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黄昏のガンダルヴァ  作者: 猫弾正
第3章 Z_275年 牛を買い付ける話

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03_59Q 乱世の若者たち

 無法と混沌の時代に生まれ落ち、およそ剣と銃を頼りに生きるもので、成り上がりの夢を見ない者がいるだろうか。おのが力量と運命をたのむ若者のひとりとして、マルグリット・モイラだって心に幾ばくかの野心は抱いていた。

 ただ、それは町の支配者なり、一帯の領主と言った大それた野望の類ではなく、ポレシャ市に店舗を構えてみたいとか、或いは小さくとも独立独歩の隊商を采配してみたいと言った、ささやかかつ建設的な向上心の発露であった。少なくとも友人たちに言葉にして打ち明ける時には。


 十年来の知己たる都市商人や古株の傭兵には、小さく纏まったと評してくる年長者もいた。曠野を渡り歩く若人では頭抜けたと評されるマギーなら、或いは手に届くかもしれない成り上がりの野望ではあったが、世人など賢しらぶって勝手気ままに囀ってくるものだ。平穏な将来像の何が悪いと思う。けして容易くはないし、なにより仲間を死なせてまでの栄耀栄華など割に合わない。傭兵隊長やら男爵やらになってまで血塗られた群雄割拠の夢に酔いたい性分でもないのだ。


 星降る夜に襤褸布と段ボールで出来た手作り天幕から空を見上げて、若きマルグリットも時々、おのれが隊商主になった空想を楽しんだりもする。いまだ天幕テント暮らしに過ぎない一介の行商の身で大望を口にすれば、口幅ったい世間からは法螺吹き扱いされるのが関の山であろう。己ならやり遂げられると固く決意を抱きながら、しかし、迂闊に洩らせば、他の無思慮な青年たちのように世の残酷な嘲弄に傷つけられるだけと知っているマルグリットは、将来の希望は大切に胸に仕舞い込んで、滅多な他人にはけして明かさなかった。


 とは言え、マギーもまだ青さの残る年齢であった。不安に襲われて眠れぬ夜もあらば、曠野をまったく安全に旅するに何人の護衛が必要かと計算し、主要な街道を押しとおるのには最低でも十二人前後との結論に、自分で驚愕する日もあった。街道を強引に突っ切れば、ほぼ確実に盗賊団と遭遇し、それに備えて護衛を増やせば、商売を大きくせざるを得ず、そうなるとさらに大きな盗賊団に狙われ、そうなれば護衛を増やさざるを得ず、利益を拡大する為に領域国家間の交易が必要になり――際限なく拡大する利益とリスクの連鎖に、それでも十二名の戦闘員はあまりに法外な人数だと、マギーも苦笑したものだ。


 そして今、三十人から四十人。或いは五十とも六十とも知れない。ポレシャ人一行を追跡してくるとおぼしきムーテの兵団は、かつてマギーがいかな傭兵団や盗賊団の攻撃をも跳ね返せるだろうと見積もった人数の二~三倍であった。勿論、マギーが想定したのはよく訓練され、良質な装備を整えた十二名の戦闘員であって単純に比較できるものでもないが、曠野で夜を徹しての追撃に加わる以上、単純な破落戸ごろつきや与太者の類であるはずもない。


 おそらくは食い詰め傭兵に曠野の旅と生活に慣れた無宿人ノークォーター、腕に自慢の無法者、そして何より遊牧民の騎兵が加わっていることは間違いない。

 街道で騎兵の追撃を振り切るのは、不可能だ。マルグリットは絶望的な瞳で仲間たちを見回した。

 ……同行者にも腕の立つ銃士はいる。エマ・デイヴィスにルーク・アンダーソン。

警戒を密に強行軍で進めば、なんとか――いや、無理だ。幾人いるか分からない騎馬斥候は、振り切れない。弾数も向こうの方が上だ。此方は一人頭二十発を切っている。旅人としては悪い備えではないが、四十人からの追撃に対応できる量ではない。相手は、手練の類と想定すべきだ。遮蔽も取ってくれば、数の利を活かして囮も使うし、挟撃で潰してくる。銃弾を使い果たしたら、其の儘、嬲り殺しになるしかない。


