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黄昏のガンダルヴァ  作者: 猫弾正
第3章 Z_275年 牛を買い付ける話

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03_60A 灰色の橋

 賞金稼ぎクランとしてのスネイクバイトは、いささか特殊な組織形態をしていた。各人が好き勝手に仕事を請け負っており、大きな仕事を請け負う時は共同で受ける例もあるが、基本的には依頼を受けた中核である幹部なりが他の構成員に声を掛ける形で案件ごとに異なるメンバーを結成している。そして彼のウロボロスが請け負った最大の仕事のひとつが北方の国境地帯に名を馳せる密輸窃盗団ゴールデン・ドーンの殲滅であった。


 密輸団ゴールデン・ドーンの移動経路を遮断できる位置の堅牢な地勢か、要害に拠って立ち、散々に打撃を与えて足止めをしつつ、包囲される前に撤収する。直接の損耗を与えずとも、複数の戦闘で疲労と消耗を強いる事でその戦闘力と判断力を徐々に低下させ、 戦闘集団としての機能不全へと至らしめた。士気と時間を削り、自軍の消耗を抑えつつ戦果を確保する。熟練した指揮官好みの、強引に勝ちにいかない勝利。敵が正面圧力を弱めて、牽制に切り替えた時点で、側面・背後へ迂回を計ったと察知し、素早く離脱を計る。


 最終的には完全に戦闘力を喪失したゴールデン・ドーンの戦闘部隊を食料も足りない山中で包囲下に置き、呼び寄せた国境警備隊と共に殆んどを降伏・或いは戦死に至らしめた。事前準備として精密な地図作成に半年を懸け、さらには絶好の機会が訪れるまで作戦の実行を三度まで延期しながら、しかし、戦術家として円熟した力量を十全に発揮したウロボロスの指揮する殲滅戦は、中隊規模における戦争芸術の極みと称して過言ではない戦果を叩きだした。


 リディア・ソーンは、かつてスネイクバイトの団員であった。今の仕事は遊牧氏族『大地の子サンズ・オブ・アトラス』の傭兵頭。直属ではなかったが、ウロボロス――マルグリット・モイラとも幾らかの面識はあった。だからこそ、昔の上官の手の内を読めた。



 黎明の丘陵は、まだ色を持たない。夜の名残を引きずる空は低く、薄灰の雲がゆっくりと流れ、東の端だけがかすかに白んでいた。丘の起伏は滑らかだが、陰影は深く、伏せた者の姿を容易に呑み込んでいる。岩肌に沿って伸びる僅かな草は、水気に乏しく乾燥し、踏めば僅かな音を立てる。


 夜の冷えを残した空気が地表に溜まっており、風はやや冷たく乾いていた。遠く、獣の奇怪な鳴き声が響いて、再び、静寂が戻った。夜明けが近い。丘の稜線が次第に輪郭を取り戻しつつあった。追うものと追われる者、両方にとって時間は平等に流れている。


 岩陰に身を潜めながら、丘陵地帯に追い詰めた獲物――ポレシャ市のエマ・デイヴィスの様子を息をひそめて窺っている。地形によっての短時間の足止め。ならば、確実に逃げやすい方向に退路を用意しているとのリディアの読み通りであった。

「私の知ってるウロボロス……マルグリット・モイラであれば、必ずそうする」とエマ・デイヴィスの撤収を読んでの待ち伏せは、多分に賭けでもあった。最短経路を退路に選ぶとの読みが見事に当たり、上手く網に引っ掛けたまではいいが仕留めきれず、手負いとした獲物は随分と粘ってくれる。


 傭兵頭リディア・ソーンは岩陰で様子を窺いながら、「絶対にやると思った」と洩らした。戦士頭のジークは、隣に伏せながら無言で耳を傾けていた。念の為、複数名の傭兵と手練の部下を連れてきている。

「お前は奴を読み切った。かつては兎も角、今は、お前の方が上だろう」ジークが賞賛してくるが、リディアはむしろ不快そうに鼻で笑う仕草だけを返した。

「ゴールデン・ドーンとやり合った時、マルグリット・モイラは敵の進路と退路を予測し、倍近い敵を損耗なしで殲滅してのけた」抑揚の利いた声で告げながら、リディアは髪をかき上げた。

