03_60L 静寂の夜明け
【王】タリウスの十数年にも及ぶ戦歴のうちでも、かくの如き一方的な惨敗を喫した記憶はかつてなかった。
デン戦争当時、タリウス・ヴォルトゥリウスはいまだ青年将校の一人に過ぎなかったが、俊英と見られていた。ウロボロス率いるスネイクバイトの精鋭に夜襲を受けた際も、物資は焼かれたが兵の過半を無傷のまま、炎上する陣営より離脱してみせたし、『灰翼騎士団』の【貫く刃】ダーディオ。黄骨党の骨の司教メルカと言った当代名だたる戦術家と精兵たちを相手にした戦闘でも、今少しは拮抗し、敵の思惑も読めていたものを、田舎町の無名の指揮官と民兵たちを相手に勝ちと見えた勝負を一瞬にひっくり返され、歩兵の大半を失い、精兵の遊牧騎兵も殲滅されつつあった。
最悪のタイミングで最悪の位置に予期しない伏兵が出現した。味方騎兵の攻撃意図も機動さえも読まれていた。ルキウスの騎兵指揮が卓越したものだけに、もっとも効率的な攻撃を行うであろう進路が限定されていたからか。【王】タリウスも無能ではない。逆算してキャシディ・エヴァンスの作戦図と意図を今さらに読み取ったが、全ては後の祭りであった。
膝から崩れ落ちそうなほどの心理的衝撃を受けたタリウスだが、指導者が揺らげば味方の士気が崩壊する。周囲で慌てふためく親衛隊やら悲鳴を上げる娘たちの騒々しさに表面上の平静を装い、十数秒で思考を切り替えるだけの冷静さを取り戻した。とは言え、都合よく妙案が浮かんでくる筈もない。現在、十字砲火から逃れた歩兵や騎兵が本営へと逃げ込んでくるのを収容しつつ「陣営の守りを固めよ」と命じるが、もはや持久戦に持ち込んだとて勝ち目の或る状況ではないのは明白であった。
当初の想定通り、陣地に籠って長期戦に持ち込んだとしても、陣地の火力と連携して機動戦を行うべき騎兵戦力がほぼ半減している。表情を取り繕おうとするも【王】の頬は強張り、流暢に言葉も出てこない。
「……所詮は偽物か」自嘲の笑みを張りつけつつ、兎も角も敗走してきた歩兵たちを再び、糾合。遮蔽を取らせながら前進させて統制射撃で敵の火力に対する牽制を行うことで辛うじて騎兵隊の殲滅は免れた。
騎兵の六割はそれでも帰還してくる。歩兵もおおよそ六割と言ったところか。愛馬を失い、徒歩で帰還した者もいれば、負傷した姿も目立った。武装を失い、或いは深手を負って仲間に肩を貸され、辛うじて帰還してきた者もいるが、果たして、撤退戦に耐えられるかどうか。【王】タリウスは、くつくつと乾いた笑い声を洩らした。人目が無ければ、叫び、狂乱していたかも知れない。
ポレシャ勢は一端の追撃を控えたが、仏心を出した訳ではあるまい。歩騎混合の陣形が見事に連携を取りながら、堅い地形に布陣しつつ、じりじりと距離を詰めて、狙いすました遠距離射撃を散発的に仕掛けて来る。いい狙撃手が複数いると見えて、遮蔽を取って応戦してるにも拘らず、至近弾が多い。此方を心理的、肉体的に休ませない心算だろう。歩兵と騎兵の大多数は、弾薬を補給しているに違いない。加えて、後方では、何らかの意味を持つだろう狼煙を盛んに上げている。
狼煙の意味はすぐに分かった。後方の高台に配置していた騎馬斥候が、五分もしないうちに駆けつけてきて報告する分には、呼応するように四方にも狼煙が上がり、十人ほどの武装した小集団が複数、此方へと向かってきているそうだ。距離は五キロから、それ以上。時間的距離にして一時間。増援を呼ばれたか、日和見を決め込んでいた近隣自由農民や郷士層が参戦してきたか。
いずれにせよ、陣地を固めたからと言って到底、持ち堪えられそうな戦力差ではない。ポレシャ攻略どころではない。退去料をせしめる腹案は愚か、自由都市への帰還さえ、叶うかどうか危うくなってきた。
