団とほぼ同数か、上回っており、金属薬莢の高性能ライフルから火縄銃まで全員が銃器で武装している。
ポレシャ市は、先だっての遊牧民との交戦で、およそ四千発から五千発もの弾薬を消耗していた。田舎町にとっては膨大な支出で、現在は備蓄をじりじり回復している期間であったが、しかし、だからと言ってならず者の跳梁跋扈を放置すれば、地域の治安にも経済・物流にも馬鹿にならない悪影響を及ぼす為、盗賊団を掃討しうるだけの戦力を派遣していた。
盗賊たちとて馬鹿ではない。連合していたり、罠を仕掛けて待ち伏せしている可能性、地元民らに紛れている可能性もある為、討伐隊も本隊とは別にあらかじめ複数の密偵と狩人や猟師、レンジャー主体の斥候を先行させている。
勿論、裏切り者が紛れ込む可能性も考慮し、繋がりが薄いが腕利きと評判の地元民と、信頼できるが地理にはやや疎いポレシャ近隣の斥候を併用している。
豊かな穀倉を抱えるポレシャ市は、相応の資金を持っている。無論、ズールのような商業都市と比較できる予算規模ではないが、近隣の中小居留地や強盗団ごときとは比較にならない。そして、金で安全を買える状況であれば、ポレシャは適切な額を出すのを惜しまなかった。
マギーの仕事は、浮浪傭兵や武装農民、それに下層民の志願兵たちを率いて、真正面から強盗団と戦い、その注意を引き付ける事だ。
元賞金稼ぎとして、少数とは言え、人数を率いた経験を有するマギーは本来、精々が賑やかし程度にしか使えない烏合の衆をかなり上手く統率した。
正規の身分証が欲しくて逸る志願兵たちを抑え、怯む武装農民らを励まし、怠けようとする浮浪傭兵どもに適切な報酬を約束して給料分だけ働かせると同時に、盗賊相手に味方の血は出来るだけ流させない。
「頭をさげろ!」「ヘクター!場所を変えろ」「ミル!突出し過ぎだ!そこから動くな!頭も出すな!」「援護射撃!三名!右側にいる高めの奴を釘づけにしろ!一人、一分に二発まで使え!」叫びながらの廃墟での銃撃戦。
味方が危うくなれば、レバーアクションライフルを連射して、敵を牽制する。
烏合の衆で正面から攻め、相手を圧迫しつつも、無駄な犠牲を抑えて相手をし続ける事、およそ三十分。猟師、狩人らの斥候を先頭に敵の両翼に主力が廻り込み、攻撃を開始する。半包囲から、それまでとは精度の違う射撃に晒され、盗賊団は雪崩を打つように崩れていった。
廃墟の一角に強盗団を追い詰める。敵は少なくない戦闘員を失い、弾を喪失し、出入り口を包囲されていた。
裏口には狙撃手が廻っており、火炎瓶を脅しで投げ込んだ。ガソリンを使えるほど潤沢ではないが、油でも燃える事は燃える。
元より、皆殺しにするほどに凶悪な賊徒ではない。投降を呼びかけると、武器を捨ててぞろぞろと老若男女が次から次へと出てくる。出てくる。小さな子供や傷を負った若い女性も紛れていて、しかし、怯えの目を此方に向けてくる。
連中に虐待されていたか。或いは、外の世界で虐げられ、盗賊団で良い扱いを受けていた為に公的機関に怯えているか。遺憾だけれども、黄昏の時代には後者の例も少なくない。
廃墟の出入り口から『ママ・ディアナ』も出てくる。噂ほどの美人でもなく、意思も強そうには見えない。ひどく怯えていた。
主な被害に遭っていた武装農民たちが怒りの声を上げ、投降者の列から頭目を引きずり出すと、こん棒や銃床を使い、袋叩きにし始めた。
悲鳴が上がるも、近隣の農村はポレシャ市の同盟者であり、また庇護下にあるものの、独立した共同体で農民兵たちに命令を聞かせられる訳ではない。
なにより農民たちの凄まじい形相と剣幕に到底、制止できるものではなかった。
虜囚となった賊徒か、或いは救出された虜と見るべきか。投降者の列に混じっていた若い娘が子供たちと共にすすり泣いていた。と、農民の一人が振り向いて怒りの叫びを上げた。
「おめえか!やっぱり手引きしてただな!」「来い!モスの仇を取ってやるだ!」怒りの形相の儘、若い娘の髪を掴んで引きずり出すが、マギーは農民たちの足元に発砲した。
「そこまでだ。盗賊たちはポレシャ市で裁判に裁かれる」討伐隊隊長のマクロード副保安官が制止の声を張り上げた。
不満げな農民たちだが「おい、諸君。我々は盗賊を討伐して、しかも、頭目まで君たちの好きにさせたんだぞ」厳しい声音で言い放つと、流石に農民たちも目を合わせ、「分かっただよ」と不承不承ながらも娘から手を放した。