「私が読めたのは偶々、作戦に参加したからだ……もし本人が相手なら」洩らした言葉は、語尾が搔き消えるように小さかった。既に傭兵二人が戦死している。岩陰に隠れたエマ・デイヴィスは噂通りの射撃の腕に加えて、静かに粘り強く持ち堪えていた。どうやって攻めるべきか。曠野では貴重な手投げ爆弾も手元にはない。本隊は幾つか備蓄があるも、爆薬とて経年劣化しかねないし、高価な切り札の使用は【ムーテ】も族長ニウヴもいい顔をしない。


 それにしてもあまりに手古摺てこずれば、本隊に合流するのも危うくなるやも知れない。兵団はそろそろポレシャ圏に差し掛かる頃であろうか。有力な居留地の勢力圏に踏み込むのはあまりに危険に思えるが、謎めいた【ムーテ】タリウスは、その思惑の一端なりと雇われ隊長に明かしてはくれない。

 既に片方。イザベルと呼ばれた小娘の方は逃がしてしまっている。正確に報告する必要はないとはいえ、失態には違いない。この上、エマ・デイヴィスを見逃す訳にはいかない。小さな氏族の安月給のつまらぬ地位とは言え、どんな共同体にも少しでも出世をしたがる者はいる。傭兵頭の地位とて安泰ではないのだ。独断専行で待ち伏せしておきながら、二人を死なせ、さらに成果無しで帰還すれば、叱責や降格で済めば御の字だろう。


 だから、殺す。エマ・デイヴィスには手柄になってもらう。リディアは冷たく決意した。【ムーテ】と族長ニウヴ。状況がどう転び、どちらが主導権を握るか。慎重に両天秤に懸けながら、リディアも己の生存と地位を冷静に計算していた。

「牧者にしては、よく頑張ったものだ。だが、脱出できる経路は塞いだ。逃げられはしない」とリディアは独り言ちる。結果がいずれに収束するにせよ、だ。やや小粒とは言え、それと知られた手練の牧人は、前哨戦での手土産にするに相応しい手柄首となるだろう。




 ※※※※




 ポレシャ市の保安官、キャシディ・エヴァンスちゃん(2X歳)は、ここ数日、眠りが浅かった。保安官事務所のディスクには、居留地のポンド紙幣が二枚置かれている。片方は、精密な偽札であった。恐らくは、各地を巡って定期的に偽札作りを行う偽造団がポレシャ市の廃墟に潜伏したのだ。発覚したのは、ポレシャ・ポンドの紙幣番号に一工夫されており、市の造幣所が流通させる際、支払い相手や地区、時節に合わせて番号が割り振られているからで、それを知らない偽造団が、実物に存在しない番号を割り振ったからに過ぎない。他に、阿片と覚醒剤がそれぞれ別口に流入してきている。前者は対処可能な脅威だが、後者はいささか不味いほどの脅威だ。他に何時もの家畜泥棒、二つの名家の境界争い。密造酒の探索に市民区画での謎めいた連続窃盗事件も抱えている。


「やぁぁ、もう、やぁやぁなのぉ。マギー、はよ帰ってきてぇ」一杯一杯のキャシディは幼児後退しつつ、二束三文の手当で、事件の一つ、二つは任せられる保安官助手の帰還を切に待ち望んでいた。割に合わないと言えば、ポレシャ市で尤も給料が見合わない職業が保安官ではないかと、キャシディは本気で疑念を抱いていた。

 と、保安官助手のトマソンさんが開いてる扉をノックしている。

「……マギーが帰還しましたか?」机に俯せたまま、尋ねるキャシディだが、返事は無常だった。

「市の参事会が保安官をお呼びです」とトマソンさん。

「どうせ、ジジババが勧める見合いの話よ。これから聞き込みもいかないとだし。夕方行くって言っといて」と愚痴るような保安官の呻きに戸惑いつつ「それが……大至急だそうで。ヘルナル大尉も呼ばれたとか」トマソンさんの言葉に二、三度、目を瞬いてから、保安官は半身を起こした。

「ふうむ、それは一大事ね」



 自由都市ズールからの伝書鳩が鳩塔に届いた直後、ポレシャ市参事会はただちにキャシディ・エヴァンス保安官と民兵隊司令官のヘルナル大尉を呼び出した。旅隊がともかくもサドラン牛四頭を確保したとの吉報を聞いた後、遊牧民の追撃を受けているとの状況を知らされ「マギー……いい奴だったのに」保安官の呟きに、良識的なヘルナル大尉は目を剥いた。