偵察込みとは言え、夜明けから十時間をかけて進撃してきたルートを、撃ち減らされた人数。乏しい弾薬。損耗した装備で、自力で歩けるだけの負傷者を抱え、疲労した状態で追撃を受けながら、同じ距離を逃げ延びなければならない。生き残った自由騎兵や騎馬傭兵、部族騎兵らは、水と飼葉を補給し終わるや、殆んどが真っ先に逃げ散っていた。こうした局面で忠誠を期待する方が間違っている。残りの遊牧騎兵は、十騎に満たない。単独で逃げるよりも、同行した方が生存の機会が多いと踏んだ自由騎兵や騎馬傭兵を含めても十五騎。戦闘中に馬を失い、或いは、主人を失った馬を拾って、相棒を取り換えた騎兵もいた。
生き残りの歩兵たちも、集結しつつあった。敗残兵たちが【王】タリウスを眺める視線には既に冷ややかさが含まれていたが、それでも一応【王】の命令に従う素振りを見せていた。そして、例え不承不承にしろ、歴戦の浮浪傭兵や無宿人らは、敵地では指揮官の元で纏まって行動しなければ、生き延びるのすら難しいと承知しているようだ。
親衛隊にポレシャ軍への応射を任せたタリウスは、火を焚かせ、残余の兵士たちに暖かな食事を取らせると、卓上に地図を広げた。ポレシャの勢力圏を進軍中にも逃げ込めそうな崩れた城壁や廃屋を地図に記し、窪地や枯れた川底を伝って、人通りの少ない裏道や細い抜け道などの逃走経路を多少なりとも事前に調べておいた。簡素な地図だが、ないよりははるかにマシであろう。
そしてまだ、中核となるべき遊牧騎兵や氏族の歩兵たちは辛うじて健在だ。
「生き残るためだけに団結しろ!」血と泥に塗れた【族長】ルキウスが、馬上から味方に向かって檄を飛ばしている。まだ望みは残っている。秩序立って撤退できるだろうかと言う、か細い望みではあったが。
召使や端女たちが食料や弾薬を荷車へと積み込んでいる。天幕は置いていく。毛布も、高価な卓も、自力で動けぬ者たちもだ。
「……夜の曠野を撤退するのですか?」召使いの一人がおののきながら囁いた。曠野の夜には屍者や変異獣どもが彷徨っている。血の匂いを嗅ぎつければ、廃墟より群れとて這い出てくるやも知れない。
「夜だからこそ、撤退するのだ」タリウスは告げた。辛い撤退戦が始まるだろう。
※※※※
マギーは大きなくしゃみをした。鼻水が出たので袖で拭う。
周囲は夜の静寂に包まれていた。今のくしゃみがどれくらい響いたかは分からない。星明りを頼りに手元のライフルを引き寄せる。それから、目を閉じて暫く待ち、異常がない事を確認して少しだけ気を抜いた。
つい先刻、廃墟の影で毛布に包まって寝ていた。古い民家の二階は屋根も破れ、壁も崩れているが、辛うじて二階の一部は残っていた。稀によくある事例で、気の利いた旅人が、無人の廃墟に縄梯子や梯子を持ち込んで設置してくれる。上へ引き上げてしまえば、曠野を徘徊している巨大蟻やら屍者たちも上階には昇ってこれないので、そうすると、旅人たちにとって安全なシェルターが生まれるのだ。
空腹を抱え、喉も渇いた。疲労も抜けない。だけど、眠気は随分とマシになった。
欠伸をしながら身を起こした。今が夏で助かった。夜はそれでも冷えるけれども、冬は時に氷点下20度にも達する事がある。今年は特に冷夏で、下手をすれば冬の最低気温は氷点下30度を下回るのではないかと、各地の酒場では恐々と噂話を囁いている農民や行商人らも多かった。庶民や渡り人などで気の早いものたちも、既に冬越えの準備に取り掛かりつつあるようだ