「四十人……或いはそれ以上、ね」ひどく物憂げに呟いたマギーが、もの問いたげな視線をジョージアへと向けた。

「出た時にはそれくらいの数には見えたな」さも気の毒そうに傷だらけの大男が肩を竦めてみせた。

「……すると、一刻の猶予もあるまいね」言いつつも、怪我人も出ている。苦笑を浮かべたマギーは、しかし、表面上に取り乱した様子は見せなかった。


 追手から逃げ切れる見込みは薄い。返り討ちはなおさらに目算は立たない。突然の死は何処にでも転がっている。マギーが死ぬことも、仲間の誰かが死んだり不具となるかも知れず、ムーテタリウスとの因縁を考えれば、嬲り者にされた挙句が凄惨な最期を迎える末路もあり得た。


(……私も、他のものも最悪、ここで死ぬ事になるな)口には出さずに、そう結論した。せめて悔いのないよう生きよう。眠りと目覚めの度に、マギーは心に刻んでいる。恐れるのは、おのれの死や欠落よりも、ニナの喪失や彼女が絶望に押し潰される未来だった。かぶりを振ったマギーは、ともかく護衛のハロルド・コッゾォと牧者の娘イザベル・ミラーに向かって、他の仲間を呼び集め、事情を説明してくれるように伝えてから、ジーナ・(クレイ)に向かっては、積み荷をサドラン牛に積みこむよう指示する。


 奴隷商人ボーゲンは、冷静な推し測るような視線でマギーを一瞥し「生き残ってくれよ。助けた甲斐が無くなるのも詰まらんからな」と皮肉な口調で言い放つ。ジョージアやイヴェットにしても、多少の心配そうな視線を此方に向けていたが、同行して一緒に戦ってくれるまでの友情や利害を持っている訳ではない。曠野の生き方として、その判断は全く正しかった。命の賭けどころは、人に拠って異なっている。そしてマギーは今、同行している者たちと家畜を軽々しく見捨てられない責任があった。


 稼ぎのいい行商人マギーやグラハム『狐』バートンであれば、家畜の群れを捨てて逃げ散っても立て直しは効くかも知れない。だが、大半の人間にとって、曠野の地における財産の喪失は、文字通りに生活基盤を失うに等しい。大金をかき集めて購入した家畜の群れは、命の価値に等しく、軽々しく捨てることは人生を捨ててしまうのと同義であった。だから、ルーク・アンダーソンも、ジーナ・(クレイ)も、同行者たちは家畜を捨てられない。彼ら彼女らにとっては人生が懸かった取引であり、マルグリット・モイラは旅隊の責任者として、同行者の一人として見捨てる訳にもいかなかった。


 刹那、天を仰いでからマギーは笑うと、ジョージアの肩を親しげに叩いた。

「この借りは、いつか返すよ。生き延びたらね」告げて、それからイヴェットを抱きしめる。

「まあ、期待してるさ」とイヴェットは闊達に笑い「死ぬなよ」ジョージアは傷だらけの面相に憂いた表情でそれだけ呟いた。友人付き合いの為、危険を冒して忠告しに来てくれたのには、マギーとて感じ入った。同時に、自力救済が曠野に生きる者たちの鉄則であって、若干の友誼以上のものを期待するのは間違っているとも理解している。ジョージアやボーゲンら四人は再び馬上の人となり、遠ざかっていった。他に砂塵はまだ見えない。

「……戦利品の馬を分けて貰えば良かったな」気づいてマギーは舌打ちした。




 ※※※※




 街道筋にぽつぽつと灌木が生えている。楡の木陰に寝ころんでいる族長ニウヴルキウスに、雑巾のような犬が濡れた鼻を押し付けてきた。

「止せよ、アレキサンダー……それとも、カエサルだっけか?」適当な名で呼ぶルキウス青年の膝に顔を乗せた狼犬は、飼い主の連れ合いを半目で見つめてくる。そこら辺を転げ回ってきたのか。加齢であぶらの抜けた長い毛に泥や枯草、抜けかかった冬毛が絡んでまるで動く床絨毯だ。

「……相変わらず、遊び好きだな。覚えてるか、レニにお前を贈ったのは俺なんだぜ」族長ニウヴは言いながら、地毛は白い筈の狼犬の顔から耳の辺りを撫でてやる。

「ご主人様の匂い……追えないか?」語り掛けると、狼犬は軽く唸って蹲ってしまう。

 