 ともかくも、市の防衛指揮官であるエヴァンス保安官とヘルナル大尉は、直ちにそれぞれの副官を呼んで、常勤の保安官助手と民兵の非常呼集、および予備兵力の待機を手配した。同時に、防衛隊の権限でポレシャ全域に第三種警戒態勢を知らせる鐘が二時間ごとに鳴らされる事となる。市内各地で街路が封鎖され、或いは、下層地区も含めて見張り塔に人員が配置される。

 職務が被る別系統の組織は、得てして不仲に成りがちなものだが、二人は互いに対して融和的に振舞い、互いが保安官事務所と民兵隊のトップについてからは、その手の問題が発生したことはない。或いは、小さな田舎町を存続させる為に、内輪もめしている余裕などないとの認識を共有していたのかも知れない。


 エヴァンス保安官は、貴重な騎兵を割いて、自由都市方面への丘陵出入り口まで走らせた。徒歩で丘陵を越える場合に、最短経路となる場所の麓に四名を待機させ、伝令が到着した際は、最短時間でポレシャ市へと連れ帰るよう――或いは、公文書だけでも持ち帰る為の手筈である。


 とは言え、伝書鳩の脚に括られた小さな文書には遊牧民側の兵力についても記されており、30、40の数字に横線が引かれて、最終的には60と記されていた。文章の訂正は単なるミスではない。公使が耳にした兵数が、短時間で増加した事実を示しており、恐らく、実数はさらに膨れ上がっているだろう。

 自分たちが狙われていると知らない旅隊が、家畜連れの足で遊牧民の追撃された場合、振り切れるか?旅隊を任せられたマギーは利け者で、保安官個人にとっても愉快な友人である。かなりの信頼も寄せているが、エヴァンス保安官は絶望的だと結論した。そう、常識的に考えれば、だ。


 マギーは尋常の人物ではない。かつては凄腕の賞金稼ぎで、曠野でも伝説に近い腕利きである。近い、と言ったのは、それこそ当代の一流相手に幾度か敗走しているからだが、逆にその悉くを生き延びている。

 議員会館の廊下。「……マギーと『狐』、それにルーク・アンダーソンとエマ・デイヴィスは、生還できるかも知れない」それらの人物は、経験豊富な行商人であり、牧者であった。キャシディはニナを気に入っていたが、敢えて安否には言及しない。

 エヴァンス保安官の言に、椅子に座ったヘルナル大尉が――司令官は、些か病弱の気があった――青白い表情で頷きを返した。

「牛と羊を捨てて、なんとか丘陵地帯に逃げ込めれば」


 窓から市内を眺めていたエヴァンス保安官が、「今、使える騎兵は?」と尋ねた。

 記憶を探るように大尉は、片目を瞑った。

「予備を動員すればあと二十騎はいけるが、通常動員なら残り八騎。

 総動員で五十だが、これは訓練してないので耳元で銃は撃てんよ。

 質も問わないなら八十。農家や馬借、下町から借りたりもして、駄馬で短時間で移動するだけだが……」告げてからヘルナル大尉は手元のメモを開き、数字に間違いはないと確認する。


 素直に数字が記されてる訳ではない。馬の餌が人参八十本、林檎が五十などと一見、買い物メモと見まがう脈絡のない数字が記されているが、似たような資料はキャシディも持ち歩いていた。同僚や参事たちとの咄嗟の会話でも資料が必要となるが、居留地の軍事機密をスリなどに盗まれては堪らない。

 世知辛い話だが略奪者レイダーや蛮族、傭兵団などに軍事力が割れて侵略を受けた居留地や都市なども黄昏の世(トワイライト・エイジ)には枚挙に暇がない。

「……予備の五十騎から二十騎を出して、街道筋の見張りやすい位置を交代で巡回させてもらえますか?旅隊の生き残りが丘を越えてきた場合、すぐに保護できる位置に置いておきたい」キャシディの依頼に、大尉は首を横に振った。

「一応二人一組の方がいいだろう。四組の三交替で二十四騎。戦闘の訓練は積んでないが、気の利いた者たちを送ろう」大尉の言葉にエヴァンス保安官は大きく頷いた。

 戦闘に長ける者より、判断力に優れた者との考えから見るに、ヘルナル大尉は複数の判断基準を持つ人物のようだ。斥候たちの柔軟な運用も期待して良さそうだとキャシディは思った。


「いずれにせよ、北部から丘陵越えをするとして、最短で明後日の朝になる」ヘルナル大尉は、身体を休めておくようにと忠告してきたが、キャシディ・エヴァンス保安官はそこで考え込んだ。