東の方角、空が紫色に揺らいでいる。夜明けが近いのか。マギーは長身の持主だが、空腹に弱い体質で、食べないと頭の働きが鈍る。敵から奪った水筒で喉を潤すが、最後の一口を呑み切った。狡猾な兵士には、奪われるのを見越して敢えて爆裂する弾頭や毒入りの飲食物を持ち歩く者もいる。交戦した部族はそのような徹底したゲリラ戦思考とは無縁に見えたが、一応、毒見の済んだ水筒を二つ奪っただけで残りは放置した。
一昨日の夜に追撃してくる部族兵を攪乱し、撒いたマギーは、なんとか丘陵地帯を通り抜けてポレシャ圏に到達したが、疲労していたので手頃な廃墟を見つけて潜り込むと其の儘、昼まで眠りについた。 目を覚ましたものの、今度は取るべき方針に途方に暮れてしまう。まず、逸れた旅隊と合流を計りたいものの、仲間の位置が分からない。約束した場所は、既に空で次に何処に向かうかの置手紙も残っていなかった。
マギーの現在地点はポレシャ圏の西。自由都市ズール圏との境界である丘陵地帯に接する、やや北寄りの場所であった。辺りの水場や集落、旅籠についても一通り知っているが、詳しいと断言できるほどではない。少なくとも、敵の騎馬斥候が彷徨っている白昼を堂々と進めるほどには自信が無かった。仕方なく廃墟から廃墟の裏道を縫いながら、南東ポレシャ方面に進もうとするも、少なくない騎馬斥候が哨戒を張っている。手詰まりになったマギーは、水と食べ物を消費しながら撤退し、大回りすんべと方針を切り替えるも、夕暮れの曠野には屍者や変異獣、巨大蟻などが彷徨っている。
心身を消耗した割には大して進めずに、マギーはこれで二晩、連続で廃墟に寝泊まりしていた。日没後に単独行動をする気にも成れず、失調を自覚しつつも、大人しくしている。流れが来ていない。特に眠たくはないが、マギーは毛布に包まって横になった。こういう時は無理して行動するよりも、静かに潜んで脱出の時期を待つべきだ。どんな執念深い猟師でも、3日も待てば、多少は警戒心が薄れるものなのだから。
※※※※
夜明けが訪れつつあった。農村の家の庭から太陽を眺めつつ、砂糖とミルクを入れた熱いコーヒーを口にすると、キャシディ・エヴァンス保安官は、「うん」と頷いた。ポレシャ兵団は、西の丘陵地帯の手前に布陣している。敗走を続ける【王】の兵団を完全に無視したキャシディは、昨日のうちに西の農村地帯に到着すると、下士官たちに寝床を割り振るのを任せて其の儘、就寝してしまった。ちなみに地元郷士の家の一番いい寝台を、大きな銅貨と引き換えに借りている。
端からキャシディには危険を冒して【王】兵団を相手の夜間戦闘を行うつもりなど、欠片も無かった。相手は歴戦の傭兵や無宿人どもの集まりで、騎兵の練度も、ポレシャ市民軍を上回っている。夜間に慣れぬ地平で夜戦など行えば、思わぬ大損害を受けかねない。昨日よりも兵力だけは増えているが、傍にはヘルナル大尉も、スタンフィールド氏もいない。せめてヘルナル大尉だけでも来て欲しかったが、郊外の廃墟民徒党に怪しい動きがあるとの事で、ポレシャ市に戻さざるを得なかった。それでもマクロード副保安官だって悪い指揮官ではない。双子の丘の戦いでも、見事に伏兵を決めてくれた。贅沢を言えば、切りが無いのだ。
正直、【王】タリウスの兵団が夜明け前に丘陵地帯に到着し其の儘、ズール圏に逃げ去ってしまうなら、それはそれで仕方ない。見逃すしかないとキャシディは、割り切っていた。幸い、連中は途中途中の遺棄された農場や居留地で数度の休息を交えながら、ゆっくりと撤退してくる。途中の土豪やら地主・郷士らが率いる自由農民だの廃墟民だのの襲撃に耐えながら、よく纏まって脱落者も殆んど出さずに西の国境地帯――いや、境界地帯か。へと迫っていた。拍手してもいい。ぱちぱち。だが、弾薬は浪費しているし、疲労も重なっているのは確実だった。
