03_59P 牛と女
夜明けに赤く染まっていた太陽は、中天へと差し掛かるにつれて蒼白く硬質の様相を帯びていた。『月の牙』の自由騎兵たちは、街道から三十メートルほど脇に引っ込んだ高台の岩場に陣取っている。高めの視界からは街道沿いの様子を一望できた。百メートル以上も離れた岩陰であっても、ポレシャ人たちが派手に動いていないのは見て取れる。遺棄された畑の中、僅かな茂みと岩だけを盾に、ポレシャ人たちは追い詰められた兎のように息を潜めている。
牛の胃の水筒からすっかり温くなった水を口に含み「意外と粘るな、連中」と自由騎兵のクリフは囁いた。東のポレシャ市に腕利きと言えば、保安官のキャシディ・エヴァンスくらいしか聞いてなかったが、中々どうして、腕の立つ奴は何処にでもいるものだ。泡を喰って逃げ出そうとする様子もない。
警戒すべきはマルグリット・モイラだけかと思いきや、ポレシャ人の旅隊は随分と手強い。抜け駆けの功名を狙った『月の牙』一党も、仲間二人を失っている。手痛い反撃を喰らったものだが、とは言え、勝ちは動かない。
『月の牙』とて百戦錬磨だ。仲間を失っても動揺は見せない。
頭目のジェレミー・バートランドは、あらかじめ己がやられた状況も想定して指示を与えていた。賞金の独占は出来なくなるが今、王タリウスの元へ伝令として向かっている。伝令としてマーロウが本隊にたどり着くまで馬の足で一時間から一時間半。そこから幾らかの騎兵を連れて戻ってくるまで、さらに一時間と少し。三時間もしないうちに増援がやってくる。
「連中がどう足搔こうが、もう、此方のもんさ」留守に残った二人の自由騎兵は、世間話でも交わすように気楽に言い合った。
「王は本当に俺たちに金を払うかな」
「少なくとも一人頭、千は手に入るだろうよ」
「俺たちだけで仕留められりゃあなあ、くそ」
「騎兵の五、六人でも到着すればな。もう一度、攻めてもいい。
締め上げても、降伏するよう交渉してみるのもありだな」
「マルグリット・モイラと囚人の女だけ引き渡したら、見逃してやると持ち掛ければ、折れるかも知れねえ」
「それにサドラン牛の二、三頭もだ」
今となっては、ポレシャ人たちの戦力。射手の人数や武装の質、腕前も、土嚢の存在も割れている。騎兵なら多少手古摺っても、どうとでも料理できるはずだ。
もっとも、マルグリット・モイラに限っては、日没まで粘って夜陰に乗じて逃げ出してもおかしくない。曠野で名を売って尚生き伸びている腕利き連中は、総じてしぶとい。或いは、騎兵が到着しても牽制だけに留め、本隊の到着を待つべきか。例え、ポレシャ人連中が強行軍を試みても、騎兵の足なら見失う恐れもない。どちらにせよ、今は旅隊の監視に留めながら、大人しく後続を待てばいい。
負傷したリュディガーが――包帯を巻いて岩陰に寄りかかっているが、別方向の見張りも怠っていない。元より旅人の姿も稀な裏道であるが、昼食代わりの煎った豆を口にしながら「通りすがりのやつを殺したくねぇな」と吐き捨てる。荒事稼業でも無関係のものは巻き込みたくないものだ。なにしろ、大交易市が開催されてる時節だ。自由都市と往来する旅隊には、思いがけない武装を持つ奴らも潜んでいてもおかしくなかった。
伝令を出してから、待ち続けること一時間ほど。
「ソルの町のビアンカ……覚えてるか?」とリュディガーが呟いた。
「子持ちの女か」とクリフ。
「俺が死んだら、取り分は届けてやってくれ」不安そうに呻いている。
「死なないよ、この程度の傷で」
