《ニーレ:千年の物語》
私が生まれたのは千年と少し前よ。
今は神降地と言われている山合いあった小さな村。
そうよ、今でも住んでるあの村よ。今は誰もいない……いえ、ちょっとだけ住人が増えたわね。
ああ、今はその話は置いておいて。千年前の話の続きを。
あの頃は、そこいら中が魔力に溢れていて大変だったわ。魔物になる動物も多かったし、魔落ちする人も多かった。森や川べりで突然魔力溜まりができて、うっかりはまって魔落ちする、なんてこともよくある話だったわね。
私もそのひとり。
あれは十歳くらいだったかしら。
村の子供達と森に薪や木の実を採りに行ったのだけど、いつもの場所にそれまでなかった魔力溜まりができていたの。私、そこに落ちちゃったのね。
もちろんみんなは私を捨てて慌てて逃げたわ。
あの頃はそれが当たり前だったのよ。
だって魔力を浴びて魔物になってしまったものは皆、他の生き物に魔力を移そうと襲い掛かるのが常だから。
今から思えば、あの時は子供ばかりだったのは良かったわ。大人がいたら、暴れ出す前に息の根を止められていたでしょうね。
魔物はそれほど怖いものだったのよ。
ただね、私は魔力溜まりに落ちたのに魔物にならなかった。
落ちた時に足をくじいて動けなくて。置いていかれて、もうダメなんだって泣いて泣いて泣き疲れて……そのままそこで寝てしまったの。
間抜けって思う?
だってあの時はもう本当にダメだと思ってしまっていたのよ。
そうして、どれだけそこにいたかはわからない。
気がついたら日が登ったばかりの朝だったわ。
いつの間にか魔力溜まりがなくなっていて、私は元気でくじいた足も治っていたの。その時は、ただただ助かった、としか思わなかったわ。助かったことが嬉しかった。
だから急いで村に帰ったの。
周囲の景色が違って見えていたことには、その時は気がつかなかったわ。後で思い返して、ああ、と思ったの。
そう、私、ものすごい時間眠っていたのよ。
村に帰ったら両親はいなくなっていて、年老いた二つ年上の兄が家族と暮らしていたわ。その兄が生きていたおかげで私が私と証明してもらえたわけだけど。
もちろん、村では受け入れてもらえなかった。
悲しいけど、仕方がないわ。
私は……人でないものになっていたのよ。
今でこそ、魔王石化していたと分かるのだけどね。
泣くだけで魔力が溢れ出し、慰めてくれた兄が危うく魔落ちするところだったわ。私は仕方なく、森に戻って暮らすことにしたの。
殺されなかっただけでもありがたいわ。兄がとりなしてくれたおかげよ。まあ、魔王石化した人を普通の人が殺すなんて無理だった、ってこともあるんだけどね。近付くことすら難しいんだもの。
寂しかったけど、私は生きるだけなら困ることはなくなってたからなんとかやっていけた。
魔力を満たしていたらお腹が空かないし、森の獣は魔力を恐れて襲って来ない。もちろん人もよ。
兄が小さなお家を作ってくれたから寝場所もあった。
優しい兄は、時々近くまでやって来ては色々とお話してくれたわ。
あの日一緒に森へ行かなかったことをずっと後悔していたそうよ。家族も他の兄弟も、もしもを願って森を探したそうだけど……私は魔力溜まりの中で寝ていたので見つからなかった。
兄の話を聞けてよかった。
兄のおかげで私は何とか人でいられた。
けれど、しばらくして兄はやってこなくなったわ。
心配だったけど、村に行けば兄に迷惑をかけてしまう。
どうにか兄の様子が知りたくて、思案をしていたら……村の様子が頭の中で見えるようになったの。びっくりしたわ。
あの頃はまだ、魔石の魔力で魔術を使うなんてなかったの。
他所の場所ではそれに近い使い方を始めているところもなかったわけではないらしいけれどね。それも後で知ったことよ。
そうやって、村を覗き見て知ったの。
兄は亡くなっていたわ。
再会した時にはもうお爺ちゃんだったんですもの。仕方がないのはわかっている。
私は悲しくて悲しくて、夜になったらこっそりお墓に参りに行ったわ。
兄がいなくなって私のお家へ来る人はいなくなったわ。
いえ、近くまでならごくごくたまにやって来て。声もかけずに帰っていく子が一人だけ。
村の子よ。
男の子。
次第に来る日が増え出して、気がついたら毎日近くに来ていたわ。
そして、声もかけずに帰ってしまう。
何を考えてそうするのか、と不思議に思っていたらいつの間にか心の声が聞こえるようになっていたわ。
その子は村の子で、兄に森に住む妹の話を聞いて興味を持って見に来ていたの。どうやら、私のことを気に入ってくれていたみたい。
