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黄昏のガンダルヴァ  作者: 猫弾正
第3章 Z_275年 牛を買い付ける話

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03_59Y 夜風の囁き

 曠野南東のポレシャ市は裕福な居留地として知られているが、貧富の差はよく抑えられている。長く続いてきた市政の伝統的な方針として、富裕層に累進課税が適用されると同時に、労働者層に対しては最低限の薪や食料などが支給され、骨惜しみしない働き者なら数年で小さな泥の小屋を建てたり、年ごとに一揃えの衣服を購入することも難しくはない。


 物資の乏しい文明崩壊後ポストアポカリプスの時代。余所からの自由労働者が奴隷同然の扱いを受けるか、可処分所得が小銭程度の土地も珍しくもない中、ポレシャは大型居留地として比較的に善政寄りの土地と言って過言ではない。勿論、動機として土地柄の伝統以外にも、穀倉地帯であるポレシャには未だ発展の余地があって人手を欲していると同時に、略奪者レイダー盗賊バンディット、放浪民らの羨望の的として常に浸透工作や乗っ取りへの警戒を怠れないという諸々の要因が介在していることは否めない。


 いずれにせよ、ポレシャにおいて専業の民兵や保安官など戦闘要員は比較的に高めの技量を保っており、それは時として非常時に呼集される牧人や武装農民においても例外ではなかった。特に牧者らには希望者に安価な弾薬が売却され、志願制とは言え、度々の屍者や変異獣、巨大蟻相手の実戦に動員されたり、定期的な射撃訓練への参加も許されていた。


 これがポレシャ市が余所者である牧者衆に武装を許すと同時に、訓練に参加させる理由である。古代ギリシアのポリス、或いは、封建制における奉仕と庇護の双方向契約とも同義のこの武装権を、エマ・デイヴィスはこれまで最大限に活かしてきた。


 銃とは、未経験者が想像しているよりも遥かにデリケートな武器である。部品一つ一つの精密な組み合わせは、個体ごとに微細な個性を産み、製鉄方法や切り出しも又、バレルごとに癖を発生させる。使い手の技量と同時に銃の個性を把握しているかが、射撃の結果を大きく左右する。一発一発を狙い定めて撃ってきた人間だけが身につける感覚。数百発、数千発と射撃練習と実戦を継続し、バレルを摩耗させつつも、銃と対話し続けたものだけが至れる領域は確かに存在している。エマ・デイヴィスの技量は銃弾の貴重な黄昏の時代(トワイライト・エイジ)において、貧しい浮浪傭兵や無宿人ノークォーターでは、決して到達できない領域に達していた。


 才能の差は否定しない。それでも延々と練習を重ねる意志のみが、銃と対話できる腕前を決定づけるとエマ・デイヴィスはそう信仰していた。



 夜の帳が舞い降りていた。夕闇の丘陵地にひょこひょこと動く人影の位置がまるで手で触れてるようにエマ・デイヴィスには感じ取れた。

 後装式ライフルに紙薬莢を詰めて、雷管を横に取り付ける。岩に体重を乗せながら、僅かな星明りだけを頼りに狙いを定めて引き金を引いた。追い詰められた筈の局面で、手に馴染んだカンマーランダーは驚くような精度を発揮してくれた。銃弾は面白いように標的に吸い込まれていく。まるで梟のように感覚が鋭敏になっている。余りに銃の調子が良くて、エマ自身さえも若干の戸惑いを覚えるほどだ。


 傾斜の険しい丘腹きゅうふくへと張り付いた傭兵徒党や無宿人らが、右往左往しながら怒号を上げて反撃してくるも、銃弾はてんで見当外れなところへと着弾するだけだ。


 日中との寒暖差から、日没後の丘陵地にはかなり強い風が吹いていた。マスケット弾ではまず真っすぐ飛ばないし、ミニエー弾や金属薬莢弾であっても、風に流されるのは否めない。撃ちおろしている位置が多少、有利とは言え、エマ・デイヴィスも条件は変わらない筈であったが、様子を窺おうと、僅かに上げた敵の頭を七発目の銃弾が撃ち抜いた。これで狙って仕留めたのは五人、或いは六人。風の強さを計る最初の一発を除けば、殆んど一人一発で仕留めていた。


