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黄昏のガンダルヴァ  作者: 猫弾正
第3章 Z_275年 牛を買い付ける話

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03_60F ボルゴの瞳

 ボルゴ・クラークは、二百年ほど前の交易商人である。出生や出身地はよく知られていないが、最盛期には曠野東部の町々の交易を取り仕切ることで相当の財をなした。東部地域の物流を掌握することで成り上がったボルゴだが、人生の後半においては、レイダー王と対立し、幾度となく激しい抗争を交わしながらも最終的には没落して、姿を消したと囁かれていた。世間一般では、残りの財産と共に何処かへ隠遁したとも、宿敵だったレイダー王の地下牢へ閉じ込められて短い余生を過ごしたとも言われている。


 そのボルゴが競合する隊商や商会、それに略奪者レイダー王の戦闘部隊の動向を探る為、物流の動脈に建てた監視所の幾つかが、今も各地に残されている。現地人などは、由来も知らずにボルゴの瞳と呼んでいた。狭いが頑丈な建物に、無宿人ノークォーター無法者アウトローが巣食っても厄介だと、近隣のポレシャ市でも扱いが問題になったことがある。


 現地を視察した結果、あると厄介だが、破却するにも頑丈過ぎて手間がかかると、取りあえずの消極的な放置と棚上げに相成った。とは言え、誰でも入り込みやすい現状は不安なので、取りあえずは新しい扉に取り換えて、頑丈な鍵穴を設置し、近くに暮らす信用できる農民一家と保安官事務所で鍵を一つずつ預かることにした。



 ※※※※



 『ボルゴの瞳』――キャシディ保安官やマギーらと共に訪れた際のニナの感想は、兎に角、頑丈な建築物だな、というものだった。岩場に設けられた細くて急な階段と分厚い扉、上から狙い打ちできる室内の銃眼に加え、狭間胸壁が設けられた屋上は、岩棚と梯子で連結している。岩とセメントを組んだ壁は、小型大砲でも弾きそうな分厚さだった。牛を連れて昇るには苦労したが、その甲斐はあっただろう。屋上と岩棚、七つの銃眼に人を配すれば、手練の盗賊団やら略奪者徒党が相手であっても、容易くは落ちる筈のない小さな砦に籠城し、しかし、人手が足りなかった。


 少人数に対する百人の銃撃やクロスボウ、弓の圧力とは途方もないもので、こうなると手練の銃士が一人か、二人いようが話にならない。ニナの口をついて、イヒヒと意味のない笑い声が洩れてくる。傍目からは完全に戦場神経症に掛かった新兵に見えるだろう。ニナは碌に狙いを付けずに、ライフルだけを細い窓から覗かせると、階段の辺りと見当つけてめくら撃ちした。怒りの叫び声と共にすぐに十数発の反撃が来る。数発は銃眼から飛び込んできて、壁を穿ち、埃が立った。


 奥の方で牛たちが苛立たしげに鳴いている。賢く辛抱強いサドラン牛たちでもかなり怯えている。暴れないと良いのだが。傍にいるミリーは大丈夫かな、などとチラリと思うが、人の心配をしてる場合でもない。

「これはもう駄目かも分からんね」ニナは吐き捨てた。窓が狭い建物の空気は悪く、埃っぽい。口の中がいがらっぽくなっていた。

 当初は、敵勢に対してもっと距離を保つつもりだったのだ。見込みが甘かった。

 少々の地の利があろうが無かろうが、百人相手にライフル三丁にクロスボウでは話にならない。三十分もしないうちに間合いを詰められた。互いに弾薬は貴重で牽制は少ないが、烏合の衆とて、百人もいれば手練の銃手も幾人かは混ざっているものだ。撃つごとに銃眼を変えないと、顔と手を晒さないでの盲撃ちさえ、狙い打ちされて銃が破壊されかねない。反射を抑えるよう、粗く黒塗りした鏡を使って僅かに外を覗き見ると、斧を抱えた奴らが急な階段を昇ろうとしてる。扉を粉砕しようとしているのだろう。頼りのルークやハロルドたちも射竦められているようだ。到底、持ち堪えられそうにない。


 壁を砕いた塵が降ってくる。「そろそろ救援が来ないと壊滅するぅ」頭を押さえてニナは呻いた。サイドワインダー作戦は、幾度も無法者や馬泥棒、蛮族を追い散らした保安官と民兵隊司令官が、実際に使える筈と共に太鼓判を押した作戦――と言うよりは、最初から実物の地図を参考に、盤上と作戦が組み立てられていた。