実はその子が私の夫になる人なのよ。
そんなふうにちょくちょくやってきて、たまに花や食べ物を置いていってくれるようになり、顔を見合わせ笑い合うようになっていったわ。
嬉しかったので何かお返しをしたくて色々考えたわ。その頃には魔術がいくつか使えるようになっていたから、あの子がやってくる道に魔力溜まりができないよう地中魔力の流れを変えたり、魔力を得て実がなる木を植えたりしたの。彼は喜んでくれたわ。
不思議なことに、魔王石になって成長が止まってしまっていた私は、彼と共に成長したの。
私の魔力はゆっくりと変質して行ったわ。
もちろん、彼はただの人。
タケユキさんみたいに不思議な力で魔力を無害にするなんて、できたわけじゃない。
それでも、私は彼と一緒にいたいと思って、彼も私といたいと思ってくれたことで、長い年月をかけて私の魔力は変化したの。
白い光を放つ、魔を退ける力にね。
私の姿も変わっていたわ。
成長しただけでなく、薄茶色だった髪は真っ白になって同じ茶色だった目の色も紫っぽい色になっていたのよ。まあ、森のお家には鏡もなかったし。自分の容貌なんて彼に聞くまでよくわからなかったのだけどね。
そうして、二人が成人して幾日かした頃。
彼は花嫁衣装を持って私を迎えに来てくれたの。
私は彼と一緒に、あの村に帰ることになったわ。
村の人たちが受け入れてくれるか心配だったけど、彼が色々と話してくれたそうよ。
魔力を操り祓う娘。
魔物を寄せ付けず、木々に実りをもたらす娘。
言い伝えに聞く神のような娘。
なんてね。
はずかしいわ。
村にはもう、私のことを覚えている人はほとんどいなかった。兄の孫やその子供たちすら、私のことはよく知らない。
ただ、森に長く長く生きている娘がいることだけは知られていて、そんな娘が村の男と結ばれて、村を守ってくれるならありがたい。そんな理由ではあったけど、私は村に帰ることができたの。
自分が家族と住む村ですもの。守るのは当たり前だわ。
村の周りに魔力溜まりができないようにしたり、魔傷を負った人の治療をしたり、できることは色々とやったしできるようになった。
あの頃は、一番幸せだった時期ね。
優しい夫と可愛い四人の子供たち。
時々、私の力を狙って近隣の村や町から悪い奴らが来たけど、その頃の私はちょっとやそっとの相手なら追い返せるくらいに術達者になってたわ。子供たちはみんな私の力を引き継いでいたから、一緒になって村を守ったの。
空も飛べるようになっていたしね。
家族揃って空を飛んで舞い降りて、それが広がって『神族の降臨』なんて呼ばれるようになっちゃったんだけど。おかしいわね。
もともと、この世界にも神と呼ばれる存在はいたのよ。タケユキさんの話に聞くようなね。私も昔話やなんかで聞くだけだったけど。
魔力が世界を覆う前の話、らしいわ。
まあ、その話も今はいいでしょう。
幸せな日々は十数年。
村を襲う悪者はいなくなったけど、村に住みたい人や私の力を貸してほしいという人は日に日に増えていき。私は仕方なく、村の周りにできた白い石に退魔の力を込めて分けてあげたわ。
優しいあの人も、それを望んでいたからよ。
けれど、村の人たちは対価を取るように要求しはじめたの。
村に来る客の対応をしてやるとか、暴虐な客から守ってやるとか、色々勝手なことをしては彼ら自身が利益を得ようとしていたのよ。
嫌だったけど……あの人が、それも村のためと言うのなら仕方がないわ。
村はどんどん富んでいき、村の近くに神殿を立てて来訪者に対応するようになったのはいつだったかしら。祀られるのは私。
魔力に困っている人たちが少しでも救われればいいと夫は言うけど、欲という自分の身の内から出る魔に染まり出した村人を、あの人はなんとも思わないのが不思議だったわ。
なんだかひどく不安になった。
乞われて、乞われて、与えて。
私は神石と呼ばれ始めた石に力を込める。
子供たちも少しはできたので、それを求められる。
ある日、遠方の国から助けを乞われたわ。金銀財宝諸々の宝を積んだ一団に村人は歓喜したわ。けれど、私が村を出ることを嫌った村人に言われ、あの人が神石を携えて旅へ出たの。
魔に脅かされる世界を救いたいと。
賛同した人の何人かはついていったわ。
でも、その道中……あの人はあっさり死んでしまったの。
何があったかは聞かないで。世界を滅ぼしたくなってしまうから。
子供たちがいなかったら、あの時そうしていたかもね。
私の人としての人生も、あの人と共に終わってしまったわ。