 無論、【ムーテ】に雇われた傭兵や無宿人、部族の戦士や放浪牧者らも、素人ではない。中には名前くらいは耳にしたのも幾人かは混ざっていて、慎重に遮蔽は取っているし、打つ手打つ手も的確な手段を試してくる。挟撃を試みる。十字砲火を設置しようとする。牽制射撃からの狙いすました狙撃。風に左右されない大型クロスボウでの狙撃。それでも現状、横合いのイザベル・ミラーからのよく狙った牽制が、エマに伸びてくる攻撃の初動を良く潰してくれる。若さにも拘らず、イザベルは驚くほどに呼吸を読んでくれる。無駄弾を撃たずに転々と位置を変えながら、冷静に援護射撃に徹している。余り実戦経験はない筈なのに。やはり仲間を救う為に戦うという立場が、精神を高揚させて、頭脳を最高度に働かせてくれているのだろうか。


 それでも連中は怯む様子を見せないし、退かないだろう。そして、いずれは押し切られる。手持ちの残弾は、四十三発。うち十五発は、ジーナ・C(クレイ)からもらった安くてやや信頼性に欠ける弾薬だ。ここまでくれば敵の次の手も読めてくる。

 と言うよりも、マギーが予め、予測していた。正面や側面からの挟撃程度ではなく、大きく迂回して背後からの火点を設置してくる。時間的制約に焦れていたはずの敵の攻撃が落ち着き、牽制へと移行してきたのは、戦術を一端、完全に切り替えたからだ。本気で潰しに来るとみていい。


 エマは、銀の懐中時計を取り出した。此処までに稼いだ時間は、十七分。かなりの敵が追跡に加わったが、街道を其の儘に素通りさせないだけでも意味は大きい。少し考えてから、エマ・デイヴィスは、あと五分だけ粘ってから、退くと決めた。それだけあれば、本隊が逃げきる猶予が大きくなる。手持ちの小さな地図を一瞥して頭に叩き込んでから、ズボンの内ポケット。地図は、分かりにくい概略図。万が一、エマが戦死しても見つかりにくい場所に仕舞い、岩の後ろでカンテラに火を灯した。闇の向こう側の岩陰、イザベル・ミラーの影が頷いたようにも思えた。




 ※※※※



 ポレシャ人の旅隊は、着実だが緩慢な足取りで丘陵地帯を進んでいた。

 手にしたカンテラの小さな光が、足元の砂礫や疎らな雑草を微かに浮かび上がらせる。時折、小動物らしき影が小さな岩陰から岩陰へと驚いたように逃げ散った。


 丘陵には所々、亀裂や段差が刻まれている。人間であれば難なく踏破できる地形を牛や羊は迂回し、または工夫して乗り越えなければならない。段差に遭遇する度、布袋を地面に置いて即席の階段とし、或いは、板を渡して牛に導かなければならない。だが、その分、騎兵に追いつかれる可能性も低いだろう。とは言え、遊牧民ならなおさらに工夫を持つものだから、油断は出来ない。


 四頭のサドラン牛は落ち着いた歩みで人間たちの先導に従っており、羊たちも大人しくその後ろをついてきている。時折、不満げに鳴き声を洩らし、小休止の度、喉の渇きを訴えるように鼻を押し付けてくるも、分け与えられる水はもう尽きつつあった。牧者のルーク・アンダーソンやジーナ・(クレイ)、飼い主のガイ少年らは宥めるように羊に頭を撫でてやり、牛たちにも懇願するように掠れた声で話しかけている。夜間の行進に足を挫いたり、転んだりしないよう、気をつけながら歩を進める。牛は羊よりも少し遅いが、忍耐強さをよく見せてくれ、重い蹄で土を踏みしめ、地面の凹凸に注意しながら人間たちについてきてくれた。


 目指す方角は東北方面。ポレシャ市からも遠ざかっているが、逆に敵の哨戒網にも捕捉され辛い方角を維持していた。

 怪物や変異獣、屍者も殆んど見かけない。ただ一度、曠野には何処にでも蔓延っている巨大蟻と遭遇したが、幸い単独の働き蟻で銃火を持って問題なく対処できた。夜の丘陵地帯で正確に発砲した方角を把握するのは容易ではない。


 丘陵は比較的緩やかだが、一本道ではない。地図は測量済みで頭にも入っているが、夜の闇では視覚情報はどうしても限られる。幾つかのカンテラの侘しい灯りだけを頼りに、先頭を歩く者たちの影が、羊の毛の塊や牛の背に溶け込み、カンテラの光に合わせて幽かに動いている。砂っぽい乾いた空気が、喉を涸らす。冷たい夜風が吹きつける中、時折、響いてくる屍者のうめき声や風に踊る灌木の枝が擦れる音だけが響いてくる。