 追加の狼煙でも『準備完了。迅速に実行せよ』と知らされていた。

 それを信じた(……信じていい筈だよね?それとも何らかの事情があって遅れているのか)そこはかとなくニナの小さな胸のうちに不安が湧いていた。

 扉に何かが叩きつけられる音が響いてきた。

 ライフルを掴んだニナは、窓から飛び込んでくる銃弾や扉の破砕音に脅えつつも、入り口のすぐ前を狙える銃眼へと這って行った。


 元はTRPG卓から出たアイディアであっても、実際に使えそうな戦術であれば、保安官たちは採用していた。幾度も打ち合わせして『サイドワインダー作戦』を実地で行うなら、ボルゴの瞳と決めてあった。現地の地図を眺めながら作戦を考えたのだから、当たり前ではあるが。

 保安官事務所や民兵隊の士官、下士官らで現地を訪れ、周囲の地形も測量済みである。そうした交戦地点を保安官――キャシディは十か所近くもポレシャ近隣に構築している。しかし、場所と作戦を間違えたはずはない。ノートで3度、確認した。考えてるうちにニナは、ゾッと背筋に寒気を覚えた。

(あれ?狼煙を間違えてないかな?……いや、桃、黒、黒、白は、サイドワインダー作戦の筈)それに狼煙を見間違えてもいない。

(間違いなく桃、黒、黒、白だよね?)ニナは記憶力に自信がなくなり、背嚢の奥深くに仕舞ってあるメモ帳を確認したくなった。だけど、そんな暇はなさそうだ。

 銃眼にたどり着いた。扉の位置と銃の確度を計算し、ニナは銃眼の奥から素早く発砲。悲鳴が上がるとほぼ同時に手を引っ込めて、飛び込んできた銃弾の前に耳を塞ぎ、身体を丸めて縮こまった。敵の銃声は何時までも終わらない。別の誰かが斧を拾い上げたか。再び扉が軋み始めていた。




 ※※※※


 

 重く、冷たい、手枷が手首に嵌められていたが、ヘレンは慣れている。砦の奥の冷たい灰色の壁に囲まれて転がっていると、どうにも人狩り(マンハンター)の砦にいた頃を思い起こしてしまう。人狩り(マンハンター)共にされた扱いを思えば、ポレシャ人たちの扱いは、如何ほどの事でもない。

 デン戦争の末期、混乱に乗じて跳梁跋扈していた人狩り(マンハンター)どもに掴まったのは、同行者に裏切られたからだ。偶々、行き倒れていた子供連れをヘレンは助けたが、なんとその女は恩人を裏切り人狩り(マンハンター)に売り飛ばした。すまない、すまないと言いながら、その母親は銀貨を受け取っていた。こんな連中でも報酬は渡すのだな、と少し意外の感に打たれたが、だからこそ、人は見知らぬ人を金目当てで売り飛ばせるのだろう。


 人狩り(マンハンター)連中は、人の尊厳と自由意思を破壊する方法に関しては、達人だった。捕らえられてから、最初の数日は反抗的な態度を取ったヘレンだが、すぐに何でも言うことを聞くようになった。三日も寝ずに音や水、それに痛みで責められると思考は朦朧とする。その際に同じ言葉を繰り返し、喋らされると大抵の人間は受け入れる。洗脳されるのだ。一緒に掴まったスネイクバイトや氏族の戦士らも随分と長い間、反抗していたが、結局は屈服していったようだ。


 ヘレンは、見目が悪くなかった。売られずに数年を人狩り(マンハンター)どもの召使いとして使われていたが、或る日、遠征中の部隊が略奪者レイダーの襲撃を受けた。戦場跡で拾った数人が、迂闊にも近隣を縄張りとする大規模な略奪者レイダー徒党の構成員だったらしく、仲間を取り戻そうと襲撃を掛けてきたのだ。

 激しい戦闘に旅隊の幌車や天幕も炎上し、黒煙が立ち込める中、なにも分からずに兎も角も逃げ出して、走って走って国境沿いの河へとたどり着いて、ふと流れるせせらぎに気づいて、涙を零した。自由を取り戻したのだと。




 分厚い壁の向こう側から、絶えず喚声と怒号、銃声と馬の嘶きが響いてくる。手枷を掛けられた護送犯ヘレンは灰色の壁際に座り込んでいると、清潔だが粗末な着物を着た放浪民の少女が歩み寄ってきた。こんな時なのに、なにかを聞きたそうにチラチラと見てくる。気弱そうな少女だ。近くにあるナイフでも杖でも使って無理にでも聞きだせばいいものを、暴力を用いる気はまるで無さそうだ。