緊張と倦怠の漂う監視の最中、時折はポレシャ人たちに嫌がらせにライフルを撃ちかけ、また戻ってきては暇潰しに減らず口を叩いていると、背後から馬蹄の響きが近づいてきた。
「……随分と早いな」慎重なロウェン・ダリスが怪訝そうに言った。元修道士の変わり種だが、薬草などに詳しく、手当ても出来れば、葬式までしてくれる。
「……五騎か。マーロウの奴、騎兵と早めに行き会ったのか?」顔を顰めながら、クリフは接近してくる騎兵の一団を観察する。
「あの中に混じってる若い奴。ムーテの親衛隊で見た顔だ」とロウェンが囁いた。
ふむん、と頷いたクリフは「おおい!こっちだ」岩場から、大きく手を振った。
遊牧氏族の若い騎兵が同行している騎手たちに何かを囁きかけると、頭目とおぼしき中央の男――上等な服に熊の毛皮を纏った精悍な青年が大きく頷いた。
「おお!お前さんらがあの『月の牙』かね」
熊の毛皮の青年は、出迎えに出たクリフとロウェンと見廻しながら「例の連中を追いかけてるとみたがどうかね?」と問いかけてくる。
「ああ。ポレシャ人どもをそこに追い詰めた所だぜ」頷いたクリフは一見、にこやかに新参連中を値踏みするように目を細くして見つめると「賞金は、半々でどうだい?」と持ち掛けてみた。
「こっちは四人なのだが、お前さんらは何人だい?」熊の毛皮の男の隣。大男が尋ねてきた。四人、と言うと、王の配下の青年は、勘定に入っていないようだ。しかも、残り二名は女だ。一人は眼帯までつけてる。とは言え、肌は日に焼け、やせぎすの身体は引き締まっており目つきは鋭い。身に着けた旅装束に銃の革ベルトも馴染んでいて、そこら辺の素人女ではない。
「ああ、他に一人は負傷して。残りは伝令にな」とクリフは敢えて曖昧な言い方をした。残り四人と知られると足元を見られる。伝令を出した人数を多めに誤解するよう、不明瞭な言い方で伝える。と、王の親衛隊の若者が、どこか浮かない、怯えたような視線で熊の毛皮の男を見ているのが、やや気に掛かった。ロウェンも気づいたようだ。目配せしてくる。
「すると、俺たちの仲間と行き会ったわけじゃないのか?」クリフが尋ねかけるも、直接的な答えはしなかった。
「ってことは、あんたたちは五、六人か」畑に倒れてる騎兵を一瞥した熊の毛皮の頭領だが「……半々ね。まあ、いいだろう」それでも、うまうまと思惑に乗ってきたのでクリフはほくそ笑んだ。ろくに人数を推し測る事もせずクリフの提案を呑んだのは、向こうもそれほど人数はいないようだ。
「時間を掛ければ、他の連中もやってくる。その前に片付けちまいたい」クリフが提案すると、「ああ。賞金の取り分も減るからな」と顎を撫でた。
「で、あんたの名前を聞かせてくれるか?」ロウェンが尋ねかけると、熊の毛皮の男は、遊牧氏族の若者へと視線を向けた。
「俺の名前は、こいつが保証してくれるが、マクベイン兄妹と呼ぶものもいる。こっちは弟と妹。眼帯の彼女は信頼してる腕利きさ」生憎とクリフの耳にしたことのない名前だった。ロウェンも心当たりはないようだ。
まあ、今の時期、別の土地からやって来た連中も珍しくはない。
「似てねぇ兄弟だな」とクリフが鼻を鳴らすと、熊皮の男は朗らかに笑った
「よく言われる。まあ、聞かないでくれ。種だの腹だの色々と違ってな。で、怪我人は向こうかい?」視線を向けてから「見てやれ」と妹に命じていた。
「で、連中の人数は?」マクベインが尋ねてきた。
「十人ちょっとってところか。ライフルは五丁だな」クリフが応じた。