 ポレシャ人どもの旅隊は、牛が4頭、羊が5頭、護送犯も含めて、人間が12人。

 買ったばかりの羊を連れての移動速度は、熟練の旅人でも時速3キロから3.5キロ。六時間から八時間を移動するとして、18キロから、最大28キロ。

 多分に六時間。比較的に安全な街道筋では、旅人は余力を温存するものだ。

 よって推定される一日の移動距離は、都市から北に18キロから22キロの範囲。


 馬車や牛車を用いた時速四キロの追跡隊が早朝、日の出とともに進発すれば、正午には連中の宿泊地点に到達してもおかしくはなかった。

 加えて、連中は追われている事を知らない。今日のうちには補足できるかも知れない。その目算に少しだけ狂いが生じていた。

 飼葉や水を街道筋の村落や大きな旅籠で補給する予定の兵団だったが、旅籠の主人が拒否してきた。小癪にもポレシャ人連中、法執行官としてきちんと手続きを踏んで宿泊していたようで、先行した氏族の騎兵らが些か粗雑、かつ強引な聞き込みをした結果、旅籠の連中は行き先を黙秘するだけに留まらず、今も頑強な建物に籠城し、街道を封鎖して【ムーテ】の兵団とにらみ合っている。



 大陸街道の宿駅ウェイステーションであろうとも中々にない大型の旅籠には、例え、暗い闇夜に地の果てから屍者や変異獣の群れ、盗賊団が襲来して来ようと早々に陥落はすまいと思わせるだけの備えが見えて、旅人には心強いに違いない。

 頑強な石壁に見張り塔や銃眼まで備えた旅籠は、黄昏の時代(トワイライトエイジ)において単なる旅人宿ではなく、有事の際には一帯の住人と家畜を収容する小さな城砦であり、近隣からの援軍が駆けつけるまで持ちこたえる軍事拠点でもあった。

 街道沿いに幾つかの大型の旅籠が建てられる際は、自由都市の資金と物資の援助があったとも聞いている。都市を守るための外郭防衛線の一部を構築しているのだ。


 旅籠の主ともなれば当然、一筋縄ではいかない。十数騎もの騎兵に相対し、流石に表情を引き攣らせながらも、頑としてポレシャ人の行方を喋ろうとはしなかった。

 自由都市との繋がりもあるだろう旅籠の主人を脅す訳にもいかず、しかし、粘り強く交渉を続けている。流石に後続の騎兵や歩兵、ランツクネヒトなどの傭兵や無宿者、猟師たちの斥候までが到着するにつれ、顔色が青ざめる。


 街道筋の旅籠の経営者は、得てして有力な地主であり、一国一城の主人でもあって、いざと言う時は、盟約を結んだ都市からの援軍も期待できる。連中が泊り客を守ると決めたら、略奪者レイダー徒党であろうと、傭兵団であろうと、迂闊には手出しできない。そして一帯の顔役である旅籠の亭主は、法執行官への手出しは許さないと決めたらしい。これぞ文明地と言うわけだ。


 法執行官を売る訳にはいかねぇ、とごねる亭主に、それは誤解だ。仲間を取り戻したいだけだと告げれば、犯罪者は誰もがそう言い訳すると取り付く島もない。

 それでも五十、六十と取り巻いた手勢が膨れ上がるにつれ、向こうの表情も強張ってきたが、流石に【ムーテ】の兵団であろうとも、強力な自由都市ズールに属したり、盟約を結んでる一帯の旅籠やら農村やらに対しては、早々横暴には振舞えない。今は馬車の車両を遮蔽に挟んで睨み合っている状況だが、既に二時間。牛や馬の嘶きが響く中、互いに何時までも睨み合っている訳にもいかなかった。


 積み上げた家具や土嚢の向こう側に数人の旅籠の用心棒どもが見え隠れしている。

 昼に至って風向きが変わっている。馬たちも緊張の匂いを感じ取ったか、落ち着きを失い始めていた。

 馬車を挟んで街道側に動き回っている無宿人ノークォーターや傭兵、牧童崩れも、こらえ性が薄い二流、三流がどうにも多いようだ。

 緊張に耐えかねたか。幾人かの指先が、引き金へとじわり這っている。相手も銃を持っている。ただ、対峙し続けるのはきついものだ。撃ってしまえば、楽になる―――例え、それが奈落への一歩だと理解していても。


 王の手勢が当初の三十人から、四十、五十と後続が合流するにつれて雰囲気も緊迫の度合いを増してくる。ムーテの兵団を構成するのは、小勢の傭兵や無宿人ノークォーターの小徒党、牧童らや放浪騎兵たちなど、烏合の衆だけに安易な妥協を行えば、それぞれの兵を率いる頭たちに侮られかねない。女ランツクネヒト共など、空いた車に干し草を乗せていた。防弾か、それとも火車でも突っ込ませるつもりか。今にも吶喊しそうなほどに焦れている。それでもムーテタリウスは、歩き回っては、焦りを見せずに、ただ「待て」と命令を繰り返していた。