「今日一日の間に出来る事はないかしらん?何かしらのいい思案は浮かびませんか?」思い切って腹を割った若い保安官に視線を返しつつ、流石にヘルナル大尉も思いつかない。

「互いに、経験豊かな部下を頼りにするのも一案だろうな」難しい表情で告げたヘルナル大尉の傍ら、腕組みしたキャシディ・エヴァンスはどこか遠い目をして思案に耽っていた。




 ※※※※




 ニナが目を覚ますと、世界は薄明に包まれていた。目の前には灰色の天井が広がっている。恐らくはセメント。

(……寝てた、か)気づいて身を起こせば、見知らぬ場所だ。とは言え、仲間たちは間近で火を焚いている。取りあえずは人も家畜も欠けていない。サドランの毛長牛たちも荷を降ろして落ち着いた様子で纏まっている。

(寝ている間に運ばれたかな)なにかしらの出来事があった印象ではない。問いかけようとしたニナだが、口を開くも声が出ない。喉がからからに乾いている。

 ニナが起きたのに気づいたのか。

「前の小休止でぐっすり寝込んでいたんでね。疲れていたんだろう」とグラハム『狐』バートンが小声で言いながら、己の水筒を差し出してきた。


 有難く受け取って一口飲むが、喉に落ちる前に口腔で消えた気がする。体調を考えて此処は甘えさせて貰うことにし、もう一口、二口と喉に入れてから、ニナは礼を言って水筒を返した。

「ここは何処です?」ニナの問いかけに「ポレシャ市から北西の橋だ。枯れた川底に掛かっている。多分、一度か二度は見た覚えもあるだろう」


 ニナの視線の先、干上がった川底が続いていた。割れた土と散らばる小石が不規則に広がり、枯れ枝やゴミが散乱しているが、周囲より低い蛇行する窪みの痕跡は、確かに往古の時代の水流を想像させる。老行商人『狐』の解答で、ニナの脳裏の地図に急速に現在位置が更新された。

「知ってる場所です。確か浮浪者が暮らしてる筈だけど……」ニナは抑制の効いた声で答えるも、『狐』は苦笑して離れた地面を指差した。

「どうやら随分と前に狼なりコヨーテなりに襲われたようだ」

 転がったタイヤに埋まるように、半ば白骨化した男性の遺体が横たわっていた。

 手には錆びた旧式のアーケバス銃を握り、襤褸布めいたチェックのシャツにも見覚えがあって、確かに此処で暮らしていた廃墟生活者だと思えた。


 ポレシャまで残り半日の距離まで来た。ロニは寝転んで、少し苦しげに呻いていた。傷の具合を考えれば、出来るだけ早く帰還できるよう、今すぐ移動するべきか。

 どうして橋の下に留まっているか、不審に感じてニナが尋ねれば、双眼鏡を手にしたルーク・アンダーソンが手招きしてきた。

 音も無く立ち上がったニナが近づけば、ルークは近くで盛り上がった小さな丘を昇り始めた。

「出来るだけ低い姿勢で……見つからないように伏せながらな」と、稜線近くで寝転んだルークを見習って隣に伏せると、双眼鏡が手渡された。ルーク・アンダーソンが指し示した街道沿いを双眼鏡で辿れば、南およそ一キロ弱にある小高い廃屋にて、壁に馬を繋げた騎兵たちが街道を見張っている姿が目に入った。ニナは舌打ちひとつすると、じりじりと後退りしてからルークと顔を合わせる。


「連中……」ニナが言いかけるが、「ずっと頑張ってる。二時間以上な。そして、ロニが拙い」ルークは苦い声で告げてきた。

 どうすればいい。橋の下に戻りながら、ニナは悩んだ。騎兵たちの哨戒は到底、抜けられるものではない。見通しのいい場所だ。見張りを集中して配置したのか。

 見ただけで三、四人が見張っている上、此処から見えない廃屋の反対側にいてもおかしくない。銃撃戦は無理だ。ルークとハロルド・コッゾォ、後は辛うじてニナの三人で最大限、上手くいって仮に制圧できても、一人でも逃がしてしまえば、他の斥候なり、本隊に合流されて、忽ち騎兵が押し寄せてくる。負傷したロニを牛の背に載せて運んでいる以上、振り切る望みは皆無だ。