若い娘と少年少女らの恨みがましい視線が農民たちに、そして哀しげな瞳が『ママ・ディアナ』へとそれぞれに向けられる。
誰かにとっての善き連れ合い、頼もしき父、良き隣人が、別の誰か。逆らえない召使いや奴隷にとって小さな暴君であることは別に珍しくもない。
マギーは、なにがあったか知らなかったし、また知りたくもなかった。それは副保安官や民兵隊士官たちの仕事であって、臨時雇いの保安官助手としては給料分の仕事は果たしたのだ。
高くもない日当が支払われる。それでも今回は、支給された弾薬内に発砲を収めた。盗賊討伐には持ち出しとなることすらある。
マギーは弾薬代を請求しない。正規の市民兵と同じに自腹を切ってる。裕福な行商人として、それくらいの稼ぎはあるし、市に対する義務だとも考えているからだ。
それに保安官助手として、幾らかのささやかな見返り――冬越えに宿泊所のいい寝台を割り当てられたり、薪や食料を安く多めに割り当てて貰えるだけでも、それなりに引き合っている。
烏合の衆の統制には、随分と気を遣う。三十分は破綻寸前のぎりぎりの時間だった。それでも死者も、目立った負傷者もいない。
二十人近い強盗団の討伐としては、割と上出来な筈だ。跳梁している他の強盗団も、これほどうまく片付けられるかどうか。疲れた、と、瓦礫に腰かけ、久しぶりに細巻を吸った。かなり高めのシガリロの紫煙が香ばしかった。
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保安官事務所に帰還したのは日も暮れてからだ。留置場に不寝番を三人も付け、交代要員を用意し、武装農民からも付き添いを出し、使用した弾薬に付いて書類に記載し、全く万事が書類である。
強盗団に顔が割れた。そして、全員が処刑される訳でもない。普通の懲役や労働刑に処される者もいれば、逆恨みをされることもあるだろう。楽しい未来像ではないが、なにかしらの手段で身を守る手配をしておくつもりだった。
レバーアクション・ライフルは貸与された装備に過ぎない。新しい武装の目途くらいは立てておくべきだろう。命を拾う為には、用心深さが欠かせない。
結構、何時もギリギリな綱渡りをしている気がしてならない。別に、マギーに限った事でもないだろうが。
保安官事務所の壁に貼られた数枚の手配書。『ママ・ディアナ』の手配書は剥がされずに態々、×印が付けられた。
仕事をしてますよ、と治安機関もアピールする訳だ。
ポレシャの通貨で結構な賞金が懸けられている面々だけれど、マギーが殺害、乃至捕縛しても賞金は一ペニーたりとも貰えない。ポレシャ市の保安官助手だからだ。
世知辛い。とは言え、今さら、200ポンドや300ポンドの賞金を血眼になって追いかける立場でもない。或る程度の財産が出来てしまえば、公的な身分の方にこそ価値が出る。
『ママ・ディアナ』強盗団は、手強くはないが、相応に手古摺らせてくれた。うんざりしたように首を振った。こんな強盗団が恐らくはあと三つか、四つ。農村地帯に跳梁跋扈していると推測されていた。
腕利きの賞金稼ぎを呼び寄せてもいいけど、民兵らに混ぜるよりそれぞれ勝手に活動させた方がいいと保安官は判断して、好きにさせている。
元賞金稼ぎとして、マギーは縄張りを個人プレイの他所者たちに引っ掻き回されるのは御免だったが、農村地帯の住人のことを考えれば、受け入れるべきだろう。
それにしても従軍の直後に、強盗団の追跡と荒事ばかりの日々に頭がおかしくなりそうだ。疲れた足取りを引きずって、クタクタになって帰宅する。
足元を焼いた木杭に骨組みを釘で組み合わせ、新聞紙と布、革を組み合わせた天幕は、当初より少しずつ広く、高く、幾分かは快適に過ごせるようになっていた。
冬を越せるような天幕ではないが、春と夏を快適に過ごせるようになっただけで今は充分だ。それにしても、とマギーはしみじみ思う。
歳を取る前にいい家を作っておきたい。人生は老いてからの方が長いのだから。
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マギーたちの家は、ポレシャ市の下層地区。通称『町外れ』の一帯の裏通りにポツンと立っている。
精々が二、三人が並んで寝られる程度の広さだけど、もっと酷い天幕や泥の小屋住まいの渡り人や自由労働者も少なくないし、放浪者や浮浪者には着の身着のままの粗末な紙や布の寝袋。段ボールや布の小さな小屋で寝泊まりしている者も少なくない。それでもポレシャ市は、下層地区でさえバリケードと武装自警団に守られ、市や中町の方角はほぼ安全なので、貧しい者でも無防備な寝泊まりが出来ると言う意味合いで、周辺一帯の居留地では別格の暮らしやすさなのだ。
