03_60N 普通の人の強さ
裏手付近からの喧騒が収まらない。発砲は散発的だが、収まる気配は見せず、怒号や悲鳴、干戈の甲高い響きが絶えることもなく、しかも、徐々に近づいてきているように思えた。
やがて、負傷兵が次々と天幕へと運ばれてくる。腹を切られて、臓物をまろびだした者。手首を落とした者。片目を潰された者。
けして富裕ではないし、有力者でもないが、居留地の背骨となるべき市民、そして正規居住者の若い男女たちだった。損害は十人に満たないが、双子の丘で受けた全ての損害を既に上回っている。戦死、遺族年金、配給、障碍者手当、義手、義眼、再生治療、家族の愛情と、巡回医療船団や放浪義体技師衆への蓄積した外貨流出。
キャシディ・エヴァンスの脳裏を千々に乱れた思考が行き交い「うがう、がう」と、犬のように意味もなく喘ぎ、啼いた。ポレシャ勢だけでこれなら、農民衆の損害はどれほどに達していようか。
クリスティーネ・モーデュソンは人間要塞だ。常人の白兵戦力の殆んど限界に達している。流石に蒸気騎士や変異熊には敵わないが、ポレシャ圏全域でも鎧を着込んだクリスに拮抗できる人間は、数えるほどもいないとキャシディは評価していた。
だから、兄妹の片割れとは言え、裏門に配して、ついでに同類の騎士だの剣士だのを十ン人も呼集してぶつけたのに、少人数相手に手古摺っているのは、キャシディにとっても、想定外ではないにしろ、起こる確率は低いと見做していた状況だった。
「……モーデュソンは、まだ手古摺ってますか?」数秒で抑制を取り戻した保安官の問いかけに伝令が言い淀んでから、「……兄の方も呼び戻しますか?」尋ねて来た。
最終防衛ラインに配しているモーデュソンの長兄は疾走する戦馬を駆りながら、槍の先で杭の上の林檎を貫いてみせる腕前だ。時代錯誤な武装は兎も角、いるといないとでは、味方の安定も、戦果も違ってくる勇士だが、キャシディは少し考えてから首肯した。
万が一――有り得ないとは思うが、万が一。本営にまでなだれ込まれてキャシディや副保安官、民兵隊の下士官たちをまとめて討ち取られたら、ポレシャは甚大な被害を受けて、全てがひっくり返ってしまう。最悪の事態で受ける損害の大きさを鑑みれば、多少、戦果を低下させようとも保険は掛けておくべきだ。
「それに、そう予想外でもない」キャシディは小さく呟いた。仮にモーデュソン兄が間に合わないとしても、まだ切札は残っている。色々と有用だから、出来るだけ荒事などに用いたくはないが、田舎町では僥倖な程、多分、望みうる最強の札だ。それに本営を守っているのも常備傭兵や常勤民兵たちで中々に粒が揃っているし、現在は火点から兵士の半数を呼び戻してもいる。その分、【王】本隊に対する火力が低下する訳だが、これは仕方ない。普段から遊牧民の略奪や無頼傭兵、横暴な無宿人らの脅威に晒され、苦しめられてきた怒れる現地農民たちの奮戦に期待するとしよう。
※※※※
よく誤解されているが、銃弾を防げる鎧は実在している。セラミックプレートにアラミド繊維を編み込んだ鎧であれば、大抵のライフル弾も弾き返す。だけど、鎧は地雷を防げず、重機銃には通用せず、火砲にはまるで無力な、その癖、兵士一人一人に纏わせるには21世紀にも到底、割に合わない高価な代物で、騎士と同じく費用対効果に敗れ去った、数ある過去の遺物に過ぎなかった。
ただし、文明崩壊の時代。再び訪れた銃弾の貴重な時代に、頭のおかしい武芸愛好家や中世愛好家、一部の浪漫主義者たちは金に糸目を付けずに技術力を結集して、鎧とそれを扱う技術を復活させるべく、工房や道場を築いた。銃弾が枯渇した時、銃の点による貫通効果が薄い痛覚の鈍い怪物が現れた時、乱杭歯と爪に毒宿す屍者共がなだれ込んできた時、夜戦や屋内戦闘へともつれ込んだ時、再び、鎧武者たちの出番が訪れる。限定された戦場とは言え、だからこそ条件の整った時、対人であろうと、怪物相手であろうとも、恐るべき威力を発揮する白兵戦の王者が騎士だった。