「旅人にしちゃ、案外多いな」マクベインが顰め面をみせる。人数の半分がライフルを所持してる旅隊となると少し珍しかったが、黄昏の時代に貴重な金属薬莢弾は、伝手でもなければ安定して得られる機会は少なく、一方で入手しやすい紙薬莢もけして安い代物ではない。
「なに、散々と無駄弾を撃たせてやった。残りの弾薬も、そう多くない筈だ」クリフは請け負った。
クリフは、嘘は付いていない。ポレシャ人連中が、思っていたよりも多めに弾薬を保持している事は意外だったが、弾薬を消耗しているに変わりはなかったし、兎も角もマクベイン兄妹を戦闘に引きずり込むのが肝要だった。『月の牙』は、熟練の自由騎兵だ。仲間の死に動揺はしないが、復讐心を抱かない訳ではない。仲間の仇は自分たちの手で殺すと決めている。王の兵団だろうが、邪魔はさせない。
「真夏の日差しに足止めして三時間。消耗している筈だ。楽な仕事さ」クリフが囁くと「そうかい?楽しい仕事はあっても、楽な仕事は中々ないからな」マクベインが億劫そうに太陽に手を翳した。
「他の連中が来る前に片付けにゃあな」クリフの言葉。
「おう」頷いた自称チャールズ・マクベインは、懐から優美な自動拳銃を引き抜いてクリフに突き付け、いきなり引き金を引いた。巨漢の弟も、ソードオフ・ショットガンを引き抜いてロウェンに発砲。ほぼ同時に、自称・妹もリュディガーを射殺していた。呆気ない死にざまに、クリフはまだ笑顔を浮かべたまま、馬上から崩れ落ちていた。
7.65ミリ弾を二発、三発と叩きこんでから、マクベインは愛用のルガーP1900拳銃をうっとりと眺めた。
「月の牙か。すると、不意打ちで倒せたのは運が良かったな、ええ?」マクベインの言葉を聞いた凶相の巨漢が、楽しげに肩を震わせた。
遊牧氏族の若者だけがひとり、呆然としていたが、我に返ると喚きだした。
「……あんたらも賞金首を追いかけてるんじゃないのか?賞金を独り占めするつもりか」
「あーあ。追いかけてるとも。
だが、殺したい訳じゃないんだ。俺はな」マクベインは言いながら、「騙して悪かったな、坊や」と拳銃を向けると氏族の若者までもあっさりと撃ち殺した。
「パラベラムを六発も使っちまった。7.65は中々、手に入らないのに」ルガー拳銃を手にしたまま、マクベインは頭を掻いた。
「あの小僧。すっかりあんたをスネイクバイトの敵だと信じ込んでいたな」巨漢が笑った。
「実際に、やり合った事があるからなァ」肩を竦めてから、マクベインは一行を振り返って、笑顔を浮かべた。
「リプトン。馬を回収しといてくれ。痩せ馬だが、駄賃にはなるだろう。
その間に、俺は古い友人と話を付けて来るよ」
※※※※
牛から降ろした積み荷の傍でマギーは横になっていた。薄く土を掘った窪みに側を崩れぬよう盛っている。真昼の陽光を避ける為に、枝切れで布を支えて日差し避けにしていた。即応もできる位置取りで、横になったまま身を休める。ずっと張り詰めていては、戦闘時の性能が落ちる。勿論、不意打ちを受ける恐れもあった。古代から近世に至るまで、安全を確保しきれない状況で休息を取るのは軍隊や傭兵、遊牧民にとっての日常茶飯事だ。全ての判断は、常に勝利と危険の等価交換になっている。
兎に角、休む。マギーは見張りと分けて、全員に交替で休みを取らせていた。
休まない部隊は、奇襲に対して反応速度が鈍くなり、射撃精度や判断力、統率に陰りが生じる。だから、木の陰や窪地、家畜の腹側、死角など防御が完璧でなくとも効果のある位置で体力を落とさないようにする。ロニも同じように休ませている。弾は、『狐』とニナが穿り出した。今は包帯を巻いてある。正直、容体はあまり良くない。