朝起きたマギーは、思った。散歩したい。と
「散歩に行きませんか?」ニナを誘ってみる。
「借りてきた本を写して置きたいので」同居人のニナは、中世の火器に関する本を手書きでノートに写本していた。
勉強熱心な子だと思う。別にニナに限った事でもなく、ポレシャへの移民は、鼻水を垂らして「うんこー!」とか叫んでた渡り人の子が一年もすれば、初等教育の教科書くらいは読み解いてる事例も少なくない。相変わらず子供同士で「うんこー」とか叫ぶのはやめないが。
一般に勉強しやすい環境や風土が整っている土地は、良い居留地とされているが、当然に技術や知識が途絶えた部族もいれば、道徳も崩壊した蛮族の領域もあって常に文明圏を脅かしている。
技術や兵器のみが継承されるも、法の精神が途絶えた略奪者の領域に生まれ落ちれば、マギーやニナとて獣に堕ちていたかも知れない。それはそれとして、寂しい、と思いつつもマギーも勉強の邪魔はしない。
大人と子供の狭間に差し掛かりつつあるトリスや、まだ少女のココも、よく顔を出すが、隣人のリリーが道徳や社会の教科書を(これは旧世界ではなくポレシャで編纂されたものだが)読み聞かせてやっている。
二人は廃墟民と放浪民の出なので読み書きもやや怪しかったが、最近は色々と知見が広がってきたと思う。マギーは、年少者に食事と寝床を与えている。出来れば仕事も用意してやりたい。
隻眼のリリーも海賊みたいな見た目の癖して、料理好きで面倒見のいいお姉ちゃんだ。それにしてもエマ・デイヴィスが生きていれば、と惜別の念が湧いてくる。
付き合った時間こそ長くなかったが、思慮深さと穏やかな気質を兼ね備えていた。ああいう人物こそ、仲間に加えたかったとマギーにも惜しむ気持ちはあった。
まあ、仕方ない。誰かが殿を引き受けなければならなかった。
そしてイザベルが生き残っただけでも上等だろう。
それに、エマのように思慮深くて面倒見のいい者もいれば、善良で腕の立つ人物だっていない訳ではないのだ。両方を兼ね備えた人物が中々貴重なだけで。マギーにだって替わりはいる。仮に今、マギーが居なくなっても、ニナは一人でやっていける目途は付いている。
だから、と言う訳ではないが、マギーは一人で散歩に行くことにした。
ポレシャ壁外の自然豊かな地勢へと向かった。滅多に怪物の侵入しない、比較的に安全な場所。一応は軽クロスボウとバットを背負い、手斧二つを腰に吊るすが、荒んだ心持ちを癒す為の散策なので、余り用心はしてない。
壁の近くであってさえ、年に幾度かは突然に屍者に襲われたり、変異獣が忍び込んだり、野犬やコヨーテ、巨大蟻が入り込むこともある。だから、多分、大丈夫でしかない。
それでも暖かな日差しの中、マギーは不用心に歩いて、地面に座った。
丘と言うほどでもない。土手の斜面や開けた場所には白いカモミールやシロツメクサが風にそよぎ、灌木の影や岩陰、浅い窪地に赤や紫、白のアネモネがひっそりと咲いていた。
用心深いとされる一流の賞金稼ぎがあっさりと死ぬ瞬間がある。きっと逢魔が時に呑み込まれたのだろう。折り悪く怪物が紛れ込み、偶々用心を怠った、偶然の重なりの瞬間。緑の茂みや咲き誇る花を穏やかな気持ちで眺め、五分ほどで常の警戒心が戻ってきたマギーは苦笑を浮かべる。
人の気配が近づいてくる。見ると、イザベル・ミラーがふらふらと散歩道を歩いていた。ライフルを背負ってはいるが、のんびりと歩いている。やや遅れて彼方も気づいたか、軽く手を振ってきたので振り返した。
特に何ごとも起こるまいが、周囲を警戒しつつ、帰途に就くか迷ってから、イザベルの近くに座った。二人いれば、警戒を怠っていても、視界的に不意打ちを受ける可能性も低くなるし、もう少しだけ風景を楽しみたかった。
遠く銃声や叫び声、獣や犬の遠吠えが聞こえてくる。それでも屍者の呻きも聞こえず、怪物を警戒する鐘の音も鳴らされない。青空の彼方に雲が流れていた。なんの変哲もない、束の間の平凡な一日。マギーは和らいだ気持ちで、遠い雲を眺めつづけていた。
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_07月中旬 9617 都市通貨