モーデュソンと名乗った騎士は手強かった。体躯に任せて力任せな動きはせず、間合いの取り方が上手い。突きはあまり使わない。小刻みに斬撃を放ちながら、時に剣先が伸びたと錯覚するような斬りつけを繰り出してくる。なにより初動を見抜いて潰してきた。ルキウスと同じ、敏捷さで戦う戦士と幾度か戦った経験がなければ、これは絶対に出来ない。そう言えば、ポレシャか。マルグリット・モイラかな。と思い当たる。
鍛錬を丁寧に積み重ねてると窺える滑らかな挙動に、息切れしない持久力は、ポレシャの市民階級がそれだけ余暇を持ち、かつ戦闘分野にしろ、それを注ぎ込める余裕を持っている事を意味していた。
相手は都市でも、強国でもない。裕福で、防衛を怠らないだけの、普通の町の尋常な強さと人材の層の厚さ。(それでさえ、放浪の遊牧民が飲み込むには、過ぎた相手だったかも知れんぜ。タリウス)と、銃が上手いもの。白兵が強いもの。馬に乗れるもの。短時間で土嚢を詰めるもの。強さが多岐にわたり、兎も角、粘り強い。ならば、他の町だって当たり前に手強くて、自由都市ズールは、遥かに強大なのだろう。
(……お前の野心。俺たちも乗った野望。それはどうやら叶いそうにない)
さらに強力な領域国家や領邦連なる文明諸国を征服した遊牧民――騎馬民族の覇王たちはもはや、別の生き物だ。俺たちは惨めに地を這う虫けらだ。空を征く鷹にも、地を制する獅子にも成れはすまい。
(だが、だからこそ……虫けらの意地として、せめて仲間たちは生かして還す)
ここで戦士や騎兵をすべて失えば、氏族は取り返しのつかない打撃を受けよう。
例え、『大地の子ら』根こそぎ滅びようともポレシャ人どもからすれば、知った事かと痛痒も感じまい。
だが、それでもルキウスは坐して滅びを待つわけにはいかなかった。命と引き換えにしても、味方を逃がしてみせると心に決める。
だが、現実にクリスティーネ・モーデュソンは怪物だ。二十代の活力に満ちながら、動きは精妙でよく制御されている。物心ついた頃から、鎧を付け、動き回っていたのかも知れない。熟練者を越えて達人の領域に近い。
脇の下、手首、股下。全ての急所が分厚く防護されている。弱点らしい弱点と言えば、兜の隙間だが、クリスティーネ自身もそれを意識してか、けして隙を晒さない。
なによりも軽騎兵ルキウスの装備や闘法とは相性が悪い。素早い動きで幾度サーベルで斬りつけようとも、微塵も効いた風情を見せずに動き回って、敵手たるルキウスにも体力と時間の消耗を強いてくる。
高台にある本営へと続く傾斜道に戦いながら向かうも、甲冑の騎士は誰一人を取っても粘り強い。銃弾を防げない単なる薄い鉄板ですら斬撃は通らなくなるし、厚布を当てていれば鈍器による打撃もある程度は防いでくる。【王】の兵団の傭兵やランツクネヒトたちは、まだ脱落は少ないものの確実に動きは鈍っていた。
「このでくの坊は、引き受けてやる。行け」高台への狭隘な坂道に入り込み、大剣を肩に担いだヒルダが殿で足を止めた時、ルキウスも瞬時にそれしか手がないと理解した。
「トール神よ!!」血走った瞳に荒い吐息を吐きながら、モーデュソンが蒸気機関車のように殺到してくる。隊長、と呻いて足を止め掛ける部下たちを「見せ場を奪うな」叫んだヒルダは、もはやルキウスを見ようともせず「馬鹿どもを出来るだけ多く生かして帰してくれ」注文を付けてきた。ルキウスは頷き、背後の剣戟に振り返らず、遂にポレシャ勢の本営へと到達した。