さて、日が昇った後も、キャシディは市民軍をあまり動かさなかった。けして近づき過ぎないように厳命しては、騎兵の斥候のみを時々、飛ばして、街道上の【王】の兵団の大まかな位置だけを把握するに留めている。落ち武者狩りは48時間と区切って、布告しておいた。地域を旅する無関係の旅人や行商人が、最大限、巻き込まれないようにするためだ。
敵の進路が絞られるに従って、可能性のある丘陵出入り口方面に少しだけ近づけるも、市民軍に対しては「会敵はあと5時間後です。今は休んでいてください」と指示を出すだけに留めている。戦略的機動性を確保しつづけながら、自分から機動戦を挑もうとは考えなかった。
微細な情報まで蓄積していた『双子の丘』の戦いと違い、キャシディも西方の丘陵地帯にはそこまで詳しくはない。つまり、真正面からの戦闘になれば、今度こそ指揮官同士で五分の戦いとなる。そして【王】タリウスも、その兵団も、けして侮れる相手ではない。出来れば、丘陵出入り口に対して側面から位置し、逃げる敵の側面と後ろに弾薬を撃ち込むだけで終わらせたいが、そんなに甘い相手ではないだろう。敵の退路が絞り込めるに従って、丘陵の安全な高所に狙撃手に拠る火力点を設置して、逃げる兵団に対して銃火を浴びせたいところだが、そうなると決戦での火力も減ってしまう。悩んだ挙句に、少人数を送るだけに留めた。どっちつかずの中途半端な判断である。ついでに丘陵地帯の別の経路に少数の腕の立つ斥候を送り、念の為だが、自由都市方面を監視させる。無いとは思うが、援軍。或いは――都市正規軍が来襲して、不意を突かれる状況は避けたかった。
後は、敵の進路がおおよそ絞れた時点で賭けに出て、少し早めに街道上に陣地構築を開始する。丘陵地帯まで3キロ。良さそうな高台があった。もし仮に敵が必死に逃げた場合、丘陵て前で体力が切れる程度の距離だ。
予測が外れても致命傷にならず、当たれば優位に戦える。近隣の村人を雇って、土嚢を積ませるだけだが、有ると無いでは大きく違う。丘陵を遮る形ではなく、丘陵へと向かう街道を見下ろす地点に設営したのは、敵が逃げるなら、其の儘、じりじりと後背を追いながら、射撃を浴びせる為。丘陵地帯から少し離れた地点に布陣したのは、敵を必死にせずに士気をくじく為。他に出来る事は無さそうなので、後は、補給を万全に、演説を軽く打って、皆で生き残ろうと励まし、奇抜ではないが隙の無い陣形を展開して、送り込んでくる騎馬斥候をレミントン700に拠る狙撃で処理しつつ、ただ東の街道から【王】の兵団が姿を現すのを待ち受けた。
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【王】タリウス率いる残存兵団は道中、幾度となく近隣の自由農民衆や郷士・土豪の率いる作男、小作人らの武装集団に襲撃され、猟師や牧者、羊飼いらの待ち伏せを受けた。巨大蟻や彷徨う屍者はあっさりと処理できたものの、それとて多少は神経を削ってくれた。連続する小規模の交戦に、兵たちの足取りは鈍く、息遣いは荒かったが、或いは、馬借や牧童らの遊撃と追尾には今も悩まされつつ、悉くを退けて、昼頃にようやく西の丘陵地帯にまで到達した。
小さな丘を越えた【王】兵団の眼前。しかし、黒地に黄金の麦帆の旗が強固な陣地に翻っていた。
「前方、ポレシャ軍。街道沿いの小高い丘に布陣しています」斥候の報告する声は震えており、悲鳴に近かった。
「数、およそ二百以上!」兵士の誰かが神経質な笑い声を洩らした。へたり込む者もいる。眼前に立ちはだかる軍隊は、【王】兵団が一敗地に塗れたポレシャ勢の規模をさらに上回っていた。