 ロニの容態は、余りよろしくない。当たり前だ。脇腹を撃たれてる。

 用心棒ハロルド・コッゾォも浮かない表情を浮かべている。老行商の『狐』は、徒弟の傍らで薄く笑いながら、話しかけているが、眉根と落ち窪んだ目は苦悶を隠し切れずに歪んでいる。ポレシャの病院に運び込んで、きちんとした手当てを受けさせないと拙いだろう。だけど、哨戒は簡単には抜けられない。話し合いが通用する相手とも、状況とも思えない。あまりに辛くて、ニナは泣きたくなった。

 追い詰められた人が泣き叫んだり、喚いたりする気持ちが今はよく分かる。弱い訳ではなくとも、誰かの命が懸っているのに、出口も無ければ狂いそうにもなる。

 あんまりにも酷い状況に、思わず神々に対して繰り言をぶつけたくなる。

 マギーなら考えるのを止めず、最善を尽くすだろう。例え、何者かに敗れるとしても、最後の瞬間まで諦めない。ニナには無理そうだ。どうしようもない。


 なにか無いだろうか。なにか方法が。

 ……マギーは、エマとイザベル・ミラーを足止めに残した。

 なにか霊感の欠片が脳裏を掠めたような気がして、ニナは口元を撫でた。

 連中を引き付ける。連中の戦力を支える必要はない、一時的に注意を引き付けるだけでいい。とは言え、誰に囮をやらせる?

 ロニの為に他の誰が危険を冒す?果たして、それは割に合うのかな?


 ニナはもう一度、地図を取り出して視線を彷徨わせた。暫しを考えてから、「連中が捜してるのは、高価なサドラン牛を連れた一行。もう、ポレシャ圏内だから、農民なんかも普通に往来している。牛を連れた農民や馬借もいるよね」淡々と考えを告げるも、老行商の『狐』は首を振った。

「……農民共のは痩せ牛だがな。サドラン牛と見間違うかね?」

「或いは、一頭なら。土地の農民や牛飼いと見分けがつかないかも」とニナは言葉を続ける。

「ジーナさんが羊と牛にロニを乗せて、ポレシャに戻る。ガイ君とミリーも一緒に。牛一頭と羊だけなら、農民と見間違えるかもしれない」

 ルークやハロルド・コッゾォ、それにジーナ・(クレイ)などもニナに視線を向けた。今日まで旅隊でマギーの補佐をよく行っていた為、大人たちも聞く耳を持ってくれているようだ。

「私たちは残りの牛を連れて、少しだけ姿を見せてから北部へ向かおう。

 駅前廃墟は、広いし地形が入り組んでいる。私はよく知っているけど、知らない連中なら振り切れる。他に古い廃墟や丘も在るから、紛れるのは難しくない」地図を眺めながらのニナの提案だが、躊躇いがちな沈黙が立ち込める。


「……ロニの為に全員が危険を冒すのか?」言い難そうに指摘したのは、ルーク・アンダーソン。

 ハロルド・コッゾォが苦い口調で「お前さんの危惧は全く正しいよ」とルークを眺めた。『狐』は静かに聞いている。

 危険な策に思えるかも知れないが「息を潜めて隠れていても、いずれは敵の騎馬斥候と遭遇する」とニナは指摘した。

「哨戒を敷きながら、同時に纏まった騎兵なり、兵団なりで、いそうな場所を虱潰しにして来る筈」ニナの言に、ガイ少年やミリーらが不安そうに呻きを上げた。

 嫌な事を言う、と思われるだろうが、ニナでさえ思い付く定石をタリウスが思いつかない筈はない。

大人たちは渋い表情ながら現実を認識しており、どちらにせよ動ける余裕のあるうちに動かざるを得ない。それにしても、危うい賭けであることは否めないが。


 ルークもハロルドも沈黙したが、他にいい手もありそうにない。老練な『狐』は、己の地図を眺めてから「賛成だ」と頷いてくれた。

 ニナは、ロニたちと共にポレシャに向かうべきでは、と一応、ハロルドが提案してくれたが、ポレシャから北の地形に一番詳しいのはニナであった。駅前廃墟一帯を庭のように熟知している。それと一応、戦えるニナがいるといないのでは旅隊の戦力も結構、変わるだろう。

「連中が追いかけてくる間に、ロニたちはポレシャへと向かう訳だな」とルーク。

「……囮か」とハロルドが難しい表情を浮かべて呟いた。

「最悪、それぞれが牛を連れてばらばらに逃げ散ってもいい」ニナの言葉に、ルーク・アンダーソンと顔を合わせたハロルド・コッゾォが肩を竦める。

「気は進まんが……他にこれと言った手もなさそうだな」





――――――――――


 8841都市ズールクレジット




 _06月下旬



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