生き残ってるランツクネヒトや傭兵たちには、司令部を撹乱したら、其の儘、高台を抜けて西部丘陵地帯へと逃げ込むように告げると、敵兵の集まっている一角へと踏み込んだ。土嚢が積まれ、灌木や岩影に潜んだポレシャ兵の銃口が向けられる向こう側に黄土色の天幕。
その前に一人の女が番人のように佇んでいた。キャシディ・エヴァンスではない。ポレシャの保安官は金髪で雀斑をしている。クリスティーネ・モーデュソンは背後から、まだヒルダと戦っている剣戟の音が響いてくる。
「……態々、犬のように死にに来たか」つまらない者を見るように眺めてくる女に、ルキウスは「どうかな?」と応えた。
「お前も、仲間たちもここで終わる。獣どもには相応しい最後だ」言いながら、手首に籠手を着けた長身の女が日本刀を引き抜き、前に進んでくると、ポレシャの兵士たちが道を開ける。
味方のランツクネヒトがマスケット銃発砲するも、まるでボールでも避けるように弾頭を躱すと「さっさと片付けるとしよう」日本刀を携えて歩み寄ってくるマルグリット・モイラ。曠野の伝説、死の風【ウロボロス】――そして、父と妹ムキアの仇。「同感だ」ルキウスもサーベルを構え、二人は疾風のように互いの刃と切り結んだ。
※※※※
本営まで乗り込まれたのは、驚きではあったが、キャシディにとっては、全くの予想外でもなかった。天幕の奥で椅子に腰かけたマギーは「……もう二度と使うことがないと思ってた」呟きながら、アンプルを手に弄んでいる。
「副作用が?」キャシディ・エヴァンスの問いかけに、謎めいた笑みを浮かべたマギーは、己の太い首筋にアンプルを突き刺し、一息に注射した。
今までにも、マギーが本気で戦う姿は何度か目にしていたが、それはけして全力ではなかった。後先を考えない全身全霊での賭けを当然にマギーは嫌ったが、本陣では数と装備に優るポレシャ軍が防備を整えて敵を待ち構え、さらには時間と共に応援が押し寄せてくる状況であるから、時間を稼いで欲しい、とのキャシディの依頼に渋々と頷いた。
命を懸けさせたか、とキャシディは忸怩たる想いを抱いたが、他に打てる手はない。低技術装備の小規模戦において、超人に対抗できるのは超人だけ、と言われている。単騎の武勇に追い詰められ、戦術的工夫を弄する余地もない現状、こうなってはマギーの勝利を祈ると共に、迅速に状況的な勝利を確立するしかなかった。
奥に逃げ込んだキャシディ・エヴァンスは、予備使いのウィンチェスターM1892ライフルを木箱から取り出した。レバーアクション・ライフルは、ボルトアクションライフルに比べて堅牢度に不安があるし、精度も劣るものの比較的に安価で入手しやすい拳銃弾を装填できる。近接戦ならば、キャシディの腕前ならば十分に運用できる。32口径の威力はやや小さいが、反動が小さく再照準が早い。移動しながら、安定して射撃が可能。敵味方入り乱れての混戦には、むしろボルト・アクションライフルより威力を発揮すると判断していた。
狙いを定め、発砲。ランツクネヒトが崩れ落ちた。一発で射殺しながら、転々と位置を変えては敵勢の位置と人数、編成を脳裏の地図に記していく。一部では、接近した両軍兵士による白兵戦も始まっているも、巻き込まれるつもりも助けるつもりもない。おのれに出来ることを効率良くするだけだ。戦闘時のキャシディは、何時も頭脳と心を自然と切り離している。
二人目の傭兵を仕留めた。多分。心臓に命中。立派な革鎧を着ていたが、防弾機能はあるまい。例え、拳銃弾と言っても、長銃身ライフルに装填されれば多少、精度と威力は上がる。たった一人の腕利き狙撃手が戦局に影響を与えると言うならば、狙撃手は超人に似ているかも知れない。だが、超人とはもっと理不尽で対策のしようもない暴力そのものだと年寄りたちには聞いていた。しかし、マギーにしろ、恐らくはルキウスにしろ、聞いていた程ではない気がしてキャシディは内心、首を傾げた。