 えらく大人しそうな娘だ。リドリーとは似ても似つかない。少しだけ興が乗ったヘレンは、娘を見上げて自分から話しかけてみた。

「……リドリーのお子さんか」ヘレンの言葉に、少女は無言で頷いた。

「エマと少し話して、君の話を聞いたよ。ミリー」

 ミリーについて教えてくれたのは、エマだった。リドリーからは、娘の話は一切、出なかった。中年男は口を開けばどうでもいい自慢話。それも昔の話の繰り返しで、なんとも詰まらない奴だったなという印象しか残ってない。


 それでもミリーにとっては、ただ一人の身内だったに違いない。

「……君には気の毒したな」相手を怒らせる恐れもあったが、それでも何処か他人事のようにヘレンが言うと、少し躊躇ってから聞いてきた。

「……父さんは。その」

「騙すつもりはなかったよ。ただ、悪いが、お父さんは、人の話を聞かない男だった」ヘレンが言うと、ミリーはあっさりと頷いた。


「人の話を遮る。決めつける。思い込みが強い。あれでは周囲の人間は、苦労するだろうな」ヘレンは淡々とミリーに告げた。ミリーに信用されようが、されまいが、どうでもいい。

「エマの名前を出したのは、牛を運ぶのに尤も信頼できそうな相手だったから。

 それがいつの間にか、私をエマだと思い込んでいた。金を押し付けてきて、自分の計画に夢中で話を聞かない。裏切ったつもりはなかったが」抑制の効いたままの言葉を聞いて、何故かおかしそうにミリーは笑った。

「昔から人の話を聞かないから。何時もそうだった。でも、お父さんは……それだとお父さんが」呟いているミリー。嘘か真かも分からない話だろうに、真に受けるとは純で真面目な娘さんだとヘレンは鼻を鳴らした。


「聞くな。ミリー」近くの銃眼から外を睨んでいたグラハム『狐』バートンが吐き捨てた。

「でも、ありそうなこと……です」とミリーは消えそうなか細い声で言った。

「それが本当でも嘘でも、今さら聞いても仕方ない事だ」断固とした口調で、グラハムが言うも「だけど、今、みんなが危ない目に遭ってるのは……」ミリーは表情を強張らせ、顔色はよろしくない。

「お前の責ではない」枯れて声量も大きくなかったが、驚くほど力強い声で、グラハムはミリーの肩を掴んだ。


 グラハム・バートンはミリーの瞳をじっと見つめ、それから逸らした。

「……どのみち、お前は助かる」告げながら『狐』はヘレンをじっと見つめてきた。

「遊牧民とて、なにも出来ない小娘の命を取るほどには残酷ではあるまい?なあ、ヘレンよ」『狐』の言に、ヘレンは静かに目を閉じた。

「そうなるといいけれど、分からない。私がどうなるかも。外の連中は、随分と興奮しているようだし」座り込んだ膝の間に顔を埋めながら、ヘレンは小さく呟いた。

「なにより……若さまと私の仲を面白く思ってない者たちもいるだろうから」




  ※※※※




 空が青い。ポレシャの細い旗が風に靡いて弱々しくはためいていた。

 砦の屋上に寝転んでいたハロルド・コッゾォは、テンガロンハットを脱ぐと、棒の先に載せて石造りの狭間胸壁からそっと覗かせてみた。夥しい数の銃声が響き渡り、飛び込んできた銃弾が愛用の帽子をハチの巣にした。床に落ちた帽子だったものを悲しげに眺めるハロルド。牽制射撃にも関わらず、数秒ごとに飛んでくる。なんとも贅沢な弾薬と火薬の使い方だと嘆息する。

 突き出た岩の尖塔に寄りかかってライフルに弾を込めていたルーク・アンダーソンが「スゲェ包囲だな、二百人くらいいそうだぜ」と呟いた。

「昔見た映画を思い出すぜ。男二人が洞穴に追い詰められるんだ」呑気に言うハロルドに、「映画?」とルークが胡乱な目を向けた。

「外は軍隊に囲まれているんだが、中にいる二人には分からない。大した人数じゃない。と考えて突破を試みるんだが……」ハロルドの呟きをルークが遮った。「ああ、みなまで言うな。俺も見たよ。エンディングで、軍隊の『撃て(ファイア)』の号令と共に銃声が鳴り続ける奴だ」