 王の親衛隊を気取っている忠実な騎兵たちも十騎足らずとさほど多くはない。統制が効かなくなってしまえば、勝手気ままに略奪を行いかねない無頼どもであった。

 今さらに引き返す選択肢も取れないが、或いは旅籠と撃ち合って強引に押し通るのも、ムーテタリウスにとっては、都市の不興を買う危険な選択肢だろう。今、族長ニウヴルキウスの周囲には、やはり十余人の戦士たちが侍っているが、従兄弟殿タリウスに力を貸す気は無かった。ジークやリディアから借りた兵も混ざっているし、いざと言う時は、ムーテの暴走で乗り切るつもりだったからだ。自由都市への言い訳が効くかどうかは別として、選択肢は残しておかなければならない。


 と、馬蹄の響きが聞こえてきた。恐らくは単騎。タリウスの親衛隊でも、気が利いている青年が下りてくると、書簡を手渡してきた。一瞥すると、タリウスは、其の儘に旅籠の前へと歩いていき書簡を渡す。旅籠の太った亭主がそれを受け取り、二、三語を交わしてから首を大きく振った。街道の封鎖が解くように旅籠の使用人たちへと指示している。書簡には、ズールの歯車の付いた印章が記されていた。


 まともな大型居留地の役人を売れば、後難や風評が恐ろしいが、目の前の放浪貴族の手勢も侮れない。亭主が譲歩する理由が出来て内心、安堵したか、いざとなれば本当に一戦する覚悟を決めた硬骨漢だったかは分からないが、宿の者たちは露骨に安心した様子で街道のバリケードを片付け始めた。都市には報告するからな!との亭主の吐き捨てるような喚き声にタリウスは優美な一礼を返して見せた。


「案の定、背後には、いずれ都市の有力者がいるらしいな」狼犬の隣に寝ころびながら、族長ニウヴルキウスは囁いた。

 タリウスを使嗾している有力者がいるとして、ポレシャに一撃、喰らわせたいのか。自由都市はポレシャ市を食べるつもりか。或いは、親ポレシャ派と反ポレシャ派が分かれているのか。都市の事情に疎いルキウスには分からないし、割とどうでもいい事だった。


「タリウスは中々、やる」呟きながらも、ルキウスの指先は苛立ちに刀の柄を探っていた。此の侭、上手くレニを奪還できるようなら良し。叶わないならば、出し抜いて恋人を救い出す。今、慎重に纏まって兵団から距離を取っているのは、ジークやリディアの部下たちに忠誠を期待できるか分からないからで最悪、ムーテに取り込まれる恐れもあると踏んでいる。頼りにできるコルと郎党たちを連れてきたかったが、流石に氏族の留守を守るに信頼できる古参を置いてこない訳にもいかない。レニがどれほど大事な女であろうと、氏族そのものの存続とは引き換えに出来ないのだ。


 今、追っているマルグリット・モイラも、再会した時には平穏な人生を望んでいるように見えた。かつての姿を知る身としては少なからず驚いたが、誰もが野心に身を焦がすものでもないだろう。そうした生き方にはむしろ好感が持てただけに、世の儘ならぬ非情さにはルキウスの胸にもやるせなさが疼いてくる。あの時、出会ったポレシャの若者たちにも、一人一人に愛するものや夢や希望もあるには違いない。


 「御主人様を……レニを取り戻そうな」族長ニウヴルキウスは、灰色の老いた狼犬を抱きしめた。狼犬は頬を舐めてくる。

 ポレシャ市は、かなり真っ当な部類の居留地だと聞いている。恐らくレニは、手配されるだけの罪科を犯したのだろう。他人の思惑や利害が絡まぬように生きられれば、どれほどいいかと思いながらも、レニが犯罪を犯したとして、生きる為であれば、ルキウスは庇いだてをする。完全な身贔屓と自覚した上で、人倫に外れぬ大抵の罪を許す。人の割り切れない業として、ルキウス・カッシウスは今、もはや怨んでもなければ、恐らくは罪もないマルグリット・モイラと全力で戦うつもりだった。勿論、マルグリット・モイラも、他の数人も侮れぬ手練であったから、ルキウスや誰かが命を落とす結末だって充分に有り得るだろう。



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