三人目。物陰で此方を狙っていたライフルの傭兵をヘッドショットで仕留める。
勿論、至近から発砲された銃弾を躱すと言うのは、尋常ではない身体能力、或いは反射神経だが、その程度なら歴戦の兵士や剣術の達人にもいない訳ではない。勿論、彼ら彼女らは発砲された弾頭を躱しているのではなく、銃口の角度から見切っているに過ぎないのだが。正直、あの程度か。と言うのがキャシディの感想だった。あれなら、人数を揃えての十字砲火から、火力の集中と火点の相互援護で仕留められなくもない。
四人目。突っ込んできたランツクネヒトをリボルバーのクイックドロウで仕留める。次弾を装填しながら、また背後へと下がった。
超人にも色々と幅があって然るべきだろうし、単発銃や前装式の銃しかない土地に、いきなり撃たれてから銃弾を躱す奴が乗り込んで来たら、色々と大袈裟に話も伝わるものに違いない。五人目。味方の兵士を倒したばかりのランツクネヒトをハートショット。膝から崩れ落ちたので、間もなく死ぬ。
ただ一人の例外を除き、踏み込んできた敵勢もまもなく掃討し終わる。
その一人も対処できる。丘の下の方から、味方の歓声が響いてきた。モーデュソン兄が到着したか。それとも妹の方が足止めしていた敵を排除し終えたか。
だとしても、踏み込んできた敵に対応する為、一時的に火力を手薄にせざるを得なかった。眼下の街道を敵本隊が抜けつつある光景が見えた。
さらに地元農民たちの防衛線が立ちはだかっているし、奥には傭兵らの散兵。馬借・牧童たちの騎兵遊撃が控えているも、一塊となって突き進む【王】兵団を押し留められるかは分からなかった。
見れば、すでに自由農民たちの防衛線に差し掛かっている。数では優る武装農民たちだが、両翼からの騎兵攻撃と散兵による局所的な散発的攻撃を仕掛けられ、農民軍陣地の対応力は飽和状態に達しつつあった。
此処まで追い詰めながら逃がしてしまうのか、と「……寡兵ごときに」怒りに震えながらも、だが、確かに【王】タリウスは、キャシディにとっても生易しい相手ではなかった。
農民たちを責めるのは酷だろう、とキャシディは、気持ちと思考を切り替えた。払った犠牲が無駄になった訳ではない。そしてまだ、仲間たちの為に出来ることがある筈であった。
※※※※
よく粘る、とマルグリット・モイラは熱い吐息を吐いた。運動量がいささか度を越している。頭も熱い。しかし、遊牧民の青年の疲労と消耗も尋常ではない筈だ。例え、超人でも同程度なら、勝てると踏んでいた。実際に、想定された技量と力を越えてはいない。マギーの方が経験も、立ち回りも上回っている。なのに崩れない。崩せない。崩れる徴候が欠片も見えてこない。
どんな意志がこいつを支えて居るのか。腕と腹部、胸部を浅く切り裂いた。かすり傷ではあるが、出血は少なくない。汗だくで荒い息をしている。だが、叩きつけられる殺意は衰えない。剥き出しの殺意ではない。静かで透明な、研ぎ澄まされた闘志。
事ここに至って(……手強い)とマギーは認めた。当初は、格下を野良犬のように屠るつもりだったが、こいつの刃は、己を殺しうる。喉元に届きうる強敵だと認識を改めた。
時間を稼いでいれば、勝てる相手ではない。心に傲りや予断があれば、死ぬ。己が死線に足を踏み入れてる事をマギーは自覚し瞬間、家で待つニナが脳裏を掠めた。
(良くないな。雑念が混じった。でも、そうだな、帰らないと)
マギーはかつてより弱くなっている。戦闘中に雑念を抱いた己に微笑み、改めて相手を観察する。体重と膂力は、良く鍛えられた普通の男性程度。瞬発力と動体視力、敏捷性はほぼ互角。急所を切り裂かれた方が負けるだろう。周囲の騒音を意識して取り除いた。しかし、どこかで見た覚えが……面影がマギーの記憶野を刺激して「……ティトゥス・カッシウス」意図せずに過去の強敵の名がマギーの唇から零れ落ちた。