子供の頃の路地裏の喧嘩とそれほど変わらない。馬鹿みたいだと思う。もしかしたら、全員で突っ切るのが正しい判断かも知れない。何時も本当は迷っている。不安だった。ただ、それを表面に出さないように振舞っている。それに耐えきれずに戦場から逃げ出し、なのに今もまた同じ事をしていた。滑稽だ。
味方の銃弾は三分の二を保持している。発砲は控えめに、引き付けてからよく狙って撃つように指示した。エマとルークは言うまでも無く、イザベルとハロルドも期待に応えてくれた。ジーナ・Cもあまり撃ってない。仕方ない。人を撃つのが苦手な人間はいるものだ。風の音がやけに大きく聞こえる。何時もより塵が舞っているように思えて、ライフルに布を被せた。銃は意外と繊細な機械なので、可動部に塵が入り込むと故障の原因になる。イザベル・ミラーも気づいたのか。ライフルの可動部に布を被せた。ハロルドは、腹に包むようにライフルを抱いている。
「新手……ではなかったかな?」いや、希望的観測が入ってるな。と否定する。
あまり人けのない裏道に短時間で二度も複数名の乗り手がやってくるなら、それは意図的な物に違いなかった。
馬蹄が自由騎兵たちの封鎖してる場所で停止した。合流したなら嵩に掛かって攻めてくるはずと警戒したが、二十分ばかりなんの動きも見せない。
仕方がない。最悪、増えたなら増えたで荷物を盾に戦うしかない。
防弾コートの固い襟首に触れる。随分と高い買い物だったが、実際にどの程度の性能を発揮してくれるかは未知数だ。出来れば、二、三人は道連れにしたいものだが……ともかく『月の牙』は、残り三名。それとも、四名だろうか。手負いの奴も銃は撃てるだろうか?新手は何人だろう?誰かが足止めして、残りを進ませるべきか?騎兵を相手に?迂回されるだけだ。
一旦、引き返すべきだ。引き返せるものならば。街道筋の村に戻ったら、ズールの病院に使いを出せる。金は掛かるが、応急処置できる医者を呼べる。
だが、騎馬盗賊共を片付けない限り、延々と付き纏われるだろう。
『月の牙』とは、想定していたより厄介な相手に狙われたものだ。襲撃が露見すれば、連中も無法者に転落する。賞金首扱いを避ける為、此方を皆殺しにするつもりで掛かってくるに違いない。
喉が渇いた。水筒に手をやり、一口だけ含んで口の中に入れ、ゆっくりと乾燥した喉に馴染ませていく。水は充分にあるが、何が起こるか分からないとつい節約しがちになる。数に優勢な騎兵を前に、その程度の倹約で何が変わるとも思わなかったが、この性分は多分、死ぬまで変わらないだろう。
銃声が鳴り響いた。ほぼ同時に三発。なにかが起きた。マギーは身を起こして様子を窺った。息詰まるような沈黙に味方は誰もが張り詰めている。二分……三分……五分……なにかしら動き回っている気配は伝わってくるも、動きは見えてこない。隣の茂みに伏せているハロルド・コッズォが、街道を睨みつけたまま額の汗を拭いた。もしかしたら注意を惹きつける為の囮か。思いかけた頃合いに、街道に誰か出てきた。熊の毛皮を纏っている男だ。誰だろうか。身を伏せた姿勢で、そっとライフルの狙いを定める。
「へーい。スネイクバイト!」熊皮の男は、マギーを古い渾名で呼んだ。近寄りながら、大きく手を振っている。
「俺だ!ボーゲンだよ」馬上から叫んだ。
「ボーゲン?檻の男爵のボーゲン?」知己の奴隷商人。しかし、友人でもなんでもない。マギーは銃口は下げなかった。
「お友だちのジョージアにイヴェットもいるよ!」ボーゲンが叫んでいた。背後から付いてくる馬上の二名はマギーの昔の同業者だ。何度かは一緒に仕事もしている。