歳も取らなくなったし。子供たちを見守る以外どうでも良くなった。
いつの間にか子供たちに年を越され、すっかり大人になった子供のうち、長男と三男は父の意思を注いで旅立ってしまったわ。妻子を残してね。
神石を通して、遠方視の術を使って見ていたけど、そのやりようには頭を抱えたわ。
少しばかり強引なことをして、その土地の人たちを神の名の下に魔力の脅威から救っていたの。
褒められ喜ばれ恨まれ憎まれ。
長男は帰ってきたけど、三男は帰って来なかった。
帰ってきた長男は今度は次男と別の仲間たちを連れて旅に出てしまう。
悲しいけど、私は見送ることにしたわ。
あの子たちが決めた人生だもの。
それに、私は疲れきっていたの。
それからまた時が経ち、子供たちは普通の人より少しだけ長生きした後、息を引き取った。長生きをしたけど、ちょくちょく常世の泉が出てきてその時を待ち構えていることに気がついたわ。誰にも言いやしなかったけどね。
私はもう、見守る以外はどうでも良くなってたの。
孫の世代になって、どんどんことが大きくなる。
孫たちは国を造ると言い出したわ。
自分たちの親である四人の神の子の名を冠する四つの国を。
神王国って言うんですって。
なんだか恥ずかしいわ。
そんなふうに思うのは私だけだったみたいだけど。
子供たちには遺伝した神力を作り出す力は、孫たちにまでは伝わっていなかった。私は、今度は孫たちに力を乞われたわ。
私はまた、力を分けてあげることにした。
孫だしね。
いくつかの約束をさせて、私は自分が生きている限り神力と言われるその力を授けることにしたわ。
兄弟は仲良くすること。
他所様に迷惑をかけないこと。
でも世の中には悪いことをする人はいっぱいいるから気をつけること。
なんて、普通のおばあちゃんみたいなことしか言えなかったけど。
孫たちは約束してくれたわ。
その先は……もう、本当にどうでも良くなっちゃって……
神石だけは融通するから、ほっといて。と言って、神殿を出て村へ帰ったの。
そうしたら、村はもぬけの殻だった。
みんな、孫たちの国へ移り住んで要職につき、貴族とか言われて暮らしていたわ。私、なんだかガックリしてしまって。
そこから私は、廃村で気ままな一人暮らしをはじめたの。
神殿や神王国からの呼び出しは、余程のことがある時しか受け付けなかった。そのうち面倒になって、新しい王の顔見せ以外に行かなくなった。
家畜を飼って世話したり、兄と夫と子供たちのお墓に参ったり。暇つぶしに神石伝いに遠方視で遠くを見たり。たまにはこっそり空を飛んであちこち見て回ったりもしていたわ。
本当に、気ままな老後を過ごしていたのよ。
そうして、長く長く時間が経った頃。
大陸の東南に神力と魔力を合わせて使う術士の国ができたわ。
魔法陣という新しい技術は凄かった。
あっという間に大国になっていったのに、どこかのんきでゆったりした国。神力だけでも魔力だけでもなしえない力を駆使し、いくらでも覇を唱えることができるでしょうに。それをせず、ひたすら魔法陣の技術を研究し高めることで楽に暮らせればいい、なんて風潮の国に笑ったわ。
あの国に、移り住もうかしら。
なんてこともチラリとよぎったくらいよ。
でも百年前に滅びちゃった。
その様子を、もちろん私は見ていたわ。
一人の王子が召喚魔法陣を使って運命の伴侶を得ようとしたの。
それだけなら、大したことにはならなかったはずよ。
あの国では、恋人探しに魔法陣を使う人も多かったもの。
けど、王子の魔法陣は完成度が高すぎたの。
最も相性が良く見た目も好みで深い縁で繋がれる人を見つけたけれど、それは異世界の人で、その世界でも特殊な人だったわ。
どんな人かわかったのは後日の話だけどね。
異世界に繋がったことだけは、その時点で私にも察せたわ。
なぜなら、この世界がその人の到来を拒んだから。
物凄い反発だったわ。
王子はその反動に巻き込まれて死んでしまったけど、城にいた人々は常世の泉が現れ時を止めて守ったの。この世界の魂があちらの影響を受けないよう、誤ってあちらに連れ去られないよう。
せめぎ合いは百年続いたわ。
徐々に徐々に、こちらの世界の抵抗は弱まっていく。常世の泉の守りも無虚しく、止まったままの人々は数年で眠るように魂が体から離れて泉に落ちたわ。城や街に残る魔法陣が国外の侵入者を寄せ付けず、彼らの骸は静かにそこで朽ちていく。
それでも王子の魔法陣は起動し続け、国中に張り巡らされていた魔法陣から地中魔力を吸い上げ、彼の人を呼び込もうとしていたわ。
そうして、やって来たのがタケユキさんよ。