「そうだ。ウロボロス。あの時、取るに足りない俺を殺さなかったことが、お前の過ちだ」遊牧民の青年のが口を開き、マギーは眉を顰めた。
「そう……あの時の小僧」二本の剣の刃を嚙み合わせながら、互いに睨み合う。
「今になって、家族の仇を取りに来たか」
「……今さら、失った者は戻ってこない。
これ以上、失わない為だ」遊牧民の青年の言にマギーの瞳に雷火が煌めいた。
「貴様のような侵略者が知ったような口を……曠野の骨として朽ち果てろ」マギーが力を入れる。鍔迫り合いに噛み合う刃が軋みを立てた。
※※※※
陣地の奥まった場所の天幕。ヘレンはその片隅に手錠を嵌められて転がされていた。見張っているのは、ポレシャの新米下士官と民兵が二人。下士官は、裏口での戦闘が気になるようで先刻より、天幕から行ったり来たりしている。
二人の民兵も後方支援の為、臨時で緊急徴募された口で、武装は兎も角、訓練はほとんど受けていない。
「いい女だな、なにをしたんだ?」と民兵が片割れに話しかける。
「それをこれから取り調べるのさ。
変な気は起こさない方がいいぞ。助けに来た男の恋人かも知れんって話だ」
「あれか。ちぇっ、遊牧民のやつらめ。いいものは全部、奪っていっちまう」ぼやいた民兵は、縛られたヘレンにやや邪な視線を向けた。
「偶には俺たちも連中から取り返してよくね?」囁くも、生真面目な相棒に睨まれて「冗談だよ」とため息を漏らした。
小人数が相手との連絡を受けていたが、銃声や干戈を交える戦闘音は中々に収まらず、それどころか、徐々に近づいてくるようにさえ思えた。流石に不安を覚えたのか、民兵たちも顔を見合わせているが、遂に間近で発砲音が響き始める。
「本営が落ちたんじゃないのか?」「おいおい、どうなってるのよ」不安そうに囁き合い、それでも言いつけられた通りに立ち尽くしている民兵たちの前に、キャメロン保安官補が駆け込んできた。
「どうしたんです?」問いかける民兵に「すぐに囚人の場所を移動する!」とだけ告げてくる。
それ以上は保安官補に質問せず、奥の囚人を立ち上がらせると天幕を出たところで民兵たちは硬直した。本営の方へと続く狭隘な勾配の隘路より、鮮血に塗れた遊牧民の男が地面を踏みしめて姿を現したからだ。
驚愕しながらも民兵たちは、反射的に銃を構えて遊牧民の男へと発砲した。
素早く掻い潜ろうとするも、肩と足に被弾した男は、それでもサーベルを躍らせるように振るって、民兵たちの腕と横腹を切り裂いていた。苦痛の呻きを上げながら、地面へと転がる民兵たちだが、致命傷には程遠い。キャメロン保安官補は、距離を取って拳銃を構えていたが、遊牧民の男はまるで他人が目に入らないように、ゆっくりと囚人ヘレンの元へと歩み寄った。
「……レニ」男が囁くように告げながら近づいた。
「若さま」とヘレンの手が差し伸べられた。
「助けにきた……」男は掠れた声で呟き「えぇ、えぇ」感極まったようにレニは涙を零し、血に塗れた恋人の頬に手を当てて目を閉じる。
「……行こう。二人で約束を……」ルキウスが膝から崩れ落ちつつ呟いた。
「もう、果たしてくださいました。レニは幸せでした」震える声で呟いた。
ルキウスが静かに目を閉じる。
レニは恋人にそっと口づけると、血が出るのも構わずに手にルキウスのサーベルを握った。おのれの胸に刃を当てると、不思議な微笑みを浮かべる。
キャメロン保安官補は、なにかを言いたげに口を開いたが、制止しなかった。
刃が胸に沈み込み、レニはルキウスに寄り添うように地に崩れ落ちた。
いつの間にか銃声や喧噪、怒号は消えて、あたりは静まり返っていた。