共通の知人の名を出され、マギーはいくらか警戒を引き下げた。
「以前の……知り合い。賞金稼ぎたちだ。信用できるはずだ。多分」ポレシャ人の同行者たちへと説明しつつ頷きかけると、彼らも銃口を外した。
「今からそっち行くんで撃たないでくれよ」奴隷商人は穏やかに告げてきたが、マギーは欠片も信用しなかった。撃たれるかも知れないと警戒しつつ、「……何故、ここに?」立ち上がって問いかける。
知らないところで、何かしらの意図に巻き込まれたかな。用心深そうに見上げるマギーを檻の男爵ボーゲンは面白そうに瞳を細めて見つめた。
檻の男爵は顎を撫でつつ、まるで値踏みするかのように馬上からマギーをじろじろと眺めた。
檻の男爵とは、奴隷商人の組合で高位の称号だ。五、六年以上も前の話だが――浚われた人々を救出する為、賞金稼ぎたちが奴隷市を襲撃した際、敵味方で撃ち合った時でも、こんな風には凝視されなかった。
マギーも勿論、居心地の悪さを覚えたし、不快だった。眉を顰めて口を開きかけた時「月の牙どもは片付けた」ボーゲンが呟いた。
古い後込め式ライフルを携えたマギーは、一瞬だけ瞳を細めたまま、油断なくボーゲンやその同行者を茫洋と眺めているように見えた。視線を一点に鋭く集中するような真似はしない。誰かが妙な動きをすれば、反応できるように全員をそれとなく視界に止めている。
「何故、連中がこんなところで襲撃に及んだかは割愛するがね……今、助かったと思ったかい?」ボーゲンは反応を楽しむように、しかし、冷静に淡々と告げた。
「なにがいいたい?」とマギー。
「月の牙ともあろう連中が、いきなり辻強盗に転職し、俺たちが偶然、此処に現れたと思うか?」問いかける檻の男爵。
「サドラン牛四頭は、食い詰め者どもが危険を冒すには充分だろう……それとも、誰かに使嗾されたと言いたいのかな?」二人の問答を背後でポレシャ人たちが聞き耳立てている。
マルグリット・モイラには幾人かの古い敵がいる。檻の男爵ボーゲンは、敵ではないにしろ警戒すべき相手の一人だった。それは当然、ボーゲン自身も自覚している筈だったが、奴隷商人は薄く微笑みを浮かべている。
「王タリウス。知ってるか?」
「知らいでか。」とマギーが鼻を鳴らした。
「『大地の子』に、妙な動きがあってね。注視していたところ、垂れ込んできた者がいた」
ほう、と息を洩らしたマギーが無言で続きを促した。
「目当ては牛と女だ。君にも賞金を懸けた」とボーゲンは亀裂のような笑みを浮かべる。
「連行してる手配犯……族長ルキウスの恋人を奪還し、スネイクバイトを倒した者には、勿体なくも王タリウスが褒章を下さる」言葉を切ったボーゲンは、反応を楽しむように目を細めて金額を告げた。
「銀で八千ズール通貨だ」
傍らのイザベル・ミラーが動揺を隠しきれず、ヒュッと息を呑んだ。護衛のハロルド・コッゾォは厳しい面持ちでマギーに視線を向け、ジーナ・Cは、顔色を青ざめさせている。
しかし、少なくとも、マギーは表面上の動揺は見せなかった。ボーゲンの傍らまで馬を進めてきた賞金稼ぎたちは、頷きつつ「レイダー王みたいな金額だ」凶暴な面相のジョージアがほざいた。イヴェットが「誘惑に駆られる」とマギーを見ながら、クスクス笑った。
「今、まさに王は私兵を集め、君を追跡している。総勢は、四十人から五十人。もしかしたら、賞金目当てでもっと増えているかもだ」ボーゲンが淡々と告げると、首を微かに傾げてからマギーは「……なぜ、そんなことを私に教える?」と問い返した。