「嬢ちゃん、大丈夫かね?」階下で時折、銃声が響いていたが、今はややヒステリックな笑い声と罵声が響いてくる。壊れてないだろうな。「いひひ、きたきた。野郎ぶっ殺してやる」叫んでいる。まだ、大丈夫そうだ。ハロルド・コッゾォは肩を竦めた。

 年齢の割には、中々の器量だ。頭は、ハロルドやルークよりずっといい。死地を踏んだ経験も積んでいるようだ。変異獣や屍者相手には。

 人間相手の死闘の経験は、ルークやハロルド・コッゾォほどには多くない様子で、当初は寄せ付けまいと頑張っていたが寄せ手連中、分厚い丸太の防盾を設置しながら、上手く間合いを詰めてきた。今は階段まで詰め寄られている。斧を持ち込んでる連中の思惑も、白兵戦に備えての兵装ではなく、扉をぶち壊す為の道具に他なるまい。

「こりゃ、賭けに負けたかね」ぼやいたルーク・アンダーソンが胸元の木箱から高価な細巻を取り出すと、ポケットを探してから舌打ちした。

「マッチがない。仕方ない。雷管で……」

 ハロルド・コッゾォは、靴のかかとでマッチに火をつけると差し出した。「どうも」礼を言うルークに頷いてから、寝込んだ姿勢のまま、ライフルを発砲した。壁を昇ってきた部族戦士が悲鳴を上げて落ちていった。

 次弾を装填するハロルドだが、銃声に混じって斧の振るわれる音と、扉の破砕音が響き始めていた。

「応援が来ても間に合うか分からんね、こりゃあ」ぼやいているハロルド・コッゾォが顔を顰めた。鋭く、長い、ライフルの音が聞こえてくる。かなり――いや、相当に良質な銃を持ってる奴も寄せ手に混ざっているようだ。


 と、濁った悲鳴と人の倒れる音が交差し、扉の破砕音が止まった。

「誤射かぁ!」「誰がやったぁ!」喚くような叫び声と斧を拾い上げた音。そして再びのライフルの発砲音に三秒ほどしてから人が倒れる音。

「狙撃ぃ?!」「反撃しろォ」「どこだ?」複数の発砲音と共に、五発目のライフル音。再び人が倒れる音。「南だァ!」寄せ手の叫び声は、既に悲鳴めいていた。

「馬鹿な!一キロ近くあるぞ!」「発射炎が光った!間違いねえ!」「狙われてる!」

 口々に悲鳴を上げつつ、慌てて階段から駆け降りる音が響いてくる。

 「やあれやれ、どうやら助かったぜ」ハロルドは安堵の笑みを漏らし、ルークが口笛を吹いた。どうやら、救援は間に合ったようだ。




 ※※※※




 盆地は四方を丘陵に囲まれていたが、ボルゴの瞳の南側にも、盆地を見下ろす双子の丘陵が連なっていた。南のやや小高い丘と北側の低い丘。中心には連結部があり、盆地側の手前には岩場があった。

 ポレシャ保安官キャシディ・エヴァンスは、愛用のレミントン700を排莢しながら、怒鳴っていた。「見たか!このやろぉ!1000メートル当てたぞ!このやろぉ!」

 狙撃の観測手を務める保安官助手コーデリアが双眼鏡を除きながら「ヒット。風は北北西から秒速一メートル。これから日没まで二時間、気温は安定。空気は乾燥しており、弾道補正は不要」小さな砦の屋上に翻ってるポレシャの旗が、観測手に風向きと風速を知らせてくれている。


「はいはい、偉い偉い」ポレシャ市民のメリッサが馬に乗りながら、傍らで呆れたように肩を竦めてる。同じくポレシャ市民で両替商の若きスタンフィールド氏が、やはり馬上から頷いている。「では、我々は予定通り、手前の岩場まで進出して援護射撃を行います」

 応援は確かに来たが、保安官たちの人数は、僅かに八騎。双子の丘の隘路の奥。ボルゴの瞳から向かって右手――丘の西側の隘路の奥から狙撃していた。

「斥候は刈ったと思いますが、見逃した奴がいるかも知れません。お気をつけて」スタンフィールド氏が鍔付き帽子を取って挨拶すると、キャシディも「ええ、そちらもね」と頷いた。



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何かこう、バナーロードで反乱独立軍に喧嘩を売って返り討ちに合う自分を思い出しますね 見極め大事、本当に大事
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