 真っすぐ進めばポレシャ方面の平野部に出るはずだ。足止めに留まったエマとイザベルは無事だろうか。分からない。なんらかの確信に至れるほどには、ニナは二人を知らなかった。時折、単発の銃声は響いてくるが、これは【ムーテ】の兵団が網を広く広げた為に、何らかの怪物と遭遇したためだろう。


 マギーに関しては、あまり心配していない。強風が吹く時間帯。敵味方の区別は愚か、岩と人の見分けも付かない暗夜の谷底。マギーは、勝負の前にあらかじめ勝利条件を積み重ねて、常に逃げ道を用意している。他が全員、敵であることが、マギーにとって逆に優位に働く。余計な欲を出さない程度には抑制された古参兵の類なら、勝手知ったる地形で負けない戦いに徹する限り、十中八九は逃げ切れるだろう。勝負に絶対はないけれど、相手が略奪者の戦士団や大手盗賊団の戦闘部隊であるなら兎も角、一山幾らの傭兵や無宿人、部族程度に殺されるイメージが沸かない。勿論、大いなる錯覚で、マギーだって人間だから撃たれれば血も流れるし、運悪く急所に喰らえば死ぬ事もある。それでも、相棒の生存能力に対してニナの抱いている信頼は高くて厚かった。


 丘陵地帯の探索で、小さな水場を幾つか見つけてある。道中でも、窪みに水が湧いていた。真夏にも関わらず、枯れていない。人が飲むには適していない濁った水源だが、喉の乾いた牛や羊たちにとっては拒むほどではない。三度目の小休止で足を休めながら、それでもできれば、特に牛には、もっと綺麗な水を与えたいと思いつつ、人間たちも乏しい水で唇を湿らせるように喉を潤している。


 歩測から割り出して三時間でおよそ五キロを進んでいる。もうじきに真夜中に差し掛かろうという頃か。今が十一時として夏の夜明けまで六時間から七時間。仮眠は取っていたが、疲労と水分不足で多少の眠気が纏わりついている。他の者たちも同じだろう。特に負傷しているロニに視線をくれてやるが、私だけ楽をして悪いなぁ、などと呑気に呟いていた。ゆっくりとした足取りが却って、いい方向に働いたようだ。出血も無く、顔色も悪くない。


 奪った水筒で喉を潤すと、ニナは地図を見て考え込んだ。あと四時間ほどで回廊を抜けられる。一日くらいの不眠は我慢できる。平野部にさえ出れば、其処はポレシャの勢力圏だ。ポレシャ通貨ポンドでなんでも買える。農場や農村で水も飲めるし、安心して宿泊も出来る。旅人が旅籠の連中に殺されて、持ち物を奪われるなんて事も滅多に起きない。顔馴染の農場に逃げ込めば、ポレシャ市への伝令も頼める。


 百人からの【ムーテ】の兵団は確かに脅威だが、ポレシャ市だっていざとなれば、近隣の農民兵や市民兵、廃墟や下層地区からの傭兵、牧者などを動員できる。

 民兵に常備の傭兵隊と併せれば、その人数は二百に迫り、質や装備はむしろ、寄せ集めの王の傭兵や無宿人、部族戦士にも引けを取らない。市民と労働者の人口が千五百ほど。なので二百は過大に思えるかもしれないが、あくまで一時的な動員。かつ、武装して登録した人数。それに金で動く登録外を含めればそれくらいになる。 


 夜道の丘陵だ。騎兵だって疾走は出来ない。歩兵ならなおさら、簡単には追い付けない。だから、もう逃げ切ったも同然。ニナは顔をつるりと撫でて、地図を仕舞った。他の人々も、顔の強張りが少しだけ和らいでいた。

 ポレシャ市に戻ったら、参議たちに警告と報告することが色々とあるけれど、まあ、何とかなるだろう。市民軍とて策源地がすぐ傍なら、遊牧民相手でも早々、負けはしない。牧者衆だって動くだろう。民兵隊と保安官たちに出動してもらって、エマ・デイヴィスとイザベル・ミラー。それにマギーを回収してもらえばいい。