「なぜ……とは?疑っているのかな?」どちらでもよいとでも言いたげに肩を竦める檻の男爵。
「君の利益はなんだ?ボーゲン」怪訝そうにマギーは檻の男爵へと問いかけた。
「スネイクバイトに貸しを作っておくのは悪くないと考えた。
本当にそれだけだ。俺は正直者なんだよ。友人に嘘は付かない」言い募るも、マギーから不信の目を向けられているボーゲンは、薄い笑みを浮かべた。
「お前は約束を守る人間だ……命を助けた、とまでは取らなくていい。
今日、ここで窮地を救った事を忘れないでくれ。今は、それだけでいい」告げたボーゲンに、なにかしらの思惑があるのは違いあるまいが、取りあえずマギーは肯いた。狡猾極まる檻の男爵の一人とて信用するのは危険であるが一応、救われた形には違いなかったからだ。或いは、全てがマギーを嵌める為の演技である可能性もあったが、それにしては色々と回りくどすぎる。
顔見知りのジョージアとイヴェットが馬から降りると、マギーに歩み寄ってきた。
「俺たちは、組合に依頼された。お前さんに遊牧民の動きを警告しろとな」ジョージアが口を開いた。マギーは賞金稼ぎ組合に遊牧民の動きをそれとなく探るように依頼していた。さして期待していなかったが保険のひとつが生きた形だ。
巨漢のジョージアは、奴隷商人を横目で一瞥してから「このおっさんは……自分も連れて行け。土地勘がないから、同行すると……だが、実際に口八丁には助けられた」
「こっちは、クローディア・リプトンだ。会った事なかっただろう」イヴェットが眼帯の女銃士を紹介してくると、ボーゲンは手を叩いた。
「おう、マルグリット・モイラとクローディア・リプトンが並んでいるぞ」馬から降りてくると、いきなり肩を組んできた。
「ジョージア。君、写真を撮ってくれ」曠野には貴重な――しかし、使い道の多さからそれなりに流通もしているカメラを取り出して、凶悪な面相の巨漢に手渡した。
「もうちょっと寄ってくれ。よし、いいぜ」戸惑うクローディアと憮然としているマギーの中心で、ボーゲンは笑顔を浮かべていた。
カメラを受け取ると、嬉しそうに「いやぁ。いい思い出になる。百年後にはコレクター垂涎だぞ」などとのたまいながら、カメラを鞄にしまい込んだ。
「さて、王の軍勢は時間的距離にしてどのくらいかな?」掌を翳して空を見上げながら、ボーゲンは「君たちは牛と羊を連れている。向こうは馬車で休みなく、追いすがり続けている」と指摘する。
「大分、足止めを食っただろう?」イヴェットが面白くなさそうに告げ「下手すりゃ、日没前に追い付かれるかもな」ジョージアは肩を竦めている。
「四、五十だとよ……へっ」と背後ではハロルド・コッゾォが鼻を鳴らした。
イザベル・ミラーが「遺言でも書く?ガイ君には悪いことをしたかな」と珍しく意気消沈している。
「言っておくが、 一緒に戦うことまでは期待しないでくれ。忠告だって相当に危険な橋を渡ってる」奴隷商人の言に賞金稼ぎたちも頷いていた。
「流石に、王の手勢と戦うような真似は出来ないぜ。男爵じゃ、王と戦うにはちいと役不足※だ」ボーゲンの言葉を聞いたマギーはうんざりした態度で髪をかき上げ、傍らで聞いていただけのジーナ・Cは、緊張に耐えきれなくなったか、地面に蹲ると嘔吐した。涙目で「……世界が私に厳しすぎる」と愚痴を零している。ハンカチを差し出したイザベル・ミラーが、億劫そうな視線で南の街道の果てを見据えてから「世界は人間なんかに興味ないよ。私たちの敵は、何時だって同じ人間なんだから」気だるげにそう囁いた。