【王】の兵団は、此処に至るまでに相当な消耗を強いられていた。装備は泥にまみれ、足取りは重く、衣服は汗と血で固まっている。灌木や岩陰、窪みや廃墟の傍の狭い道では、幾度となく待ち伏せも受けてきた。弾薬も少なからず、消耗している。常であれば問題にならぬ敵であろう農民兵や浮浪者、廃墟民や乞食の群れに至るまでが、敗走する兵らの賞金と装備、持ち物を狙い、脱落者に容赦なく襲い掛かってくる。地元に声望ある貴族や共同体を敵に廻し、さらに敗北した軍隊がお決まりのように味わう地獄めいた撤退戦だ。
「廻り込まれていたか。それはそうだな」韋駄天ハンスは、平坦な口調で淡々と頷いた。生き残った部下たちのみならず、周囲の兵までも不安そうに韋駄天ハリスを見つめてくる。止してくれ、いい考えなんか浮かばないよ、と思いつつ、古参傭兵はポレシャ勢の陣地を観察した。真下を通りかかる街道を丁度、銃の射程に収める位置に布陣している。そして黄昏の時代、マスケット銃や弓、クロスボウは勿論、ミニエー弾などでも高所低所の差は少なからず命中弾や射程に大きく影響を及ぼしている。
「通るんならどうぞ。ただし、お代はいただきますよ、と言った風情だな」ハリスは呟いた。「昨日の連中よりは動きが悪いな。しかし、けして鈍い訳じゃない」傍らで観察してたランツクネヒトのヒルダがそう結論するが、ハリスも同感だ。
「散開して丘陵地帯へと逃げ込もうぜ。八割は生き残れるぞ」同業者の誰かが叫ぶが、ヒルダは吐き捨てるように切って捨てた。
「食べ物も水も無しにか?」
「生かすなら、纏まったまま丘へ入るしかない」ハリスの意見に、視線を向けて頷いている。
「それに……武装農民の集団が迫ってきている」
一つ一つは数人単位の小集団だが、纏まれば百近いだろう武装農民の集団が、後背からひたひたと間合いを詰めて来ていた。
「こわ、奴らの執念なんなの?十人以上はぶちころしたのに」海賊めいたアイパッチの傭兵が吐き捨てると「積み重なった積年の恨みって奴だろ。てめえだって散々、農村を荒らしただろ?」歯の抜けた無宿人が粗野な口調でケケッと笑った。
「普段、略奪者やら家畜泥棒にやられた分まで、怨みを晴らそうってのさ」手巻きの煙草を吸いながら、兵団の一人がせせら笑っている。
「こっちは傭兵や無宿人、部族に遊牧民と嫌われものの集まりだ。捕まればああなるさ」騎馬傭兵が視線を向けた街道脇には、十字架に掛けられた骸骨が風に吹かれていた。
「やれやれ、どちらが蛮族か分からんな」顔に刺青の部族兵がおどけて告げると、乾いた笑い声が響き渡った。
傍らでは【王】タリウスと【族長】ルキウス、それに騎兵たちが話合っている。「日没まで待つか。大きく迂回するのは?」若い騎兵が恐る恐ると問いかけていた。
「どちらも無理だ」告げたタリウスの言は正しい、眺めつつ韋駄天ハリスも首を振った。
夜陰を待って駆け抜けようにも、丘の迂回をしようにも時間的、空間的な猶予がもはや残されていなかった。街道上は愚か、曠野の四方八方に伏兵の影が見え隠れする。茂みのざわめき。遠方で光った刃の煌めき、微かに響いてくる馬の蹄音――視覚と聴覚の端々が、常に緊張を孕みながら、警告を送ってくる。座して待てば、土地そのものが殺しに掛かってくるだろう。
「荷車を破壊されずに通るには、どのみち、一戦するしかあるまい」【王】タリウスたちの下した結論にヒルダも大きく頷き、ツヴァイヘンダーを引き抜いた。
「最後の戦いだ。此処を抜ければ、生きて帰れるぞ!」戦乙女のように剣を振り上げたヒルダの叫びに、賛同の声がさざ波のように広がっていった。