 生き残れる、とニナは判断した。皆の疲労を窺いつつ、熟練の牧者ルーク・アンダーソンにも意見を聞いてみたが、妥当だと頷いてくれるので安心する。

 老行商人グラハム『狐』バートンに関しては、ニナは気圧されるものを感じるのでやや距離を取っていたが、最低限の会話は交わしている。用心棒のハロルド・コッゾォは後方を警戒し、放浪者の娘ミリーは、ジーナ・(クレイ)と共に羊の世話をしていた。ガイ少年は意気消沈している。【王】の兵団に追撃される中、少年が不満と怯えを訴える度、イザベル・ミラーは、必ずポレシャ市へと送り届けると約束したらしい。


 同年代の若い娘が命懸けで足止めを行っている間に逃れた。ガイ少年は、完全に参っているようで、顔色からは血の気が失せていた。

「……俺の責任だ」呟いているガイ少年に、「んな訳ない」地面に寝かされた『狐』の徒弟ロニが言った。「あいつは好きで残ったんだよ。ほんと、ほんと。そういう奴なんだってば」と言って、ニナに視線をくれると「ねえ?」と同意を求めた。

 頭を掻いてニナは「そう言う節はある」と頷いた。イザベルがなにを考えてるか、ニナには分からない。ただ、自分で好き勝手に決めて、好き勝手に行動する。もしかしたら負傷して最後に泣き喚くかもしれないし、最後まで勇敢に淡々と死を受け入れるかも知れない。


 歩き、休み、また歩き、また休む。五度目の小休止にルーク・アンダーソンが口を開いた。「ニナ、仮眠を取った方がいい」

 ニナは顔を上げて、ルークをじっと見つめた。マギーはいない。話易いイザベル・ミラーもいなければ、信頼できる人格のエマ・デイヴィスもいない。追撃されている状況下で仮眠を取る意味が分からない。一瞬、思惑を計り切れずに、思わずルークを疑った。

「皆、疲れている」とルークは吶々と言う。それから空気を嗅ぐようにニナから視線を逸らし、夜の丘陵をじっと見つめている。

 ニナも昏い丘陵をじっと眺めたが、強い気配は感じない。しかし、だからこそ、距離を取るべきだと考えた。

「平野部に出れば、牧者や旅人用のシェルターもあるし、顔見知りの農場もある。そこまで頑張れないかな?」ニナのやや棘を隠し切れない口調に、「分かった」とルークはあっさりと頷いて引き下がった。経験豊富な人物でも、必ずしも合理的とは限らないようだ。とは言え、だからこそ、マギーが出世できる余地もあると、ニナは薄く微笑んでから、疲労を押して立ち上がった。


 やがて下り坂へと差し掛かり、ポレシャ方面の平野部を見下ろすなだらかな道をゆっくりとしかし着実に旅隊は降りて行った。僅かな星明りに照らされた黒々とした地平には今も屍者や巨大蟻、野犬にコヨーテ、変異獣などが少数とは言え彷徨っているだろうが、屍者や巨大蟻などを除けば、大勢の人間たちに襲い掛かってくる事は滅多にない。


 ついに丘陵の出入り口に到達し、振り切った、とカンテラを掲げて遠い地平をじっと見つめていたニナだが、「うん……?」と表情を強張らせ、息を止めると屈みこんで地面に耳を付けた。

「どうした?」ハロルド・コッゾォが尋ねるも、「……馬蹄の音が」ニナの表情から血の気が引いていた。

「複数……多分、三騎」ニナの言葉に「カンテラの灯りを消せ!」とガイ少年が叫んで、ミリーが慌てるも、「間に合わんよ、すぐそこに来ておる」老行商の『狐』が舌打ちして、クロスボウの弦を張った。安全地帯へ抜けたと弛緩しかけた一同の中、しかし、ルーク・アンダーソンだけは気を抜いていなかったらしい。ライフルを片手に前に進み出ると、「方角は?」と尋ねてくる。

「……南。多分」ニナの言葉に頷くと伏射の姿勢を取った。用心棒のハロルド・コッゾォも紙薬莢を歯で食い破り、さらさらと火薬を入れている。後装式ライフルでは手間暇が掛かるが、値段の割に頑丈さと精度に定評のある工房制ライフルで『ミフネ』と呼ばれている。皆が武装を手にし、思い思いに構える中、ニナも鹵獲品のライフルを構えて呼気を整える。


 地平の向こう側から確かに騎兵の姿を確認した。漆黒の闇の中、サーベルか、銃剣か、月明かりを反射して煌めかせながら迫ってくる。散開し、身を伏せたポレシャ人たちに向かって発砲音と共に白い煙が上がった。バシッバシッと地面から音がすると、放浪者の娘ミリーが脅えたように「へーうっ」としゃっくりのような呻きを洩らした。

 

 ハロルド・コッゾォとニナが発砲するも、昏い夜の帳に素早く動く騎兵を当てるのは、至難の業だ。しかも連中、手慣れた様子で馬上で弾込めを行いながら、横合いに走り出した。西部劇でインディアンが幌馬車に対して仕掛ける例のあれだ。テレビで見た時は笑ってたものが、実際にやられる立場になると右に左に動き回る馬の移動速度に対しての偏差射撃を要求されて、狙うにしても尋常の技では足りない。背後が丘陵に塞がれているのだけが不幸中の幸いか。



 ルーク・アンダーソンがやっと発砲した。馬が転倒する。淡々と弾を込めて、二発目を放つと、これも馬に命中。三人目の騎兵が慌てて背後を向けると、ハロルド・コッゾォが馬の尻を射抜き、ようやくに撃ち倒した。呻きながら立ち上がろうとする騎手にグラハム『狐』バートンやニナが弾やクロスボウを必死に撃つも、不思議と当たらない。ジーナ・(クレイ)なんて撃つ時に両目を瞑っている。相手も呻きながら反撃してくるが、闇夜にこれも外れる。ルークの三発目が地面に転がる騎兵を仕留めた頃、互いに何発も外しながら、なんとか誰かの弾が命中して最後の騎兵を地面に倒した。


 弱々しく呻いている連中に止めを刺すと、ルークは難しい表情で襲撃者を調べ出した。「騎馬盗賊にしては……」と呟きながら、服の内側まで調べるも、持ち物は僅かな弾薬と水に食料、数枚のズール銀貨フローリンだけ。それでも掌を調べたり、太腿に触って「遊牧民だ。堅い掌と発達した太腿。頻繁に馬を乗ってる。皆、まだ若い。それほど銃の扱いに慣れてない」


「【ムーテ】の手勢だと思う?」ニナの問いかけに「……分からん」ルークは首を横に振った。「俺は、ただの銃士だ」

 責任を回避してるのではなく、敢えて役割を限定してるのは分かる。が、(其処は大人に断言して欲しい)と、ニナは天を仰いだ。いや、しかし、決めるのはニナの果たすべき役割だ。マギーや保安官キャシディほどに不都合な知らせを瞬時に咀嚼できる訳ではないが、認めざるを得ない。

 

 タリウスに先回りされた。大胆不敵にも、ポレシャの勢力圏まで足を踏み入れてきた。此方の正確な出現地点までは予想できなかったようだが(相当に正確、かつ広範な地図を持っている?多分、恐らく)とニナは親指の爪を噛みながら、思案を凝らした。

 (そして騎馬斥候を散らした。嫌な相手だ)と冷や汗を掻きながらも思う。先手、先手と此方が打って欲しくない手を着実に積み重ねてくる。

「いい猟師とは、獲物が逃げ切ったと油断した処で襲撃してくるものだね」ニナは苦々しく吐き捨てた。


 ここは平野部だ。(……今の銃声はどのくらい響いただろうか)

 単なる発砲ではなく、戦闘音だ。林や丘陵と言った自然の造形に音を吸われるとして、五キロ四方?タリウスは騎馬斥候をどの程度に散らしている?

 ルークとハロルドが打ち倒した連中からすると、三人一組?

 いずれも若い騎兵。十代後半から二十代半ば。熟練兵がいない。

 恐れを知らず、全員で突っ込んできた。四人目がいただろうか?多分、いない。


 ここからポレシャへ、およそ二十キロ。日の出までは、三時間から四時間。

 丘陵や廃墟、林などの地形に紛れながら、騎兵の目を搔い潜ってポレシャ市へ帰還できるだろうか?


 低い丘陵の影が淡く黒ずみ、林や廃墟が夜の闇に溶けている。丘陵地帯から降りた今、ポレシャ市は遠く、陰影に遮られて目にすることは出来ない。

 夜風が髪を揺らした。乾いた草や藪の香りが混ざって腹を空かせた家畜たちが騒いでいる。家畜連れの足で、夜の闇に紛れて何処まで行けるか。

 仮眠をとって置けばよかったな、とニナは今さらながらに後悔した。


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